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大友の姫巫女

第六十一話 豊西戦争三日目 別府湾海戦

 風は順風。
  波は少し高し。
  相手はガレオン船三隻。
  こっちはキャラック船三隻。
  その火蓋が切られるのを、私は木付鎮秀の居城である木付城から眺める事しかできなかった。

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
  杉乃井は辛うじてですが、落ちませんでした。
  大手門を破られるほど攻め込まれたらしいのですが、佐田鎮綱の横槍で辛うじて持ちこたえたとか。
  やばかった。
  しかし、トーレス神父が仲介して交渉をしたらしいけど、何よこれ?

1)私の火あぶり
2)父上のキリスト教改宗
3)瓜生島の併合

 まったく話す気ないだろう。スペイン……
  やつらにとっては寛大な要求なのだろうが。
  この報告は府内の父上にも送ったらしいけど、激怒しているんだろうなぁ。きっと。
  こんな事があって、宇佐ではなくわざわざ別府湾に戻ってきたのも、これが理由。
  とりかく、これを片付けないと南蛮人全体への風評になりかねないし、それは大友家の経済崩壊に繋がりかねない。
 
  南蛮人のやつらは船でやってきた。
  という事は、船以上の人員を連れてくる事ができない。
  それが杉乃井戦で消耗した。
  叩き出すだけでなく、ガレオン船を手に入れるチャンスです。
  現在動ける南蛮人のガレオン船は四隻。
  消耗していた南蛮人は、今ガレオン船を三隻動かせるかどうかと私は見ている。
  死ななくても負傷者に船は動かせない。
  かれらの人員が千人と踏んで、北浜と杉乃井で二割は損害が出ているはず。
  しかも船を動かす瞬間、水夫でもある兵士を収納する為に一番無防備になるはすである。
  四隻の内、一隻はろくに動かせないだろう。
  これを頂く。
  既に杉乃井には伝令を走らせて、彼らが船を動かしたら残った船を奪い取れと命じている。
  そして、こちらの切り札であるカルバリン船三隻が木付城前に停泊している。
  この城は別府湾の最奥に位置し、かつ三方を海にかこまれた半島の城砦で、その高台から見下ろす私の眼下の先には離脱したらしい南蛮船が三隻。
  読みどおり、一隻は砂浜に鎮座したまま。

「姫様。
  これを」

 高台から動かない私に政千代が差し出す紙の束。
  それに花押をかきかきかき。
  本当なら、私自身が珠姫丸に乗り込んで海戦指揮を取りたかったのだけど、

「「駄目です」」

 爺だけでなく、南蛮船を率いる安宅冬康にも大反対されたので、私はこの木付城でおるすばん。
  杉乃井から逃げた時の最後っ屁であるあの大風でぶっ倒れてから、偉く過保護なのですが。

 え?杉乃井に入らないのかって?
  ここから先、治安がかなり悪くなっているのです。
  北浜での敗北や杉乃井戦で別府焼けましたし。
  赤松峠でなく木付城に入ったのも、主力が杉乃井に入った木付鎮秀の居城である木付城が荒れるのを避けるのも理由の一つ。
  もちろん、爺達の魂胆は、

「とにかく姫を安全な所に」

 だから、私が当初考えていた杉乃井入城を必死に押し留めたのも、これが理由だったりする。
  できる事なら、宇佐からすら出したくなかったのだろうなぁ。
  それは我慢できない私とのぎりぎりの妥協が、この木付城入城だったりする。
  まぁ、悪い事ばかりではない。

「はい。これを届けて」
「はい」

 かきかきした花押は全部豊前・筑前の国人衆あての手紙だったりする。
  逐一情報を流して、彼らが暴発しないようにしないといけません。
  で、城の人間かき集めて、判子でぺったんぺったん。
  全部私がするより格段に速いので助かっていたり。
  花押だけが証明だから信じない所もあるだろうけど、下手な流言よりはましだろう。多分。
  私が花押をかきかきで、百枚以上の手紙をばら撒いたり。
 
  話を戻そう。
  兵の展開にも、私の身柄最優先が現れている。
  この木付城に宇佐衆を中心とした兵千。
  本来本陣を置く予定だった赤松峠は城井鎮房殿の手勢千。
  何度も杉乃井に来ている高橋鎮理に手勢と宇佐衆の残りの兵千五百を持たせ、別府の焼け跡の治安回復の巡回・救助をさせている。

 別府の方角から、出港したキャラック船三隻の方を改めて見る。
  ここからは見えないが、白地の帆に黒く塗られた杏葉の紋章が風をいっぱい受けているはすである。
  とはいえ、使っている神力は抑え目で、キャラック船に順風を当てる程度。
  ここでまたぶっ倒れたら本気でこの後の情勢に影響でそうだし、静養と称して宇佐か杉乃井で寝かされ介護なんてされかねないし。

 

「いい、無理はしないでね。
  船はともかく、あんたらは替えがきかないんだから」

 出港前の珠姫丸に乗り込んだ安宅冬康にそう声をかけたけど、

「ここで命を捨てずに、何処で捨てろと?」

 と返されて、

「そりゃ、毛利戦」

 と、ぽろりと本音を漏らしたら水兵ともども大爆笑していたな。やつら。
  なお、今回の戦において、安宅冬康率いる南蛮船乗員は多国籍だったりする。
  南蛮船の操作というのはやっぱり難しく、珠姫丸を動かしていた安宅党だけでは当然数も足りず、若林鎮興率いる豊後水軍からも水夫を融通したはいいがそれでも足りず。
  で、倭寇の中国人を雇って訓練していたのだけど、今度は技量が足りず。
  そんな不安なこちらの南蛮船に志願(もちろん報酬こみで)したのは、船を撃沈されたポルトガル人だったりする。
  私が小躍りしたのは言うまでもなく、かくしてこの海戦の舞台が整った訳だ。

「毛利戦にて命を捨てるためにも、皆の者!
  生きて帰ろうぞ!!」

「応!!!」

 海の男達の決意に、私はただ見ているしか出来ないのが凄く悔しい。
  女になっておもうけど、やっぱり男ってかっこいいわ。
  日本人も、中国人も、ポルトガル人も、すっげーいい目で私を見つめるんだから。
  特に何かにかける男、ましてやそれが死と繋がる決意を決めた男っていいなぁ。
  前世の私は、少なくともそんな男ではなかったなぁ。

 で、何で腕を掴む。政千代。

「麟様から言い付かっております。
  『姫様が黙って何かを見ている時に、とりあえず手を掴め。
  少なくとも、それで姫様と共に何かに引きずり込まれるから』だそうで」

 うわ。
  麟姉さん、すげー恨み言を政千代に漏らしていたんだな。
  このまま船に乗り込みねないとでも思ったのだろうか。
  ほいほい護衛から離れてお忍びするのは少しだけ控えよう。

 この瞬間だけ。

「姫様。
  まったく、目に反省の色が見えていないのですが?」

 ジト目の政千代に睨まれ、握られた手はちょっと痛かったりする。
  とりあえず、弁明だけはしておく。 

「し、シツレイナ!
  コ、コウヤッテノコッテイルジャナイノ」

「凄く、声が棒読みです。姫様……」

 結局、政千代に手を掴まれたまま、こうして木付城の高台に。
  政千代は階段しか出入り口が無いのを確認して、やっと手を放しやがった。
  まったく信用されていません。私。
  で、高台での花押かきかきとかやっていたわけで。
  そういえば、まだ望遠鏡ってできていないのです。
  おかげで遠目から見るのは結構大変です。
  ガラス二枚あれば作れるから、今度博多の商人にでも頼んでみよう。

「姫様。
  我らの水軍は勝てると思いますか?」

 文を城の者に渡してきた政千代が隣で不安そうに私に尋ねる。
  キャラック船の大砲は片舷17門、ガレオンは40門だから、片舷20門か。
  風向きもこっち向きだし、負けないとは思う。
  いくつか手は打っているし。
  何か返事を返そうと思ったが、その機会は永遠に失われた。

「姫様!?」

 手を握ってくる政千代の声に返事ができないぐらい、私は別府湾を凝視していた。
  轟音が轟き、海戦が始まった。

 

地理説明(黒スペイン 白大友)
     ↑
    宇佐


                  △赤松峠

                 凸木付城
                 ------
                 |□大神造船所
                 |  
   □            |  ▽キャラック船三隻    
  別府           |  ↓
                |
  凸             |
杉乃井御殿      ▲▼ガレオン船三隻(一隻放置)
                |↓
                |
              |    凹瓜生島
     凸       |
   高崎山城 |
           |
            ------
             凸
           府内城  


  風が逆風になり、動きが遅いガレオン船は順風に帆を合わせる為に進路を府内側に向ける。
  もちろん、近づいてこないように撃てる大砲は全て撃ってこちらのキャラックを寄せ付けないようにしているが、威嚇なのでキャラック船のはるか前で水柱が立ち上がるのみ。
  キャラックに積んでいるカルバリン砲の方が射程は長いが、絶対的優位とはいえないのがこの手の海戦の怖い所。
  アルマダ海戦で決定打になったのは、砲の性能より火船の特攻や嵐の為という説もあるみたいだし。
  だが、風で敵進路が固定されたのはこっちにとっては都合が良かった。
  こちらのキャラック船はまだ撃っていない。
  艦首に大砲が備えられていないからだ。

「やはり、瓜生島には近づかないか」
「どうしてですか?」

 轟音が続く別府湾を眺めながら、呟いた私の一言に政千代が尋ねる。
  視線をキャラック船に向けたまま私はその答えを口にした。

「あっちにポルトガル船や、明のシャンクが停泊していたでしょ。
  大砲が降ろされて、瓜生島から撃たれたらいやなのよ」

 ガレオン船団の選択肢は二つあった。
  Uターンの要領で瓜生島前でT字に持ち込んで大砲でフルボッコと、順風を受けて府内側からの脱出の二パターン。
  キャラックを叩くならT字持ち込みだったのだが、それは瓜生島に近づく事を意味する。
  元々商館があった瓜生島にはある程度の装備もある。
  スペイン艦隊来襲時に瓜生島も攻撃を受けたが、兵も送られておらず、そこにいたポルトガル人も我々に協力的だ。
  なにより、湾の真ん中に島があるという事は、近づいたら浅瀬に座礁する事を意味しており、地理に不慣れな彼らからすれば危険な選択肢でもあったのだった。
  
  けど、それはこっちの思う壺。
  高崎山山頂から轟音と共に黒煙に包まれ、ガレオン船の近辺に次々に水柱を作り出す。
  同じ場所から物を投げた場合、高い所から投げる方がよく届く原理を使っての砲撃だが、ガレオン船団は慌てて瓜生島の方に舵を切って見事なまでに動揺している。
  なお、高崎山は標高約六百メートルなり。
  スペイン人襲来前から、偉い苦労をして大砲を上に持っていったかいがあった。
  来襲時、私は杉乃井から追い出されたので、見張り程度の兵しかいない高崎山の砲台を使えなかった。
  だが、今回は府内からちゃんと兵を詰めているので遠慮なくぶっ放せるだろう。
  そんないやがらせ砲撃の一発が、先頭のガレオン船のメインマストをへし折った。
  
「やった!」

 その光景は、別府湾て行われているこの海戦を見ている大友側全員の気持ちだろう。
  良く耳を澄ますと、砲声にまじって法螺貝の音も聞こえる。
  杉乃井から残った南蛮船を占領する為に兵を出したらしい。
  燃やすか、壊されるかされると思ったが、幸いにもそれは防げたみたいだ。
  まずは、ガレオン船一隻ゲット。

 視線を逃げるガレオン船団に向ける。
  先頭のガレオン船が速度を落としたので、二番艦以後は舵を切って先頭の船を避けないといけない。
  そんな、状況下の彼らに姿を見せたのは、塞ぐように横に並んだ若林鎮興率いる安宅船三隻を中心とした豊後水軍だった。

 
 

地理説明(黒スペイン 白大友)
     ↑
    宇佐


      △赤松峠

             凸木付城
           ------
          |□大神造船所
          |  
   □      |    
  別府     |
          |
  凸       |
杉乃井御殿△
           | ▽キャラック船三隻
          |
         |    凹瓜生島
     凸  | ▼ガレオン船三隻
  高崎山城 |     ▽安宅船三隻他
        |     
         ------
            凸
           府内城  


  安宅船は足が遅い。
  だからこそ、障害として、別府湾の出口側に待機させていたのだった。
  キャラック船が追い込み、安宅船で塞ぐ。
  ガレオン船は安宅船の排除の為に、大砲を使うべく船腹を晒そうとする。
  だが、攻撃は安宅船の方が速かった。
  大砲より軽い爆音と共に放たれる赤い火矢の群れ。
  瀬戸内水軍の必殺兵器、棒火矢。焙烙火矢ともいう。
  バズーカというか、ロケット砲というかそんなもので、火薬で筒をぶっ飛ばす原理としては簡単な兵器である。
  その狙いはガレオン船の帆。
  火矢で帆を焼いてしまえば、帆船は動けないのだ。
  後に起こるであろう織田対毛利の第二次木津川口海戦では、鉄甲船に効かなかったとされるが、櫂で動き、河口封鎖で動かなくても良かった鉄張りの鉄甲船とはそもそも相性が悪い。
  よく見ると小早船とかも近づいて、鉄砲や火矢を射掛けたり。
  船腹が高いので切込みができないのが痛いが、足を止めてしまえば後ろからキャラック船がしとめてくれる。
  無事な二隻もマストが火まみれになった瞬間、この戦に勝った事を悟った。
  轟音と共に燃えていた一隻のガレオン船が大爆発を起こす。
  火薬にでも引火したのだろう。
  もう一隻は燃え盛るマストが折れて海に落ちていた。
  先にマストが折れた船は、降伏でもしたのかキャラック船が近づいたのに、抵抗らしい抵抗はしているように見えない。

「勝ったわね」
「はい。姫様」

 ゆっくりと息を吐き出す。
  気づいたら、政千代の手をきつく握っていた。

「痛くなかった?ごめん」
「大丈夫です」

 政千代ははかんで答える。
  安堵なのだろう。
  うっすらと目には涙を浮かべていたり。
  そんな空気はたった数瞬で終わってしまうのだけど。

「姫様っ!
  ここにいらっしゃいましたか!姫様!!
  謀反です!!!」  

 勝った余韻すら味わわせてくれないらしい。
  駆けて息を切らした八重姫の背中をさすりながら、自分自身驚くほど低い声で相手を尋ねた。

「で、何処?」

「ち、筑前蔦ケ岳城城主宗像氏貞!
  同じく、筑前高祖城城主原田了栄(出家前は隆種)!
  『珠姫様の御謀反に賛同する』という名分で謀反を起こしました!!」

 驚くより、ああやっぱりと思ってしまうのは、これがチートじじい毛利元就の策だからと知っていたからだろう。
  むしろ、『珠姫謀反』の一報が入ったら即応するように、図っていたのだろうなぁ。
  ここまでくると、怒るとか驚くとか通り越して感心せざるを得ない。

「やっぱり、謀反を起こしたのね。
  あれ?宗像と原田だけ?」

「はい。私が聞いたのはその二家だけですが……」

 おかしいな?
  筑前立花山城の立花鑑載も謀反を起こすかと思っていたのだが……
  まぁ、博多や二日市に即応状態の兵を詰めさせて、『次、あんたね』と露骨に脅していたからなぁ。
  もしかしてやり過ぎた?

「もう一家ある」

 八重姫が語り終えると共に出てきたのは九重姫。
  息切れしていない所を見ると、歩いたのか、それても顔に出ない性分なのか。多分後者だな。

「八重と同じ名分で肥前龍造寺が謀反を起こした。
  日田鎮台が既に動いている」

 九重姫の淡々とした物言いに、私はこの騒動の短期終結に失敗した事をいやでも悟らざるを得なかった。
  そして、この騒動が更に拡大・長期化する事をこの時確信する事になる。

 

 別府湾海戦

参加戦力
  大友家          安宅冬康             キャラック船三隻 安宅船三隻+関船・小早船多数
  スペイン派遣船団   ミゲル・ロペス・デ・レガスピ   ガレオン船三隻(一隻放棄)

損害
  大友家    なし  負傷者若干
  スペイン   撃沈一隻   拿捕(放棄)一隻   拿捕(中破判定)二隻   死傷者五百 残り全て捕虜

捕虜   
  ミゲル・ロペス・デ・レガスピ

 

作者より補足。
  今回の話は、XXX板にある「大友の姫巫女XXX~とある少女の物語~」のコラボレーションになっています。
  特に二日目の杉乃井攻防戦(とある少女の物語第十四話・杉乃井攻防戦二日目~交渉と攻城と~)は私がお願いして大隅さんに書いてもらったもので、私も話に関与し、了解しています。
  この場を借りて大隅氏に感謝を。



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