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大友の姫巫女

第七十二話 戦争芸術終章 舞台裏 その一 

筑前国 二日市遊郭 

 集まっていたのは、数千の兵。
  だが、その兵達の殆どは大友家の兵ではなかった。

「皮肉なものですな。
  勝った者、負けた者、傍観した者が同じ席で軍議を行うとは」

 そう自嘲したのは敗者だった岩屋城代である怒留湯融泉。
  今回の戦の監督を任されたはいいが、己の手勢に今回も役に立たないだろうかき集めた御社衆を足した千五百を率いて、背後の宗像への警戒に当たる羽目に。
  しかも監督する面子を見たら腐りもしよう。

「自らを貶めなさるな。
  此度の一件では、御咎めを下された訳ではないのですぞ」

「左様。
  論功は全て終わってから。
  『先の敗北はこの度の勝利で取り消せばいい』とのお達しをお忘れ無く」

 腐る怒留湯融泉を、勝尾城主筑紫広門と立花山城主立花鑑載がとりなすが、三人の視線の前には太刀洗合戦の勝者である鍋島信生が仏頂面で地図を睨んでいたのだった。
  龍造寺との和議が成立した後、大友軍は筑前高祖城の原田了栄(出家前は隆種)を攻める事を決定。
  謀反を起こした三家中、一番小さい原田を潰すのに先に和議を結んだ龍造寺、太刀洗合戦で不手際を問われた筑紫、今頃になって態度を表明した立花と問題ある家に任せる事にしたのだった。
  何しろ、戸次鑑連率いる討伐軍は今だ原鶴の地に留まっている。
  これらの家が何かしたら即座に潰す準備は整っているので、彼らも不審な動きをする訳にはいかなかったのだ。
  手勢千と共に高祖城に篭っている原田了栄に対し、

 大将 怒留湯融泉  千五百
       筑紫広門   五百
      立花鑑載   三千
      鍋島信生    二千五百

      合計        七千五百

 という圧倒的な兵力で攻め込む為に、博多近郊の二日市遊郭に集結していた。
  中でも大規模な兵を持ってきたのは、龍造寺家で、

「大将である龍造寺隆信が出るか、龍造寺領の兵全部持ってくるかのどちらか好きなのを選んで」

 という珠姫のオーダーによって、動員兵力を全て持ってきていたりする。
  さすがに、大将が出向いた結果謀殺されかねないと龍造寺家中も心配して、派兵できる最大戦力を持っての出陣である。
  もちろん、それを率いる大将は鍋島信生しかいない。

「隙あらば、裏切れ」

 とは主君龍造寺隆信の命だが、出陣準備の段階で既に珠姫の謀略の糸に絡め取られていた事を彼らは思い知るのだった。
  何しろ、今回の出陣は各家の自腹である。
  もちろん、原田領を攻め取ればそこから恩賞が与えられるのだろうが、龍造寺の場合は既に功績を立てないと知行を削減する旨を伝えられている。
  そして、出陣の為の兵糧や弾薬、荷駄に人足に至るまで全て用立てた島井宗室(の背後にいる珠姫)の請求は龍造寺については他家より割高で設定されており、他の商家を探そうとしても、

「姫さんの目があるので勘弁してください」

 と断られる始末。
  この事態にはじめは隆信も信生も楽観視していたが、肥前商人ですら龍造寺を断る事態に二人して顔が真っ青になる。

「俺は、誰に喧嘩を売ったかはじめて思い知った。
  しかもその喧嘩、えらく高値で買われたらしいな……」

 隆信の狂気すら打ち砕く容赦ない銭攻めに信生も打つ手が無く、今回の出征で龍造寺は蓄えだけでは足りず、莫大な借金を背負う形となった。
  そして、その借金の担保は龍造寺の知行なのだから、勝っても負けても龍造寺はとんでもない事になる。
  だからこそ隆信の「裏切れ」発言なのだが、ここで裏切ったら今度こそ龍造寺は原鶴の大友勢に蹂躙されるだろう。
  かくして、龍造寺の生き残る唯一の手段は原田攻めで大功を立て、珠姫に取り立てを控えてもらうしかない。

 こうして二日市にやってきた龍造寺勢を出迎えたのが、九州南部で発生した戸神尾合戦である。
  この合戦では大友が直接関与をした訳ではないが、親大友勢力の大敗は日向と肥後の国人の動揺を招き、太刀洗に続く敗北に大友は早急な勝利を求めていたのだった。

(せめて戸神尾合戦の報が、太刀洗合戦の直後に来ていれば……いや、戸神尾合戦の後に動けば良かったか……
  いや、府内の騒動に派生してだろうから、戸神尾の報がきてからでは遅い。
  考えても詮無き事か……)

 そんな内心を顔に出さず、鍋島信生は諸将を前にこう言い切った。

「此度の戦、我等龍造寺のみで行う所存。
  どうぞ、諸将の皆様は高みの見物をしていただきたい」

 その淡々としつつも傲慢極まりない物言いにさすがにカチンと来たのか、立花鑑載が毒を吐く。

「大変ですな。
  お家の一大事にある家は」

「勘違いしないで貰いたい。
  まだ宗像が残っているではござらぬか。
  原田ごとき雑魚は我等で十分。
  宗像という大魚で思う存分手柄を立てられれば良かろう」

 立花鑑載の吐く毒程度で鍋島信生の鉄面皮は崩せない。
  残る謀反勢力で原田は精々三万石程度、宗像は六万石の知行を持つ。
  ましてや、龍造寺の窮状は諸将に広く知れ渡っていて、原田を攻め落としてもその知行は龍造寺に流れる事はまずない事まで知られていたのだった。

「だが、まだ宗像攻めの命はきておらぬが?」

 控えめに筑紫広門が口を挟む。
  病死(という事になっている)した先代惟門の毛利内通、龍造寺との単独和議を大友に責められたこの家も、功績を立てなければ危ないと自覚はしていたのだった。

「宗像が考えるのは、我等が兵を原田に向けた時にその背後を突く事だろう。
  よって、犬鳴峠と見坂峠に兵を置いて警戒し、即座に動けるようにする事こそ肝要では」

 鍋島信生の見立てが正しいがゆえに誰も口を挟むことができない。
  ぽつりと、怒留湯融泉が口を開く。

「まさかと思うが、原田攻めで罪が贖えると思ってはいるまいな?」

「わが家の窮状はご存知のはず。
  できれば、原田だけでなく宗像すらもわが家のみで滅ぼしたいぐらいで」

 さすがにここまで言い切られると諸将も苦笑せざるを得ない。
  かくして、原田攻めは龍造寺が先鋒、筑紫と御社衆の一隊が二陣となり、立花は宗像への警戒、怒留湯融泉は後詰として二日市で待機という陣立てが決まったのだった。

 


  数日後 高祖城郊外 龍造寺陣所

 高祖城を囲んだ龍造寺軍はそのまま城攻めを敢行。
  既に下の城は落とし、上の城に追い詰められた原田軍は必死の抵抗を続けていた。
  とはいえ、思った以上の城攻めの進行に皆浮かれ、夜の闇が降りているのにかがり火を盛大に炊いて明日の戦に備えていたりする。

「下の城があっさり抜けるとは……大筒は城攻めにおいて恐るべき力を見せるかもしれぬ」

 龍造寺五虎将の一人、戸田(百武)賢兼がぽつりと原田が篭る山頂の山城を眺めながら呟く。
  かの城も奇襲を避ける為にかがり火を盛大に炊いているから、こんな夜でも城が見えているのだった。
  彼ら龍造寺五虎将もこの戦に全員参加していたが、下の城が落ちたのは龍造寺軍の猛攻では無く、珠姫の指示で岩屋城からはずされた大筒の威力のためである。
  大陸から持ち込まれた佛狼機砲五門を御社衆につけて原田戦に投入。
  杉乃井戦で問題となった大砲の欠陥についての改善案も兼ねての実戦投入だったのだが効果は絶大で、高祖山の麓にあった下の城と呼ばれる居住区や屋敷はこの砲撃で壁や板が崩れ、何よりも轟音の連打で守備兵の士気が崩壊して、砲弾の届かない上の城に逃げ出したというのが真相である。
 
「だが、上の城は大筒が届かぬ。
  ここからがわれらの仕事よ」

 同じく龍造寺五虎将である江里口信常が胸を叩いて鼓舞する。

「とはいえ、下の城を抜いたのだから囲んで、向こうが根を上げるのを待つのがいいのでは?
  死兵と化した原田をこれ以上攻めるは、我等も無視できぬ手傷を負うかもしれぬ」

 成松信勝が慎重論を唱える。
  鍋島信生の見立てどおり、原田攻めで宗像が隙を突くのならばそろそろ動いてもいいはずである。
  原田攻めで多くの損害を出すと、後の宗像攻めに対応できないから言ったはいいが成松信勝もその心中は揺れていた。

「考えても仕方あるまい。
  追い詰めてはいいが、そのまま原田を残せば今度は原田に背後を突かれる。
  損害は覚悟でここは潰してしまうべきかと」

 円城寺信胤がため息を吐きつつぼやく。
  大兵を集め、大筒という新兵器を投入しての戦だが、常に二両面作戦を意識せずにはいられないので将兵ともいつ挟まれるか気が気でないのだった。
  だからこそ、原田を潰してしまえという意見が自然と主流になる。何しろ人は不安時には強硬な意見に流れるものである。

「で、御大将はどうする腹積もりで?」

 木下昌直が鍋島信生の方を見て決断を促すが、信生はそれに答えずに、その日の軍議はそのままお流れとなったのだった。

 


  その夜遅く、陣内の宴を避けるように鍋島信生は一人陣から出て、筑紫陣に入る。
  筑紫陣も、酒に女に博打とにぎやかな事この上ないが、これも戦の光景であるため鍋島信生はあえて何も言うつもりは無かった。

「お待たせしました。鍋島殿」

「お構いなさるな。帆足殿。
  先代のお悔やみも言えず、申し訳ない」

「構いませぬ。
  これも戦国の世ゆえ」

 病死と届けられた筑紫惟門は、実は自ら腹を切ったのである。
  筑紫惟門の死をもって全ての罪を彼に押し付けたからこそ、筑紫は逃げきる事ができた。
  そして、筑紫との和議を担当した鍋島信生だからこそ、筑紫のからくりを全て見透かしていたし、彼を死に追いやった罪悪感もあったりするがそれはこの場の本題ではない。

「毛利の後詰が来ます。
  芦屋に、数日中には」

 国人衆はその所領の小ささゆえ常に勝ち組につこうとし、だからこそ彼らの情報網は恐ろしいほど発達している。
  筑紫惟門が持っていた毛利とのパイプは、全て帆足弾正に引き継がれていた。
  だからこそ、この事態の急変を告げる報告も耳に入ったのである。
  毛利側とすれば、各地で反大友勢力が蜂起すればするほど上陸が楽になるからである。

「規模の方は?」

「数千は確実。
  あと無視できぬのが、豊後の騒動の隙に寺に幽閉されていた秋月種実が逃げ出したと」

 秋月種実。
  彼が旧領に帰れば、一騒動起こるだろう。
  珠姫も、新領主となった田原親宏も善政を敷いてはいたが、世の常として勝ち組と負け組は必ずおり、その負け組の一発逆転の旗頭に祭り上げられるだろうからである。
  そんな事を鍋島信生が考えているとは知らずに帆足弾正は続きを話す。

「それに、麻生も揉めている。
  あそこは領地が門司にも宗像にも近すぎる。
  大友と毛利の二派に別れているから、毛利の後詰が着いたら火を噴く」

 麻生隆実は場所が場所ゆえ、大内家、そしてその後を継いだ毛利家と縁が深いが、門司合戦以後の毛利勢力の衰退を見ながら少しずつ大友に舵を切り始めていた。
  とはいえ、内部の統一など反大友傾向の強い宗像が隣にある事もあり、まとまらずに統一行動が取れていなかったのだった。
 
「太刀洗、戸神尾の連敗がこうも効くか。
  思った以上に大友は揺れていると見える」

 既に大友側に付かないと明日が無い現状ゆえ、鍋島信生も愚痴をもらしてしまう。
  ぱちぱちとかがり火の音を気にしながら、帆足弾正は左右を確認して誰もいない事を確かめた。
  その仕草で、鍋島信生は間違いなくまずい事を話すのだと気づいたが、帆足弾正の言葉を止めるつもりも無かった。

「立花に謀反の気配がある」

「なっ!」

 必死になって鍋島信生は手で口を押さえて声が漏れるのを防いだ。
  あまりの衝撃的な事実に感覚が鋭敏になり、今更だがかがり火に飛び込む虫の燃える臭いに不快感を持ってしまう。

「元々、姫様の次の狙いが立花だったのは鍋島殿も知っていよう。
  その下準備として、薦野宗鎮や米多比大学等、立花家中の親大友派を岩屋城付きとして引き抜いている。
  だから、あそこは家中は反大友でまとまっているのだ」

「では、大友についたのは立花殿の独断……」

「さよう。
  当然家中はそれを快く思っていない。
  そんな矢先での戸神尾の大敗と毛利の後詰の報。
  揉めるでしょうな」

 とはいえ、逆賊がそのまま城を治めるのは意外と難しい。
  何しろ、立花鑑載に過失がある訳でもないからだ。
  そこまで考えていた鍋島信生がある事実に気づいてはじめて声を荒げた。

「だから毛利の後詰か……!
  毛利軍に立花山城を渡し、自分らは毛利家臣として組み込まれる。
  それで謀反の汚名は毛利がかぶってくれるっ……」

 夏の夜なのに鍋島信生は震えていた。
  寒いわけではない。
  自分達が死地にいると思い知ったからである。

「これでもまだ姫様の勝利を疑いませぬか?」

 帆足弾正はあえて危険な言葉を鍋島信生にはなった。
  受け取り方によっては、『毛利に寝返れ』と聞こえなくも無いからだ。
  それができるのならば苦労は無い。
  現状での裏切りは、本拠に兵の無い龍造寺の滅亡に他ならない。
  それを知った上で帆足弾正が尋ねているという事は、うかつな返事はできないと鍋島信生は悟った。

「……」
「……」

 双方何も言わない。しゃべらない。
  けど、この静寂な瞬間に龍造寺家の未来がかかっている事を鍋島信生は分かっていた。

(何故、ここで帆足弾正は寝返りを誘う?
  いや、龍造寺と筑紫が寝返っても、原鶴の大友本軍に今なら簡単に潰される。
  ましてや、筑紫は先代に腹を切らせてまで大友に忠義を見せたはず。
  辻褄が合わない……)

 顔から汗が垂れる。
  とはいえ、二人とも微動だにしない。

(そうか。
  帆足弾正は我等を売るつもりだ。
  もし、ここで寝返りの言葉を言えば、謀反の意思ありと原鶴に告げるつもりなのだ。
  かの家は龍造寺の叛意を確かめる事で、大友に対して忠義を立てるか……)

 かかり火の燃える音だけがひどく大きく響く陣幕の中、意を決して鍋島信生は口を開いた。

「実は、かの姫に少々借りがございましてな。
  踏み倒そうものなら、毛利はおろか地獄まで追ってこられると心配している次第で」

 あえて茶化したこの答えを聞いた帆足弾正はゆっくりと息を吐き出した。
  その後に浮かんだ微笑を見て、鍋島信生はこの場を切り抜けた事を悟ったのだった。

「もし、立花が謀反を起こせば我等は袋の鼠。
  三瀬峠を越える前に補足されて潰されましょう。
  小笠木峠を越えてくだされば、そこから二日市まで筑紫の者が案内いたしましょう」

 そして、鍋島信生は気づいた。
  ここまでの手を用意しているという事は、筑紫は、いや珠姫は立花が寝返る事を想定して事を起していたのだと。
  しかも、それを食い破るつもりで毛利は後詰を送ってくると。

 その先と結末がどうなるのか、鍋島信生にも分からなかった。
 
  


  数日後、高祖城を囲んでいた龍造寺軍と筑紫軍に、

『毛利軍先鋒芦屋に上陸!』
『立花謀反!
  立花鑑載殿は謀反勢に討たれ、立花山城は謀反勢が占拠!』

 の急報に囲みを解いて撤退する。
  もちろん、原田と立花謀反の首謀者の一人である安武民部がこれを見逃すはすが無く、室見川中流の内野で合戦が発生。
  三瀬峠を越えると読んだ謀反勢の裏をかいた龍造寺軍と筑紫軍は、さしたる損害も無く小笠木峠を越えて二日市に逃げ込む事に成功したのだった。
  なお、この高祖城攻めに使った大砲は御社衆が逃亡・離散した為に鹵獲される事を恐れた鍋島信生の命によって全て爆破処理された。
  その報を聞いて、

『あれ高かったのにぃぃ!』
 
  と、叫んで珠姫がぶっ倒れたという伝承が残ったがそれは後の話。 

  
内野合戦

 兵力
  龍造寺家・筑紫家   鍋島信生・筑紫広門       三千
  原田家・立花家    原田了栄・安武民部       千数百

損害
  百数十(死者・負傷者・行方不明者含む)
  百数十(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
  なし


 

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