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大友の姫巫女

第五十七話 泡姫と海賊姫と宣教師 

 

「しかし、この府内は栄えておるのぉ」

 鶴姫が感嘆するその光景は、大友家の繁栄の象徴でもあった府内に向けられていた。

「全ての商いを、府内でする訳ではないのです。
  南蛮船は、別府湾に浮かぶ瓜生島で。
  国内諸国の船は、府内の港で取引が行われています」

 接待役である同年代の政千代の声もはきはきとしている。
  もっとも、与えられた仕事にかける情熱の為か、案内文の暗記になっているあたり微笑ましいと鶴姫付きの侍女の夏などは思ってしまうが、口に出すおろかな事はしない。

「取引を分けているのは何故じゃ?
  一つの所ですれば、楽だろうに?」

 鶴姫の疑問ももっともらしく、先に調べた政千代がやはり淀み無くその答えを口にする。

「一つは、南蛮船の大きさが理由との事。
  あれだけの大きな船を浜に近づけると、座礁してしまうとか。
  もう一つは、南蛮人との諍いを避ける為です。
  言葉の通じない人が府内で暴れると大変ですから」

「なるほどのぉ。
  どおりで海に無数の船が浮かぶ訳じゃ」

 鶴姫が感心するので政千代はほっとするが、暗記しただけの政千代は珠が意図した別府湾全体を俯瞰する都市計画がまだ理解できていなかった。
  南蛮人専用として、ある種の隔離を意図した交易拠点の瓜生島。
  大友家の中枢、および国内港として船を集める府内。
  この二つの慰安地として、適度に離れて作られている別府。
  その間に作られた防衛拠点の高崎山城には狼煙台と灯台まで作られている。
  更に、別府湾最奥の大神に作られている造船所と水軍港。
  これらの間を小船や馬車が行き来し、人・物・金が動き、雇用が生まれているという意味を鶴姫も政千代も知るにはまだ幼すぎた。

「あの島へはわらわも行く事ができるのか?」

「ええ。お望みとあらば、後で船を手配しましょう」

 三人は府内の市に着く。
  常時、物が溢れているそこは、博多や堺の大店が店を出していた。

「おや、政千代様。
  今日は、姫様の使いで?」

「いえ、今日は姫様のお客様の案内を」

 挨拶をしたのは、薬屋小西家の番頭。
  ルイス・デ・アルメイダが建てた病院を最も大々的に支援していたのが珠であり、医師・薬師を集め、山科言継のカルテを写本して医学の発展を求めた。
  ルイス自身はキリスト教を歪めてしまった珠に思うところがあるみたいだが、恵まれない人たちへの奉仕の方向は同じとこの地に留まっている。
  そんな状況ゆえ、薬を扱う小西家が府内に店を構えたのもある種当然なのだろう。
  その売れ筋商品が、火薬と遊女に使う堕胎薬(オギノ式を広めてもできる子というのは必ず居たので)というのは、皮肉以上の何者でもないのだが。
  そんな大店の番頭が、政千代に案内される姫の事を知らないはずがない。

「よろしければ、若旦那に挨拶をさせたいのですが」

「姫様。よろしいですか?」

「うむ。構わぬぞ」

 大友家とは違った意味で、鶴姫の生まれである来島家というのは商人達にとって知って損は無いコネであった。
  何しろ、瀬戸内交易を一手に握る瀬戸内水軍衆の超大物、村上水軍の一翼を担っているのだから。
  運搬と瀬戸内の関所を押さえる一族と知り合いになるのは、魅力的商品を生み出す大友家と同じぐらい商人達にとって大事な事であった。
  なお、鶴姫滞在費用は彼ら商人達からの献金によって成り立っているのだが、そんな事を鶴姫が知る訳も無い。
 
「はじめまして。
  府内での店を任されています、小西如清と申します」

「鶴姫じゃ」

 鷹揚に挨拶を返す鶴姫の前に差し出される貢物。

「これは何じゃ?」

「南蛮のお菓子でございます。ぼうろと申すとか。
  小麦粉に蜂蜜や砂糖を混ぜて焼き上げるのでございます」

 差し出されたお菓子を鶴姫は一つ摘んでぱくり。
  その爪ほどの大きさのお菓子一つで、普通の人が一週間ほど暮らすほどの銭が飛んでゆくのを鶴姫は知らない。

「うまいのじゃ!」

「どうぞ好きなだけお召し上がりください」

 更に差し出されたお菓子を綺麗に平らげる鶴姫を見て、小西如清も笑みを浮かべる。

「何か入用でしたら、うちをご贔屓に」

「うむ。
  何かあったら夏を使いに出すから頼むぞ」

 実に姫様らしい鷹揚さで鶴姫は言ってのけるが、そもそも姫様がこんな場所に出てくる時点で間違っている事を、この府内の人間はすっかり忘れていたりする。
  何しろ、身重にも係らず、

「煙草葉の生産にこぎつけたぁ!!」

 と、この間大喜びでこの市で踊っていた姫をここで見たばかりなのだから。
  あの姫に比べたら、どんなおてんば姫でも、姫らしく見えるのが不思議だ。
  なお、そんな姫はこの市に来る時は自ら算盤弾いて値切りに来るから、なおたちが悪い。
  町人達の寄り合いにて、

「あれは姫の皮をかぶった商人だ」

と言って皆が納得するぐらいの出来人である。
  彼女が率いる遊女の他に、石炭・鋼・酒・茶・煙草・蜜柑と面白いほど売れる品物を次々と押さえているのだから。
  最近では、唐から最新のお茶である烏龍茶を取り寄せ、その緑茶とは違う別の味と香りで商人達を虜にしたばかり。
  あの姫のおかげで、博多と府内は東アジア交易で商人達が避けては通れない巨大国際港に押し上げられている。

「鶴姫様。
  船が手配できました」 
 
「うむ」

 府内の港に立ち並ぶ蔵を横目に、三人は大友家が持つ小早船に乗り込む。
  一斉に動く櫓を見ながら、鶴姫がぽつり。

「豊後の水軍も悪くは無いな」

「後で、水軍奉行の若林殿にお聞かせしましょう。
  きっと、喜ぶと思いますわ」

 政千代の言葉に嘘は無い。
  村上水軍の一員から、船についてお褒めの言葉が出るのはやはり嬉しい物だ。
  何しろ、彼らに瀬戸内を封鎖されて大内義長を見殺しにする羽目となった大友家水軍は、対毛利・村上水軍を頭に置いて訓練をしていたのだから。
  だが、そんな訓練を無にする代物が鶴姫の目に入ると鶴姫も息を呑む。

「でかいな。
  この南蛮船。
  大友家の家紋がかかっているという事は、あれは大友の物か?」

「はい。
  珠姫様所有の南蛮船『珠姫丸』ですわ。
  姫様はこのような南蛮船を三隻もお持ちになり、年一隻ずつ増やすつもりとか」

 その言葉に鶴姫は愕然とする。
  『大友の姫巫女』珠姫の名前を西海に轟かせた南予侵攻戦において、実際戦った村上吉継は珠姫の恐ろしさについて鶴姫にこう語っていた。
 
「あの姫様の恐ろしさは、大筒を使った事じゃない。
  大筒を使って勝てる場所に、陣を敷いた事が恐ろしいのだ。
  そして、それを可能にしていたのが、あの姫様が率いる南蛮船だ。
  我らが長浜に来る南蛮船を阻止できていれば、そもそもあの戦は起きなかったのだ。
  あの姫の陣の見立てと、それを可能にする南蛮船の速さと積載量。
  あの姫に水際で勝てる者は、そうはいないだろうよ」

 なお、この話はしっかりと毛利の小早川隆景にも伝えており、毛利・村上水軍で対大友南蛮船撃破策を練っているらしいが、鶴姫にはそれは教えられていない。
  瓜生島に近づくにつれ、南蛮船の数が増える。

「南蛮船を仕立てるぽるとがるという国ですが、五隻の船団を組んで、最初は大村家に寄って荷を降ろすのです。
  その後、博多でも荷を降ろしてこの府内に来るのです。
  そして、船団の皆様は別府で羽を伸ばすのですわ」

 次に見えるのがシャンクと呼ばれる唐製の船である。
  これもかなりの数の船が大友家の杏葉紋の旗がはためいている。
  東アジアで暴れている倭寇を大々的に保護したからで、大友家はこれによって東アジア有数の船団を持つ家になっている。

「絹や木綿、壷に香料、銅銭と府内に多くの物を降ろしてくれますわ。
  もっとも、一番の商品は全て博多でさばかれるそうですが」

 政千代の少し後ろめたい声に、鶴姫が気にする事無く言い放つ。

「気にするでない。
  人であろう。
  わらわも海の娘じゃ。
  荷については一通りの知識はあるわ」

 この時代、恐ろしいほどの人身売買が盛んになっていた。
  黒人を新大陸に運ぶ奴隷貿易が有名だが、それだけではなく世界各地から奴隷として、疫病で現地人が根絶しつつあった新大陸に人がかき集められていたのを知る人は少ない。
  事実、太平洋のスペインやポルトガル領の小島では、人狩りが行われて新大陸に連れて行かれていたりする。
  それが表にならなかったのは、絶対的人数の少なさ以外の何者でもない。
  また、東アジアの奴隷交易は女性を主体に扱われており、その終着地である博多の相場が東アジア全体の奴隷相場となっていたのだった。
  珠自身、日本女性奴隷の身請け先として博多で大々的に購入していたが、白人の妊婦奴隷を買った以後、『言葉が分からないから使えない』と買う事で拒否している。
  とはいえ、博多市場にて行われている、他者の取引をとめるつもりも無かった。
  彼女の正義感と冷徹な政治の妥協がそこにはあったのだが、話が違うのでここまでにしておく。
  そんな女奴隷は瀬戸内航路でも高級商品となっており、村上水軍の大友船に対する海賊行為に対し、大友義鎮は大友領全域の奴隷売買の中止を通告。
  京・堺の商人や毛利の政治的圧力の果てに、即座に村上水軍が海賊行為の中止と奴隷売買の再開を陳情しにきたというドス黒い話もできる始末。

 なお、欧州の白人奴隷が病気や遭難、他地域に買われる等で、博多に連れて来られるのは百人に一人。
  そこからイスラム勢力の手に渡り、欧州に帰る事ができる女は千人に一人と言われ、日本の家紋を彫られ、性欲と性知識以外全てを消された彼女達は王侯貴族のステータスシンボルとして大流行する。
  さすがに、彼女達を人と認めることは憚られたのだろう。
  彼女達は人形として扱われ、欧州人であるにも拘らず日本の着物を着せられ、原産地の名前をつけられた『博多人形』は、人類暗黒史に燦然とその名前を轟かす事になる。
  
「聞きたいのじゃが、何故、姫は奴隷交易に手を出さぬ?
  これだけの船団を持ち、あれだけの遊女を持つのならば巨万の富を得られように。
  あの姫が切れ者であるのは分かる。
  じゃが、あの姫が一番儲かる『人』を商いに使わぬのが、どうも解せぬのじゃ」

 鶴姫も戦国の女。水軍、一皮向けば海賊の娘だ。
  だからこそ、人道などという珠の前世しか意味を持たない概念などではなく、冷徹に商品として人を見ている。

「それは私もにも分からないのです。
  何故、姫様があれほど遊女達を保護するのか?
  何故遊女を買うばかりで、売らないのか?
  噂では、姫様の母上様が歩き巫女をしているからだとか」

 政千代も困惑しながら、鶴姫の問いに答えるしかない。
  先見の明があるあの姫様が、こと人身売買において、非合理ともいえる行動を取り続けているのだった。 
  政千代も珠の異状ともいえる遊女優遇策に、違和感を持っている一人だった。
  珠を頂点とする女集団の中ですら、実は激烈な派閥争いがあったりする。
  珠の警護を目的として最初から珠に付き従う、武家の娘達の派閥。
  珠が経営する遊郭からのし上がってきた、遊女達の派閥。
  この二派は、表面上は珠の元結束をしているが、裏では『男の真似する侍もどき』と『股を開く事しかできない刺青者』と影口の言い合いをやっていたり。
  初期の面子、苦労人の麟や白貴がまだ表に出ている内は、問題が起きないだろう。
  だが、その次の世代が珠を支える時に相手派閥の排除に動かないか?
  珠を含めて麟や白貴が頭を悩ませ、姫巫女衆の人員を常に入れ替えつつ一体感を出させる涙ぐましい努力をしているのだか、それがまだ政千代には見えない。
  大大名大友家の姫として、四郎と婚姻して相応しい生活を送って欲しいと、珠の幸せを願っているのだった。
  彼女が政治をする必要も無い。
  商売や遊郭を経営する必要も無い。
  ましてや戦にでる事等言語道断。
  子を産み、育て、家を守る。
  そんな教育を受けてきた政千代にとって珠は崇拝の対象であると同時に、男社会に切り込む道化師に見えていたのだった。
  珠にたいする見方は、鶴姫も政千代と同じだったりする。

「ヨクコラレマシタ。
  コチラノヒメハ?」

 瓜生島には、大まかに分けて三つの大きな建物がある。
  一つは大友の代官所兼珠の遊郭の出先。
  もう一つが、華僑達の商館。
  最後の一つが、南蛮、つまりポルトガルの商館だった。
  今、政千代や鶴姫にたどたどしい日本語で挨拶しているのは、ポルトガル商館代表兼イエズス会宣教師であるコスメ・デ・トーレス。
  南蛮交易はキリスト教の布教と切っても切れない関係であるから、ポルトガル商館の中には教会まで備えられている。
  珠姫が表舞台に出てから布教が歪んでいるので大友家との関係はあまり良くは無い。
  とはいえ、民に対する施しに理解を示し、その活動を一番支援しているのもまた珠というジレンマに彼は悩まされているのだった。

「鶴姫じゃ」

「瀬戸内海、村上水軍の一族の姫、鶴姫様にございます」

「ハジメマシテ。
  コスメ・デ・トーレス ト、イイマス」

 館の案内に興味しんしんな鶴姫と夏を眺めていた政千代の所にトーレスが近づく。
  その顔は先ほどの笑みと違い、苦悩に満ちていた。

「タマヒメサマニツタエテホシイコトガアリマス」

 その表情に政千代も一歩引いてしまうが、それでも彼女も武家の娘で珠の下につく女である。
  すぐ一歩前に出て顔を近づける。

「『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
  イタンシンモンダンガココニヤッテクル』
  コウオツタエクダサイ」

「???
  は、はい……」

 政千代は意味が分からないがとりあえずその言葉を一言一句覚えた。
  それを確かめると、トーレスも少しだけ顔を緩めた。
  珠姫は知らない。
  既に東アジアにおける奴隷交易が巨万の富を生んでいる事を。
  この交易路が『隷姫航路』と呼ばれ、あまたの女達の命を吸っているという事を。
  珠姫の異端認定を受けて、ライバルであるスペインが船を出したという事。
  そして、そのスペイン船団がフィリピンを征服し、ここへ向けて出港した事。
  マカオという拠点を持つポルトガルとって、フィリピンについてからのスペインの行動はほぼ筒抜けと言ってよかった。
  しかも、トーレスがイエズス会宣教師という教会内部を知る者であったがゆえに、その経緯すら完全に把握していたのだった。
  と、同時に珠姫が差し出している支援の手を失うのが怖いというのもあった。
  彼は、盟友フランシスコ・ザビエルの「適応主義」を支持し、日本の文化を尊重し、日本人と共に暮らす事で布教を続けていたのだった。
  珠がゆがめてしまったキリスト教とて、トーレス自身は珠のアヴェ・マリアを聞いていた。
  あんなに優しく歌う姫が本当に異端なのか?
  こんなに民を思う姫を異端として裁くのか?
  リリスと断罪した宣教師の報告を最終的に黙認したのが、ほかならぬ彼である。
  その心は乱れ、神に救いを求め、長く祈りを捧げるほどだった。
  そんな彼の決心を決めたのが、ライバルスペイン船団の日本派遣である。
  フィリピンでの悪行を耳にしたトーレスは、ライバルのスペインがこの府内を荒らすのを見過ごす事ができなかった。 
  そして、悪名高いスペイン異端審問団に彼女が殺されるのを見過ごす事もできなかったのだ。

(かの姫を改宗させる。
  それでこの府内は悲劇から救われる)

 苦悩の末に宗教的正義心が絡んだ、トーレスなりの限界一杯の誠意だった。
  珠がこれに耳を貸して、我らに助けを求めたら改宗させてこの地を救う。
  魔女やリリスと欧州に名が広がっている彼女を改宗させれば、この地の布教も進む。
  彼にとって、まさに天啓に近いひらめきだっただろう。

「政千代さーん!」

「失礼しますわ。
  必ずお伝えします」

 夏に呼ばれた政千代がトーレスに一礼して鶴姫たちの方に駆けてゆく。

(これで、この地は救われる……)

 トーレスはその場に膝をついて、神に感謝した。

 

 珠姫が本当に聖書に名の載るような魔女ならば、彼女はトーレスに救いを求め、改宗してこの地は神の威光に包まれるのだろう。
  だが、トーレスのこの一言は結果として、大乱の引き金となる。
  そして、この大乱によって、珠は本物の魔女として欧州にその名前を刻まれる事になるのだが、それを彼はその目で見る事になる。


 



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