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大友の姫巫女

第六十二話 豊西戦争 あとしまつ 

南蛮人攻撃から四日目 府内

 こ、これは……

「惨いです……」
「府内の町が……」
「……」

 木付城から海路で府内へやってきたのだけど、その府内の街は海岸線部が焼け落ちて、焼け出された民が呆然としていたのだった。


  お元気ですか?
  一息ついたと思ったら、反乱祭りイベントに突っ込んだ珠です。
  本当なら杉乃井に入って、みんなにねぎらいの一言とかかけたかったのですが、時間がありません。
  木付城に小早を呼んで、政千代と八重・九重姫を連れてそのまま府内城へ一直線。
  なお、木付城と赤松峠の兵二千は爺と城井鎮房殿指揮下の元でそのまま北上させて豊前松山城へ。
  毛利の対応を見ながら、宗像討伐に使う予定です。
  高橋鎮理の千五百と杉乃井に入城した佐田鎮綱の千五百、合わせて三千を動かせないのがちょっと痛い。
  別府復興と治安回復には統制の取れている兵は絶対に必要だからだ。
  別府の町に雨露の凌げる建物を立てて、民を落ち着かせるのに最低でも一月はかかる。
  そして、それはこの戦で焼けた府内でも同じだった。
  人口は府内の方が多いだけに復興も時間がかかる。
  その分、兵が拘束される訳で、今度は反乱に投入できる兵が減る事を意味する。
  府内の城は幸いにも無事だった。
  港にも堤防を敷く構想だったのだが、対島津戦を想定して城郭と大分川堤防を先に工事したのが裏目に出たか。
  炊出しも行われているらしい。兵達が立っている場所のあちこちから白い煙があがり、鼻に粥の臭いが。
  商家は早くも仕える物を仕分けて商売しているし。たくましいな。
  焼けた商家もよく見ると、土蔵は黒こげでも無事だったりする。
  砲撃より火災でここまで被害が広がったので、火災に対する備えを当然のようにしている商家はすでに蔵を開いて商売をしていたり。本当にたくましいな。
  城に入ると、臼杵と大野鎮台の兵が控えていたり。
  試しにと兵に聞いてみたら、今は旗本鎮台が復興作業に出て次の日は交代するとか。
  もっとも、龍造寺・原田・宗像の三家謀反でそれも無理かもしれないが。
  復興を優先すれば、反乱鎮圧の投入兵力は減るだろうし。
  頭痛い……


「娘よ。
  中々慕われているではないか」

 加判衆一同控えた一室で、私は父と対面する。
  会った私に対する父上の皮肉も、以前と比べて闇がなくなった様に見える。
  とはいえ、その皮肉とっても痛いのですが。まじで。

「幸いというか、不幸というか、謀反最大勢力がまだ謀反していませぬゆえ。
  まさか、謀反の首謀者が南蛮から火あぶり要求を出されるとは……
  します?火あぶり?」

 加判衆からざわめきが漏れる。
  私を斬ってしまえば丸く収まりますよと言外に含めて、苦々しく、そして苦笑して父上に皮肉を叩き返す。
  これ、以前なら間違いなく斬られかねなかったのだが、父上は大笑いしただけだった。

「ふん。
  種はともかく、わしはできる孫をあやすのを楽しみにしているのだ。
  毛利狐や南蛮人ごときにその楽しみを邪魔されてたまるか。
  とはいえ、此度の謀反について、お前はおとなしくしておけ。
  別府や府内を復興しないといけないし、お前が出るとかえってややこしくなるからな」

 このあたり、親と一国の大名の絶妙なバランス加減が混じって、私は平伏せざるを得ない。
  私が前線に出て豊前や筑前の国衆を糾合した場合、それぞ大反乱に突入しかねないほど毛利の諜略の手が延びているからだった。
  府内別府復興を名目に、杉乃井でおとなしくしていろという実質上の謹慎命令を謹んで承った。

「はっ。
  父上の寛大なご処置に感謝いたします」

 それで、私に対する謀反嫌疑の話は終わった。
  そして、私を救ってくれた南蛮人達へのあとしまつが始まる。
  この場に別府から連れてきたトーレス神父が連れてこられる。
  彼が着ている黒の修道士服が今は罪人の服に見える。
  その中央に光る十字架もとても痛々しく輝く。
  事実、話を聞くというより弾劾に近いのだから、あながち間違っては居ないのだろうが。
  なお、彼を連れてくる前まではもっとひどかった。
  南蛮人の大将を捕らえたはいいが、皆冷静ではなく「首をはねよ!」と力んでいたのを私が必死に押し留めたり。
  あと、杉乃井戦の報告を兼ねて吉岡長増老もこっちに来ていたりする。

「つまり、南蛮人の宗派争いに娘は巻き込まれたというのか?」

 さきほど、私の嫌疑を笑い飛ばした時とはうって変わって、一番激怒している父上がそのまま殺さんばかりの声で吉岡老に確認する。
  トーレス神父による仲介と私が漏らした異端認定の報告で、南蛮人の宗教に対する不信が絶賛上昇中。
  これでキリスト教追い出されたら、実はもの凄く困るのは私だったりする。
  宗教って、ある種のサービス業である。
  で、ライバルのいないサービス業は殿様商売にあぐらをかいて確実に腐敗する。
  いい例が、かつて西日本最大の荘園領主であり、私が送られた宇佐を筆頭とした神仏勢力だったり。
  キリスト教という異種が入ったことで排斥運動も起きているが、彼らの民への救済と己等の腐敗を私が指摘してゆっくりと浄化させつつあるのだ。
  ちなみに、宇佐八幡と関係が深く国東半島に根付く六郷満山寺院群にも僧兵が在籍しており、無視できない兵力をもっていたりするから対応が大変なのだった。

「はい。
  かの神父の話と、姫様の推察、和議交渉に出向いたトーレス神父の言葉を総合するとそうなるかと」

 トーレス神父が吉岡老の言葉に割って入る。
  その目に決意が満ち、殺気漂う父上を真っ向から見据えて、口を開いた。 

「オネガイデゴザイマス。
  ヒメサマヲカイシュウサセテクダサイ。
  ヒメサマヲカイシュウサセタラ、ワレラポルトガルガヒメサマヲオマモリシマス」

「自惚れるな!異人!!
  実の娘すら守れぬ親が、国を、民を導けると思うたか!
  これ以上、何か言うのならば、切り捨てるぞ!!」

「イエ、ヒメサマノタメ。
  ワタシタチニヨクシテクレタコノクニノタメニ、ワタシハイッテイルノデス。
  コノクビ、ヨロコンデトノサマニサシアゲマショウ。
  デスカラ、ヒメサマヲカイシュウシテクダサイマセ!」  

「おのれ!
  まだ言うか……」

 小姓が持つ刀を掴もうとした父上の手を押し留めたのは、私の手だった。

「父上。
  今、彼を切っても解決しないでしょう」

「手を放せ!
  こやつは、お前を差し出すことでこの国を守れと言っているのだぞ!!」

 けど、私は放さない。
  父上を見据えて、淡々とある事実を指摘した。

「それに、改宗してもおそらく襲ってきますゆえ。
  彼らは」

 その一言に、父上だけでなく、トーレス神父も目を見張って私を睨みつける。

「ヒメサマ。
  ソレハドウイウコトデ……」

「新大陸で何が起こっているか、私は知っているわ。
  アフリカから新大陸に何を運んでいるかも」

 その一言で、トーレス神父は落ちた。
  おそらく、私と彼にしか分からない「新大陸」や「アフリカ」という言葉。

「姫様は、杉乃井に居た時から南蛮人について何か知っておられたようでした。
  姫様。
  事、ここまで大きくなった以上、全てをお話くださいませ」

 うわ。
  吉岡老、余計な事を。
  こっちが必死につじつまを合わせて事を穏便にまとめようと考えている時に、私に振るんじゃねぇ。

「説明してくれるのだろうな。娘よ」

 刀から手を放して、父上がため息をついた。
  見ると、父上だけでなく全ての視線が私を注視していた。
  皆の視線に私もため息をついた。

「少し長くなりますが、よろしいですか?」

 紙を取り出して、すらすらと簡単な世界地図を書き出す。
  その地理に愕然としているトーレス神父をほっといて、私は大航海時代と、新大陸からもたらされた金銀によるスペインとポルトガルの経済的繁栄と、その代償である新大陸原住民の根絶と穴埋めとしての奴隷交易を説明する。
  世界規模での話に父上以下加判衆全員ぽかーん。
  そして、ついてこられるトーレス神父は某少年探偵に名指しされた犯人の様に、汗はだらだら、体は寒気からか震えていたりする。

「で、どっちよ?
  銀?
  それとも人?」

 私はトーレス神父にトドメの一言を投げつけた。 
  だが、銀だろうなと思っていた私の予想に、トーレス神父はとんでもない事を口に出した。

「リョウホウデス。
  コノクニノギンハ、タイリクハオロカ、インドマデリュウツウシテイマス。
  ソシテ、ヒメサマガツクリシオンナタチハ、タイリクノオウコウキゾクガセツニホッシテイマス」

 トーレス神父の告白をまとめるとこうなる。
  うちの遊郭を代表する遊女達は世界トップレベルのサービスを提供している。
  それが別府に来るポルトガル人や、密貿易でやってくる明商人や倭寇がうちの女の味を知ってしまい、海路大陸に広がってブランドとして広まってしまった。
  特に、中国こと明帝国やオスマントルコ帝国にこのブランドが確立したのが決定打となる。 
  この二カ国、大規模な後宮を持つ専制国家である。
  つまり、女を武器に成り上がる輩はいくらでもいるし、実際なりあがった連中も一杯居るわけで。

『大友女を使って後宮を支配し、いずれは国も』

 そう考える輩が大量に手持ちの女奴隷を大友女とすべく日本に送り出したのだった。
  ところが、海路の女奴隷輸送なんてまともに機能する訳も無く。
  遭難や病気、果ては船員の使用や現地売却などで、日本に届いたのは極わずか。
  私が思わず偽善の果てに買った女達は、みんな孕んで精神壊れていたあたりをあげれば、どれだけまともなのが残っているか分かるだろう。
  つまり、決定的なレアリティがついてしまったのだった。
  なお、同じような過程で決定的レアリティがついた商品の名前を一つあげれば、これがどれほどの事態か分かるだろう。

 胡椒である。

 そんなハイレートレアリティ商品を、大航海時代真っ只中の欧州が見逃すはずが無かった。
  大陸の専制帝国国家のブームメントは、当然のように欧州貴族界も席巻する。
  トーレス神父が和平交渉時に聞いた話では、欧州で誰も持っていないがゆえに大友女一人についてガレオン船一隻の値段をつけた大貴族がいたとか。
  なるほど。
  それほどの暴利商品なら、教会保護下に置かないとどうしようもないと同時に、教会そのものが莫大な利益を上げられるな。
  娼婦を改宗させて教会の支配下に置き、娼婦には神の安寧を、教会には彼女の体で稼いだ金を寄付として頂く訳だ。
  免罪符なんぞを売って新教旧教対立が始まっているローマ側は、喉から手の出るほど欲しい利権だろう。 

 人道など屑の価値すらない戦国の世とはいえ、世界規模の人身売買の実態を聞いて私も父上以下も真っ青になっていたりする。
  ちなみに、欧州人が人として扱うのはキリスト教に入信している者のみ。
  当然それ以外は奴隷として扱われる。
  トーレス神父が必要に入信を求めていたのも、スペインが父上を改宗させようとしていたのも彼等からすればとても寛大な要求なのだろう。
  問題は、彼等の視線であって、我等の視線からは違う景色が見えるという事を理解していないあたりなのだが。

「父上。
  売られた喧嘩は買うべきだと思いますが」

「もちろんだ。
  が、また府内が焼かれる事態は避けねばならぬし、やつらの本国は海の果てではないか」

 怒りより、世界規模の事態に頭がついていかないらしい。
  まぁ、日本の小ささを最初に見せた後で、海洋帝国ができつつあるスペインの領土を見せたらびびるわな。

「父上。
  かの国は大きいのは間違いありませぬ。
  だからこそ、敵も多いのです。
  わが大友や毛利の様に」

 だから、理解できるレベルまで話を落としてやる必要がある。
  私の言葉の持つ意味を理解した父上は皮肉交じりの苦笑を浮かべる。

「となれば、わが大友もかの国にとっては宇都宮程度か」

「せめて、長宗我部と言ってください。
  かの国は全力が出せませぬ。
  かの国にとっての毛利、オスマントルコがいる限り。
  だから、遠慮なくかの国の喧嘩を買えます」

 私の不敵な笑み気づいたらしく、父上や加判衆もうっすらと笑みを浮かべる。
  そんな事は知らないトーレス神父だけが、必死に私の暴挙を止めようと言葉を並べて説得する。

「ヒメサマ。
  コノクニノスベテヲモッテモ、イスパニアニハカテマセヌ」

「そうね。
  けど、貴方方ポルトガルならどう?」

 呆けた神父の顔って凄く間抜けに見えるというのを私は今知った。
  彼が呆けているのをお構い無しに私は言葉を続ける。

「大友家はイスパニアに宣戦布告するわ。
  とうぜん、証人はポルトガルね。
  で、世界のポルトガル船を大友名義で雇って、イスパニアの船を襲わせるの。
  襲った船の積荷の九割は報酬に、一割を私達に。
  トルデシリャス・ サラゴサ条約を無視して、商売敵のイスパニアに喧嘩が売れるわよ」

 それがどういう事になるか、分かってしまうが為にトーレス神父の顔は真っ青になる。
  私は、ポルトガルに対して大友の旗を貸すから、遠慮なくスペイン船に対して海賊をしろと言っているのだった。
  まぁ、私略船を仕立ててアルマダの遠因を作ったイングランドのまねというのは内緒。
  そして、この手が最も効果を発揮するのは本国がある大西洋である。
  ポルトガルがスペインに飲み込まれるまで、スペインはまったくアジア大西洋に手が出せなくなるだろう。

「もちろん、喧嘩を買った以上、我々も攻めないとね。
  領内の反乱が終わってからだけど、船もナウにガレオンと揃ってきたし」

 とってもいい笑顔で、私はトーレス神父に悪魔の囁きを告げた。

「アジア交易の独占を狙い、
  うちの船団とマカオの船団を使って、ルソン攻めませんか?」

 

 スペイン派遣船団の長だったミゲル・ロペス・デ・レガスピは大友側の親書--宣戦布告--を持ってマカオに送られ、そこからスペインに帰国する事になる。
  当然、彼がスペインに戻っていた時には、事態ははるかに大きく動いていたのだが。
  なお、他の捕虜達はポルトガルに一任し、ポルトガルはこの攻撃を海賊として扱い、身代金が払える者はマカオに連れて行かれ、残りは縛り首となり府内にその躯を晒す事になった。


 





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