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大友の姫巫女

第七十五話 戦争芸術終章 水城合戦 後編 

 煌びやかな武具を身にまとい、馬上一騎駆ける山中幸盛。
  前にそびえるは、太古から防人を守りし緑の城壁である水城。
  杏葉・日足・寄り掛目結の旗下の将兵達に彼は馬上から弓を見せ相手を求める。
  その出で立ちは古の鎌倉武士のごとく、双方の将兵を魅了する。
  そんな姿に見せられたのは、龍造寺軍の若武者達。
  太刀洗で勝っての出陣ゆえ、彼らの鼻息も荒く、彼らの眼前に出向いた山中幸盛と手合わせしたいと願う気持ちなど抑えられるはすがなかった。

「弓鉄砲を放つな!
  武士の一騎駆けに飛び道具は卑怯なり!!」

 味方の足軽が弓鉄砲で狙っている事を知って、慌てて大声で江里口信常が叫んで弓鉄砲を下げさせる。
  見ると、山中幸盛がにやりと笑っている。
  その笑みで誘っているのだ。

「誰が出る?」

 と。

「俺が出るぞ。
  馬引けい!」

 と、己の馬を持ってこらせようとした江里口信常を成松信勝が引き止める。

「待て。
  おぬし、御大将からここを預かっているのだろう!
  お前が出て行ってどうする?」

 成松信勝の掴んだ手を引き離そうとして、江里口信常も悟った。
  こいつも出たいのだと。

「いやいや。
  あのような挑発は若武者の仕事ゆえ、ぜひ成松殿はここで隊を率いて……」

「普通、年配者に譲るものだろう。
  若輩者は、ここで見て先達から学ぶべきなのだ」

 互いが互いの手を掴んで穏やかな声なのに、周りの空気がどんどん冷え込んでゆく。
  そんな二人の横を一騎の騎馬武者が駆けていった後で、

「先駆け御免!」

 の捨て台詞が二人に届く。

「戸田殿!」
「抜け駆けとは卑怯な!!」

 何の事は無い。
  二人の敗因は馬を足軽に持ってこらせようとしたからで、戸田(百武)賢兼は自ら馬を取りに行ったので、この二人に巻き込まれなかったのである。
  もちろん、戸田賢兼も成松信勝や江里口信常と同じく、ここで隊を率いている身だったりする。
  二人が罵るが、既に戸田賢兼は山中幸盛の前に馬を進めていたのだった。
  戸田賢兼は弓を持ち出し、馬を走らせて山中幸盛の正面に立ち、先に進ませぬと弓を構える。
  双方の陣からは、太鼓や法螺貝が鳴らされ、足軽達の歓声があたりに響く。
  戦国の世だからこそ、こんな馬鹿げた一騎討ちという浪漫を皆求めていたのだろう。

「我は龍造寺五虎将が一人、戸田賢兼!
  家を失いし、落ち武者風情にこの先は進ませぬ!」

 言上と共に構えた矢を山中幸盛に向けて放つ。
  それを馬の向きを変える事で、山中幸盛はその矢を交わした。

「ほう、太刀洗で勝ったのに膝を折った龍造寺の虎は鳴く事はできるらしい。
  牙もあれば我らと轡を並べたものを」

「ほざけ!」

 戸田賢兼は山中幸盛に次の矢を放とうとするが、山中幸盛の矢の方が早かった。
  流れるように弓を構え、張り詰めた弦が澄んだ音を鳴らして、戸田賢兼の正面に矢を向かわせる。
  馬の向きを変えるのでは遅いと悟った戸田賢兼は、体をずらしてかろうじて矢をそらす。
  その頬にはうっすらと紅色の線ができ、朱色の雫がたれようとしていた。

「やってくれたな……」

 憤怒の凶相で山中幸盛を睨み付ける戸田賢兼は、そのまま馬を山中幸盛の方に向けて走らせる。
  体が崩れた状態で弓は放てないので、組み討ちで山中幸盛を狙う事に変更したのだった。
  だが、戸田賢兼が近づくまでに山中幸盛の第二射が戸田賢兼を襲う。

「なんのっ!」

 持っていた弓を使って矢をはじく。
  乾いた音と共に弓が折れるが、それを投げ捨てた時には、山中幸盛の姿は既に目前にある。
  鎧と鎧が当たり、鈍い音は二人にしか聞こえない。
  最初の組み討ちは互いに馬から落とす事はできず、一度間合いを取ろうとした時、合戦の喚声が二人の横から聞こえてきた。

「牛頸方面で筑紫勢と秋月・原田勢が交戦しています!」

 その伝令は尼子・龍造寺双方ともほぼ同時に届き、源平武者の世界を戦国色に戻してゆく。

「ふん。
  抜け駆けとは面白くないな」

 山中幸盛が吐き捨てる。
  第二陣の秋月・原田勢は尼子勢の後詰の位置づけだったはずである。
  それが尼子勢を迂回して側面の筑紫勢が守る牛頸方面で戦端を開いたのだから面白いはすが無い。

「左様。
  これでは我らが道化ではないか」

 面白くないのは戸田賢兼も同じである。
  攻勢正面である水城を守るという事は、自分達が今回の戦の主戦力であると認められたからこそ。
  おまけに、尼子の勇将である山中幸盛との一騎討ちを邪魔してくれるのだから怒りは戸田賢兼の方が大きい。
  とはいえ、双方とも兵を率いる大将である以上、そろそろ自陣に戻らねばならぬ事は理解していた。

「まぁ良い。
  また会ったら続きをしようぞ」

 そう言い残して山中幸盛が先に馬を翻して自陣に駆け戻ってゆく。
  戸田賢兼もそれを視野に納めつつ、馬を自陣に向けたのだった。

「太鼓を鳴らせ!
  押し出すぞ!!」

「弓、鉄砲構え!
  引きつけてしとめるぞ!」

 こうして、戦が浪漫から現実に戻ってゆく。
  二騎の騎馬武者が自陣に戻った時、攻め手は怒号と共に敵陣に襲い掛かり、守り手はそれを矢弾で出迎えた。

 

地理説明


       ▲立花山城

    ▲名島城

 ■博多 C   ▲丸山城
        山
    B A  山 宇美
   牛頸 ①   山
    ② 凸水城  凸岩屋城

         □大宰府
      □二日市

大友軍

 ①龍造寺本隊  (戸田賢兼 成松信勝 江里口信常) 千五百
  ②筑紫勢+御社衆(筑紫広門)                   七百五十

立花軍

 A尼子勢    (山中幸盛)                         三千
  B秋月・原田勢 (原田了栄 秋月種実)              千五百
  C立花本隊   (藤木和泉守 安武民部)             二千

 


  脊振山地と四王寺山(大野城・現岩屋城)の隘路を塞ぐように作られた水城の背振山地側の隘路を牛頸と言うのだが、ここでの戦闘は双方とも最初は意図などしていなかった。
  それが、牛頸方向へ陣を持っていったのは地の利を知っている第二陣大将である原田了栄が陣取りの為に転進したからに他ならない。
  本陣である立花軍は大筒を持って進軍してくるのと、隘路での戦である為に本陣が大筒と共に前に出る空間が無い。
  そして、地の利のない尼子勢は馬鹿正直に龍造寺勢とぶち当たってしまい、本陣の出張る空間確保の為にはここしか残って居なかったというのが真相に近い。
  だが、彼らは大友側にも原田了栄よりもはるかに地の利を持っている筑紫広門が居た事を忘れていた。 
  牛頸を含めた背振山地東側こそ筑紫家の領地なのだから、彼と彼の率いる将兵は牛頸という土地が持つ優位さを知りぬいている。
  木々茂る小高い丘である牛頸に着いた秋月・原田勢は、先に陣取っていた筑紫勢の矢の洗礼を受ける羽目になる。

「数はこちらの方が多い!
  蹴散らせ!」

 矢の洗礼を受けた秋月・原田勢は怯まずに筑紫勢に突貫してゆく。
  かくして、森の中で敵味方どちらが優位か分からぬ死闘が始まる。
  秋月・原田勢にとって不運だったのは、森の中という状況が分かりにくい所において、

『筑紫勢は少数』

 と思い込んでいた事だった。
  だが、この筑紫勢には実は隠し玉が存在していた。
  太刀洗・高祖城戦で蜘蛛の子を散らすように逃げ出した御社衆二百五十人である。
  水城まで逃げ延びた彼らを、珠姫の事前の指示どおり再雇用して筑紫勢五百人に預けたのである。
  それを筑紫勢二人に対して御社衆一人の配分で混ぜて、森に伏せさせる。
  御社衆も知らぬ森の中では逃げ出す事もできず、牛頸での戦は秋月・原田勢が想定するよりも長く拘束されようとしていた。
 

 一方、水城正面でも動きがある。
  尼子勢と龍造寺勢の衝突からしばらくして、龍造寺勢が引き出したのである。

「この勝負、預ける!
  引くぞ!!」

 乱戦の中で、手勢と共に先頭にいた山中幸盛に突っ込んできた江里口信常が、捨て台詞を吐いて後退してゆく。
  なお、似たような台詞を吐いて成松信勝も山中幸盛の前から引き下がっていたりする。
  ここで龍造寺勢を追うと尼子勢が突出してしまい、牛頸方面で筑紫勢が勝ってしまえば尼子勢は挟まれる危険があった。
  本来ならその時は第二陣である原田・秋月勢が空いた空間を確保する予定だったのだが、その第二陣が拘束されているので下手に出られない。
  そして、大筒を率いてくる立花本陣はまだこちらに到着していない。

「牛頸から横を突かれなかっただけましか」

 後退する龍造寺勢の足軽を眺めながら山中幸盛はぼやく。
  尼子勢が追撃をかけなかった事もあり、正面での戦は収束に向かっていた。

「深追いするな!
  陣を整えよ!」

 兵に声をかけながら、山中幸盛はある事に気づく。

「兵が……少ない?」

 出てきた龍造寺勢の兵が少なく見える。
  彼らはこの戦で二千五百は持ってきているはず。
  今、引いてゆく龍造寺勢を見ると千五百か二千程度にしか見えない。
  つまり、どこかに彼らは兵を隠している。

「どうした?
  めずらしく考えて?」

 いつの間にか駆けてきた横道正光が話しかける。
  それに気づいて山中幸盛も苦笑しながら、気づいた事を口にした。

「どうもあいつら、どこかに兵を伏せているらしい。
  牛頸の方だろうな。
  下手に突っ込んだら横槍を食らうところだった」

 牛頸の方ではまだ戦が続いている。
  戦況が混沌としていて、こちらが出した伝令も状況が分からずに戦が続けられている事しか分かっていなかった。

「ならば、控えている久家の手勢を向こうに出すか?」

 秋上久家の手勢五百は尼子勢の最後尾に陣取っており、現状で唯一動かせる最後の予備兵力である。
  今すぐに動かせるがゆえに、それを命ずるのは危険と山中幸盛の武将の感が告げていた。

「こちらが兵を裂けば、今度は正面の龍造寺勢は食い破るつもりで襲ってこよう。
  今、やつらが兵を引いたのは誘いだ」

 考えてみると、龍造寺勢の侍大将クラスがわざわざ山中幸盛に突貫して後退する事自体がおかしい。
  まさか、鍋島信生の指示が無い事をいい事に好き勝手に彼らが戦をしているなんて、山中幸盛に分かるはずが無い。
  好き勝手が戦そのものを破綻しない程度の分別を持っていた事が幸いして、山中幸盛には龍造寺の囮に見えていたのだった。
  今、戦線に出ている大友軍の兵数が分からない事と、太刀洗合戦の立役者である鍋島信生が見えない事が、山中幸盛を思考の呪縛に捕らえている事に彼自身気づいていない。

「我らの受けた命はこの地を押さえる事だ。
  それ以上の動きをする事も無いだろう。
  とはいえ、牛頸の方を何もせなんだら秋月殿や原田殿に恨まれよう。
  兵を整えた後、こちらから後詰を出すと向こうに伝令を出してくれ」

 だから、不必要な安全策を山中幸盛は取ってしまう。
  即座に秋上久家の手勢を後詰に出したら、三倍近い兵を受け止める事になり、筑紫勢は崩れる可能性が高かった。
  そして、水城側面を押さえる事で、立花軍が来る前に大友軍の防衛線を崩壊させる事が可能だったのである。
  だが、山中幸盛は名将と呼ばれる才を持っていたが為に、その才に捕らわれた。
  動きの見えない鍋島信生とその手勢が出ない事によって、大友軍は寡兵を利に変えていたのである。
  そして、それは実を結ぶ。

「立花本陣!
  裏崩れにござる!!」

 その報告が飛び込んだ時、尼子勢は体制を整えて、牛頸の方に後詰を送る寸前の所だった。
  ある種の確信を持っていたがゆえに、安堵した事を顔に出さず、山中幸盛は詳細を伝令に尋ねる。

「大友・龍造寺勢、二千が丸山城を急襲、落城。
  その報を聞いて、立花勢は立花山城に帰ったとの事」

 山中幸盛の読みどおり、鍋島信生の狙いは立花本陣だった。
  だが、全体で寡兵である事を鍋島信生は理解しており、損害を少なくして相手を撤退させる事を鍋島信生は狙ったのである。
  大友軍総大将である岩屋城代の怒留湯融泉に兵を出してもらい、立花本陣を叩くに足りる二千の兵を用意。
  怒留湯融泉は兵を出す事を渋っていたが、丸山城奪還を目指す事を知った博多太夫の口ぞえで兵を借り受けた鍋島信生は、その兵を持って宇美方面に先に移動して待機していたのである。
  宇美の地は、乙金山・大野山・井野山などに囲まれた盆地になっている。
  そこに二千もの兵を伏せておくのは大きな賭けでもあったが、立花軍が二日市や大宰府という餌に釣られて馬鹿正直に水城に来た事で問題とならなくなった。
  そして、宇美の地は珠姫が庇護する宇美八幡宮があり、元丸山城兵も加わっていた事もあって情報が漏れる事無く、丸山城を攻撃できたのだった。
  城兵が逃げ出した後に入った丸山城の立花軍は寡兵でしかなく、二千もの大兵で押し寄せられて支えられるはずも無く、戦う前に逃亡・開城してしまっていた。
  そして、丸山城から逃げ出した城兵によって、水城進軍中の立花本陣は事態を把握して真っ青になる。
  冷静に考えると数は二千対二千なのだが、藤木和泉守も安武民部も同格の大将である為に、自分が率いている兵でしか物を見る事ができない。

「二千対千……襲われたらひとたまりも無い……
  退路が塞がれる……!」

 共同して敵に当たれば同数であり、大筒もあるので負けるはずも無いのだが、何しろ二人とも謀反を起こしただけに相手を信用できない。
  だから、大筒の破壊力よりもその足の遅さに目がいってしまう。

「城攻めは中止だ!
  急いで立花山城に引き上げよ!」

 どちらが先に崩れたかは分からないが、片方の退却を見てもう片方も退却するという友崩れが発生し、戦う前に立花勢は壊走する始末。
  なお、この壊走時に鍋島信生の大友軍はまだ丸山城を出ていなかったりする。
  そして、この裏崩れが狙い通り水城を攻撃していた立花軍に伝わり、動揺が総崩れに繋がるのに時間がかからなかった。

「秋月・原田勢総崩れです!」
「龍造寺勢、再度押し出してきます!!」

 山中幸盛は、この戦の負けを悟った。
  たとえ兵が少なくとも、本隊が崩れて挟み撃ちにあうと思い込んだ将兵を立て直す事はできない。 

「手仕舞いだな。
  秋上久家の手勢で秋月・原田勢を支えよ。
  博多の方に兵を引くぞ」

 山中幸盛の命に崩れていない尼子勢は整然と兵を引き上げる。
  龍造寺勢も尼子勢が崩れていない事を悟って手出しを控え、崩れている秋月・原田勢の方に後詰を出していた。

「博多?
  立花山城に逃げないのか?」

 退路の方向が違う事に横道正光が疑念の声をあげるが、山中幸盛は壮絶な笑みを浮かべて言い放つ。

「まっすぐ逃げてみろ。
  そこを鍋島信生に潰されるぞ。
  博多を盾に名島城に逃げ込む」

 山中幸盛の読みは当たっていた。
  尼子勢の支援で辛うじて水城から離脱できた秋月・原田勢は、山中幸盛の提唱する博多を盾にする案を拒否して立花山城に逃げ込もうとして、挟みに来た鍋島信生と正面からぶち当たる羽目になる。
  この結果、原田了栄が討ち死に、秋月種実は辛うじて逃れたがその手勢の殆どを失っていた。
  そして、博多を盾にした尼子勢は秋月・原田勢を生贄にして名島城に逃れ、大友軍もそれ以上の追撃を控えて兵を水城に下げたのである。
 
 

水城合戦 

 兵力
  大友軍   鍋島信生他・筑紫広門         四千二百五十
  立花軍   山中幸盛・秋月種実・原田了栄   四千五百

損害
  五百(死者・負傷者・行方不明者含む)
  千五百(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
  原田了栄(立花軍)

 

 

「しかし、何でやつら兵を返したんだ?
  あのまま名島なり立花山なり攻めていれば、博多は奪還できただろうに……」

 水城合戦の翌日、山中幸盛は名島城で博多の町を眺めながら呟く。
  大友軍は再占拠した丸山城も捨てて全兵力を元の水城に下げさせていた。
  大友軍が捨てた丸山城には、立花軍がそれなりの兵を置いて宇美方面へ備えさせている。
  この水城合戦では立花軍の将兵が消耗しただけで、博多の支配権は相変わらずこちら側にある。
  勝利による戦果拡大を狙うのならば、大友軍はこっちに押し出してもおかしくは無い状況のはすである。
  こちら側は兵はまだ六千を越えるが、敗戦で士気は落ち、大友軍は原鶴からの後詰も期待できるはすである。
  その問いに対する回答は、立花山城からの早馬で届けられた。

「白山城の宗像氏貞殿より急報!
  大友軍一万二千が遠賀川を下って芦屋に向かっています!!」


 


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