戻る 目次 

大友の姫巫女

第五十一話 ふるさとは遠くにありて思うもの 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
 
  宴席でネギを称える歌を歌ったけど大失敗。
  時代はタコでした。

 海産物を称える歌を歌えばよかったかと後悔中。
  けど、あれ歌うとSAN値直葬で何か勝手に神力付きそうでいやだし。
  いやほんとに、憑いたら困るし。
  敵味方発狂しそうで。


「あれ?
  姫様何処に行かれるんですか?」

 大手門の所で仕事しないように命じている唐衣装の門番娘三人が尋ねてくる。
  門番の意味あるのかと聞かれると、ちょっと耳が痛いがいいのだろう。
  元ネタが元ネタだし。うん。

「ちょっと里帰りしてくるわ。
  向こうに泊まるって麟姉さんに言っといて。
  あと、面倒な事は恋を身代わりにして、全部麟姉さんに任せるから」

 いや、仕事もえっちも「妊婦自重しろ」だし、暇で暇で。
  ちょいと、この間四国に土居清良を口説きに行ったのだけど、雨の中家の前で待っていた妊婦攻撃に彼もあえなく陥落ですよ。
  一応四郎に傘さしてもらったのだけど、まさかこんな手段で口説くとは四郎も頼んだ一万田鑑種も勧誘を拒否しようとした土居清良も思っていなかったらしく。
  彼の家に引きずり込まれて、体を乾かした後で説教受けましたよ。

「お腹の子が名将になるとしても、その前に家が滅んだら意味無いでしょ。
  今、この瞬間でお腹の子と貴方のどちらかを選ぶならば、私は貴方を選ぶわよ。
  子供はまた生めばいいし」

 カテリーナ・スフォルツァ並の駄目発言は、妊婦の姿だとえらい効果があったようで。

「大友は嫌いだし憎いが、お腹の子供に罪は無い。
  私の存在が姫の子に害を与えたとすれば、私は、私自身を許せない」

 消極的だけど、出仕させる事に成功です。
  まぁ、神力でなんともないと分かっているからの外道アタックなのだけど。
  正攻法では落せなかっただろうし。彼。

 考えてみると、この一件からぴたりと仕事が来なくなったのよね。確か。

「ああ、姫様それは私がしますから」
「姫。それはそれがしがするので」
「どうかお部屋に戻って大人しくしてくださいませ」

 どうもこの姫に任せると、目的の為に(己を含めて)手段を選ばないと認知された様子。
  失礼な。
  私ほど、ルールを守るマンチキンな人間はいないというのに。
  結局、理由が「神様の加護があるから」でしか説明できないのが問題なのよね。
  それが、妊婦というある種のリアルを見せ付けられると、神より妊婦をこの時代の人も取っていたという事だろう。
  冷静に考えると、やっている事が毘沙門天の生まれ変わりと信じきっている某大名と変わらなかったり。
  あれ? 

 で、仕事がなくなると今度は時間を持て余す訳で。
  買いあさった本をぱらぱらと読んでいたら、続きは宇佐に置いてきたので、取りにゆこうというのが今回の小旅行の目的です。
  簡単に買える物じゃないからね。この時代の本は。

「はーい。
  護衛つけてくださいよ」

「分かってるって」

 禿が走ってやってくる場合は公式外出だから仕方ないとして、こうやって一人でこっそりやってきたならばお忍びという事で。
  ちゃんと仕事をしないように教育したので、こうして堂々と門から脱走できるわけだ。
  最近は裏口も警戒厳しいから。
  で、仕事しない門番の使い道発見ですよ。

 という訳で、馬小屋に出向いてサードステージに乗ってお出かけです。
  え?妊婦自重しろ?
  こんな時に神力使わなくてどうしますか。

 なお、私の脱走を知った麟姉さんが私と門番三人を大手門に並べて大説教大会を開幕させたのは先に書いておく。
  その時の麟姉さんと門番の受け答えがまた伝説になったのでこれも先に書いておこう。

「何で止められなかったんですか!」

「私達であの姫様止められる訳無いじゃないですか!」

 その言い訳に、私も麟姉さんも見ていた通りすがりも一斉に、

「うんうん」

 と首を立てに振ったのは見事なコントだったと思う。多分。


  かっぽかっぽとお馬が歩く。
  ゆらり揺られて目指すは宇佐へ。
  護衛の姫巫女衆の馬四騎だけつけてののんびり小旅行です。

 別府の奉行にも顔出したから護衛が十騎ほどいたりするのだが、小さいとはいえ峠を二つ越えるので先行偵察と宇佐への伝令をお願いしています。
  街道警護と治安維持は商業発展の要だから、最終的には大友領全て安心して旅行できたらと思っていたり。

 赤松峠到着。
  山頂に関所が設けられていて、通行料と旅行者チェックをやっています。
  私を見て平伏する役人に話しかけてみる。

「最近は夜盗とか出てる?」

「流れ者が悪さをするのはありますが、徒党は組んでないみたいです。
  府内からの言いつけどおり、昼夜に巡回を始めたのも大きいと思いますが」

 つまる所、夜盗が夜盗になる多くの人の理由が食っていけないからにつきる。
  幸いかな、大友領ではこの数年(私や母の祈願で)豊作が続いているし、兵士に鉱山開発や新田開発に街道整備と仕事がいくらでもある状況ではある。
  だから、そんな状況で夜盗になる輩は生粋の悪党でしかない訳で。
  一銭切りとまではいかないけど、かなりの厳罰(炭鉱・たたら場送り)を持ってのぞんでいます。
  関所の通行料は宇佐八幡の懐に入りますが、料金も低く設定し、この収入のかなりの部分を還元する方針を取っているので今の所文句は聞こえてきません。
  で、そんな還元事業の一つが関所に隣接されたお茶屋さん。
  足を洗った元遊女の第二の人生を送る雇用としてもあり、私の諜報機関の出先でもあり。
  と、後付で色々理由をくっつけたけど、

「やっぱり、峠の茶屋でお茶を飲んでお団子を食べるのは最高よねっ!」

 真の理由は食欲が理由だったりする。文句あるか。
  のんびりとお団子を食べて待つことしばらく。

「姫様~~~!」

 あ、来た来た。
  姫巫女衆が乗る騎馬の集団の先頭は、今日の護衛だった八重姫と九重姫の二人か。
  そんなに大げさに考えなくてもいいのに……。

「はぁはぁはぁ……
  いつもいつも私達を巻こうとして……はぁはぁはぁ……
  そんなに私達がお邪魔ですかっ!!
  ……はぁはぁはぁ……」

 叱るか息を落ち着けるかどっちかにすべきだと思うな。うん。
  邪魔ならばここでお団子食べずに先に行っているがな。

「八重。
  姫は賢明だ。
  悪戯で済む場所で留まって、そこから先は我々を待っている。
  とはいえ、お腹の子の事を考えてほしい。
  今の姫は、姫だけの命ではないのだから」

「分かっているわよ。
  けど、おとなしくしているわけにはいかないのも事実なのよねぇ。
  相手は戦を待ってくれないしさ」

 心配はかけたくないが、実は対毛利戦を考えるとあまり時間が残っていない。
  現在永禄八年で、立花合戦が勃発するのは永禄十年。
  まだ筑前の内半分しか掌握していないのである。
  筑前の諸豪族で特に厄介なのが二つあって、大友一門のくせに独立色が強く博多を押さえる立花山城の立花鑑載と、宗像大社大宮司の宗像氏貞の二家をまだ粛清していない。
  後一個、大蔵党一族の高祖城の原田隆種ってのがいるけどひとまずおいておく。
  このニ家というか三家か。反大友傾向が強いくせにぼろを出さない。
  皮肉にも、秋月から始まった粛清を目の当たりにしているから、逆らうのは避けようという傾向が露骨に出ていたりする。
 
  内紛でも起こっていればなぁ。
  焚きつけて介入するのだけど。
  ちなみに筑紫氏で私がやったのは、主君、筑紫惟門を隠居させるのならば、息子広門に後を継がせて旧領を回復させると筑紫重臣に囁いたのだ。
  筑紫惟門は弘治三年(1557)に秋月文種と共に反乱を起こし敗北。降伏。
  それにこりずに永禄二年(1559)に、また反乱を起こし、博多を襲うという暴挙までやらかして旧領が大幅に削られていた。
  門司合戦での引き分けと秋月騒動の一部始終を見て、毛利より大友につく方が良さそうだと判断したのだろう。
  毛利隆元暗殺後のごたごた時に仕掛けたのも効いたらしく、めでたく惟門を隠居させて筑紫を大友側に引き込んだのだった。

 宗像氏貞の所は彼自身内紛の果ての勝者だし、原田隆種の所も数年前に内紛があったばかり。
  で、立花で内紛が勃発したら、一門ゆえ大友本体(特に父上)に打撃が行くし。
  秋月・筑紫を粛清し、後の立花合戦での主導者である高橋鑑種は釘を刺して四国に転封させ、豊後から博多まで邪魔をする国衆は誰もいない。
  が、肝心の防衛地の博多や毛利上陸予定地である宗像、更に博多の後背地に当たる原田がこんな状況なので防衛計画が作れないのだ。
  仕方がないので、町衆の自治に任せる事で博多防衛を放棄。
  防衛線を水城まで南下、拠点を岩屋城にして大砲備えさせましたよ。
  おまけに、立花山城の監視として送り込まれていた、怒留湯融泉(ぬるゆゆうせん)を岩屋城代にもってきて、立花家で大友派の薦野(こもの)宗鎮と米多比(ねたび)大学を岩屋城付きにしましたよ。
  博多と二日市の遊郭に兵を入れているので、いつでも謀反カモンと思っていたのですが、ここまで露骨にしたら『次、あんたね』と暗に言っているようなもので。
  別府にまで貢物を持ってきたのは、筑前ではこの三家ぐらいですよ。まじで。

 また困った事に、立花鑑載の動向が分からないのだ。
  西大友とまで呼ばれ、本家からの独立志向があるのは分かるのだが、反乱に踏み切るかどうか覚悟が見えないのだ。
  ちなみに、立花鑑載の謀反の理由は表向きは銭だった。
  史実では、門司合戦に敗北した大友は、勢力回復の為に大規模出兵を繰り返し、その負担を後背地である筑前国衆に求めたのだ。
  その負担に耐え切れず謀反というのが立花合戦の理由だったりする。
  ところが、戦に負けず、勢力を伸ばして経済状態は絶好調では謀反を起こす理由が無い。
  しかも、何しろ場所が場所ゆえ、かつては大内の臣下でもあった立花氏である。
  一応後継となっている毛利に対して、そんなにいい印象を持っているはずが無い。
  家柄的に大友家の出で大内家に仕えていた彼が、毛利家につけるかという気分的な問題もある。
  たとえるなら、大企業に勤めていたサラリーマンが、自分の所属する部門丸ごと新興ベンチャーに買われたもの。
  これも本社が景気が悪くてのリストラなら仕方ないが、本社である大友家は現在収益過去最高を更新中の絶好調状態である。
  そりゃ、躊躇うか。

「姫?」

 我に帰ると、八重姫が心配そうに見つめていたり。

「ごめん。
  ちょっと考え事していたわ。
  さて、行きましょうか」

「姫。
  馬車を用意している。
  乗って」

 いや、私、馬が「乗って」
  ……はい。
  どこぞの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースばりの無表情攻撃はやめてください。九重姫。
  ほら、サードステージも威嚇しているじゃないか。
  九重姫、サードステージの目をじっと見て、

「……」
「……」
「……」
「……」

「大丈夫。彼は納得した」

「「したの!?」」

 八重姫と二人で突っ込んだのだった。


  立石峠到着。
  ここは関所というより城郭化している。
  昔、この近辺にある勢場ヶ原合戦で大内軍を迎撃しようとして立石峠と地蔵峠に軍を置いていたら、めでたく迂回されて大友軍本陣を直撃されるという大失態をやらかした為である。
  この戦い、大友本陣が壊滅したのにこの待ち伏せ部隊が逆襲に転じ、勝って油断をしていた大内軍は大壊走するという、どっちも突っ込みたくなるような戦だったりする。
  なお、この戦いでは兵数では無く、騎数(一騎、つまり下三人から五人つく足軽は入れていない)なので、双方とも兵数では一万を越える大戦だったとか。
  この反省から、立石峠と地蔵峠には城郭が築かれてそこで防ぎ、主力は竜王城から駆けつける体制ができていたり。
  それを提案し、構築したのは宇佐時代の私だけどね。
  ちなみに狼煙台も作ったし、宇佐に入りきれない兵はこの二つの峠の城郭で休ませる事になる。

「あ!姫様だ!」
「姫様が帰ってきた!!」

 別府の侍はここで帰し、峠まで来ていた宇佐の侍に護衛を引き継ぐ。
  ここからは私の故郷みたいなものだから、心配はいらないとは思うけど。
  子供が寄ってくるし。
  爺様は拝むし。
  百姓の皆様は手を振るし。

「凄いですね。
  皆、姫様に手を振っていますよ」

 八重姫が少し引いている。
  多分、馬鹿や無茶やる私と為政者の私のギャップが埋められないのだろう。

「姫はこの宇佐在住時からだが、村々を練り歩き、祈祷に相談にと働いていた。
  これはその結果」

「ねぇ。
  それ、いつから?」

 八重姫の質問に本人が横から答えてやる。

「私が宇佐に人質に行った時からだから、かれこれ数年前かな」

「そうだ。
  姫は我々が母上と遊んでいた時に既に、民の声を聞こうとしていた。
  そして、民の為に尽くしたからこそ、この光景がある」

 九重姫の淡々とした物言いがまた恥ずかしい事この上ない。

「姫様、毛利の若君と結婚したんだって?
  めでたいなぁ」

「お腹こんなに大きくなって。
  精のつくもの持って行きますからね」

「そのお腹見たら佐田様喜びますよ」

 ここでも聞こえる『毛利の若君』。
  うわ。四郎の子孕んだデメリットが噴出しているわ。
  父上、宇佐に呼んで一度仲が良い事をアピールしとかないとまずいな。本気で。

 代わる代わるの村人達の挨拶を受けての宇佐八幡入城。
  うん。字間違っていないほど、この御社は城郭化されていたりする。
  何しろ古は九州最大の荘園領主であり、源平合戦時に焼かれたりと結構いろいろあった宇佐八幡である。
  その門前町に巨大御殿がでんと。
  私の遊郭でございます。
  他の遊郭もできてそりゃりっぱな色街に。
  そんな喧騒も寄藻川を越えると途端に静寂に。
  これが神域の力か。
  宇佐八幡宮はその本殿たる上宮の置かれている麓に弥勒寺があり、神域である御許山の麓に大宮司宮成公建の屋敷があり、その隣に小さく私の屋敷が居を構えている。
  宮成公建に挨拶を済ませて我が家へ。

「小さいですね」

「まぁね。
  私だけが住むならこんなものでしょ」

 八重姫に言葉を返しながら、屋敷に入ると、私よりお腹の大きな二人が侍女つきで出迎えた。

「お帰りなさいませ。姫」

「ただいま。
  霞、あやね。
  私もだけど、お腹大きくなったわねぇ」

 屋敷は綺麗に片付けられていた。
  無駄に本や巻物が積み上げられていた屋敷も風通し良く人が住める家になっていたりする。
  いや、本って日の光天敵だし。
  ビブリオマニアになると、北向きの家を選んじゃう理由と同じだったりするのだが、かなり別府に持っていったからなぁ。

 あれ?
  九重姫どこ行った?

「……」

 蔵の前で呆然と立っている九重姫発見。
  と見ると、蔵一杯の本と巻物に呆然としているらしい。

「凄いでしょ。
  これ全部、私がかき集めたんだからね」

 それだけじゃない。
  村々を回っている時に聞いた話や逸話、昔話なんてのも書いて収めていたりする。
  『珠姫集話』と名付けたこれらこそ、私の知の源泉でもある。
  やっぱり、人の師は人よね。
  どんな話にも学ぼうとすれば、そこには自らを磨く何かがあるのだから。

「見たい?」

 こくりと首を縦に振ったので鍵を渡してあげると、そのまま蔵に突貫していった。
  ありゃ、しばらく出てこないな。多分。
  しばらくほっときましょう。


「大きくなられましたな。
  姫の子はわしにとって、曾孫のようなものです。
  霞もあやねも順調に大きくなっております。
  これも長生きしたおかげですな」

 私の爺、佐田隆居は嬉しそうに私に笑う。
  一線を引いたとはいえ、その影響力は私の存在もあって豊前の中で抜きん出ている。
  お茶を立ててあげながら、私は懐かしそうに周りを見渡す。

「けど、変わらないわね。
  ここは。
  栄えようとも、衰えようとも山河はそのままであるか。
  いつか、遥か先の私達の子孫がこの場所を見てもそう思うのかしらね」

 かつて、前世ではここで暮らした事もあるので、この景色が二十一世紀に繋がっていると思った事がある。
  それが無性に寂しくて、一人で泣いたこともあった。
  そんな時に私を見つけてあやしていたのがこの爺だった。
  親とも離れ、精神はともかく体はりっぱな子供だった私は、そんな爺の撫でてくれる手がとても好きだった。

「そういえば、一つ爺にあやまらないといけない事があったわ」

「ほう、何ですかな?」

「鎮綱殿と夫婦になれそうも無いわ。
  ごめんね」

 宇佐に来た時ならまだしらず、これだけの権力を集めてしまうと結婚も色々と問題がある。
  そして、嫁として家に入れば歴史に介入できずに、宇佐焼き討ちや大友滅亡を見る事になる。
  結局、私とハヤテちんこと鎮綱の関係は、年の離れた兄と妹から執事とお嬢様に移ってしまった。
  それだけは、私が爺に謝らないといけない罪。
  爺は笑ったまま空を見上げた。

「期待していなかったといえば嘘になりますな。
  霞やあやねをつけたのは姫の侘びですかな?」

「さすがにそこまでは考えていないわよ。
  けど、良かった。
  あの二人とはうまくやっているのね」

 そのまま二人とも無言で。
  それが心地よくて。
  大友家の女大名と豊前一の国衆旗頭でもない、ただの娘と爺がそこにいたのだった。


「九重!
  ちょっと出てきなさいよ!
  もう姫様が帰るってのに!!
  おーい!!!」

 なお、九重姫は見事なまでに本に嵌ったらしい。
  以後、別府でも図書館で良く本を読む九重姫の姿を見る事になる。


 


戻る 目次