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大友の姫巫女

第六十九話 戦争芸術 戦国禿鷹道

 戦国時に国内有数の繁栄を誇っていた博多の賭場に、裳着を済ませたばかりの娘がふらりと現れた。
  その上質な着物から大店の娘が迷子にでもなったかと思われたが、「遊びたい」と銭の入った袋を差し出した。

「倍プッシュよ」

 この手の賭場は当然イカサマが行われており、娘は豪快に負け続けた。
  けど、彼女は負けた次の賭け銭を前の倍にして張り続ける。

 銭が無くなり娘は帰るかと思えば、

「体で払うから」

 と、ほざいて更に賭けを続ける始末。
  当然負けたので、体で払ってもらおうかと男達が下心丸出しで娘に近づこうとしたら、娘は一言。

「紙と筆を持ってきて」

 と、のたまい、さらさらと何か書いて胴元に手渡す。

「これを両替商に持って行ってくれない?
  その後で、たっぷり体で払うからさぁ」

 餓鬼の落書きなんて一文にもならないと嘲笑いながら、両替商の所に持っていったら、負け分全額が支払われて目が点。
  しかも、割引無しの満額支払いという超優良証文と両替商に言われて、持って帰った銭を前にして一同ポカーン。
  そんな中、娘は一同を嘲笑いながら、

「さぁ、賭けを続けましょう。
  私の賭け銭は二十万石分あるわよ」

 そう。
  ワシズごっこを楽しんでいたのは、秋月騒乱で領地を急拡大させた大友家の珠姫本人だったのです。
  そして珠姫は負け続ける。
  けど、勝てば勝つほど賭場の相手は、汗が吹き出て、眩暈で手が震え、賭け銭が一万貫を突破した時に胴元が、

「銭は返すから出て行ってくれ!」

 と、泣きついて追い出されたという。
  なお、この一部始終は博多奉行の臼杵鑑速経由で父大友義鎮の耳に入り、義鎮は大爆笑。
  珠姫は博多にすっ飛んできた養母の奈多夫人に尻を叩かれながらこっぴどく叱られたという。
  それ以降、博多の全ての賭場では『姫様お断り』の張り紙が張られる事となり、姫の名を持つソープ嬢(泡姫)も博多の賭場には出入りできなくなったという。

 ――民明書房刊「九州おもしろ伝統風俗」より抜粋――

 


  九州最大、そしてアジアでも有数の貿易都市として急拡大している博多の一角にその座はあった。
  宇佐八幡の管轄する新たな座、『博多座』は突如九州において発生した戦争に対してその商品、『証文』の売り買いに勤しんでいたのだった。
  さて、ここで証文取引の簡単な説明をしよう。
  この時期の多くの武士は土地から上がる収入で生活していた。
  とはいえ、生活における日々の支払いは常にあるものだが、収入源である米は年に一度しか取れない。
  かくして、商人に借金して秋の収穫物で支払うという契約が成立する。

 だが、商人とて無限に金を持っているわけではない。
  戦や天災で損を出し、手持ちの金では足りない事も多々あるのである。
  そんな時にこの証文を別の商人に割引して売るのである。
  売手は割り引いた事で現金と時間を買い、買手はその割引差分が利益となる。
  もちろん、証文売買ができる商人というのは、満期支払いが待てる時間があるほど銭がうなっている大商人に限られる。
  もっとも、

「博打に確実に勝つには胴元になるのが一番でしょ」

 と、設立時に珠姫がほざいた通り、ここでの売買には手数料がつき、その手数料は全て座の主人である珠姫の懐に転がり込むようになっていた。
  だが、世の中というのは時々副次的な効果を見落とす事が多い。
  珠姫が作った博多座に入れる者はその性質上西国でも豪商と呼ばれる大商人しか入れず、結果的にある種のサロンとして機能してゆくのだった。
  そして、博多座の茶席で茶を点てるというのが、商人にとってのステータス、茶人にとっての晴れ舞台となってゆく。

「この証文買ってくれ!」
「この証文売るで!」
「買った!」
「売った!!」

 博多座一階は基本的に誰でも出入りができるようになっており、そこは座のメンバー達が合同で出資した両替商がおかれている。
  交通が整っていないこの時期、遠方から来る出入りの商人の存在は情報源として必須であり、出入り商人達も小商いの証文も価値に応じて換金してくれるこの両替商を重宝していたのである。
  そんな売り買いを見ながら、一人の男が奥に向かって歩く。
  上品な身なりの男の先には二階に通じる階段があり、その前には屈強な男達が見張り出入りを制限している。
  ぺこりと男が頭を下げると、見張りの男達もその歩みを止める事無く、男はそのまま二階に上がる。
  そこが上流階級の世界という事だった。

 座主である珠姫は意図してなかったが、サロンというものは己の権勢を見せつけてコネを作る場所である。
  座に入った大商人達は競って、二階を己の権勢に相応しい空間に変えていったのである。
  大陸に近い事もあり、大陸風の美術品が溢れ、一級品の屏風や茶器が嫌味にならない程度に飾られていた。

「いらっしゃいませ。島井宗室様」

 珠がこの博多座につけた専属の高級娼婦、博多太夫が優雅に上がって来た島井宗室に一礼する。
  彼女は本来体を売る事が仕事ではあるが、この手のサロンで体を売っても二束三文でしかない。
  彼女が売るのは雅な空気であり、メンバー達が心地よく情報交換できる潤滑油であり、彼女の雇い主である珠姫がもたらす情報だった。
  彼女の下に数人花魁もつけられており、珠姫の博多における外交使節としても機能しているのだった。
  当然体だけでなく頭も一流で、彼女の前任者はここでの仕事の後、サロンのメンバーである商人の後妻に納まっていたりする。

「お手数をおかけしました。
  それで商いの方はいかほどに?」

 艶っぽい博多太夫の声にも揺れず、島井宗室は商人の笑みのままその成果を伝えた。

「そこそこ儲けさせてもらいました。
  姫様は最初から龍造寺は助ける算段だったんでしょうなぁ。
  太刀洗で戦が始まる前に、龍造寺の証文を買い漁れとは」

 それは、規模は小さいが毛利が行った大友への仕手戦の仕返しだった。
  謀反で暴落した龍造寺の証文を島井宗室は珠姫の命によって買い漁り、郵便制度が整っていたからこそ彼は太刀洗合戦前に動く事ができたのだった。
  その証文達は太刀洗合戦における勝利とその後の大友への和議成立をもって急高騰。
  珠姫と島井宗室に数万石分の巨利をもたらしたのだった。
  とはいえ、毛利が神屋紹策を使って行った対大友仕手戦で得た利益は数十万石に及ぶ。
  十万石しかない龍造寺と百万石を超える大友の差であるから仕方ないといえばそれまでなのだが。 
  つい数日前まで、下では大友の証文の大暴落が起こっていたばかりなのだから。 
  
「大友の証文を売るで!」
「もっちもや!八掛けで売るで!」
「待ってくれ!うちは七掛けで売るからうちのを先に買ってくれ!!」

 南蛮人の府内攻撃時、その最初の一報が『珠姫謀反』であった事から、大友および大友勢力の証文は豪快に叩き売られたのだった。
  その誤報が収まって南蛮人の攻撃であると分かり、一時は持ち直したと思った相場は太刀洗合戦の敗北で謀反鎮圧に時間がかかると判断され、底が抜けたように叩き落ちたのだった。
  最安値で五掛けの割引が行われていたのだから、市場というのは正直なものである。
  それが急転直下で龍造寺との和議が成立したので、今度は謀反鎮圧は時間の問題と皆が判断し急騰。
  ここ数日の乱高下に一夜にして長者になった者がいれば、博多湾に身投げした者もいる。
  このあたりの熱狂感は昔も今も変わらない。

「しかし、龍造寺で儲けさせてもらったとはいえ、神屋さんに府内の証文全部渡すとは姫様も剛毅ですな」

「時間がなかった事は姫様に代わってお詫びいたします」

 ひんやりと流れる空気の背景に、珠姫が毛利側の御用商人である神屋紹策に一任して復興資金を出させた事にある。
  珠姫が大友圏で意図した証文経済は、ただの紙に信用を付加させて流通させる事で、ある種の紙幣として機能し始めていた。
  だからこそ、その信用が揺らいでいる現在においてさらに証文を出しても、足元を見られると珠姫は判断したのだった。
  その点、毛利圏の経済というのは石見の銀山があるおかげで銀流通が整っている。
  皮肉にも毛利隆元の死後に崩壊した毛利家の経済的信用が毛利家発行の証文流通を阻んでおり、現物である銀をほとんど垂れ流して毛利家を運営していたのだった。
  だから珠姫は、ただの紙と比べてそのものに価値がある銀をまとめて仕入れる事で、物資の買い付けを円滑にし、大急ぎの復旧を目論んでいたのだった。
  とはいえ、経済規模で見たら毛利より大友の方が遥かに大きかったりする。
  既に大友の証文、特に小口証文は若狭や堺と取引がある事もあり、全国規模で流通が始まろうとしており、南蛮交易との絡みでマカオや大陸でもその価値が保障されていた。
  それが裏目に出て、仕手戦で毛利家に巨利を持っていかれる羽目になっていたが、毛利家は銀と米いう現物でしか経済を運営できず、年度毎の経済運営でしか対応できない。
  それに対して大友家は経済政策の長期目標を持ち、年度収支予告を商人達に公表し、証文による補正予算の策定等、柔軟な対応を行い、遊女を筆頭に金・硫黄・コークス・鋼・みかん・酒・茶・煙草など換金作物に不足する事は無い。
  事実、南蛮人の本拠府内攻撃という突発異常事態ですら証文が半値で耐えたと言うべきだろう。
  本拠が攻撃されて焼かれたなど、普通なら証文がただの紙に戻るほどの衝撃なのだから。
  それだけの信用力を作り出し、支えていたのが、珠姫だった。
  後に戦国期の経済について必ず珠姫の名前が出るのだが、彼女について面白い比喩が付く事になる。

「信用力において、大友の珠姫は歩く中央銀行だ」
 
  と。

 話がそれた。 
  博多太夫にちくりと嫌味を漏らした島井宗室とて分かってはいるが、神屋紹策に出し抜かれたと思ってしまうのは仕方の無い事だろう。
   
「姫様は恩を忘れぬ方です。
  島井様には引き続き、証文の商いをお願いしたいと。
  また小口なのでお手数はかかると思いますが」

 博多太夫の声に、銭の臭いを嗅ぎつけた島井宗室の目が鋭く光るが、顔は商人の笑みのまま。
  ほんのり香る白檀の香より、銭の香りはいいらしいと博多太夫は内心がっかりしながらも妖艶な笑みは崩さない。

「何処ですかな?それは?
  最近は物騒ですからなぁ。
  越前朝倉家や能登畠山家、越後上杉家、京の公方様など西国であるここでも耳にしますからなぁ」

 越前朝倉家、能登畠山家、越後上杉家は二つのキーワードで繋がっている。
  足利義輝と一向一揆である。
  京から越後に逃れた足利義輝は越後御所として上杉輝虎の元で政治的行動もおこさず、上野箕輪城長野業盛配下の上泉信綱と剣の勝負をしたりとのどかに過ごしていた。
  とはいえ、最上級の権威が転がり込んできた上杉家はこの権威を生かそうと試み、それ以上に義輝より諱までもらった上杉輝虎自身が、

「流浪の公方を御所に帰す事こそ我が義」

 と、燃えてしまい、関東ではなく北陸にその侵略経路を向けたのだった。
  間がいい事に、北陸を支配する一向一揆の本拠加賀と接する一向一揆不倶戴天の敵である越前朝倉家は、

「公方様が上洛するなら、安全な陸路で。
  一揆勢を叩くなら、我等も加勢する次第」

 と協力を約束。
  更に、一向一揆と親しい家臣団に手を焼いていた能登畠山家の畠山義綱もこれに同調。
  越前・越後・能登という三方同時攻撃に一向一揆勢は各所で寸断され、組織的抵抗ができずに追い詰められていたのだった。
  なお、この一向一揆攻撃の大義が上杉主張の『足利義輝帰還』であったが為に、それに同調した朝倉家の下で庇護されていた足利義秋がひっそりと織田家に走っていたりするのだが、そこまでは二人の耳には届いていない。

 そして、今の公方様として京に居る足利義栄は、かつての足利義輝と同じ立場に追い込まれつつあった。
  彼を擁立していた三好家当主三好義継と組んで三好三人衆の排除を狙ったが、失敗。
  三好義継、足利義栄共に三好三人衆に監禁されたが、その際背中に腫物を患っていた義栄はそれが悪化。病の床に伏せてしまっていた。
  このまま亡くなってしまうと京に将軍が居ない事態となり、その為に公方が出した証文はただの紙に戻るほどに叩き売られていたのだった。
  銭の話題で大商いができるこれらの家を島井宗室は思い浮かべただけに、博多太夫の口から出てきた想定外の名前に一瞬対応ができなくなる。

「肥後相良家と、日向伊東家ですわ」

「は?」

「どうかなさいましたか?島井様?」

「いえ。
  この二家の証文を買い漁れですか……」

 肥後相良家は大友家に従属している大名だし、日向伊東家は独立勢力とはいえ大友家から支援を受けている大名だ。
  そしてこの両家は、薩摩菱刈家を支援して対島津戦を共闘している。

(その証文を買い漁れという事は……)

 そこまで考えて、島井宗室は思考を一時止めた。
  それは、大友家御用商人として、目の前にクライアントが居るのに考えるのにははばかれる内容だったからだ。

(まるで、姫様はこの二家が負けると分かっているような……)

 図らずも、島井宗室の予感は現実のものとなる。
  龍造寺和議成立から十日後、薩摩国大口城近隣戸神尾の合戦にて菱刈・相良・伊東の三カ国連合軍が島津軍に大敗。
  菱刈家は島津家に降伏、滅亡する羽目となり、相良・伊東の両家も必然的に大友に頼る事になる。
  この時、相良・伊東の証文は珠が保有しており、珠は軍事・経済的の両方から島津戦に対しての指導をする事になる。
  それは、大友と島津が九州統一をかけて激突する事が確定した瞬間でもあった。
  なお、相良・伊東の両家が経済的には完全に大友に依存する事になり、両家を組み込んだ大友の証文は後に西国における基軸通貨としての地位を確立。
  そこからくる経済力とその経済攻勢に島津家は最後まで苦しめられ、大友家は島津家の尋常ではない軍事力に同じように最後まで苦しめられる事となる。





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