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大友の姫巫女

第五十五話 高崎山艶話 

 九州・四国八カ国を治める大大名大友義鎮にはひとつ困ったくせがある。
  供を連れずにふらりと出かけ、そのまま帰ってこないのだった。
  家臣が総出で探しに出ると、朝にふらりと戻ったりするので女遊びと共に大いに家臣を心配させていたのだった。
  なお、このくせは娘の珠にしっかりと受け継がれ、ため息と共に「あの父の娘だ」と納得されたとか。

 そんな彼が珠の母の比売御前と出会ったのも、一人馬上で月照らす波音に耳をよせていた時の事だった。

 

「どちらに参られますか?お屋形さま?」

 府内城秘密の裏口。
  新しく作られたこの城の縄張りは珠がしたが、建物や通路は義鎮が作っている。
  そんな過程で、密かに出る秘密の通路を作ったのだが、その場所に居たのは奥方たる奈多夫人一人のみ。

「何、月が綺麗だから、月見と思っていた所だ」

 憑き物が落ちたような、さわやかな笑みを作って義鎮は言葉を返す。
  その義鎮の変化に奈多夫人も嬉しそうに笑う。

「私もご一緒させてもらえませぬか?」

「構わぬぞ。
  月に照らされる双方の山というのもおつなものだ」

「あら、月だけでなく、女も見に行かれるので?」

 奈多夫人は義鎮に抱きついて己の胸をわざと当てる。
  昼間は大大名大友家という奥の全てを取り仕切る女主人だが、誰も居ない時に甘える妖艶な姿は別府の太夫に負けるとも劣らない。

「この間、生んだばかりだろうに」

「女は、赤子がいなくなると欲しくなるものです。
  お屋形さまが、女をお抱きになる程度には女も欲しがっているのですよ」

 珠仕込みで比売御前の実地研修(つまり二人同時にやられていたらしい)で磨いたおねだりのしぐさに、義鎮も苦笑する。
  なお、奈多婦人は義鎮より年上なのだが、ここ最近とみに色っぽく若々しく見える。
  珠が母親の比売大神に頼んで力を与えているからなのだが、そんな事は女として淫靡に咲いた奈多夫人は知らない。

「ふむ……
  このまま閨もいいが、月見も捨てがたいな。
  一緒に来ないか?」

 その答えに、奈多婦人は抱きついたまま義鎮に口づけすることで答えた。

 

 月明かりが二人を乗せた馬を照らす。
  奈多夫人は前に乗り、義鎮に背を預けて馬に揺られるのが心地よい。

「朧月夜か。
  波の音しか聞こえぬというのもいいものだ」

「その音を聞きながら、女を鳴かせるのでしょう?」

「それが雅な音遊びというものだ」

 奈多夫人の胸をまさぐりながら義鎮は笑う。
  悶える奈多夫人の声に雅を感じながら、考えるのは別の女の事。
  その女は、月明りの中生まれたままの姿で、義鎮を見て微笑んだのだった。

「今、比売御前の事を考えていましたね」

 腕に激痛が走る。
  奈多夫人が胸をまさぐっていた腕をつねったのだった。

「怒るな。
  あれは、わしにとって特別なのだ」

 その声が過去に向けられていたから、奈多夫人はつねっていた腕を放した。

「あの頃のわしは、誰も信じることができなかった。
  実際、お前も知っていると思うが、家督を継ぐまで色々あったからな。
  あれは、わしがあの頃唯一心許した女だ」

 女は特別扱いされる事に無上の快楽を感じる。
  昔の話とは言え、奈多夫人にとって面白い話ではないが、それは好きな男が過去の全てを話すという別な特別によって打ち消されている。
  背の後ろに居て姿が見えないからこそ、はじめて奈多夫人は大友義鎮という男の本質に触れていたのだった。

「それまで男達とまぐわっていたらしい。
  注がれた子種を洗おうと波間に入ろうとした時にわしと出会った。
  あいつ、そのあとどうしたと思う?」

 知り合ってから短いが、散々その痴態は隣で見てきたのだ。
  あっさりとその答えにたどり着いて思わず笑ってしまう。

「『あら、まだ居たの』って股を開いたのでしょう。
  他の殿方が散々注いだのなんて構わずに」

「そうだ。
  その時思ったよ。
  あれは、わしをただの子種を吐き出す男の一人にしか見ていないと。
  だから惚れた」

 ずいぶんな言い方だが、月を眺めながら義鎮は楽しそうに笑う。

「神に仕える歩き巫女だ。
  一人の男に肩入れすることも無い。
  全ての男を同じように愛する。
  大友家次期当主という腐った肩書きなど、あれには無縁だったよ。
  だからはまった」

 義鎮は己の闇に向き合う為に色々な神に救いを求めた。
  仏や南蛮の神にすらすがった。
  だが、彼の闇に灯火をつけたのは最底辺から敬われ、同時に蔑まれた女だったのだ。
 
「で、どうなさいました?」

「笑うなよ。
  その場で土下座して口説いた」

「まぁ」

「笑うなと言っただろうが」

 可笑しそうに肩を震わせる奈多夫人に義鎮はむっとするが、それも形だけで、そんな風に笑う奈多夫人を愛しく思ってしまう。
  珠と和解してから、少しずつ義鎮の闇が晴れているのに彼自身は気づかない。

「あれには色々教えてもらった。
  おまけに、珠という娘まで授けてもらった。
  あの二人が居なければ、わしは、今の大友は無かっただろうよ」

「ですが、あのお方が孕むまでよく我慢しましたね」

「するわけ無いだろう。
  褥の跡で大喧嘩して、手と口だけは別と我慢させられた。
  あれ、子種が欲しくて裸で亀川の砂風呂に埋まったのだぞ。
  下が砂に埋まっているから、安心して男どもに嬲られている姿を見て、怒るより呆れたよ。
  孕んだのが分かった後など、孕んだまま昼夜男どもに嬲られる姿は今の珠よりひどいぞ。
  さすが、あれの母親だ」

 その姿を容易に想像してしまい、奈多夫人は呆れて声が出ない。
  そんな後ろ姿を見る義鎮も、思わず苦笑してしまう。
  そこまで精を求めるのは珠を産む為なのだが、そんな事は二人とも知らない。

「あれが、なんで皆に求められるか分かるか?
  あれが誰のものでもないからだ。
  侍や農民、乞食や流れ者、戯れで連れてきた犬や馬でもあれは等しく同じように求め、乱れ、愛したのだ。
  だから惹かれる。
  あれを独占したい。全てをわしのものにしたい。
  そして、気づかされた。
  誰もあれを見ていないという事にな」

 それは、己の姿の写しだと義鎮は思い知ったのだ。
  だからこそ、また出会えた今でも義鎮は比売御前を好きにさせている。
  その淫蕩ぶりは当時ですら有名だった。
  また、まずい事に義鎮自身も父大友義鑑の息子かと出生について疑念が湧いていたこともあり、そんな父息子の対立は大友二階崩れという最悪の形で噴出する。
  だからこそ、孕んだ比売御前を見て「本当に殿の子種か?」という噂が出て、それが比売御前失踪の遠因となる。
  それらの声を掻き消したのは、多くの内乱を苦戦の末に勝ち上がり、一門・譜代・寵臣と粛清した血まみれの義鎮の手だった。

 ふとした沈黙に、聞いてみたかった事を奈多夫人は口にした。

「私との輿入れで身を引いたと、一万田殿には聞かされましたが?」

「実際は逃げたのだよ。
  一万田鑑相の手の者があれを殺そうとしていた」

 あの当時、その出生にまつわる醜聞はまだ基盤の弱い義鎮にとって、致命的な弱点になりかねなかったのだった。
  そして、義鎮権力基盤の強化に嫁として選ばれたが、国東半島に強い影響力を持つ奈多八幡の娘だった奈多夫人である。
  だからこそ、義鎮の寵臣であった一万田鑑相はこれ以上の醜聞を出さない為に、比売御前抹殺を決意する。
  しかし、比売御前は逃亡。
  これが死んでいたらまだ諦めがついたのだろう。
  この一連の結末は義鎮と一万田鑑相の仲を裂き、小原鑑元の乱時に彼を敵側に走らせる事にまでなる。

「だからですね。
  初めての時にあんなに荒々しく私を抱いたのは?」

 奈多夫人の責める口調に、義鎮も軽くうろたえる。

「許せ。
  この大友という名などで、あれを捨てた己に腹がたち、手に入れたお前にぶつけるしかわしにはできなかったのだ」

「許しません。
  一生かけて償ってもらいますから」

 懐かしそうに奈多夫人も笑う。
  荒々しく乱暴に抱く義鎮の苦悶ともつかない顔を、闇の中で見ていたのが奈多夫人自身だったのだから。
  奈多夫人は義鎮の闇に光を灯す事はできなかったかもしれない。
  けど、同じ闇の中で彼を優しく抱きしめていたのだった。
  その成果が、彼との間に作られた多くの子供たちであり、こうして二人馬に揺られる大友家というものなのだから。

「いつからか忘れたが、お前があれに重なる事があった」

「珠の仕込みで色々と。
  あれもきっとあのお方譲りだったのでしょうね」

 そして二人して笑う。
  笑い声が波音にかき消されるが、聞いている者は誰も居ない。
  そのまま馬は歩み続け、人の姿を見つけて止まる。

「もしかして、今日のお相手ですか?」

 少しつんとした声で奈多夫人は尋ねるが、それすら義鎮は聞いていなかった。
  この場所は、義鎮が彼女と出会った場所なのだから。

「月が綺麗ね。
  こんな日は、体が火照っちゃう」

 波間に髪を揺らめかせながら、生まれたままの姿で比売御前は笑った。
  その笑みが昔と変わらないのが義鎮は嬉しかった。

「んっ!?」

 それの感傷を邪魔したのが奈多夫人の唇だった。
  義鎮の舌と絡めながら、奈多夫人は比売御前に言い放ったのだった。

「独り占めは駄目よ。
  二人で分けましょ」


  なお、三人は近くのあばら家で、裸で寝ているのが発見された。


「別に私は構いませんよ。
  父上が誰とまぐわおうとも、ましてや母上や養母上となら誰も文句は言いませんとも。
  大大名大友家の当主と、その奥方という自覚を持っていただければですが。
  それが、こそっと城を抜け出してなんて、なんて羨ま……げふげふん。
  とにかく!
  四郎とまぐわっていた私の所にまで急報が着て、探し手を手配する羽目になった私の苦労も察していただければ。
  ええ!
  私は、大友家の為を思って言っているのであって、急報でまぐわっているのがばれて麟姉さんに説教された事なんて、
  ちっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとも、気にしていませんからっっ!!!」

 杉乃井で正座させられた三人に、珠が「お前が言うな」と説教されている三人にすら心中突っ込まれた説教の間、説教されている三人は嬉しそうに説教している珠を見つめていたのだった。
  なお、この後、珠も四郎と共に正座させられて、麟姉さんの説教を受ける羽目になった事を書いておく。
  更に、府内城に戻った義鎮と奈多夫人の二人が、加判衆一同や奥女中に頭をさげまくる羽目になった事もついでにかいておく。

 


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