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大友の姫巫女

第七十四話 戦争芸術終章 水城合戦 前編 

 後に、講談の人気となる、『山中鹿之助九州渡海』の演目において、彼は士気低い尼子将兵に対してこう訴えたという。


「我々は落ち武者だ」

 触れたくない真実に彼はあえて突きつけた。
  うらぶれた将兵達の幾人かが体を震わせたが、敗北によって砕かれた心は彼の言葉ですら届かない。

「裏切られ、飢えと絶望に苦しみ、まだ城に篭る味方を見捨ててこんな場所に来ている。
  敵である毛利の者として」

 嗚咽の声が少しずつ彼の耳に届く。
  真実であるがゆえに、それを認めたくない男達の嗚咽だった。
  その戦は既に今までの戦と違う、何かによって彼らは敗れていた。
  戦ではない、謀でもない、商いでも、政でもない、後にこう呼ばれる概念をまだ彼も彼らも知らない。

 総力戦。

 そう呼ばれる言葉を。
  だからこそ、巻き込まれる。
  大友か毛利か、それは歴史の大渦で、避ける事などできずに多くの運命を飲み込んでゆく。

「だが」

 彼の声は低く、重たいのに、それを聞き逃す者はいなかった。

「勝者につく事を潔しとせず、己が背負う滅んだ旗を貫き通す。
  そんな馬鹿がまだいるのなら」

 彼自身の声も大きく、熱くなる。
  その熱気に、その魂の叫びに、彼らも知らず知らず引きこまれているのに気づかない。
  はっきりと見せ付けるように、彼は哂った。

「その馬鹿を、勝者に見せ付けてやろうではないか」

 彼らの目の色が変わった。
  既に生きる為に来た者は逃げ去っている。
  ここに居たのは、死ぬ為に来たのに死にそこなった者ばかり。

「俺は、毛利の武者を道連れにするならまだしも、戦えずに飢えて死ぬのが我慢ならない!
  戦が何もせずに終わるのが許せない!
  何よりも、ただの負け犬として滅ぶのが我慢できる訳がない!!」

「そうだ!」

 ついに彼以外の魂の叫びが響く。
  そして、その叫びは波紋のように感染してゆく。
  皆の叫びを満足そうに見つめ、彼は運命を哂う。
  その手に持つ旗は四つ目結。
  その旗は気高く、そして誇らしく周りにそびえる一文字に三つ星の旗を見下していた。

「我等は尼子である!!!
  一時は大内と派を競い、西国十一カ国を治めた西国の覇者なり!
  散るならば戦場で堂々と散ろうではないか!!」

 彼は哂いながら呪う。
  敗者達が勝者に送るの最後の呪詛なのだ。
  その呪詛を彼は誇らしく高らかに叫ぶ。 

「さあ!敗北を始めようではないか!!!」


  本当に彼がこのような演説をしたかは史書は語らない。
  だが、九州に渡った尼子勢の奮戦ぶりは多くの史書が語り、その武勇を称えているのが答えなのだろう。


  かくして、彼らの栄光ある敗北はこうして始まった。


  毛利水軍による芦屋上陸は順調にすすんだ。
  丸一日かけて上陸軍四千が芦屋にあげられた時、大友はそれを妨害する事ができなかった。
  この時、もっとも近くに領地を持っていた麻生家は、総領家麻生隆実と分家麻生鎮里が対立。
  麻生鎮里が宗像側についてしまい、芦屋攻撃などできる訳も無く。
  その奥座敷にある筑豊を統治していた田原親宏も、豊後から逃亡してきた秋月種実が旧臣を集めて蜂起しており、その対応に追われていた。
  そして、水際で防ぐ事を期待されていた立花山城の立花鑑載が重臣である安武民部と藤木和泉守の謀反によって殺されるという突発事態が発生。
  間の悪い事に、この時大友軍は原田了栄が篭る高祖城を攻めており、この謀反で大友軍は大混乱に陥っていた。
  かくして、毛利軍四千は犬鳴峠と見坂峠を守っていた立花軍と合流して、立花山城に入城したのだった。
  この入城を持って、博多は毛利の手に落ちたと言っていいだろう。
  なぜなら、博多の大友勢力は立花山城陥落時の想定に基づいて二日市に退避を始めており、後を任された博多町衆は大友勢力が居ない事と、毛利軍に逆らわない事を約束して博多を戦火から守ったのである。
  そして、博多が手中に落ちた事で毛利軍は総崩れの大友軍に対して追い討ちをかける。
  高祖城を攻めていた大友軍は慌てて引き上げようとしたが、原田・立花軍に補足され室見川中流の内野で合戦を行うも辛うじて逃げられてしまう。
  そして、内野合戦の後立花山城に戻った立花・原田軍と合流した毛利軍が目をつけたのが、博多近郊の大友勢力の最大かつ最後の拠点である岩屋城であった。


  地理説明


      ▲立花山城

   ▲名島城

 ■博多   ▲丸山城


     凸水城 凸岩屋城

       □大宰府
     □二日市
 

 既に宗像を除く反大友勢力の全てである八千五百が博多に集結していた。
  そして、岩屋城周辺の大友軍は四千五百しかいない。

「兵で勝ち、勢いも我等の方にある。
  岩屋城を落とせば、大友軍は用意に博多に攻められなくなる。
  直ちに兵を出して、岩屋城を攻め取るべし!」

 今まで散々押されていた分、軍議に参加している原田了栄は鼻息荒く攻撃を主張する。
  藤木和泉守が岩屋城近隣の大友軍の詳細を告げる。
  先ごろまで大友側だっただけに、大友軍の配置も全て漏れていた。

「岩屋城の城代は太刀洗合戦の敗将である、怒留湯融泉。
  彼が千の兵と共に岩屋城に篭っています。
  そして、内野合戦で逃れた龍造寺と筑紫の軍勢三千が水城に陣を構えて待ち構えており、二日市と大宰府には中洲遊郭から逃げ出した女共が居る模様。
  彼女らは、岩屋城落城の際に褒美として兵たちにくれてやりましょう。
  もちろん、われらが先に味見した後で」

 下卑た冗談で評定の席が笑いに包まれる。
  そんな評定でも山中幸盛は積極的に口を開こうともしない。   

「で、岩屋城を落とすのならば、水城を潰さないといけない訳だが?」

 場の空気を戒めたのは、筑豊で蜂起してきた秋月種実。
  彼は筑豊での蜂起が時間稼ぎであり、珠が善政を敷いている旧秋月領を回復する事は無理と蜂起勢千を率いて立花山城に入城していた。
  この面子の中で最も大友を恨み、かつ痛い目に合わされいてた彼だからこそ、この場の空気が危うい事を察したのである。

「平地にあるただの土塁ごとき、抜くのは容易い事。
  何しろ我等にも大筒はある」

 安武民部が余裕の評定で言い放つ。
  大筒は高価なものであるが、珠姫が買いあさりそれを使用した戦果を上げていた事もあって、九州の大友勢力を中心に購入を始めた勢力が出て来たのだった。
  そして、立花家は博多という大筒が買える経済力と大筒を入手できる場所を持っていた事もあり、二門だが大筒を保有していた。

「つまり、水城を落とし、二日市・大宰府を落とした上での岩屋城攻めか。
  そして、こちらが大筒を持っている事は、向こうも知っている。
  二日市も大宰府も防御に向いていない以上、大友は全力で水城を守りにくる訳だ」

 山中幸盛は、はじめてこの戦評定で口を開く。
  その声は飢えた餓狼を諸将に想像させた。

 

 

 先陣は山中幸盛率いる尼子勢三千、次に原田了栄・秋月種実が率いる千五百、本陣は藤木和泉守・安武民部が率いる立花勢二千の六千五百で立花山城を出陣した。
  水城攻めは本隊が引っ張っている大筒で行うため、尼子勢は本陣が水城に展開するまで、大筒を狙っていくるであろう大友軍をあしらうのが仕事となる。

「なぁ、何で先陣を申し出た?
  尼子再興の為にも、兵の消耗は避けた方がいいと思うのだが?」

 戦前にそう問いかけたのが尼子勢の副将である横道正光。
  他に彼は高光・高宗の弟を連れてきており、部隊運用面における実質的な大将として山中幸盛を傍で支えていたのである。
  その彼の問いかけに、山中幸盛は肩をすくめてため息をついてみせる。

「あの連中で勝てると思うのか?」

 それは、今回の戦の総大将となっている藤木和泉守・安武民部の二人の事を指していると横道正光は気づく。

「そこまでひどいか?」

「ああ、俺たちがこったに来る前にやつらが起こした内野合戦か。
  あれもひどいぞ。
  追撃戦なのに、追手が出せてないし、たいした損害を与えられていない」

 山中幸盛の評価は半分正当であり、半分間違っている。
  内野合戦に参加した安武民部は自身が動かせる兵を最大限持ってきているのだった。
  つまり、彼が動かせる兵は千でしかない。
  それは、藤木和泉守も同じで、内野合戦時に何をしていたかというと、彼の手勢千で立花山城と博多の掌握に動いていたのである。
  だから二人が率いる本陣の二千というのは両方の最大兵力であり、両隊に一門ずつ大筒も配備していたのだった。
  立花家の兵は三千なのであとの千はと思うが、その千を率いる大将がいないので立花山城に篭らせているというていたらくである。
  何しろ、この戦の前に珠姫によって薦野宗鎮・米多比大学という二人の重臣を引き抜かれ、今回の謀反で当主である立花鑑載を殺しているので大将が不足していたのだった。
  ならば、原田了栄や秋月種実に兵を分ければいいのだが、分けた兵を自分の物にされるのを二人は恐れているのだった。
  何の事はない、大友家およびその友好勢力がやらかした大失敗である、『軍勢の意思統一』がここでも図られていないのであった。
  そして、月山富田篭城戦で意思統一に失敗して軍勢が崩壊するのを山中幸盛はその目で見ていたのである。
 
「俺たちの仕事は本陣が出張るまでの露払いだ。
  で、俺が敵将なら、俺らを叩くとも思えんがな。
  水城に篭っている龍造寺の大将が分かった」

 山中幸盛が今、間者から届けられた書状を横道正光に渡す。

「鍋島信生。
  太刀洗合戦で大友を手玉に取った、龍造寺隆信の懐刀。
  毛利が掴んでいる、太刀洗合戦の詳報が本物なら、多分あの二人では勝てない」

 はっきりと山中幸盛が断言する事によって、横道正光もうっすらと彼が何を考えているか分かってきた。

「立花勢が壊滅し、あの二人が討ち取られたら必然的に毛利側から大将が来ない限り、立花山城を守るのは兵数の多い我等となる訳だ」

「城に篭るのならば、知らぬ者の指揮で篭りたくはないだろう?」

「悪党め」

 二人して意地の悪い笑みを浮かべてた時、尼子勢で一隊を率いている、秋上久家がこちらに駆けてくるのが見える。

「おい、女之介はもう向こうに行ったのか?」

「ああ、この書状を渡して二日市遊郭に潜り込んでもらっている」

 井筒女之介。
  蜂屋衆の一人で、山中幸盛が横道正光に渡した書状を持ってきた間者であり、女装の達人である。
  珠姫の駄目言葉を使えば、一言で彼の容姿が分かるのであえて遣わしてもらう。


「お、男の娘ですってぇぇぇぇぇぇっ!」

 
  本当にありがとうございました。
  話がそれた。
  秋上久家が潜り込ませた間者を探す事を気になった山中幸盛が彼に尋ねる。

「女之介がどうかしたのか?」

「気になる噂を耳にした。
  丸山城があるだろ。
  立花謀反の後、立花勢が攻めたらもぬけの殻だった。
  博多の博多太夫の手引きで一党を逃がしたらしいが、なんで大友珠姫直属の博多太夫が立花山城の付城の逃亡まで差配するんだ?」

 秋上久家の説明で、それが異常な事である事が分かる。
  九州に君臨する超大大名である大友家の筆頭後継者候補であり、最高意思決定機関である加判衆に参加し、二十万石以上の収入を持つ大友家の最重要人物の一人。
  その珠姫に直属で使える姫巫女衆の遊女、特に太夫と名のついた各遊郭の長はそんじょそこらの国衆なんかより遥かに影響力がある重要人物である。
  そんな重要人物が立花謀反という緊急事態において、丸山城という小城の脱出の手引きをしたとくれば疑問符が付かざるをえない。

「で、だ。
  この城には黒殿姫という姫がいたらしいが、誰が親だか分かっていない。
  使えている者も皆、親については口を噤んだそうだ。
  達筆で頭も良く、気品ある娘子らしいが……」

 そこまで言えば、秋上久家が言いたい事を山中幸盛も横道正光を察した。

「立花鑑載の隠し子か?」
「案外、博多太夫が母親だったりしてな」
「その可能性は高かろう。
  だとしたら、まずいぞ。
  立花鑑載とその血族は皆始末したそうだが、隠し種が居たなんて事がばれたら家中に動揺が走るだろうな。
  あの二人が負けた後だと」

 この時の三人の推測は見事に的中していた。
  珠姫は立花鑑載の謀反の可能性と立花家の粛清を考えており、その後釜に立花の血を引く都合の良い子どもを欲していたのである。
  で、立花鑑載を篭絡できるだけの女も博多に置いていた事もあり、色仕掛けをしかけたのである。
  この色仕掛けは博多太夫が黒殿姫を生んだ事によって結実するが、惚れた博多太夫が珠の命令を無視して立花鑑載に事の次第を暴露。
  商人たちの情報と共に、彼が謀反を思いとどまる一因になるのだが、それを知っているのは博多太夫しかいない。

「水城前方に大友・龍造寺・筑紫軍!
  その数は約三千!!」

 伝令の敵発見によって、三人は現実に戻る。
  横道正光が前に出張る龍造寺の旗を見つめて口笛を吹く。

「やはり大筒を警戒して、水城には近づけさせぬか。
  防がせるが、お前はどうする?」

 横道正光は山中幸盛にわざと尋ねる。
  尼子勢の総大将をしているが、彼とてまだ若武者。
  軍を率いるより、己の武勇を誇りたい年頃である。

「ふん。
  後ろが崩れるまで、龍造寺と遊んでいるさ。
  久家、後詰として待機してくれ。
  後ろが崩れたら、見捨てて引くぞ」

「承知。
  お気をつけなされ。
  龍造寺には、敵方である珠姫より特別に武勇を称された五虎将がいるとか」

 秋上久家の言葉に山中幸盛は心底楽しそうに笑う。
  これぞ、彼が求めていた戦であった。

「頼むから、女との逢瀬に行く様な顔をしてくれるな。
  今更言っても仕方ないが」

 横道正光はこれ見よがしにため息をついた。
  それを気にする事も無いように、山中幸盛は馬に一あてして前方に単機で駆け出す。

「すまぬ。
  少し手合わせしてくる」

「ほどほどにして帰って来い。
  一応、お前が大将なんだからな」

 秋上久家が言葉を投げかけるが、既に山中幸盛は駆けていてそれを聞いていない。
  かくして、水城合戦は山中幸盛一騎駆けという、源平合戦さながらの戦作法ではじまったのだった。

 

作者より一言

 黒殿姫と井筒女之介はオリ設定入っていますが、井筒女之介の『女装の達人』については、

 出展である講談の 設 定 ど お り  です。


  凄いよ日本……


 


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