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大友の姫巫女

第四十七話 鶴崎踊り真話 (後編) 

 府内 戸次鑑連館  当日

 あの堅物の戸次鑑連が別府から遊女を招いて宴を開くという噂は、信じられないほどの速さで府内中を駆け巡った。
  それだけ府内が表向きは平和であるという事の裏返しではあるのだが、

「あの戸次殿が女を呼ぶとは……」
「やはり男である以上、別府の女どもと遊ぶのは当然であろうて」
「しかし、戸次殿は誰を呼んだのだ?」
「そりゃ、豊後随一と呼ばれる白貴太夫だろう。
  ああ、羨ましい」

 仕事しろよお前らとつっこみが入りそうなほど、府内の男も女もその噂で持ちきりだったりする。
  何しろ戸次鑑連といえば、戦場での戦働きの他に大友義鎮に常に付き添い諫言している姿しか皆想像できないから、その彼と女遊びが結びつかないのである。
  当然、この話に大友義鎮も食いついた。

「おい、お前が女遊びとは、誰を呼ぶのだ?」

「このような場にて言う事も無い話ゆえ」

 当人に聞いてみても、皆が誰しも思う堅物顔でさらりと返すのみ。
  そうなるとますます知りたくなるものである。

 遊女達は「太夫」と呼ばれる頂点の高級娼婦以下、「花魁」、「白拍子」、「遊女」、「禿」と厳格に階級が分けられている。
  太夫は花魁と呼ばれる遊女達の中から厳選され、珠自身が性技を実地で教えた事もあり、珠の愛妾という側面も持っていたりする。
  現在、豊後には太夫と称される最高級の遊女が三人いる。

 一人は白貴太夫であり、誰もが想像し最も呼びやすい遊女である。
  彼女の体には杏葉紋の刺青が二つ(下腹部と恥丘)彫られ、『二杏葉の白貴』と呼ばれていたりする。
  大友義鎮も何度か彼女を呼び、その肉の味は味わっているが、気遣いから艶のある喘ぎ声にその性技といい今まで抱いた女の中では間違いなく三本の指に入る。

 では、彼にとって最高位とはというと二人目にあげる、珠の実の母である比売御前である。
  彼女は珠の愛妾では無いが実の母であり、その珠を凌駕する性技で本来太夫と呼ばれる所を御前という尊称で区別されている。
  彼女はその全てにおいて魅力的でかつ官能的であり、卓越とした技能を持つ最高級の娼婦である。
  義鎮が父大友義鑑に疎まれて蔑まれていた時に知り合った事もあり、彼女はその寵愛を一身に浴びた。
  だが、義鎮がその人生において最も荒れてかつ狂った大友二階崩れ時の後、彼女は珠を生んだ後に神隠しにあったかのようにその姿を消す。
  それは、既に奈多夫人との祝言を控え、水をささない様にという当時の寵臣一万田鑑相が気を利かせたからなのだが、その時の義鎮の荒れ様は酷く、小原鑑元の乱鎮圧時における一万田鑑相の粛清を含めた過酷なまでの身内への冷たさの一因にもなっていた。
  珠が別府に御殿を築き、そこにかつての姿のままで比売御前が来た事を知った義鎮は馬を飛ばして別府に入り、彼女を部屋に連れ込んで以後数日間出なかったぐらい。
  なお、四郎との初夜における珠とまったく行動が同じな辺り、この父母にしてこの娘ありと知る側近達は誰もが思ったとか。
  そんな彼女も、宇佐の歩き巫女として領内の豊作祈願をしつつも、請われる度にその身を男達に差し出す為に『宇佐の観音様』と妙な名前をもらう始末。
  もちろん、義鎮自身は止めさせたいし、できれば奥に入って欲しいと思うのだが、天性の娼婦である彼女を止められるとも思っていなかった。
  下手に動いて、また神隠しのごとく消え去られでもしたらと思うという恐怖心もあるのだが。

 最後の一人は珠姫の付き人兼愛妾だった吉岡麟こと豊後太夫である。
  彼女は客を取らず、珠姫から一番長く性の手ほどきを受けた珠の愛妾であり、嫁に行っても杉乃井御殿代として珠に使えているので太夫の称号を与えられているという。
  その為、芸事などでその姿を見ても、その肉の味を知っているのは珠と夫である吉岡鎮興のみ。
  杉乃井の客からは『難攻不落の杉乃井城』とからかわれている始末。
  もちろん、義鎮も麟を落そうと頑張ったのだが、彼女の背後には義父となった吉岡長増がいる。
  色々と弱みを握られ、下手な手を打てば返り討ちにされかねない彼の目が光っていたので、義鎮は泣く泣く諦めたのだった。
  そんな三人を思い浮かべ、大友義鎮の女好きに火がつく。 

(まさかとは思うが、あの戸次鑑連が豊後太夫を呼べるとは思えない。
  いや、あの堅物だからこそ落せたのかもしれない。
  まてまて。まさかとは思うが、三人まとめて呼ぶとか考えているのか?
  わしですら白貴と比売の二人同時までしか味わっていないのに)

 人は得てして、自分と同じように相手も動くと考えがちである。
  今の大友義鎮は戸次鑑連では無く、己自身で己の闇に捕らわれていた。

「戸次鑑連の屋敷に参る。
  準備をいたせ」

 できるだけ威厳のある声で近習に命ずるが、近習が義鎮を見る視線は限りなく冷たい。
  何しろ、女にかけては有り余るほど前科のある義鎮の事である。
  義鎮が別府の遊郭で白貴太夫と比売御前の同時攻めを楽しんだ後の賢者時間中に大友家の案件について命を出し、それを近習が隣の御殿に居た祐筆の珠に伝えたら四郎と同衾中で、四郎休憩中にその命を書き上げて続きを楽しんだという奈多夫人には絶対秘な話をこの間やらかしたばかりである。
  まぁ、有力家臣の奥方を奪う為にその家臣を粛清するとかいう愚かな事をする訳でもなく、娘が経営する遊郭で遊び呆けるぐらいの事だからこのあたりで済んでいるのだが。
  女遊び以外は存外まともだし、彼の治世も最近は安定してきたので近習も仕方ないかと諦め顔で義鎮の後をいつもついてゆくのだ。
  そんな義鎮を良く知っている近習一同は、戸次鑑連が女を呼んで宴を開く事に首を突っ込まない訳が無いと最初から諦めて、既に準備をしているあたり有能ではある。

「そ、そんな目で見るでない!
  大名たるもの、臣下の暮らしも見らねばならぬのだ。
  決して、宴に出るわけでもなく、今後の大友家について戸次鑑連と話を……」

 義鎮の弁明は近習の誰一人として聞いていなかった。  

 

「ようこそ御出で下さいました。
  今より宴を始めようかと思っていた次第」

 突然の訪問にもかかわらず、戸次鑑連はいやな顔一つせずに、大友義鎮を出迎えた。

「すまぬな。
  ちと、評定においていくつか話があったのだが宴の後にでもしよう。
  無粋なまねはしたくないのでな」

 さすが百四十万石の大大名の貫禄か、それらしい事を言っている時には威厳があるのである。
  本人含めて本音は別にあるのは分かっているのだが、それは誰も言わぬのが花だろう。

「で、宴というのはお主だけで開くつもりだったのか?」

 興味津々な顔で大友義鎮が聞くと戸次鑑連が笑って答える。

「はは。
  気になるのか、殿と同じような方が酒と肴を持って先に始めております」

「ふむ。誰だ?」
  
  自分が無粋な邪魔者である事を遠くの棚にあげて、義鎮はその無粋者の名前を聞く。

「吉岡老と、我が師でして」

「ああ、あの爺どもか。
  軍師はともかく、なんで吉岡老が来ているのだ?」

 角隈石宗と吉岡長増の名前が出た事に義鎮は興味を覚えるが、戸次鑑連は用意していたかのように答えを口にする。

「加判衆を降りたので暇になったとか。
  最近は、いつも我が師と碁を打っているとのこと。
  それで来られたのでしょう」

「まったく暇人どもめ。
  こういう宴を邪魔しないのが作法というのが分からぬのか……」

 清々しいほど自分を棚に上げての文句に近習が笑いを噛み殺すが、戸次鑑連はにこりともせずに宴の間に義鎮を通す。

「まぁまぁ。
  ささ。こちらにてお待ちを」

「おお、殿。
  先に始めておりますぞ」

 吉岡長増の酒で赤くなった顔を見て義鎮も顔を崩す。
  そして、角隈石宗が酒の入った盃を義鎮に渡す。

「ささ。
  殿も一杯」

「すまぬな。
  しかし、あの戸次鑑連が女を呼ぶか。
  二人はもう誰が来るのか知っているのか?」

 一番聞きたかった事を義鎮はたずねると、杯を空にして角隈石宗が口を開いた。

「未だそれは聞かされておりませぬ。
  ですが、戸次殿曰く『天下一の姫を連れてきた』と」

 その一言に、義鎮の顔に安堵と同時に興が冷めたような色が走ったのを吉岡長増は見逃さなかった。
  眼光鋭く、声にドスを聞かせて穏やかに問いかける。

「おや、殿は誰を想像していたのですかな?」

 義鎮の額から汗が一滴垂れる。
  それを手ぬぐいで拭きながら、義鎮は言葉を取り繕った。

「い、いやな。
  白貴太夫か、比売御前のどちらかだろうとは思っておったのだぞ。吉岡老。
  ただ、どちらか興味があってな。
  そ、そうだ!
  比売御前と白貴太夫のどちらが来るか賭けをしないか?」

「ほぅ、面白そうですな。
  では、殿は誰が来ると?」

 角隈石宗が乗ってくれたので、吉岡長増も追求を止めて場が和む。
  義鎮はその流れを崩さないように、そのまままくし立てた。

「そうだな。
  『天下一の姫を連れてきた』というのだから比売御前だろう」

 何しろ、別府の遊郭の女については一家言あるほど味わい尽くしている義鎮である。
  その中で技量においては間違いなく比売御前が抜きん出ている。

「なるほど。
  では、わしは白貴太夫に賭けさせてもらおうかの」

 義鎮の言葉を受けて角隈石宗が盃に酒を注いで床に置く。
  賭けに負けた者がその盃を飲み干すという意味だろう。義鎮も盃に酒を注いで床に置く。

「では、わしはその二人以外に張ってみようかのぉ。
  最近、若衆に人気の水揚げされたばかりの遊女がいるとか聞いておるのでのぉ」
 
  吉岡長増が酒を注いだ盃を置くと、その話を知らぬ義鎮が興味深そうに尋ねる。

「吉岡老はいつも耳が聡い。
  その遊女の名前を後で教えてもらえぬか?」

「ほっほっほ。
  年寄りが暇にかこつけて色々聞いているにすぎませぬ。
  お、戸次殿がお戻りだ」

 戸次鑑連が娘の政千代を連れて戻ってくる。
  更にその後ろに女中達が酒と肴を持って、三人の前が山海の珍味で溢れる。

「お待たせしました。
  用意が整ったそうなので、宴を始めたいと思います。
  この宴に天下一の姫を用意いたしましたので、その舞をお楽しみください」

 その言葉と同時に幕が張られ、その向こうから女達の衣擦れの音が聞こえてくる。
  数は数人。
  左右に控えるのは楽隊だろう。その方向から鼓や琵琶、笛の試し音が聞こえる。
  踊り子がおそらくその姫だろう。
  中央に立ち、幕が上がるのを待っている。


  そして、宴の幕が上がる。

 義鎮はその上がった幕に違和感を覚えた。

 鼓を叩くのは比売御前。
  笛をふくは豊後太夫。
  琵琶を鳴らすのは白貴太夫。

 

 では、小姫の能面をつけて千早のみで殆ど裸で舞っている、あの孕んだ腹を晒す女は誰だ?

 

 その答えが義鎮の頭で繋がった時、乱暴に床が叩かれて盃が倒れ、注がれた酒が広がり床にこぼれた珍味を濡らしてゆく。

「戸次鑑連っ!!!
  これはどういう事だ!!!!!!」

 立ち上がった義鎮は叫び、腰の刀に手をかける。
  近習も刀に手をかけようとして、政千代が女中として連れてきた珠の姫巫女衆が隠し持っていた小刀を首筋や背後に突きつけられて動けない。

「なるほど。
  言葉どおりですな。
  天下一の姫を連れてくる。
  嘘は言っておりますまい。
  賭けは私の勝ちのようですな。殿」

 吉岡長増が我慢できずに笑い出すのが義鎮には分からない。

「吉岡老!
  何を笑っておられるのですか!!
  娘が辱めを受けているというのに……」

「その辱めを受けている娘に、『父を殺せ』と命じたのは何処のどなたでしたかな?殿?」

 低く、そして力強い戸次鑑連の声が否応無く大友義鎮の耳に届く。
  抜刀寸前の義鎮は、その返答に、力なく柄から手を離した。

「そうか。
  わしを殺すのか……」

 急速に覚めていく体に促され諦めたように義鎮はまた座る。

 そんな騒動などお構いなしに音は鳴り続け、舞はさらに続けられる。
  それは綺麗で、妖艶で、生命の躍動に溢れていた。

「辱めも何も、姫は南予の戦で惜しげもなくその体を晒しましたぞ。殿」

「何?」

 角隈石宗の暴露に、義鎮が目を剥く。

「聞いておりませなんだか。
  わざわざ姫は己の手勢八百のみで伊予長浜に上がり、河野・西園寺勢を撃破時に、士気高揚の為にあの姿で舞を披露なされた由。
  そもそも政千代殿の話では、最初から、戦の一番手柄にその身を差し出すおつもりだったご様子。
  姫にとって裸ごとき、さしたる事ではないかと」

 もちろん、そんな暴挙を義鎮の耳に入れる事を珠も近習も嫌ったからなのだが、だからこそこの暴露に義鎮は色を失う。

「ほほう。
  戦に勝つ為にその身を売るか。
  さすがにこれは男に出来ぬ覚悟ですな。
  見て見なされ。殿。
  姫の舞は実に堂々としていなさる」

 吉岡長増が褒めるのを聞きながら、義鎮は珠の舞をゆっくりと落ち着いて見た。
  能面をつけていながら、否、つけていなくても珠はその身の全てを晒すだろう。
  それは、大友家を背負う事になっても同じ事をするという珠の覚悟。
  だからこそ、義鎮は抵抗する事を止めた。

「すまぬ。
  末期の水を注いでくれぬか?」

 義鎮が投げやり気味に盃を戸次鑑連に投げる。
  戸次鑑連はその盃を受け取らずに盃は床に落ちて乾いた音を立てて砕けた。

「まだ分かりませぬか!
  殿っ!!!
  殿は、大友百四十万石の重責を全て姫に背負わせて死ぬおつもりですか!!!」  

 平伏したまま戸次鑑連は怒鳴る。
  その怒鳴り声に義鎮の体が震え、追い討ちをかけるように吉岡長増がぽつりぽつりと昔の事を語る。

「そういえば同じ事を、昔聞きましたな。
  あれは姫がいくつの時でしたかのぉ」

 義鎮も吉岡長増の言葉に昔を思い出す。
  二階崩れの後、豊後は動乱の時期を迎える。
  叔父に当たる菊池義武の豊後侵入に、義鎮の寵臣である小原鑑元の乱。
  小原鑑元の乱などは府内が戦場になり、義鎮自身も、一時は府内を避難するほどの激戦になった時に、吉岡長増は戸次鑑連が同じように彼を叱咤激励していたのを聞いていた。

「殿!!
  姫を残して討ち死になさるおつもりですか!」

 そう。
  まだ珠が立つ事を覚え、名前どおり本当に可愛かった時の話だ。
  父、弟、叔父と次々と背き、愛妾とも別れさせられ、それを仕向けた寵臣に背かれる。
  何も信じられない、いや、珠をこの何も信じられない戦国の世に送り出すことが怖かったのだった。
  自然と義鎮は比売御前の方を見つめ、彼女はその視線に気づいて微笑む。
  まるで閨で囁きあうかのように可愛く、官能的に。
 
  いつの間にか音楽は終わり、舞も終わっていた。
  義鎮の前に能面をつけた珠があられのない姿のまま静かに控えていた。
  静かに、大友義鎮は珠の手を取る。

「お前の手はまだこんなに小さかったのだな。
  この手に、大友の家を取らせようとしていたのか……わしは……」

 その言葉に耐えられなかったのか、能面の下から涙がこぼれる。

「父上……」

「言うな。
  わしが愚かだった。
  誰も信じられず、何も見ることをせず、
  逃げ出す事しか考えなかったわしを許してくれ」

 珠を抱きしめる。
  彼女はこんなにも小さい。
  それなのに、大友義鎮の想いを受け継いで、彼を殺そうと決意する所まで追い込んだのだ。彼自身が。

「とりあえず、何か着てくれ。
  それから、話がしたい。
  皆も聞いて欲しい。
  長い長い話だ……」


  その日、父と娘は家臣や母の見守る中、長く長く話し合った。
  何が変わったわけでもないが、何かがその日から大友家の中で変わったのだ。
  その証拠が近頃、よく府内城で見かける事ができる。

「殿。門司の案件における毛利側の使者が府内に来ております」

「会おう」

 大友義鎮の即答に、報告した臼杵鑑速を含めた加判衆全員と珠が彼の顔を見る。
  いつもなら、任せると丸投げしていた場面での主君の覚醒を知っているのは、まだ珠と戸次鑑連しか知らないが、噂はやがて、皆にも広まるに違いない。
  いずれ、それは好感を持って迎えられるだろう。

「わしでは不足か?」

「いえ、めっそうもない。
  ですが、どういう風の吹き回しで?」

 固まった臼杵鑑速に対して義鎮が意地悪く尋ね、慌てて臼杵鑑速が取り繕う。
  その様子がまたおかしいのか義鎮は笑いながら言い切った。

「何、全てを子供に任せるのは親として失格だと気づいただけのことだ」

 そんな父の顔を、珠はいつまでも嬉しそうに眺めていたのだった……

 


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