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大友の姫巫女

第五十二話 雷神光臨 

 それは、府内での酒の席での事だった。

「負けを知るですか?」

 問うたのは戸次鑑連。
  この度大友家全軍を率いる旗本鎮台陣代に内定している。

「うむ。
  あれは知恵では毛利狐に遊ばれているから警戒はしているだろうが、戦では少し勝ち過ぎる。
  戦という物はあれの知恵の及ぶ物ではないという事を分からせる為にも、一度徹底的に負けさせる必要があるのだ」

 答えたのは大友義鎮。
  で、あれと呼ばれたのは別府にいる娘の珠姫の事である。
  門司合戦、彦山川合戦、慶徳寺合戦、鳥坂峠合戦と勝ち続けた姫を後方から見続けた彼は、その危うさを感じたのだった。

「とはいえ、敵相手に負けると下手すれば慰み者。
  悪ければ討ち死にもある訳で。
  それがしも、負け戦は御免蒙りたいもので」

 人間、常勝であるという事はまれである。
  戸次鑑連自身も幾度か小競り合いを入れてだが負け戦を体験していたりする。
  だからこそ、現在の武神と恐れられる戦績がある訳で。

「将ならばそれも良かろう。
  だが、大名ならばそれは兵だけではない、民にまで害が届く。
  大内しかり、尼子しかり、勝ち過ぎる者はいずれ家を滅ぼすものよ。
  あれにはそのような道を歩いて欲しくはないのでな」

 たしかに後継者としての愛情だろうし、「己を殺せ」と命じるほど狂っているわけでもないが、難題である事には違いない。
  顔に出ていたのだろう。義鎮が笑う。

「難儀ではあるだろうが頼む。
  わしも、少しは親らしいことをしてやりたいのだ」

 その笑みに闇が無いのを見て取ったからこそ、戸次鑑連も彼の頼みを聞いたわけで。
  その夜、また前と同じ様に角隈石宗と吉岡長増を呼んで謀を考える事になる。

 

 宇佐で巫女をしている珠です。
  今回は大将モードです。
  相手は……戸次鑑連。

 戦いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 事は鎮台発足の前日に遡ります。

「試し合戦ですか?」

「はい。
  旗本鎮台が発足するに当たり馬揃えを行い、殿に訓練の成果を見てもらうべく、試し合戦を行いたい所存で」

 いや、それは構わないけど、何故私よ!
  もっと強い人間いっぱい居るじゃない!!!

「娘よ。
  お前、武功ではわが家の上位に居るの忘れてないか?」

 ああ、父上までいい笑顔で言い切りやがった。
  あんたら組んでいるな!
  そんなに娘をいじめて楽しいか!!

「ご安心を。
  いい勝負ができる様に、姫様には三倍の兵を率いてもらおうと」

 その淡々と語る戸次鑑連に、流石にカチンと来た訳で。

「三倍ですって?」

「はい。
  姫様が率いる御社衆や豊前・筑前国衆ならそれぐらいでちょうどいいと」

 流石にこれはカチンと来た。
  三倍ですよ!三倍!
  『戦いは数だよ!』の信奉者である私からすれば冒涜以外の何者でもありませんよ。
  その挑発乗った。

「わかりました。
  旗本鎮台発足の泥を塗るようで失礼かもと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 今にして思う。
  この時に既に負けていたと。

 

 で、大友家の家臣一同勢揃いの旗本鎮台の馬揃え式が終わった次の日の試し合戦当日。

 いや、集まったりの観客の数。
  父上も母上も養母上もきてやがるし。

「いい!
  旗本鎮台は今日できたばかりだけど、その最初の戦に敗北を刻み込むのよ!
  数は我々の方が多いわ!
  彼らに目にもの見せてやりなさい!!!」

 私の将兵を前にした演説を終えると、麟姉さんが薙刀を持って命じます。

「姫様に歓呼三声!」

「らー!」
「らー!」
「らー!」

 今回、相手が相手だけに、使える者を根こそぎかき集めてきましたよ。
  主力の佐田鎮綱率いる宇佐衆千人は中央に。
  四郎指揮の御社衆千人は右翼に。
  更に高橋鎮理率いる香春岳城守備兵に、別府で学んでいるじじいの老後の楽しみ学校の生徒も郎党連れて強制参加で、合わせた千人を左翼に置いている。
  そしてその後方、私のいる本陣は姫巫女衆が五百。
  合計三千五百人の大軍勢です。
  五百人多いけど、戸次鑑連の「姫巫女衆は数にも入りませぬな」との余裕の挑発に、麟姉さんも、白貴姉さん、瑠璃姫も大激怒。
  絶対泣かすと意気込んでいたりする。

 で、戸次鑑連率いる旗本鎮台は自ら率いる本隊四百に、小野鎮幸指揮の右翼と由布惟信指揮の左翼それぞれ三百ずつの千人。
  普通、これなら負けないでしょう。多分。

 ルールの説明。
  騎馬・鉄砲・大砲は禁止。
  使用は木刀および、先を丸めた矢と槍のみ。
  全員、旗と笠(武将は兜)着用。
  このどちらかを敵に取られたら「死亡」で離脱。
  この二つのどちらかを地面に落としても「死亡」(つまり、旗に矢や槍が当たって折れても「死亡」扱い)
  総大将(私か戸次鑑連)が死亡するか、負けを認めたら終了。


「姫様は失策を犯しましたな。
  同数の兵ならば、宇佐衆のみで勝てたかも知れませぬのに。
  兵の錬度に差がありすぎるから、戸次殿はそこを突くでしょうな」

 この言葉は、始まる前に父上に尋ねられた角隈石宗の言葉である。
  全てが終わった後でこれを聞いて、蒲団で悔し涙を流したのはとりあえずおいて置く。

 


     ③   B
  ① ②   A  
     ④   C


  珠指揮軍(鶴翼の陣)                三千五百
  ① 大友珠  (姫巫女衆)             五百 
  ② 佐田鎮綱 (宇佐衆)              千
  ③ 高橋鎮理 (香春岳城兵+α)  千
  ④ 毛利元鎮 (御社衆) 千


  旗本鎮台軍(魚鱗の陣)             千 
  A 戸次鑑連 (鎮台本陣)            四百
  B 由布惟信 (鎮台左翼)            三百
  C 小野鎮幸 (鎮台右翼)            三百


「放てぃ!」

 双方から放たれる矢の雨によって模擬戦は始まった。
  早くも双方からぱらぱらと離脱者が出始める。

「敵、突っ込んできます!」

 矢合わせでは数の多いこっちが有利なのは分かっているので、旗本鎮台軍は全力で突っ込んで来る。
  これを受け止めて、囲んでしまえばこっちの勝ちだ。

「右翼、左翼とも広げて囲んでしまうわよ!」

 私の指示を伝令が走って伝え、更にその翼を広げて包み込もうとした瞬間、それは急激に起こった。

「な……
  うそ……」

 陣を崩さずの斜線移動。
  こんな事ができるってどんだけ錬度高いんだ。やつら。
  って、呆けている場合じゃない。
  左斜めにずれたって事は……

「まずい!
  陣を元に戻してっ!!」

「遅いですな。
  姫様」

 幻聴だけど、私は確かに戸次鑑連がそう呟くのを聞いた。
  こちらの左翼先鋒と旗本鎮台本陣が衝突。
  そこを旗本鎮台両翼が左右から突っ込む。
  この瞬間、瞬間的な勢力比は旗本鎮台の方が上、しかも春香岳城将兵だけならまだしも、今回は若集とその郎党が加わっているので統制が取れていない。
  瞬時に左翼先鋒が壊乱。
  その混乱は左翼全体に波及する。

「静まれっ!
  姫様が見ているのだぞ!
  落ち着かぬかっ!!」

 高橋鎮理が必死になって統制を取ろうとするけど、若集とその郎党が邪魔になって元に戻らない。
  これで、左翼は死んだも同然になり、そんな左翼をほおっておいて旗本鎮台軍は更に迂回する。

「まずい!
  旗本鎮台のやつら、迂回して本陣をつくつもりだ!!」

     BA
       ③C
   ① ②
       ④      

 ③混乱中

「姫様の本陣を守れ!」

 慌てて中央の一部が旗本鎮台と本陣の間に割って入る。
  だが、それも戸次鑑連の思う壺だった。
  敵左翼は残って間に割って入った兵を拘束して、本陣と右翼は反転。
  そのまま四郎率いるこちらの右翼に突っ込んだのだった。
  主導権を取られ、兵の錬度で劣る御社衆は、戸次鑑連率いる旗本鎮台の敵ではなかった。

「下がるなっ!
  我らの方が兵が多いのだ!!
  引くなっ!!!」

 四郎が声を枯らして必死に隊列を維持させようとするけど、旗本鎮台右翼の横槍でついに崩壊。
  この一撃で先鋒が壊乱するだけならまだしも、士気と錬度から右翼全体が総崩れを起してしまう。
  この時点で私が敗北しなかったのは、佐田鎮綱率いる中央が旗本鎮台本陣に横槍を入れたからに他ならない。
  それでも敗北が少し先に伸びただけだったりするのだが。 

 何しろ、かろうじて機能している中央の宇佐衆は本陣を守る為と右翼を助ける為に兵を裂いている。
  兵の錬度では旗本鎮台に負けない自身はあったが、右翼・左翼の崩壊を目の当たりにして士気が崩壊していた。
  数度の衝突の後、ついに中央も崩れ始める。
 
「右翼は使い物にならないわ……
  左翼はどうなっているの!」

「まだ、鎮台左翼と交戦中です!」

 左翼の高橋鎮理は若衆とその郎党を切り捨てる事で、本来の香春岳城城兵のみで再編を完成させるのだが、すり減らされたとはいえまだ戦える敵左翼が拘束して中央の救援に迎えない。
  何という機動力だろう。
  そして、何という統率力だろう。
  これが名将率いる最強の兵の戦か。

「姫様!
  来ますっ!!」

「姫巫女衆構えよっ!
  一兵たりとも姫に近づけさせるなっ!!」

 呆然としていた私を現実に戻したのは、中央の宇佐衆が崩れた隙を突いた旗本鎮台の突撃であり、麟姉さんと瑠璃姫の悲鳴に近い叫びだったわけで。
  この時点で既に私達は恐慌に陥っていた。

    C
    ③   
   ① ②
    BA


    ③ 兵数半減
    ④ 総崩れにて指揮不能

 

「構えよっ!」

 戸次鑑連の猛々しい声が響き、鎮台本陣と右翼の槍衆が下がって……

「しまった!弓!!」

 白貴姉さんの叫びと同じく、戸次鑑連の手が下り、矢が構えていた姫巫女衆に襲い掛かった。
  その内の一つの矢が、私を正面から射抜き、かぶっていた兜を吹き飛ばしたのだった。

「珠討ち死にっ!
  そこまでっ!!」

 父上の声が聞こえる中、私は動く事すらできなかった。
  私を射抜いた者こそ、この間府内で松の廊下をした小野鎮幸だったのだから。
  たしかに、戦では天下無双だわ。彼。
  不敵な笑みを浮かべる彼を見ながら、悔しいがそんな事を思ってしまったのだった。

 模擬戦が終わったというのに、家臣も見物客も一声も発しない。
  そりゃそうだろう。
  ちょっと名前売り出し中の私が、三倍強もの兵を集めて完敗したのだ。
 
「勝どきをあげよ!」

 ああ、負けて相手の勝どきを聞くって、こんなに屈辱だったのね……ちくしょう……


  今回の模擬戦

 兵力
  珠指揮軍 三千五百  
  旗本鎮台 千

 損害 
  珠指揮軍 千
  旗本鎮台 四百 

 討死
  大友珠(珠指揮軍) 

 
  しばらく、私を含め別府の人間はそりゃ機嫌が悪かった。
  そして、遊郭なのに何故か軍事訓練の時間が多く取られ、「次は旗本鎮台の首取ったる!」を合言葉に、四郎や高橋鎮理、佐田鎮綱がわざわざ出張ってきた宇佐衆や香春城兵相手に、御社衆と若衆集めて猛訓練をするのが別府の日常になる。
  なお、麟姉さんや瑠璃姫、白貴姉さんも時間がある限り姫巫女衆率いてこの訓練に参加するようになったり。
  知瑠乃など、尊敬する白貴姉さんがいる姫巫女衆の敗北に、

「あたいが仇を討ってやるの!」

 と、長寿丸を引っ張って訓練に参加したり(まぁ、加わっても足手まといだから別メニューで走って体力をつけているとか)。 
   
  で、私はというと……

「やっぱり、これからの戦闘は火力よね♪」

 と、ほざきながら鉄砲と大砲を買い漁る事に。
  戸次鑑連とやってこれなら、毛利の両川や島津四兄弟と戦ったらどうなっていたのやら。

 

 おまけ

「娘よ。
  神功皇后の神力があっぷしたわ」

「何故っ!?」

「そりゃ、そのお腹で戦に出れば、神功皇后とやっている事同じじゃない」

 あ……


 

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