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大友の姫巫女

第四十八話 ある杉乃井の一日

 杉乃井遊郭の朝は早い。

「ふぁ……
  よいしょっと」

 櫓門になっている杉乃井大手門から、唐風衣装を着た姫巫女衆が降りてくる。
  姫巫女衆は、常に三人一組で動く事を義務付けられており、手には、薙刀か弩を持つのが基本とされている。
  なお、彼女達は鉄砲を持っていない。
  反動に女の体が耐えられないのと、火薬の火花で火傷をするからだ。
  だから鉄砲衆の確保の為、御社衆たる男達もこの大手門に詰めている。
  なお、この服の事を「中国服」と珠姫が呼んだのだが、その唐国である明の商人もこんな服は見た事が無いという。
  太もも丸見えの深いスリットで男達をメロメロにしているのだが、警護としてそれはどうなのかという意見は当初から言われていた。
  とはいえ、門を守る彼女達しかこの扇情的な服を着る事はできないので、それなりに花形部署になっていたりする。

「かいもーんっと」

 姫巫女衆の声にあわせて御社衆の男達が門を開けてゆく。
  遊郭であるので朝日と共に開門し、夜には門を閉める。
  それ以後の出入りは禁止であり、客はお泊りという形で遊郭の中で遊ぶのだが、当然顔を知られたらまずい人もいるので、門番である彼女達に話せば門は開けてくれる。

 そして開門と同時にわらわらと入る人達。
  客な訳もなく、大友中枢にいる珠姫への陳情とご機嫌とりだったりする。
  おかげで、彼女は本拠である宇佐に中々帰れておらず、多くの者もこの別府の御殿が本拠と勘違いしているのだが。
  話はそれるがこの別府は大友本家の直轄地であり、別府の治安や行政は別府奉行の木付鎮秀(なお、彼も同紋衆である)が勤めていたりする。
  とはいえ、なし崩し的に大友家最高意思決定機関の加判衆右筆なんて人間の別邸(あくまで建前)が、あまつさえ門前町まで作ってしまう現状に行政上、下の人間が泣きを見たわけで。
  御社衆の若い奴が門前町で別府奉行の配下と喧嘩をやらかした時は、珠自ら一人馬に乗って、荒ぶる有袋類奥義の「シャイニングスパイラル土下座」をかまして別府奉行に勤める全員を呆れさせるハメに。
  で、慌てて追っかけてきた麟姉さんと木付鎮秀両方から、

「腰が軽すぎです!もっと大将たるもの……」

と、説教一時間コースの果ての折衝で、

『行政はあくまで別府奉行、杉乃井とその門前町は珠の領地として扱う』

事で合意が成立する。

 なお、別府の領地変更(杉乃井を加える為に珠は駅館川開発地二千五百石を差し出している)を加判衆評定にかけた時にその一部始終が伝わっており、父大友義鎮などは珠を見て笑いを堪えるのに苦労したとか。
  おまけだが、このシャイニングスパイラル土下座を知瑠乃がマスターしようとして豪快に頭を打ち、長寿丸に「ばーかばーか!」とからかわれて大喧嘩となったのを、遊女の恋の報告で杉乃井上層部(つまり麟姉さん)の耳に入り、

『杉乃井遊郭内での射位人愚洲敗羅瑠土下座禁止令』

 なるものが発令され、知瑠乃にそんな馬鹿技を見せたのがやっぱり珠だったと分かって、珠は麟姉さん+白貴姉さんのダブル説教(とはいえ麟姉さん独演会に近かったのだが)三時間コースの地獄を見る羽目に。
  なお、忍の体術にはちょうどいいと楽天地のくノ一養成施設では、試験の一つになっていたりするのだが。

 話を元に戻そう。
  で、珠が右筆なんぞになってしまったが為に、こっちにまで陳情者やご機嫌取りが来ているのだった。
  さすがに帰れとは言えないので、これ幸いにと伊予宇都宮家から引き抜いた藤原行春と瑠璃姫夫妻に丸投げしていたりする。
  宇都宮家でも城主をやっていただけに、可も無く不可もなく彼らを処理する夫妻に、本気でいい買い物をしたと珠は喜んでいたが、当人達は、かつての米津城とはけた違いの人数に、いっぱいっぱいになりつつあるのだが。
  
  この遊郭の門前町はそんな陳情者の宿も多くあり、当然その宿でも遊女達が商売をしていたりする。
  一つの公共施設が町を形成する良い見本といえよう。

 杉乃井遊郭は断崖絶壁に立てられた遊郭なので、この門の先からは階段が続く。
  これがけっこうきつい。
  足腰が弱い人の為に駕籠が用意していたり、途中に茶屋を作ったりとそのあたりのフォローもばっちりだったりする。

 昼ごろになると出入りの客層が変わってくる。
  陳情者は姿を消し、今度は遊女の出勤や遊郭出入り商人が酒や食べ物を運んでくるのだった。
  多くの人が住む以上、その手の出入りはどうしても大掛かりになる。
  なお、遊郭である以上朝の仕事に掃除と洗濯があり、城壁や屋根に一斉に干される蒲団や、温泉を使う洗濯で洗われた着物など戦の旗指物のように並べられるので、この城いつも戦支度をしていると間者が勘違いした事例が後の書に残っていたりする。
  最近は三の丸御殿の一部にせり出した櫓を造り、その下に縄で吊るした篭を下ろして搬入するしくみも作ったとか。
  ある種、山城に近い杉乃井遊郭での生活の知恵といえよう。
  ついでだが、この御殿、温泉が湧くほどだから水も無駄にあり、篭城してもまず水手は切れない。
  もっとも、山腹の城ゆえ山頂から攻められると弱いという弱点もあるのだが。
  
  禿の女の子が駆けて来る。
  背中に珠姫の旗となった「社杏葉」の旗をつけている禿は、客でも避ける事がこの御殿の決まりとなっている。
  それは、軍政上必要な伝令の役目をはたしているのだから。

「姫様お出かけ!
  姫様お出かけ!」

 こうして叫んで御殿の主の外出を伝えるのも彼女達の仕事である。
  貴人の外出はそれだけで下々にとっては一騒動である。

「馬用意して!」

「馬車持ってきて!
  新しく揺れない馬車ができたってそっちの方!」

「別府の奉行に使いを!
  姫様が出るから護衛の侍を用意するようにと」

 普段の生活がここ杉乃井である珠は、右筆の仕事をする為にこうして出かける事が週に数度ある。
  なお、当人の価値をまったく気にしていない珠は当初一人で馬に乗って早駆けなんてするから、回りの人間(特に麟姉さん)の胃をそりゃ悪くしたそうで。

「だったら、安心して走れるようにすりゃいいんでしょ!!」

 と、府内―別府間の街道を馬による警護巡回と、高崎山の出城を使った狼煙の伝令制度の設置、更に舞や霞・あやね達くノ一忍者の訓練場を高崎山に指定する事による待ち伏せ排除等の制度を整えてまた周囲の度肝を抜く。
  おかげで、別府―府内間の街道治安は凄く良くなり、人と物が安心して運べるのだが、この一件を評した角隈石宗は、

「あの姫は、どうも事の発端を無視して、事の元凶を潰しにかかろうとする。
  それがいい事か悪い事か、どうも判別がつかぬ」

 と嘆かせたりしているのだが、最近は四郎という男も出来て、お腹も大きくなったので少し落ち着いたと周囲を安堵させていたりする。

 さて、御殿の主人のお出かけともなると、当然手の空いている者全員が見送るのが慣例である。
  「そんな慣例いらないわ」と珠姫本人が廃止を主張しているのだが、麟姉さんに瑠璃姫という常識人が増えた事もあって、まだ実現していない。
  だから、珠姫の前に薙刀を持った巫女達が堂々と歩き、左右に着飾った遊女達が平伏し、その中央に四郎、白貴太夫、豊後太夫、瑠璃御前を従えての行列は杉乃井の名物になりつつあった。
  なお、一人でふらふら出歩くのを好む珠は、恋という遊女が自分に極似しているのをいい事に、恋を身代わり(足りない胸にはみかんを詰めた)に裏口からこっそりと抜け出そうとして、

「やると思っていたよ。姫様」

 と、待ち構えていた恋の上役になる花魁の由良にとっ捕まり、馬車内説教フルコースを味わう羽目に。
  珠は自業自得とはいえ、それに付き合って珠の隣で聞いている四郎を見て、人々は「さすが毛利の子よ。耐えるのを知っている」と、妙な評価を得る始末。
  この話、元大内領だった豊前や筑前で特に広がり、前当主で大内の人質になった毛利隆元と四郎を被らせているのだろう。 

 これだと、ただの珠姫様失敗記になるのだが、恋に吉岡長増が色々入れ知恵しているのを聞いて、

「替え玉ができたって事は、いざとなったら私を消してもいいってわけね。
  大友家の諸改革は「珠」が生きている事が大事であって、珠名義で色々できるしね」

 と、しっかり釘をさして黙認する当たり、「さすが殿の子だ」と苦笑したとか。

「できれば、私に代わるぐらいに育ててよ。
  そしたら奥に引っ込んで四郎といちゃいちゃするから」

 と、続く珠の言葉に「やっぱり殿の子だ」とため息をつかれたのはご愛嬌だろう。きっと。


  日も暮れると杉乃井の遊郭の隅々に灯りが灯り、不夜城の姿を曝け出す。
  何しろその灯りは府内からも見えるというのだから、推して知るべし。
  賑やかな宴の声に、鳴り響く音楽。
  湯気はそのまま闇に消え、嬌声は金と男の欲望を引き出して更に淫らに夜の闇に溶け込む。


「へいもーん」  
 
  この声と共に門が閉じられ不夜城の一日が一応終わる。
  中で男と女が一夜の愛を語り合ったりするのだが、それはこの杉乃井ではいつもの事。

 

「だから、いつもいつも夜帰って裏から入るのはどういう事ですか!姫様!!
  しかも、また馬車内でしたでしょう!
  臭いますし、垂れています!」

「仕方ないじゃない!
  加判衆の仕事が多いんだからぁ」

「だから朝に出ましょうと毎日言っているじゃないですか!
  それなのに、四郎殿と朝からするからこうして昼に出る事に……」

「じゃあ、麟姉さんは朝の四郎のあれを見ないふりをしろと!
  立っているのにかわいそうじゃない!」

「で、三刻もまぐわって、あげくに温泉に入りなおして、そこでもう一回戦はどうみてもやりすぎです!」


  裏口でなんだかこんな痴話喧嘩が聞こえてくるのもいつもの事だろう。
  多分。

 

補足

 今回出てきた遊女の恋と花魁の由良は、大友の姫巫女XXX(作者大隅氏)の許可を得て使わせてもらっています。



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