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大友の姫巫女

第六十四話 珠姫誘拐未遂顛末 

 南蛮人襲来から五日目 夜 高崎山山中にて

「いたか!」
「こっちに逃げたぞ!」
「笛を鳴らせ!
  犬に追わせるぞ!」

 山中に響く笛や鏑矢、吠える犬、剣戟と命が潰える最後の吐息。
  薄暗い森を包む闇に提灯の灯りがちらほら蝶の様に揺れる。
  そんなものが、高崎山裏手には満ちていた。

 忍ばせていた者十数人も駆り立てられ、残るは彼一人。
  とはいえ、これの計画の内と知ったら、大友家中の者はどう思うだろうか。
  すでに、受けた傷は致命傷に達していたが、彼は任務から少しでも長く生きて追手を引き付けなければならなかった。

 そんな彼を見つめる気配が一つ。
  彼はその気配に対して最後のくないを投げる。
  当たった感触はなかった。

「甲賀の娘とは違うな。
  誰だ?」

 問うても忍びの者は答えないのが普通である。
  だが、返事が返る。

「ただの傍観者さ。
  面白そうだから、見物していた」

 人を食ったような男とも女ともつかぬ声に、男は思い当たる名前を口に出した。

「その幻術……伊賀でも名高い幻術使いか。
  まぁ、いい。
  俺もこれまでのようだ。
  あんたみたいな輩が、看取ってくれるならそれもまたさだめよ……」

 笑おうと口を開けた男から漏れたのは己の血。
  そして、男は動かなくなり、男を看取った気配は軽く口笛をふいた。
  それは、死んだ男が任務を達成した賞賛であり、この茶番を終わらせる為の呼び水でもあった。

「どうでもいいが、甲賀のくノ一は話せる相手にすら刃を向けるのかな?」

 忍者同士が話をするというのは、それ自体が戦闘でもある。
  情報戦のエキスパートである忍者にとって、言葉もまた武器であった。

「貴方が、伊賀の幻術使いと分かっていても、座頭衆とつるんで姫様を害さないと決め付ける訳にはいかない。
  ここに居る目的は何だ?」

 くノ一の舞は、小太刀を構えたまま気配に向けて話す。
  その左右を菜子と里夢がくないを持って構えていた。

「ただの傍観者さ。
  面白そうだから、見物していた」

 告げたのは、先に黄泉に旅立った男と同じ台詞。
  男とも女ともつかぬ抑揚の無い声は、明らかな侮蔑を含んで舞達をあざ笑った。

「十数人の忍を始末するのに、犬に大量の兵を投じるか。
  おぬし等だけでは、姫すら守れぬかもしれんな」

 南蛮人の攻撃による府内と別府の治安悪化で兵が投入されたからこそ、潜んでいた忍びがあぶりだされた訳で。
  専属の忍び集団を持たないがゆえに、大友側は兵を大量に、地元の猟師に犬まで投入しての山狩りでやっと彼等を狩りだしたのだった。
  そんな投入兵力の一端に、舞達杉乃井のくノ一も参加していたのだった。

「貴様!何を……」

 激昂した奈子を舞は手で制した。
  それが事実なのは、里長となった舞自身が一番良く知っていた。
  遊女や歩き巫女という情報収集機関を彼女の主である珠姫は持っていたが、こと防諜に関してはざると言っても良かった。
  それを無視できたのも、珠自身の遥か先を打つ手と、珠だけを守ればいいと割り切った舞達の限界の露呈でもあったのだ。
  何しろ、使える者は舞の下で学ぶ菜子と里夢の他に、最近遊女から転身したあさぎ・さくら・むらさき(珠姫命名)ぐらいしかいない。
  しかも、彼女達は元が遊女ゆえこの手の戦闘に出すのはおぼつかなく、単純な戦闘だけなら四国からやってきた瑠璃御前とその娘の八重・九重姫の方が使えるという体たらく。
  なお、舞達が取っている三人体制も、菜子と里夢を単独で出すには危ないと判断した舞の苦肉のフォーメーションである。
  まぁ、これがそのまま大友家忍集団の基本体型となり、生存率の向上に寄与するのだから世の中何がどうなるか分からない。
  閑話休題。

 手で奈子を制した舞は考える事数秒。
  それで目の前の気配に、『教えられた』情報を吟味して叫んだ。

「こいつら囮かっ!
  本命は府内の姫様かっ!!」

 舞の悲鳴に菜子と里夢もまだついてこれない。
  そもそも、彼ら座頭衆が存在していたのが露見したのは、杉乃井御殿にて忍び込んで珠姫を拉致しようとしたのが発端である。
  幸いにも珠姫は不在で、替え玉の恋を拉致しようとして失敗。
  襲撃時に十数人いた彼らもこの山狩りでやっと狩り出した以上、まだ府内や別府に潜んでいる忍は多くても数人もいないだろう。
  だが、その先の舞が言おうとした事を中性的な声が拍手と共に告げた。

「おみごと。
  一応里長になる程度の頭はあるみたいだ。
  そう。
  別府から離れ、混乱している府内に滞在している今なら、その人数で十分珠姫が襲えるのだよ」

 拍手が小さくなると共に気配が消えてゆく。

「ま、待て!
  何処に行った!?」

 里夢がうろたえた声で叫ぶが、乾いた笑い声が闇の中に木霊するばかり。

「見物させてもらおう。
  おぬし等が、座頭衆相手に姫を守りきれるかを……」

 闇の中の気配が完全に消えた時、三人は慌てて府内城に駆けるが、事は全て終わった後だった。

 

 その数時間前 府内港

「色々持って来てくれて本当にありがとう。
  府内にとって、足りないものばかりよ。
  神屋紹策殿によろしく伝えて下さい」

 府内復興作業中の珠です。
  府内復興の為の物資をいち早く持ってきた神屋紹策の船に自らで向いてご挨拶中です。
  微妙に上から目線なのは大友の姫という立場上で、ジャパニーズビジネスマンチックにぺこぺこ頭を下げたい所なのだけど。
  金が無いのは首が無いのと一緒って言葉を身に染みる今日この頃です。

「で、今回の代金ですが、買い付けられた証文と含め、鯛生金山の金と筑前黒石と筑前鋼で支払うわ。
  筑前黒石と筑前鋼は門司に運ぶから。
  これが、その証文です。
  鯛生の金はここに。お確かめを」

 証文と一緒に出した金の入った袋を差し出そうとした私を押し留めたのは、私の前にいる船の船長さんだった。
  私と同じ年かな。
  神屋貞清、後に宗湛と呼ばれるだろう、若き船長は笑みをにこにこ浮かべたまま。

「いえ。
  過大な御代を頂くわけにはまいりませぬ。
  証文もまだ支払期日にまだ日があるものばかり。
  それらのお金は、府内復興や此度の謀反討伐にお使いくださいませ」

 いや、あんたらに証文握られているのがいやなんだよぉぉぉぉっ!!
  なんていえる訳も無く。
  銭に敵も味方もありませんとも。ええ。

「姫様の事ですから、既に府内と別府復興に際して手を打っておられるのでは?
  我々もそのお手伝いができたらと」

 これだから商人ってのは!
  こっちの足元見てきやがる。本命はこっちか。
  ため息一つついて、後ろに居る政千代に目配せを。
  政千代が差し出した、紙を神屋貞清はまじまじと見つめる。

「府内と別府復興についての、必要な物の数、それを購入する銭の数、それを手に入れる為に出す証文の総額です。
  額が大きいので、博多・門司・堺と三ヶ所に分けて出すつもりですが、わが大友家は現在色々と大変なので額面どおり集まるか不安な所で」

 南蛮人攻撃から三家謀反まで、現状で大友家の証文は売り銘柄に間違いない。
  実体経済が好調だからそこまで問題は目立っては居ないが、資金ショートなんて起こしたら二度と大友家の証文を誰も買わなくなるだろう。
  そして、その売り気配な大友証文を買いあさっているのが、この神屋貞清の父たる神屋紹策だったりする。
  その背後に、彼が財を成した石見銀山を押さえる毛利の影がちらちらと。

「よろしければ、その証文、全てうちで引き取らせてはもらえないでしょうか?
  支払いが石見の銀でよろしいのでしたら、すぐ博多から用立てますが」

 うわ。大きく出やがった。
  断れないじゃないか。畜生。
  ただでさえ三家討伐で戦費用がかかっているのだ。
  即金での用立てができるなんて魅力的な提案、くやしい。でも感じちゃう。

「わかりました。
  私の裏書で証文を出します。
  用立てをお願いします」

「姫様っ!」

 私の即決を政千代他周囲の人間が唖然とするけど、私はそれを無視する。

「大友本家で支払えないなら、私が立て替えます。
  そのかわり、復興に必要な物、早急に取り揃えてください。
  父上及び、加判衆には私から話を通しておきます」

「かしこまりました。
  今後ともよしなに」

 時は金なりだ。
  堺の今井宗久や御用商人の島井宗室には、三家討伐の戦費用の証文を渡すことで利益配分も忘れないようにする。
  かなりの儲けが神屋紹策から毛利に流れるのだろうけど、ここはキャッシュ・フローを増やしておく場所だ。
  こうして、最大の懸案事項の一つ復興資金調達についての目処が立ったので、鼻歌を歌い政千代の手をぶんぶん振りながらいい気分で府内城に帰ったのだった。

 

 

 

「間違いないです。
  府内に居るのが本物の珠姫です」

「何故そう言い切れる?
  あの姫には替え玉がいるのだぞ?」

「戦ができる女、政に口出しする女、家の銭勘定をする女は多い。
  ですが、天下の銭勘定ができる女はあの珠姫しかいません。
  いたら、商売の世界にもっと女が出張っていますよ」

「なるほど。
  では、今夜仕掛けるぞ」

 

 

 

 

 

 その夜 府内城 二の丸 珠姫の部屋

「長宗我部に手がだせねぇ……」

 詳報を送ってきた一万田鑑種の文を握り締めて自分の部屋で悶絶中。
  事、問題が土佐一条家の内部問題に繋がるからなおたちが悪い。
  大友家は一条領を「預かっている」という建前なので、あの領地の主はあくまで一条兼定だったりする。
  そしてあのおじゃる丸、まったりしているせいかそれともそれが理由か、土佐における影響力は強い。
  土佐一国は、一条兼定の家臣達によって一国がまとまっているという建前になっているのだ。
  長宗我部が兵を集めたのは、安芸中部の豪族本山氏を攻める為という理由が、土佐中村の一条家に届けられたという。
  なお、先の南予攻めでも見せたように一条家内部でも、大友に飲み込まれないかと危惧する連中が居る。
  彼等がお膳立てをした結果、事はあくまで「一条家家臣間の争い」でしかないので、大友が介入する理由が無い。
  おまけに、本山氏ってのがまた落ち目で、しかも一条領本体ではないので防衛出動すらできない。
  とどめに、一条家内部の問題だから、介入する為には京にあがった一条兼定の了解を取らないといけないというややこしさ。

 もちろん、そのあたりのしがらみを無視して介入するというのも手だ。
  だが、このあたりの国衆の争いに大名が介入するというのを大友がやった場合、九州の国衆に動揺が走る。
  彼等の持つ現地行政権と警察権を侵犯すると見なされるからだ。
  ただでさえ、絶賛反乱祭り中なのに、そんな状況で国衆に手を出すわけには行かない。
  おまけに、介入して土佐に兵を進めたら、最前線である伊予宇都宮家が危なくなる。
  そして、後詰を豊後から送ろうにも、集めた兵は三家謀反討伐が先である。
  状況は逼迫しているが、動く事が出来ないというのが四国の状況だった。

「姫様。よろしいですか?」

「何かあったの?」

 襖向こうから聞こえる政千代の声に私は手紙をおいて尋ねた。

「高崎山から知らせが。
  夜盗か落ち武者か分かりませぬが動いている様子」

 その報告に私は意識を四国から現実に引き戻した。

「規模は?」

「分かりませぬ。
  ですが、高崎山だけでなく、杉乃井からも兵が出ている様子。
  今晩は、お城でお休みになられた方がよろしいかと」

 急いで帰って、四郎やみんなの顔を見たかったのだが、仕方ない。
  夜でも帰れる治安の良さが別大の道の売りなのだが、やはり悪人も機会は見逃さないか。

「分かったわ。
  今日は、こっちで泊まる事にするわ」

 だが、高崎山で動いているのは悪党ではなかった。

「忍者ぁ!?」

 一刻後、詳報を持ってきた八重姫に対して、私はすっとんきょうな声を盛大にあげた。

「はっ。
  杉乃井御殿に侵入し、替え玉の恋を拉致しようとし、失敗。
  その後、切り合いになり高崎山に逃亡。
  くノ一の舞より、忍びは十数人。
  座頭衆だと思われるとの事。
  既に、杉乃井の兵が大規模な山狩りを始めており、高崎山もそれに加わっているそうです」

 座頭衆。
  毛利元就直属の忍び達。
  そんな彼等が、そこまで腹くくって私の身柄を確保しに来たか。 
  焦っているんだろうなぁ。向こうも。
  何しろ一撃必殺の罠にかかったのが、誰も予想なんてしていなかった南蛮人だったのだから。
  あのチートじじいの罠は必殺であるがゆえに、作るのに時間がかかる。
  チートじじいの寿命から考えると、この罠を掻い潜れば次はもうないだろう。
  だからこそ、忍びまで使って強引に私を攫いにきた。
  私の身柄が毛利に渡れば、豊前・筑前は大混乱になる。
  そうなれば謀反討伐なんて出来る訳が無い。
 
「ここが正念場ね。
  山狩りはどれぐらいの規模で行っているの?」

 私の質問に八重姫はとまどいながら口を開く。

「それが、杉乃井は南蛮人との戦で混乱しており、くノ一は舞達含め数人しか使える者がおりませぬ。
  別府が焼けて、そっちにも兵を出していたので御殿内は混乱しており、正確な報告ができないと。
  詳報を送った舞達くノ一は、使える者を引き連れて山狩りに参加するとの事です」 

 戦が終わった気の緩みを突かれたか。
  吉岡老や田北老などのできるじじいや、はやてちんこと佐田鎮綱や高橋鎮理がいるのに、私の身代わりである恋を狙ってきた。
  間違いなく最精鋭の忍びだ。

「確実に彼等を仕留めなさい。
  杉乃井と高崎山の空いている兵を全て動員しても構わないわ」

「はっ」

 八重姫が私の命を伝えに出てゆくのと入れ違いで、今度は九重姫が入ってくる。

「姫。
  あまりよくない話だ。
  府内で騒ぎがあったらしい」

「何ですって?」

 淡々と語る九重姫の姿は油の灯りに照らされて、いっそうの凄みを見せ付ける。

「原因はよく分からない。
  焼け出された避難民の間で喧嘩があったらしい。
  かなり大きな喧嘩らしく、旗本鎮台の兵が出て収めたが、奉行達も加判衆も明日の出陣にあらかた借り出されて処理ができないらしい」

「あちゃー。
  で、手が空いている私に処理を頼むつもりね」

 何しろ、父上ですらHをせずに事務処理に打ち込む有様だ。
  私が例外的に浮いているのは「妊婦自重しろ」という回りの突っ込みのおかげだったりする。
  だが、この事件は処理できないのはまずい。
  この手の暴動は火花のうちに鎮火するに限る。
  後で燃え広がったりしたら目も当てられない。
  私の権限で片付けてしまおう。
     
「いいわ。
  私がこの一件処理するわ。
  街の奉行所まで出向くから、政千代。準備して」

「はい」

「姫。
  高崎山の山狩りもある。
  できれば城から出ない方がいい」

 準備をしようとした政千代を抑えて、九重姫が自重を促す。
  たしかに一理あるな。

「一理あるわね。
  じゃあ、政千代。
  喧嘩の話を聞くから、当事者を城に連れてきてくれない?」

「かしこまりました」

 こうして、喧嘩の話を聞く為に、城の門を開けて話を聞くことにしたのだった。
  その結果が私にこんな形で返って来るなんて、その時はまったく思っていなかったのだけど。

 


  冒頭の高崎山と同時刻 府内城 大手門前

「動くな。珠姫」

 私の喉元にくないが。
  一瞬の出来事だった。
  出てきた私達に投げられたくないが門番を絶命させ、かろうじてかわした八重姫や九重姫達が次のリアクションを取る前に私に近づいてこの有様。

「姫様っ!」

 たまたま、処理する為の紙と筆を取りに行っていた政千代が、それを投げ捨てて慌ててこちらに寄ろうとするが、別の所から現れた忍びに牽制されて近づけない。
  たちまち悲鳴と怒号が飛び交う大手門前。
  一歩、また一歩と私は大手門から引きずり出され、その後を政千代・八重姫・九重姫と城方の兵がじりじり追いかけている状況。
  強引に引きずられて痛いし、喉元のくらいはひたひた肌に当たるけど、恐怖感はかつて安芸で夜盗に襲われた時よりなかった。
  それは、こいつらの正体が分かっているから。
  彼等ほどの腕ならば、最初の一撃で私は殺されているだろう。
  彼等、毛利の忍びは私を、私のお腹の子の身柄を確保しなければならない。
  それが分かっているからこそ、おとなしく抵抗もしていないのだ。今の所は。
  私を捕まえている奴に、牽制をしている奴、隠れてもう一人二人いるかもしれないな。
  かまかけてみよう。

「あと群集に一人、いや、二人いるわね」

「喋るな」

 八重・九重姫が殺気を纏わせたまま、逃げ惑う群集をにらみつけた結果、潜んでいた忍び三人があぶりだされて私を取り囲む。
  しかも、隠れていた忍びの一人は馬なんて持ってきているし。
  想定外だったな。

「乗れ」

 ここで逆らっても仕方ない。
  おとなしく馬に乗って、後ろからリーダー格の忍びが手綱を握って駆け出す。

「姫様!」

「行かさん」

 たちまち起こる剣戟の音もすぐに聞こえなくなった。
  みんな、大丈夫かな。
  闇夜に駆ける馬上の上で私は脱出の準備をする。
  こういう時の為に神力を使わずしていつ使う。

「妙な事は考えるなよ。姫」

「分かっているわよ」

 背中に当てられたくないがちくちく着物越しに私を刺激するので、テンプレどおりの答えを返しておく。
  一瞬でいい。
  やつの視線が一瞬でいいから私から離れてくれれば、後はどうにでもなるのだが。
  馬は軽快に闇夜の街中を駆けてゆく。
  この方角、港か。

 その瞬間、全てのからくりが解けた。

「そうか。
  神屋紹策の船で逃げるのね」

 忍びは何も答えなかったが、私はそれを確信していた。
  十重二十重と仕掛けられたあまりの策のひどさに、捕らわれているというのに苦笑するしかない。
  彼の船でやってきて、まず私が本物かどうかを確認。
  私が一番欲しがっている銭話で私が本物である事を確認したのだろう。
  たしかに、恋に証文裏書なんて話はできないわな。まんまと餌に食いついてしまった。
  で、本物である事を確かめて、戦力の過半を偽者である恋がいる杉乃井に投入。
  恋襲撃未遂で偽者にかかったと安堵した私達は、安心して戦力を彼等に注ぎ込む。
  で、ぎりぎりまで減らした最精鋭で府内で騒ぎを起こし、私を拉致。
  船でそのまま毛利領へか。
  見事だ。
  見事すぎる。

「何を笑っている」

 ちょっと、背中のくないが痛いんですが。まじで。
  だが、その時に待ちに待っていた隙がやっと彼に出来たのだった。


「珠ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


  その声、四郎と麟姉さんの声と共に飛んでくる矢が一つ。
  それを避ける為に忍びはくないを外して手綱を握り、馬を逸らせて矢を回避する。
  それだけで、私には十分だった。

 テンプテーション。最大出力。

 男を虜にする必殺スキル。
  己のレベルの低さで一時的に魅了する程度だが、この状況ではその一瞬だけでよかった。
  なぜなら、私に魅了されて動きが緩慢になったその瞬間に、四郎の放った矢が忍びを貫いて落馬させたのだから。

「ちょ!
  あばれないで!
  落ち着いてよぉ!!」

 そういえば、この馬も雄でした。
  ロデオ状態になりながら、何とか馬から降りたらいきなりがっしと四郎につかまりましたよ。

「珠……良かった……よかった……」

 四郎はそう言ったきり、マジ泣き中です。
  忍びが絶命しているのを確認してから麟姉さんもしがみ付いて涙ぽろぽろ。

「四郎様が『姫が危ない!』とおっしゃって慌てて府内に駆けつけた次第。
  攫った姫を運ぶなら、この府内港しかないだろうとおっしゃって……」

 そっか。
  あんたの父上のチートじじいの策を読み取ったんだ。四郎。
  さすが毛利の血。親の思考はよく分かるか。
  四郎に助けられたの、二回目よね。
  麟姉さんも日頃強気な姿勢だけに、この乙女泣きにちょっとキュンとしたり。

「もぉ、泣かないの。二人とも。
  私は無事なんだから。ね」

「姫様……だって……泣いて……いらっしゃるじゃないですか……」

 え?
  泣いてる?
  あれ?

 助かった事に気が途切れて、涙ぽろぽろ。
  実はお漏らしまでしていたり。
  で、そんな状況なのに四郎も麟姉さんも離れないし。


「泣いていますよ……あの麟様が」

「四郎殿も、姫様にしがみ付いて」

「白貴殿がおっしゃっていた。
  『男を腹の上で泣かすのは良い女だ』と。
  やはり、姫は極上の女らしい。
  我等も見習わないと」

「だから何でそんなに冷静に見ていられるんですか!九重姫っ!」

 残った忍びを排除できたのだろう。
  追ってきた政千代・八重姫・九重姫率いる追っ手に半ば呆然と見られながら、私達はこのまま泣き続けていたのだった。

 

 追記。
  テンプテーションのせいか、この夜の四郎はめちゃ凄かった。
  というか、朝まで眠らせてくれませんでした。
  おまけに、麟姉さんはまだいるかもしれない忍びの為に、ずっと隣に控えているし。
  なに?
  この羞恥プレイ?

 

 次の日 府内港

「おはようございます。姫様。
  ……失礼ですが、お顔がすぐれませぬが?」

「あ~。
  おはよう。神屋殿。
  気にしないで。ちょっと騒ぎがあって眠れなかったのよ。
  証文を引き取ってもらえるお得意様になる船だから、見送りにきたの」

 当然の事ながら、アレだけ派手にやらかされた今回の誘拐未遂は府内中に広がり、父上はじめ加判衆大激怒。
  早急に忍びの確保を命じたのだけど、こんな特殊スキル持ちの連中なんてそう簡単にいる訳も無く。
  と、思っていたら、一つあてがあったので提案したら、即了承されましたよ。
 
  現在滅亡寸前の尼子家に仕える忍び集団、鉢屋衆です。

 隠岐の奈佐日本之介は私が作った交易ルートでたらふく銭を食わせていたので、まだ毛利になびかないはず。
  海路、彼等を拾って大友家に組み込んでしまうつもりです。
  更に、彦山の修験者等も雇い、大友家全体の防諜力強化を命じたのです。私に。

 あれ?
  何か仕事増えてね?
  まぁ、そんな都合の悪い事はさておき。

「思ったのだけど、何か船員少なくない?」

 昨日のしかえしとばかりちくり。
  なお、この神屋紹策の船が私を攫う船だったりする事は父上達にも伏せている。
  とはいえ、両隣にいる四郎や麟姉さんなんて、今にも切りかかるがのごとく殺気ばりばりなのですが。
  なお、政千代や八重姫・九重姫に兵を率いさせて港に隠し、何かあったら即突入させる準備もやっていたり。

「はて?
  こんなものでしたよ」

 さすが、大商人の後継者。
  二人の殺気なんてまったく気にせず、にこにこしてやがる。

「そう。私の思い違いね。ごめんなさい。
  良い船旅を。
  私が出す証文に、『少し』色をつけてくれると嬉しいな♪」

 とってもいい笑顔で、和解条件を提示してみる。
  銭払うなら不問にしてやるというこちらの条件に、神屋貞清は笑顔を崩す事無く手を差し出した。
  これで、この一件は終わりとなった。

 数日後、博多の神屋紹策から大量の銀が届けられた報告と共に小箱が一つ。
  どうやら、『少し』の部分がこれらしい。
  中には綺麗な青磁茶碗が一つ。
  記録に無いという事は、歴史に消えた名器か。
  箱に真新しい流暢な文字で銘が。

『夜駆』

 洒落が分かってやがる。
  この茶碗父上に見つかって、そっこーで奪われそうになったのは内緒。


 

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