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大友の姫巫女

第六十六話 それが散り行く華なればこそ 

 彼女はきっと理解できない。
  彼女にしか告げられる事はない言葉を私は告げた。

 それは、私の贖罪なのだから。


  恋という遊女がいる。
  杉乃井で私の替え玉をつとめる少女で、その昔、母上が生んだ一族の縁者でもある。
  だから、父ですら見間違う程に私と容姿が似ているという事なのだが。
  今回の南蛮人襲来に際して、私の身代わりとして杉乃井に残ってくれた功労者のはずなのだが……

「なにこれ?」

 抑揚の無い声で、私は尋ねた。
  眼下に映るは人形の様に成り果てた恋の姿。

「申し訳ございませんっ!姫様。
  全て、私が悪いのでございます」

 平伏している由良姉さんを見ても恋は視線を動かさない。
  その時点で、恋がとんでもない状態に陥っているのを理解した。

「私は、説明して欲しいのだけど?
  由良姉さん」

 とても低い声で、私は由良姉さんに問いただす。
  そして、杉乃井で何が起こったか理解した。

 

 ぱんっ!

 

 叩いたのは私の手。
  叩かれたのは四郎の頬。

 一同、その光景に呆然としているのに、恋は視線すら動かさなかった。

「四郎。
  貴方の名前は何?
  仮にも、天下の毛利元就の血を引く者が、どうして、こういう事をするのよっ!」

 自然と視野がぼやける。
  頬を涙が伝うが、私は四郎の襟を掴んで怒鳴る。

「私が惚れた四郎って男は、こんなに器の小さな男じゃないのよっ!
  慕う女一人幸せに出来ない輩が、本命を幸せにできると思っているのっ!
  自惚れんじゃないわよっ!!」

 肺の息を全て吐き出し肩で息をする私に、叩かれた四郎は呆然。
  周りに居た麟姉さんや由良姉さん、政千代なんかも動けず。

「恋をちゃんと元に戻すまで一緒に寝ないからねっ!
  政千代。行くわよ」

「ま、待ってください。
  姫様っ!」

 つかつかと部屋から出た私の前に、人影が一つ。

「話しておきたい事がある」

 鶴姫のいたたまれない顔を見て、私はため息を漏らす。

「少し別の場所でおはなししましょうか」

 


  府内城の茶室は基本的に父専用となっている。
  とはいえ、私みたいに茶を嗜む者の為に、茶がたてられる部屋もある。
  神屋紹策からもらった青磁茶碗『夜駆』に八女茶を注いで鶴姫に差し出す。

「お主に謝らねばならぬ。
  此度の一件は、わらわの手落ちであった。
  すまぬ」

 頭を下げたままの鶴姫をじっと見ることしばらく。
  それについての返答をせずに、私は別の事を口にした。

「冷めるわよ。
  早く飲みなさいよ」

 鶴姫は頭をあげて作法どおりに差し出されたお茶を頂く。
  その表情が強張っているのは仕方ない事だろう。

「結構なお手前で」

「どういたしまして」

 そして、時が止まる。
  少し見ただけだが、鶴姫は悪い子ではない。

「恋殿がああなったのは、わらわの責任じゃ。
  わらわの視野が狭く、恋殿を。毛利殿を追い込んでしもうた。
  ゆるしてほしい」

 頭を下げた鶴姫の声は振るえ、畳につけられた手には従来の精気はない。
  己がやらかした失態について心から後悔し、頭を下げる程度の技量は持っている姫だと再確認する。
  四郎を追っかけて、敵地に侍女一人連れて乗り込んでくる時点で並大抵の姫じゃない事は分かっていた。
  とはいえ、彼女も姫である以上、その常識からは逃れなれないという所か。
  私が、戦国以外の記憶を持っているせいで、激しくこの戦国で浮いているの同じように。

「わらわも此処に来るまで、それなりに姫としての意地もあった。
  お主に負けた事すら我慢できぬのに、それが替え玉、しかも遊女にすら劣る事に激昂してしもうた。

 『四郎様が不憫じゃ、本意でない女子まで無理矢理抱かされる羽目になるとは』
 
  そう罵ってしもうた。
  それが、どれだけ恋殿を追い詰めたのか。
  戻れるなら戻って昔のわらわを罵りたい所じゃ」

 いや、結局罵るのですか。あんた。
  そう突っ込みたくなるのをぐっと我慢する。
  ここは真面目なシーンなのだから。
  黙っていたのを促されたと勘違いした鶴姫はそのまま続きを口にする。
  まるで、己の何処が間違っていたかを確認するかのように。

「杉乃井での恋殿の働きは見事じゃった。
  体を差し出して城を守り、替え玉として忍びに狙われるなど武者にも負けぬ働きをした。
  それに比べ、わらわは何もせなんだ。
  由良殿に話を聞き、己の器の小ささを思い知った所よ。
  今は、一緒に恋殿の看護をしておる。
  それで、許されるとも思わぬがな」

 贖罪が終わり、胸に使えた物が吐き出せたのだろう。
  鶴姫の顔に少しだけ笑みが戻る。 
  だから、いい機会なので聞きたかった事を口にした。

「フランクに聞くけど」
「ふ、ふらんく?」
「南蛮言葉よ。
  単刀直入に聞くわよ。
  四郎を寝取った後、あんたどうしたかったの?」

 私から鶴姫に核心部分に触れる。
  それは、茶の席というある種の密閉空間で行われる女の戦いのゴングでもあるのだが。

「その問いを答える前に聞きたい。
  お主は、あの恋を毛利殿の妾として扱うのを許すのか?」

「ええ。何か問題でも」

 私の即答に鶴姫が唖然とする。
  複数の女性との関係が当然であるこの戦国でもというか、だからこそと言い直そう。
  女の争いはもの凄く激しい。
  正室・側室というは社会的身分ではあるが、男の愛を手に入れた者が最終的な勝者となるのはこの戦国でも変わらない。
  私が言い切った一言は、四郎のライバルとして恋を受け入れると言ったに等しい。
  と、同時に恋という遊女すら受け入れたのだから、鶴姫も受け入れて構わないというシグナルでもある。
  それを鶴姫は正確に読みきった。

「寵愛が奪われる事を恐れないのか?
  ……いや、腹にいるからか」

 私が四郎の子を宿しているから、他の女を受け入れても構わないと鶴姫は判断したらしい。
  この時代、子供が出来るかどうかで女の価値が決まるといっても過言ではない。
  ましてや、大友と毛利の血を引く子供など、どれだけの政治的価値を持つか分からない鶴姫ではない。

「そうでもないけどね。
  私、四郎の事好きよ。
  こんなお腹だけど、毎日おねだりしているんだから」

 私の惚気に鶴姫は少し俯いて頬を赤める。

「……それは構わぬが、大大名の姫が犬畜生のまねをするのはどうかと思うぞ」

「構わないわよ。
  母上も養母上もやっているし。
  あんたもする?」

 考えたのだろう。
  羞恥でびくびく震えるのは傍から見て怖いのですが。鶴姫。
  我に戻ったらしく、咳をわざとらしくして話を変えるように求める。

「もう一杯いる?
  あれぐらいしないと四郎寝取れないわよ」

「いただ……っ!」

 あ、噛んだ。
  鶴姫は赤くなりながらも口を開く。

「ごほん。
  で、恋にもあんな事をさせるのか?」

「当然。それが何か?」

 呆然とする鶴姫の顔を見ながら、私はまたお茶を注ぐ。
  しゃかしゃかと茶をたてる音だけが耳に届く。

「どうぞ」

「あ、うん。
  い、いただこう」

 疑念と混乱と恐怖が混じった瞳で私を見つめながら、鶴姫は二杯目のお茶を飲む。
  とりあえず、『何を言っているのか理解できない』という鶴姫の言葉無き質問に答えてやるとする。

「男ってね。
  基本的に、女好きなのよ」

「は?」

 元・男の前世の記憶を持っている私が言うのだ。間違いない。
  鶴姫が間抜けな声を出したが、構わずに私は独り言を続けた。

「好きな物ってね、沢山食べ過ぎると飽きちゃうでしょ。
  だから、時々は違うものを食べて、『ああ、私はこれが好きなんだな』って確認しないといけないと思うのよ」

 鶴姫の目に怒りの色が浮かぶ。
  こう言えば、『四郎がいくら抱いても、彼は私の所に帰ってくるから』と喧嘩売っていると取られるだろうから。
  それをあえて無視して、鶴姫にわざとらしく問いかける。
 
「ねぇ。
  戦でも色恋でもいいわ。
  最後に掴む者ってどんな人だと思う?」

 私の穏やかな笑みに、鶴姫は怪訝な顔をしつつ私の問いかけに答える。

「それは勝った者であろう。
  勝たねば、戦も色恋も手に入らぬではないか」

 鶴姫の予想通りの答えに私は静かに首を左右に振った。

「最後まで残った者よ。
  いくら勝っても、負けて滅べば意味は無いわ。
  物部を滅ぼした蘇我のように。
  平家を蹴落とした源氏のようにね。
  じっと身を潜め、他の物が滅ぶのを待ち続けた者が、最後に掴めるのよ。
  千年の栄華を誇った藤原氏のように。
  執権として幕府を支配した北条氏のようにね」

 寂しそうに笑う私の笑みを鶴姫は理解できないらしい。
  そんな鶴姫を気にせず、私はあえて鶴姫に語り続けた。

「四郎を巡る争いで、最後まで残れるのは鶴姫。
  多分貴方よ。
  恋も残れる可能性もあるけど、私は多分駄目ね。
  だから、今の貴方になら言えるわ。
  どうか、四郎を支えてあげて」


  予想外の言葉を聞いて唖然とする鶴姫に私は、寂しく、儚く、そして優しく笑って告げた。

 

「だって、大友の姫と毛利の若武者の恋なんて、
  幸せに終わるはすがないじゃない」

 

 いずれ別れる恋だからこそ。
  だから、一日一日が愛しくて、そして四郎と共に歩めるのが嬉しいという事が鶴姫には理解できたかしら?

 


  南蛮船 襲来から七日目 

 その報告が届けられたのは、まだ日が昇る前のことだった。
  一人で寝ていた私を叩き起こした日田鎮台からの早文。
  そこには、田北鑑重から一文が書かれているのみだった。


「筑前御社衆、筑後太刀洗川にて龍造寺軍に敗北」

 と。

 

 作者より補足
  恋の描写及び設定は大隈氏より了解を頂いております。 

 


 

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