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大友の姫巫女

第四十六話 鶴崎踊り真話 (前編) 

 府内 戸次鑑連館  数日前

「……そうか。
  殿はそんな事を仰ったか……」

 大友義鎮の命を受けた加判衆である戸次鑑連の報告に、ため息をついたのは大友家軍師である角隈石宗。
  戸次鑑連にとって、角隈石宗は軍学の師にあたり、互いの立場もあり大友家の難局をこうして話し合ってきた仲でもある。

「姫もあの後、四郎様すら入れず奥に篭ったきりです。
  出てきても上の空で、またすぐに奥に戻り、私や麟様や四郎様も入れてもらえませぬ」

 戸次鑑連から一部始終を聞いた娘の政千代は、珠の元気の無い行動の理由が分かったと同時に、大友義鎮が珠につきつけた非常な命に顔を強張らせる。
  壷神山での珠の告白「父殺し」が、こんなに早く突きつけられるとは思っていなかったのだった。
  それゆえ、その打開策も考えられず、珠が父殺しに動いた時の覚悟もまだできておらず、何の力にもなれない自分を恨んだ。


「相変わらず、あれは餓鬼のままじゃのぉ。
  図体ばかり大きくなって、孫までできるというのに可愛いものじゃ」

 一人笑みを浮かべて笑うのは、麟の旦那吉岡鎮興の父親である吉岡長増。
  引退したので気楽に言ってのけるのだろうが、大友家百四十万石の現当主を小僧呼ばわりできるのも、実際、大友義鎮がまだ小僧の頃から仕えていた、彼ぐらいのものだろう。
  と、同時に彼には大友二階崩れ以後、大友義鎮に代わって内乱で揺れる大友家を粛清し、義鎮の元に一本化させた謀略家としての側面もある。
  その見識は常に正しく、大友二階崩れによって、父である大友義鑑が凶刃に倒れた後は、大友義鎮の父代わりとして彼を支えて諌め続けていた事もあって、最も彼を知る者として戸次鑑連が拝み倒して来てもらったのだった。

「吉岡様。
  可愛いなんて仰らないでくださいませ。
  下手すればまた二階崩れが起こるというのに……」

「起したいのであろうよ。あれは。
  それなくば、大友を背負う事はできぬと。
  あれなりの愛情表現ではないか。
  不器用で愛いやつではないか」

 吉岡長増は笑って政千代に諭すが、彼自身、いや戸次鑑連も角隈石宗も、その二階崩れとその後の内乱鎮圧に東奔西走した仲だったりする。
  そんな三人が共通していたのは、誰一人として珠を小娘と侮っていない事だった。
  大友義鎮と珠が争えば、かつて豊後を震撼させた小原鑑元の乱以上の規模になり、豊前・筑前、最悪毛利の介入まで含めた西国十数カ国の大乱になる可能性を孕んでいた。
  だからこそ、三人はこの場に集まった時点で暗黙の内に、この第二の二階崩れ阻止で合意していたのだった。
  そんな男達の機微を政千代は分からないから、ただ頬を膨らませて拗ねるばかり。

「角隈殿。
  何か策はありますかな?」

 吉岡長増は角隈石宗に振り、角隈石宗は顎に手を乗せて考える。

「さて。
  生半可な手では殿が納得せぬし、かといって姫にも自重を求めるとなれば中々手が見つからぬのぉ」

 三人とも大友義鎮の闇の深さを知っているし、政千代も珠の闇が深いという事を三人に伝えていた。
  それでも大友義鎮を闇から救えるのは珠しかいないだろうとも考えていた。
  政千代などはそんな父娘を諭すというのはかなりというか、もの凄く難しいように思えたのだった。
  考える事しばし、戸次鑑連は、年末のとある出来事を思い出す。

「そういえば、珠様が四郎殿の元服の時にはしゃいで、それを諌めた時は素直に聞きましたな。
  娘が親の悪い所をまねしていると、言われると耳に痛い様子で」

「あれも一応親なんじゃろう。
  子の幸せを願わぬ親などおらぬよ。
  それが歪んで分からぬだけであろうよ」

 吉岡長増は上を見上げて呟く。
  その歪みに付き合わされる珠などたまったものではないが、彼にとって大友義鎮は主君でもあり、子供でもあった。
  ぽんと手を叩く音が聞こえ、音の方を皆が向くと、角隈石宗が意地の悪い笑みを浮かべた。

「なるほど。
  では、同じ事をするとしましょう。
  戸次殿。
  女を買いませぬか?」

「は?」

 固まった戸次鑑連に代わって、娘の政千代が間抜けな声をあげた。

 


  別府 杉乃井御殿 前日 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。

「えっと、もう一回言ってくれると嬉しいのだけど?」

 目の前の人物の突拍子の無い一言に、私は絶賛フリーズ中。
  なお、その人物とは戸次鑑連だったりするのだが。

「はっ。
  近く我が屋敷で宴を開くので、珠姫様の配下をお貸し頂きたく」

 おーけおちつけくーるになろう。
  この場合の配下って私の遊女連中だよな。うん。
  というか、あんたキャラ違うでしょう。
  大友家の忠臣が女集めて乱痴気騒ぎって……あ!

 そうか!
  鶴崎踊りかっ!!!

 元々はこの鶴崎踊り、史実では永禄三年(1560年)に発生している。
  だが、私が知っている限りそんなイベントが起きていないのですっかり忘れていた。

 酒色に溺れて国政を顧みない父上の耳に、戸次鑑連が遊女や白拍子を集めて宴を開き続けているという。
  あの堅物の戸次鑑連がそんな事をするとはと興味を引かれた父上はホイホイ出かけてゆくと、屋敷には女など一人もおらず、待っていたのは戸次鑑連ただ一人のみ。

「殿、お話があります……」

 こんこんと諫言を受けた父上は一時的に改心し国政に打ち込むのだが、やっぱりまた酒色に溺れて大友家は衰退してゆくというあまり知る者もいないイベントだが、この時呼ばれた遊女達の踊りがそのまま豊後に伝わり鶴崎踊りとなる。
  しかし何で起こらなかったんだろうと過去と歴史を照らし合わせて一つの事実に突き当たる。

 私がいたんだ。

 この時期、既に豊前では門司城を巡る大友と毛利の争いが激化の一途をたどっていた。
  本来の歴史では、元々大内領だった豊前はこの毛利の侵攻によってその殆どが毛利側に寝返り、宇佐ですら日和見を決め込んでそれが父上の宇佐八幡焼き討ちの遠因ともなる。
  だが、この時既に私は宇佐にいた。
  その為豊前南部の国衆が寝返らず、更に香春岳城攻略等大友が猛然と巻き返しを行っていたから、父上が酒色に溺れるほど負けなかったのだ。
  こんな所で、己の因果に向き合うとは。
  少しだけ、私が居た意味を感じてうるっとなる。

「どうしました?
  姫?」

「何でもないの。
  目に何か入ったみたい」

 涙を拭いて私は戸次鑑連に向きなおる。
  けど、おかしいな?
  諌める理由が見つからない。
  父上の酒色はまぁ溺れてはいるが仕事はしているし、現状の大友家で父上を諌めるような事といえば……

 私の事しかないわけで。

 あの茶室の後、府内には病と称して出ていない。
  というか、別府に居てすら人に会うのがきつい。
  四郎とも「気分が悪い」と言ってエッチしてないし。

 私の立場というのはもの凄く微妙だ。
  この当時、その正当性においての血というのは軽くは無いが、かといって無視できるものでもない。
  私の右筆就任ですら快く思っていない者も多いだろう。
  それでも就任できたのは、豊前・筑前における実績と女という性別の特殊性。
  四郎、もしくは別の誰かと結婚して嫁に行けば、大友家から出てゆくという暗黙の了解の上に成り立っているに過ぎない。
  何でそうなるかといえば、私の権力基盤が豊前・筑前にあるからである。
  凄く分かりやすい例えを出すならば、私は武田勝頼のポジションにいる。
  大友家中枢たる豊後国衆に支持されていないのだ。
  それは当然だろう。
  私が大友家当主となった場合、その手足となって働くのは宇佐衆をはじめとした豊前国衆であり、筑前国衆である。
  今の加判衆はまだ私を知っているからいいとして、もし誰かが死ぬか引退でもすれば、確実に豊前国衆から私の爺たる佐田隆居の加判衆就任が要請されるだろう。
  そうなれば、筑前・筑後の国衆からも「おらが国の旗頭を加判衆に」という声が、雪崩のように噴出してくるだろう。
  それを大友家設立当初から支え続け、大友家は我々と共にあると自負し、権力を一身に集めている一門衆や譜代である豊後国衆が、快く思うはずがない。
  更に、先を知っているからこそ打った手ですら、彼らにとっては疑心暗鬼に捕らわれる。
  田原親宏や一万田親実の領地替えですら、『直轄領を増やす事で、自分が当主就任時の豊後国内の影響力を増大させるつもりだ』と陰口を叩かれる始末。
  そんな私が四郎の子供を妊娠しているという事実は、『姫は毛利に降り、四郎もしくはその子供を大友当主にするつもりだ』という噂が広がるのを止められない。
  うん。
  いつ跳ね返りに殺されてもおかしくは無いわな。
  因果応報ってこんな時に使う言葉なのね。納得。
  明確に突きつけられる己の存在に対する糾弾に、心が折れそうになるのをぐっと我慢する。
 
「構わないわよ。
  で、誰を持ってゆくの?」

 心の内を笑顔の仮面で隠して、私は戸次鑑連に尋ねる。

「されば、姫自らご出馬を願いたく……」

 はい?


 

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