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大友の姫巫女

第六十五話 討伐軍出陣とその先の事 

 南蛮船 襲来から六日目 府内城

 府内で謹慎しているはずなのに、仕事に追われている珠です。
  で、父上の隣で武者達の勇士を目に焼き付けています。

「出陣!」

 陣太鼓が鳴り、兵達が隊列を組んで歩き出す。
  府内を出る兵は結局三千にまで落ち込んだ。
  とはいえ、筑後国原鶴にかなりの兵が集結する予定なので、討伐軍の総兵力は一万を超える程度と見込んでいる。
  その結果、兵の減少分は将で補う事に。
  総大将は戸次鑑連。
  彼が率いる旗本鎮台三千に、副将として小野鎮幸(和泉)と由布惟信という模擬戦でフルボッコにされたメンバーを用意。
  なお、初陣の大友親貞はこの旗本鎮台にて一隊を率いる事になっている。
  更に、別府の治安活動をしていた高橋鎮理と彼の手勢もそのまま討伐軍に組み込ませた。

 大友家 謀反討伐軍

 総大将 戸次鑑連

 旗本鎮台    小野鎮幸 由布惟信 大友親貞 高橋鎮理                    三千
  日田鎮台    田北鑑重 田北鎮周 恵利暢尭 蒲池鑑盛 問註所鎮連 他      五千
  隈府鎮台    志賀鑑隆 託摩貞秀 甲斐親直                     他      二千

 総兵力                                                             一万

 大友が出せる最強メンバーでの出陣です。
  高橋鎮理と小野鎮幸については杉乃井戦もあるので、無理なら出なくていいと一応聞いてみたが答えは案の定。

「大友家存亡の危機に置いて、己の身など気にする必要はござらぬ」

 と、二人ともあっさりと快諾しやがった。
  特に、小野和泉の場合は杉乃井での指揮もあるからきちんと報奨をあけたかったのだけど、それも拒否りやがるし。

「それがし、杉乃井において、姫様に誉められる働きなどしておりませぬ。
  預けられた兵を裏崩れで失いかけ、姫様から預かりし遊郭の大手門を落とされ、むしろ姫様にお叱りを受けねばならぬ立場。
  此度の討伐軍に参加する事で、汚名を返上したい所存」

 そう言った彼の拳が握り締められたのを私は見てしまって、彼を止める事はできなかった。
  そして、まっすぐに私に訴える声と射抜くような視線に私は確信した。
  彼は、きっと史実以上にいい将になるだろうと。

 話がそれました。
  日田鎮台からの報告では、龍造寺・原田・宗像ともこんなに速く兵がやってくるとは思っていなかったらしい。
  まぁ、府内襲撃から一週間で兵が集まっていたらそりゃ、びびるわな。
  どの家もまだ兵を集めている最中で、何処かに打って出るようなそぶりもない。
  主導権は完全にこっちが握ったらしい。
  後は、その主導権を戸次鑑連がうまく使えたらって釈迦に説法だな。きっと。
  もう少し肥後の隈府鎮台から兵を出しても良かったのだけど、菊池の血を引く赤星・城・隈部の家からはあえて出さず。
  この謀反に連動したらと私や父上が怯えた結果でもある。
  だから、代わりに同盟国である阿蘇家の名将甲斐親直とその手勢に加勢を依頼している。
  今回の討伐軍は、何よりも裏切る面子がいないという所に苦心して編成したのだった。
   
  府内からの出陣は三千なので、その出陣は一刻もせずに終わり、また私を含めた居残り組は復旧作業に戻る事に。

「姫様。呼ばれて来ましたぜ」
「我らに何用でしょうか?」

 杉乃井から召還したのは朝倉一玄と大谷吉房の二人。
  朝倉一玄は吉岡老の老後の楽しみ学校で策の方に才能を開花させた逸材で、大谷吉房は杉乃井の勘定奉行である。
  他の杉乃井の面子も府内に呼ぶ手はずになっているが、何よりもこの二人を早急に、『とにかく来い!』と急き立てて呼び寄せたのだった。

「良く来たわ。
  仕事よ」

 『どかっ!』と積まれる紙の束によく分かっていない二人は目をぱちくり。

「えっと、姫様。
  杉乃井での顛末とかそんな用件じゃないので?」

 何を言っているのだろう?こいつは。
  とってもいい笑顔で朝倉一玄の言葉をぶったぎる。

「そんな話を貴方達から聞くつもりないから。
  貴方達は槍働きよりもっと大事な紙働きをしてもらわないといけないの。
  別府と府内の復興にどれだけの銭がかかって、どれだけの物が必要で、どれだけの月日がかかるかとか。
  分かる?
  今までというか、昨日一日で私がどれだけ絶望したか?
  おまけに謀反関連で奉行連中も手が足りないし、ふふふふふふ……」

 あれ?
  何で二人とも後ずさりするのかな?かな?
 
「つまり我らを呼んだのは……」
「これを始末しろと?」

 目の前に詰まれた紙の束に真っ青になる二人の肩を、とってもいい笑顔でぽんと叩く。

「知ってる?
  あんた達が処理した紙って、そのまま奉行に出しても効果が無いから、加判衆である私が加判してはじめて効力を発揮するの。
  つまり、私と一緒に修羅に落ちてね」

 これが愛の告白なら嬉しかろうが、やっているのは実質的な残業宣言だから哀れを誘う。
  朝倉一玄は肩をすくめて書類に筆を入れ、大谷吉房は算盤片手に計算を始めだす。
  それを見て、私も次の仕事の為に部屋を出ようとして、ふと立ち止まる。

「あ、そうだ。
  杉乃井で、策を使って戦働きをしたんですって?
  聞いているわよ。
  ありがとう。
  ちゃんと、この紙働きのついでに功績として評価しておくからね」

 すたすたと去る私の後ろから、大谷吉房がリズミカルに響かせる算盤の音と、

「かなわないなぁ。あの姫は」

 と、嬉しそうに嘆く朝倉一玄の声が聞こえてきたが無視することにする。
  私は忙しいのだから。
  そういや、大谷って何処かで聞いた名前なのだけど、何処だったかな?

 


「此度の杉乃井の不始末は全てそれがしにあり……」

 父上や残った加判衆を前に、田北鑑生老が平伏して杉乃井の顛末を告げる。
  この場に杉乃井側からはあと吉岡長増老と四郎、そして麟姉さんが出席していた。

「父上。
  杉乃井での一件は、全て私の原因にて始められた事。
  隠居していた吉岡老や田北老に罪を着せるは……」

 田北老の弁を受けた私の弁明を父上が手で制した。

「もうよい。
  大友に尽くし、老後を健やかに過ごしてもらうつもりが、戦に巻き込まれたまでの事。
  お前もここで大人しくしているなら、罪など問わぬ」

「父上の寛大な処分に感謝いたします」

 つまりこういう事だ。
  今回の騒動は南蛮人攻撃と三家の謀反が結果的に連動しているので、その処分を一緒にした形にして誤魔化したのだった。
  まず、杉乃井のトップである私の実質的謹慎という処分が先に確定している。
  もし平時の情況なら、今回の討伐軍は総大将もしくは鎮台大将として私も参加する予定だった。
  それだけの兵を持ち、それだけの功績も立てている。
  それが戦に出ない。
  つまり、他の者が功績を立てる事によって、相対的に私の地位が落ちる事を意味する。
  と、同時に私は戦働きではない、府内・別府復興の総指揮を命じられている。
  当然、戦働きより功績は少なく、おまけに復興予算はわざと少なく計上させ、私の持ち出しでの復興となる。
  これも処罰の一つと考えてもらって構わない。
  という所まで私の処罰が固まっているので、それ以上の罪を問えないというのもある。 
  もちろん、おのれの影響力減少を狙って私が父上に提案した事だったりする。
  ちなみに、

「いっその事、私を裸で大手門にでも吊るして晒し者にしましょうか?」

 と、私が言ったら父上に怒られた。
  いや、一番明確に処罰が伝わる方法と思ったのだけど。
  ちょっと、エロス分も入って期待していたのは内緒。

「こちらは、杉乃井近辺で起こった一連の報告書です」

 報告は淡々と続き、四郎が提出した戦報告に皆の視線が集まる。
  更に、私が書いたテルシオ陣形の構造とその長所と短所も提出している。

「これらの戦訓は、討伐軍に送りましょう。
  戸次殿ならば、有効に生かすでしょう」

 父上の軍師たる角隈石宗殿が父上に向けて発言し、父上も重々しく頷いた。

「荷駄隊にこれを送りましょう。
  あと、写本して、各鎮台にそれぞれ送る予定です」

 教訓を鎮台ごとに共有化して戦力の底上げを図るのが狙いです。
  これも了承されたので、

「じゃあ、写本させるので、これを部屋にいる朝倉一玄と大谷吉房の所に持っていって」

 実に容赦ないな。我ながら。
  小姓がそれらの報告書を持って行く中、今度は麟姉さんが杉乃井御殿代として杉乃井の報告を告げる。

「杉乃井の門前町、別府の町、御殿大手門が焼失。
  篭城戦では兵より二百人程度の死傷者を出しております。
  さらに、先ほどの姫様を攫おうとした忍びの件で、別府から府内にかけて兵を配備して山狩りを行っており、回復にはもうしばらくかかるかと」

 高橋鎮理を討伐軍に転出させたけど、まだ杉乃井近隣には佐田鎮綱と木付鎮秀がいる。
  杉乃井の兵を含め、安心して使えるのは宇佐衆ぐらいしかいないけど、治安回復ぐらいなら仕事としてできるだろう。

「奈多鑑基殿の後任ですが、嫡男鎮基殿に後を継がせるよう申請が出ております。
  それについては依存がありませぬが、後任の寺社奉行について任せるには少し若く……」

 加判衆居残り組の志賀親守の報告に父上が考える仕草をする。
  婉曲的に言っているが、奈多鑑基の軍令無視の一件の処罰として、寺社奉行職から鑑基の息子である鎮基を外せと言っているのだった。

「で、適任者はいるのか?」

 父上が加判衆に問いかける。
  現在、豊後において寺社奉行というのはかなり地位が高い。
  大友領内部に宇佐八幡を始めとする有名な寺社が多く、その寺社特権との調整は国内安定の要と位置づけられているからだった。
  ちなみに、その制御は私という存在を持ってかなり統制が取られてはいるのだが、私自身が寺社勢力の人間である訳で。

「この戦が終わってからになりますが、親貞殿をと。
  その下の目付として奈多鎮基殿についてもらえば仕事に支障はないかと」

 内々に話は済んでいたらしい、志賀親守の言葉に思わず薄く笑みが浮かんでしまう。
  大友親貞の政治面の初仕事として寺社勢力との調整、つまり私と交渉する事が最初の仕事となる。
  後継者候補である親貞君を頭に置く形になるので奈多鎮基も文句は言えず、おまけに彼にとって姪である梓姫と婚姻する予定なので、親族として彼を優遇する事で親貞君の側近を作ろうという所か。
  彼の適正テストからすれば悪くない選択だろう。

「いいだろう。
  だが、あやつが戦から帰ってくる事が条件だぞ」

「はっ」

 父上の了解で、この話は承認される事になった。
  そして、そのまま謀反討伐の話となる。

「娘よ。
  謀反討伐が長引いた場合、後詰を用意せねばならぬが、どれだけ出せる?」

 この話ができるのが私しかいないのが、また問題だったりするが、問われたら答えないといけない。

「臼杵鎮台、大野鎮台からそれぞれ五千ずつ、計一万は出せます。
  ですが、豊後の収穫は刈り取る人間が居なくなるので、確実に落ちるでしょう」

 この後詰が出るという事は、秋の収穫という一番忙しい時期に、その労働力が居なくなる事を意味する。
  そして、刈られない稲を狙って雀や獣達が狙うだけでなく、よその村が狙い騒動になる事も。

「後詰を出すのなら、収穫が終わるまで待たれた方がよろしいかと」

 私の言葉の後に、臼杵鑑速が口を開く。

「おそれながら、気になる噂を耳に。
  尼子、月山富田城において、重臣宇山久信が主君尼子義久に討ち取られたとの事。
  既に、尼子側は大量の投降・逃亡者を出しており、落城は間近との事」

 ちっ。
  月山富田落城が早まりそうじゃないか。
  史実の落城が史実では永禄九年(1566年)の冬なのに、今は永禄八年(1565年)の夏じゃないか。
  毛利軍主力三万五千を集めて行われている、長期の大篭城戦が終われば、その兵が今のままでは九州に向かうのは必定。
  再編成や出雲統治等で兵を残したとしても、二万も持ってこられたら今の大友ではどうする事も出来ない。

「此度の討伐軍が事を収めるならよし。
  無理ならば、毛利との長き戦を覚悟せねばならぬか。
  娘よ。
  今年の冬に総動員できる兵と兵糧、荷駄の総数を出しておいてくれ」

「かしこまりました」

 私を含めて全員が父上に平伏する。
  それで、今日の評定は終わりとなった。

「姫様。
  少しよろしいでしょうか?」

 声は麟姉さん。
  評定時とはうって変わって、不安げな顔を見せる。

「何?
  どうしたの?」

 私の問いかけに、意を決したらしい麟姉さんはゆっくりと口を開いた。

「実は……恋の事なのですが……」


 


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