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大友の姫巫女

第五十四話 別府大茶会(後編) 

 暗黒大茶会中の珠です。
  この茶会、もうちっとだけ続くのです。はぁ……

 前回の安国寺恵瓊との会話は、宇喜多直家と鍋島信生には丸聞こえだったりしますが気にしない。
  このレベルの腹黒連中は「『信用できない』事が信用できる」ので。
  大事な事なので「」で囲んでみました。
  もう一度。

『信用できない』事が信用できる。

 大事な事なので二回言いました。
  覚えておきましょう。

 はぁ。
  こんなに爽やかな空なのに。
  こんなにお茶は美味しいのに。

「遅れてしまいましたな。
  私にもお茶を一杯下さらぬか?」

「私にも一杯」

 他の連中もこの暗黒空間を本能で感じたのでしょう。
  遠目で見てるだけで近寄ってこねーし。
  で、来る奴はこんなのばっかりだし。
  今度の二人は味方だけど。

 我らが大友の誇る謀略じじいこと吉岡長増と、阿蘇家からやってきた甲斐親直。
  父上の差し金だな。
  こっち見て笑ってやがるし。

「あたいにもいっぱい!」
「姉上の邪魔しちゃ駄目だよ。
  帰ろうよ……」

 お子様知瑠乃は空気読まずに、私や恋がいるからやって来たな。
  さすが、将来の英雄はこんなところで一味違う。
  我が弟の長寿丸が怯えて引っ張って出て行こうといるあたり、大妖精のポジションになって微笑ましい。
  この二人が居る間、やっとまったりとした空気が流れたのでした。
  去った途端に、冷却暗黒化したけど。

「さて、言い訳があれば聞きましょう」

 まだ、安国寺恵瓊相手の時は交渉事でしたが、次のお相手である鍋島信生には、高圧的に言い切ります。
  これも、現状で龍造寺家が大友に従属しているからなのですが。
  この人もできる人なので、端的に言葉を切り返してきます。

「言い訳も何も。
  まだ、大友が怒るほどの事ではないと思いますが」

 龍造寺は背振山地を地盤とする神代家を下して佐賀平野一円を支配しつつあります。
  その結果、筑後や、肥前大村家や有馬家、松浦家などの所領で小競り合いが頻発して起こっていたのです。
  九州探題として、北九州を守護する大友にとって、見過ごせるはずがありません。

「貴方が当主なら、その言葉を信じてもいいのだけどね。
  貴方の上が、まったく信用できないのよ」

 はっきりと言い切った私に対して鍋島信生が激昂する。

「失礼な!
  いくら、主筋の姫とはいえ、我が主を愚弄するか!!」

「『五年で肥前を統一。もう五年で九州を制圧』でしたっけ?
  貴方の主は、もう少し声を小さくした方がいいんじゃない?」

 鍋島信生の顔に動揺が走り、頬から一筋の汗が流れた。
  前世での龍造寺隆信の大言壮語だったが、案の定言ってやがったか。
  さぁ、どう切り返すか?

「男子たる者、二言はござらぬ!
  この言葉で我らを討伐するのであればそれも結構!
  この場で首をはね、当家を滅ぼせばよかろう!!」

 おお、言い切ったか。
  ここで私が首を切れないと踏んだな。見事だ。
  大友家の威信をかけた茶会だ。
  そんなイベントを、血で汚したくないのをよく分かっていらっしゃる。

「まぁまぁ、ここは拙僧の顔を立てて。
  何しろ姫は、起こりもしない当家との戦で不安を覚えておるのだ。
  それに、かの御仁の大言は元服して間もなき、男子たるものが一度は吐く言葉。
  姫。
  そんな戯言に怯えて家臣を討伐するは、亡国の道ですぞ」

 言うと思っていたよ。安国寺恵瓊。
  あんたが口を出して、場を収めると踏んでの挑発だったんだけど。
  史実でも組んでいたからな。あんたら。
  龍造寺を大友が潰せなかった最大の理由、それは毛利の横槍に他ならない。
  佐賀城一城にまで追い込めておきながら、そのたびに毛利が北九州に攻め込み、大友は歯噛みしながら和議を結び、軍を毛利に向けねばならなかったのである。
  
「それもそうね。
  楽しい茶会ですから。
  この通り詫びるわ。
  けど、肥前の諸侯と『話し合って仲良く』してほしいわね」

 頭を下げる私に、わざとらしくうろたえる鍋島信生。
  ああ、猿芝居が段々うまくなってゆく私。

「頭をお上げくだされ。
  『話し合って』、肥前が姫の不安とならぬようこの鍋島信生がお約束します」

 これだから抜け目が無い。
  『戦の後で話し合って、肥前統一しますから』と私の耳に聞こえたのだけど。
  もしくは、『大友公認で肥前の旗頭は龍造寺。だから話し合おう』と言質を与えた形にして、肥前征服を狙うか。
  で、終わろうとした話に横槍をかけたのは吉岡老。

「それは頼もしいですな。
  ところで、貴君、我が姫に使える気は無いかの?
  この姫は優れた才を持つが、このようにおてんばでの。
  姫を諌める御仁を探しておった所じゃ」

 むぅ。
  なんか、某RPGⅣのおてんば姫になった感じ。
  吉岡老ヒャド唱えそうだし。
  しかし、私そんなの頼んだ覚えは無いのだが?
  そっか。父上達も彼を取り除けば龍造寺が弱体化すると踏んでいるのか。
  わからんではないが、彼の忠誠心を知っているから私は声をかけなかったのだが、吉岡老の気持ちを不意にする事もあるまい。

「そうね。
  貴方が私の元に来るなら、十万石用意するけど?」

 凛と通る澄んだ声で、私が言い放つ。
  その声に押されて、ざわざわしていた空気がぴたりと固まる。
  この時期の龍造寺の全領土と同じだけの石高を提示したのだ。
  近隣の席も興味津々とばかり私達の茶席を覗くが、鍋島信生はいい笑顔で笑って言い切った。

「厚遇、大変に感謝する次第。
  ですが、我が主君は龍造寺隆信ただ一人にて」

 いい男だな。鍋島信生。
  やっぱり敵には回したくないわ。
  だから、「十万石で大友が彼をスカウトしようとした」って噂を肥前にばら撒いて、内部分裂の種を巻いておこう。
 


  本来なら、次は宇喜多直家の番なのだけど、

「それがし、最後で構わぬゆえ」

 と、辞退したので甲斐親直の番に。
  なお、安国寺恵瓊も鍋島信生も去ろうともしない。
  だから恋が脅えているって。
  ほんとごめん。
  もうちょっとお披露目で毒の少ない場を用意すべきだった。

「今回は、日頃のお礼を兼ねて」 

「いいわよ。
  お互い持ちつ持たれつなのだから」

 阿蘇家は一応大友の従属という形を取っているが、その実態は対等の同盟関係に近い。
  これには理由があって、大友二階崩れから始まった大友の内乱において、阿蘇氏はそのほとんどを親大友で通していたのである。
  おまけに、ここ最近では阿蘇山を押さえる地理的要員から、硫黄・牛・馬を豊後に輸出し、豊後で米などの生活物資を買う交易が盛んになっていた。
  大友従属勢力の中でも、筆頭に近い待遇を与えている家である。

「で、こちらに出向いたという事は例の話まとまったのね?」

「はい。
  我が阿蘇が仲介となって、伊東・相良・菱刈の三家で盟約が結ばれました。
  それも姫様の支援の賜物です。
  伊東家には一条家からも支援が届いているとか」

「それも私の手引きだったりするのよ。
  土佐一条家と伊東家は親戚関係だから、京に上がった一条兼定の名前を使って、雑賀鉄砲衆を二百人ほど雇って南蛮船で伊東に送ったわ」

 情けない事この上ないが、私の対島津恐怖症は史実を知っているだけに、もの凄いものがある。
  とはいえ、対毛利に全力を注がないといけない以上、使える手は限られてくるわけで。
  阿蘇や一条を隠れ蓑にした、対島津勢力への支援はそんな私の一手である。
  もう少し後に起こるはずの木崎原合戦で伊東家が用意した兵が三千。
そんな動員兵数の伊東家に、二百人の鉄砲隊を送り込むという私の支援が、いかに島津を恐れているか分かるだろう。
  なお、この三家同盟の背後に大友がいるのは島津も感づいている。
  だから、その島津と友好的関係を築いている安国寺恵瓊の前で、うちの優位性をアピールしてみたり。
  それで島津が押さえられるとは、まっっっっったく私も思っていないのがとても空しく思うけど、考えない事にしている。
  そういや、信長が美濃を食べたという事は、斉藤龍興が京あたりで燻っているな。
  彼らの一党も雇ってそのまま日向に送るか。
  役には立たないだろうが、夜盗よろしくあの当たりを荒らしてくれればこっちは何も困らない。
  傭兵による戦争状態の常態化は国力が弱い島津にとって圧迫要員になるはずだし、試してみても悪くは無い。

「あと、何か入用な物はある?
  できる限りの物は用意させますゆえ」

 私の言葉に、甲斐親直はしばらく考えてとんでもないものを要求してくれた。

「では、道を」

「道ぃ!?」

 すっとんきょうな私の声が面白かったのだろう。
  笑いながら、甲斐親直は言葉を続ける。

「ご存知の通り、阿蘇近隣は山また山で人も物も通るのに難儀する場所。
  ですが、同じように難儀していた別府と府内の間はこのような道がしかれ、往来も激しい。
  このような道を我が阿蘇まで引いていただけたら、互いの往来も更に楽になるでしょう」

 甲斐親直の言葉はもっともなのだが、それは裏返すと一度戦乱が起こると府内一直線という事になる訳で。
  道路というのは、いつの時代でも金がかかる。
  北は最悪高崎山という押さえがあるからいいとして、南は島津が抑えきれないのが分かっている以上、インフラが破壊される確率が高いし、逆に使われたりしたら目も当てられないのだ。
  とはいえ、それを伝えて甲斐親直に不安と不信を与えるわけにも行かず。
  どうしてくれようかと考えていた所、吉岡老が横から口を挟んだ。

「甲斐殿。
  我が大友は博多への街道整備に力を注いでおり、全ての場所に道を敷く力もありはせぬ。
  じゃが、大野川の治水は始めればならぬと思っていた所じゃ。
  この老人の顔に免じて、船便で勘弁してくれぬかの?」

 上手い切り替えしだ。
  船ならば、川沿いの船着場の整備で金も納まる。
  甲斐親直もその言葉に満足したらしい。 

「よろしいでしょう。
  今後とも良き関係が続く事を」

 といいながらお茶をごくり。
  ほっとして、次の客である宇喜多直家を見ると、安国寺恵瓊と何かやりやっている様子。

「浦上は大友と組むと、拙僧は解釈してよろしいのか?」

「いえ、あくまでそれがし個人としての参加にて。
  このような雅な宴は、出なければ末代まで後悔する故」

「三村との一件は毛利も把握しておる。
  ゆめゆめ軽率な行動は起こさぬように」

「それは三村の対応次第という事で」

 どこも大変なもんだと、わが身を棚において思ったり。
  宇喜多直家とはこんな状況ゆえ、お茶は儀礼的答弁であっさりと終わった。
  ただ、

「畿内に寄るついでにぜひ、当家にも寄ってくだされ。
  歓待しますゆえ」

 これ、死亡フラグよね。きっと。
  儀礼答弁だから、「いつか」と答えざるを得なかったのだけど……

 

 


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