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大友の姫巫女

第六十話 豊西戦争 二日目

 目が覚めた。
  茶色の木目調の見知った天井が視野に入ってきた。

「知らない天井だ……」

 いや、お約束って大事だと思うのですよ。
  特に、生死を決する時ほどね。おちつくから。それで。

 というわけで、

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
  宇佐にある私の屋敷の天井を見上げながら、とりあえず私は宇佐に着いた事を悟ったのでした。

「姫様っ!
  姫様がお目覚めになられましたっ!!」

 妙に明るい。お昼か?
  側についていたのだろう。
  政千代が大声をあげる。ちょっと五月蝿い。

「姫様っ!」
「姫。ご無事で」
「姫様がお目覚めになられたぞ!!!」

 って、何でそんなに集まってるのっ!!みんなっ!!!
  しかもみんなは漆黒の鎧を纏って戦装束だし。
  戦……あれ?

 皆の声を無視して考え込む事しばらく。
  気絶前までの状況を思い出す。


  がばっ!


「政千代!
  何日寝てた!!!」

「姫様落ち着いてくださいっ!」

「いいから、私は何日寝てたっ!!」

 政千代をかっくんかっくん揺さぶって大急ぎで時間を確認する。
  帰ってきた言葉は私にとって愕然とするものだった。

「丸一日です。
  お倒れになられた日から、丸一日経たれた朝でございます」
 
  こうしちゃいられない。

「状況を説明して!」

 ぬっと突き出されたのは、朱色のお椀に盛られたほかほかの味噌粥。

「まずは食べて」

 お願いだからその無表情と抑揚の無い声は起きかけにはかなり驚くから。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 とりあえず、床から半身を起こし、味噌粥を食べながら状況を確認中。
  とろとろのご飯と、歯ごたえのある茸と大根が味噌に絡み、薬味の葱が舌を刺激する。
  おいしい。
  考えてみると丸一日寝ていたからそりゃお腹もすくわけで。

「おかわりはここ」

 だから、ぬっとお椀を突き出すのはやめてください。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 うん。
  仕方ないよね。まだお腹空いていたんだから。
  ぱくぱくかつかつと箸を一心不乱に動かす私に、また鼻をくすぐるいい臭いが。

「鮎を焼いています。
  お召し上がりを」

 霞が持ってきた塩焼きの鮎にかぼすをかけてぱくり。
  うまい。
  おっと、料理解説なんぞやっている場合じゃなかった。
  鮎を食べながら、大急ぎで文を把握。
  なお、手は鮎の塩焼きの串を持っているので、手紙を持っているのは政千代である。

 別府からの文で、父上達は無事なのと、北浜で上陸した南蛮船の連中と一戦して惨敗した所まで把握。
  テルシオにガチでぶち当たったか。
  今の大友軍にあれにまともにぶち当たって勝てる訳無いのに……

 さて、このテルシオというのはスペイン軍が当時最強を誇っていた戦闘陣形である。
  その特徴は、方陣の四隅に鉄砲などの火力兵を用意した上で、パイク兵等の槍兵が構えて敵兵を近づけさせないという物。
  鉄砲による面制圧射撃でこっちの突撃を阻み、大砲でこっちの士気を叩き崩し、それでも突っ込んだこっちの兵は槍の壁で近づけさせない。
  おまけに方陣でその四隅に火力兵を置くという全周防御陣形だから、側面をついても結果は同じときたもんだ。
  また難儀なのが、戦国日本で発達していないというか、発達できなかった騎兵集団という突撃時に衝力を発揮できる兵科が居なかったので、突撃歩兵たこ殴りという散々たる結果に。
  奈多鑑基の討ち死に、参加兵力三割の損害って何よ。
  恋は母上と一緒に何か凄い事しているし。うらやま……げふんげふん。
  そこまでしないと士気が維持できないって末期的だし。

「はぁ……
  頭痛くなってきた……」

「姫様?
  医師をお呼びしましょうか?」

 真顔で青くなる八重姫に手を振って拒否する。

「比喩表現よ。
  で、今はどうなっているの?」

 すかさず答えたのは、控えていた武者達を代表した爺こと佐田隆居。

「今日には息子が率いる宇佐御社衆と、中津鎮台が別府に入る予定です。
  夜には報告が来るでしょう」

 だから居なかったのか。ハヤテちん。

「南蛮人と一戦するかしら?」

「分かりませぬな。こればかりは。
  戦は水物ゆえ」

 現状で南蛮人に勝つためには、彼らの弾切れを狙うぐらいしかないのも事実である。
  その段階でどれだけの損害が出るか、考えただけで悪寒が走る。
  とはいえ、せっかく座礁させた南蛮船をまた海に戻されたら、ガレオン四隻に対してこっちはキャラック三隻、勝てるとも思えない。
  陸上にての撃破は絶対条件なのだが、今一つ考えがまとまらない。
  ええい、ひとまず考えるのをやめよう。
  それよりも宇佐に来てしないといけない事がある。

「豊前・筑前の国人集は?」

「府内での一件を知るのは今日でしょう。
  既に、姫様が宇佐に逃れた事を知らせておきました」

「グッジョブよ。爺」

「姫様の南蛮言葉は分かりませぬが、その笑顔から察するに間違ってなかったのでしょうな。
  宇佐衆は既に昨日の内に動員をかけ、兵二千、何時でも動かせますぞ」

 今回は突発事態に近い事もあって総動員をかけたらしい。
  中津鎮台に出ている兵まで含めたら、宇佐衆総動員に近い。
 
「姫様。
  今、早馬が。
  城井鎮房殿の手勢千と、高橋鎮理殿の手勢五百がこちらに向かっておるとの事。
  宇佐に着くのは夕方の予定」

 あやねの報告に私は眉をしかめる。
  ありがたいのは事実だが、少し速くないか?この動員。
  何かあった時の為に、最前線の香春岳城や松山城には押さえの兵も残しているし、筑豊に移った田原親宏が押さえになるように手はずは整えている。
  だが、事変が昨日で動員・出兵が今日というのは速すぎる。
  高橋鎮理の場合は精兵で常時戦場とか言いそうだからまだわからんではないが、豊前の押さえとして予備兵力的位置づけをしていた城井殿がそんなに速く動く必要は無い。

「既に別府に向かっているのが千五百、ここにいるのが二千、香春に城井が千五百か。
  動かせる豊前の兵は総動員に近いわね。
  銭・米の手当ての方はどうなっているかしら?」

「対毛利戦の事を考えて、銭も米も中津や長洲の蔵に蓄えております。
  足りない分は、門司から買い入れればと」

 爺の苦笑する顔に私も釣られて苦笑する。
  今回は毛利戦ではないので、門司で買い物はできるだろう。
  対毛利戦では、使えない門司ではなく府内で必要物資の購入を行う予定だったので、先の話になるが府内復興の段取りも考えておかないといけない。

「門司に人を走らせて、期日近い証文の支払いを。
  大友は府内を攻撃されても銭を返せる事を見せ付けておかないと」

 私の一言に、爺の顔がふと困ったような顔になる。

「どうしたの?爺?」

「実は、島井宗室殿より文が。
  わしにはよく分からぬゆえ、姫様に見てもらいたく」

 爺より渡された島井宗室の手紙を読む。

「な、何ですって!?
  暴落した大友の証文を神屋紹策が全て買い取ったぁ!?」

 生き馬の目を抜く商人世界での南蛮船府内攻撃は、ぶっちゃけ9.11なみの衝撃となるのは分かっていたので、大急ぎで出回る証文の整理をやるつもりだったのだが。
  あれ?
  何か引っかかるな。

「神屋紹策って、博多の豪商よね。
  たしか……」

 頭をゆらして思い出そうとしていた時に、政千代がすらすらと解説を。

「博多の豪商で、紹策様の父上に当たる神屋寿貞殿は石見銀山開発で財を成した方ですわ。
  その縁故で大内・毛利氏と関係が深く……」

 あれ?
  今、凄くやばいキーワードを聞いた気がしたぞ。
  なんで、落ち目の大友の証文を毛利側の商人が買い漁っているんだ?

「姫様!
  ご無事でしたか!!」

 つかつかとやって来ているのは、現在こっちに向かっているはずの城井鎮房。
  あんた、率いている手勢どうしたのよ?

「高橋鎮理殿に手勢を任せて、少数の供を連れて先駆けを。
  よかった……姫にもしもの事あれば、この豊前がどうなっていたかと。
  門司からの報告で、姫様が別府から逃げ出したと聞き、慌てて駆けつけた次第。
  宇佐からの文で南蛮人が攻撃をしかけたとか、我らの手勢異人にも負けませぬぞ!」

 言われる前に、言ってくれた城井鎮房が鎧をつけた己の胸をどんどん叩いてみせる。
  あれ?
  何で、府内攻撃の報告を門司が知っているんだ?

 ちょっと待て。
  今、城井鎮房は何て言った?

「『門司からの報告』で、『姫様が逃げ出した』」  

「姫様!
  どうなさいました!!
  珠姫様!
  お顔が真っ青で!!」

「ぇ、ぁぁ。
  ごめんなさい。政千代。
  まだちょっと気分がよくないみたい」

 見えないけど分かる。
  私の顔は今、真っ青で、体の震えが止まらない。

「爺の手勢は赤松峠まで進めて。
  そこを本陣にするわ。
  城井殿は手勢をそのまま立石峠に」

 私は、最低限の指示をだすが、寒気が止まらない。
 
「姫様。
  これ以上は無理をなさいますな。
  無理をすればお腹の子に差し障りますぞ」
「左様。
  ここは我らに任せて、ゆっくりとお体をお安めに」

 見るからに悪化した私の容体に爺と城井鎮房の二人が必死に説得する。
  それに私も頷かざるをえなかった。

「ありがとう。
  少し横になるわ。
  一刻経ったら起こして」

 皆を下がらせて、私はゆっくりと横になる。
  体の震えが止まらない。
  うっすらと汗も出てきている。


  今、私は厳島の陶晴賢の気分をたっぷりと味わっていた。
  チートじじい。毛利元就の罠にしっかりと絡め取られていたという事を認識したので。

 
  神屋寿貞の証文買い取り、城井鎮房の速すぎる兵の動員、そして前々から流布していた「珠姫は毛利側」という噂。
  これらは全てあるトリガーによって発生する。
  それは、私が別府から逃げ出すという事。
  つまり、私が謀反を起こして失敗した時の事を想定していたのだ。
  出回っている大友の証文は私が父上を倒したら額面支払いが確定しているので、謀反勃発時の暴落時に買い漁り、毛利は私を支援する事で策源地と大義名分を手に入れる。
  府内攻撃時に門司行きの船も居たから、彼らが南蛮船の攻撃を見たらきっと私が府内を攻撃したと勘違いするに違いない。南蛮船私も持っているし。
  城井鎮房の門司での情報は、おそらくはぼかして私に伝えているのだろう。
  きっと、

「珠姫謀反!
  別府で蜂起するも失敗し、宇佐に逃亡中!」

 とかの過激な一報が門司に流れたのだろうな。
  多分、前々から計画されていたのだろう。神屋寿貞の証文買い取りもこれがトリガーと見た。
  で、兵を集めている最中に宇佐からの報告である「南蛮船攻撃」あたりを聞いて、慌てて先駆けしていたというあたりが真相だろう。
  危なかった。
  状況証拠だけで、私は危うく謀反を起こしている所だった。

 かつて、私は毛利元就についてこういう事を言った。

『AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
  この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
  DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
  地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
  このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
  介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
  たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
  厳島合戦なんてまさにその典型である』

 まさにそんな状況だった。
  辛うじて私がその罠から逃れられたのは、情報伝達を速めて可能な限り情報を流すように心がけていたからと、毛利元就必殺の地雷原を踏んづけたのは私ではなく南蛮人だったという事。
  たった二つの奇跡から私は致死の罠から逃れられたのだった。
  それを自覚したからこそ、体の震えが止まらない。
  本気であのチートじじいが怖いと思ったのは今回が初めてだった。
  幸いにも、この手の弱点は、次の手を作るのに時間がかかるという事。
  次にどんな手が来るか分からないが、「珠姫謀反」ネタはこれで使えないだろう。
  もっとも、それは別府に居座っている南蛮人を無事に叩き潰したらの話だが。

「姫様」

「起きているわよ」 
  
  声をかけてきたのは政千代。
  ふすま越しにも声が震えていた。

「先行している佐田様より最新の報告です。
  南蛮人達は、杉乃井を攻めだしました」


 


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