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大友の姫巫女

第四十五話 ある父と娘の話

 府内城 二の丸 旧大友館


「子供ができたか」
「はい。
  四郎の子です」

 畿内のおみやげの松島の茶壷を眺めながら、私は茶を父に差し出した。

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。

 できちゃった報告とその後の話をそろそろ話そうと思います。
  この時、私も父もきっと相手を殺す覚悟でこの茶室に居たんだろうなと思ったり。
  小さな茶室で互いに武器など持たないがゆえに、その意思をいやでも感じた父と娘の話はこんな感じで始まりました。

「南予の戦、ご苦労だった」

「いえ、父上の用意していただいた角隈石宗殿が、長宗我部との和議を整えていただいたお陰でございます」

 互いに互いの顔を見ていません。
  ああ、こういう時に茶器を眺める訳か。

「で、お前は毛利とどうしたい訳だ?」

 確信に触れる父の言葉に、私は意を決して口を開いた。

「毛利元就とは戦の約束があります。
  彼が死ぬか、私が父上に殺されるかで終わる戦の」

 少しの沈黙の後、父は妙に穏やかな声で呟いた。

「なるほど。
  先の加判衆の評定は、その下準備か」

 

 先の加判衆の評定とは、過日開かれた、南予侵攻での後始末の事です。
  ここで、一万田親実の加判衆承認と伊予方分設置等、戦後処理を片付けたのですが、その処理が終わった後に、私は田北鑑重に頼んで一つの提案をしてもらいました。

「門司を町衆の自治都市にするだと?」

 声をあげたのは筑前方分の臼杵鑑速。
  その問いかけに田北鑑重は重々しい顔で、私が言ったままに説明を続ける。

「はっ。
  門司を博多と同じ町衆の運営に任せ、戦火を避けさせようと。
  既に毛利は彦島に砦を築き、赤間関に市が立つほど栄えております。
  門司は先の戦で焼かれましたが、町衆に任せれば赤間関と同じぐらい栄える事ができるでしょう」

 これが、私のヘソクリその二「門司中立化構想」だったりする。
  正確には門司だけでなく、企救半島全てとその中にある城砦まで町衆に任せる、日本最大の自治都市建設構想である。
  既に商人達には根回しをしており、右筆として私が差し出した企救半島全てを含んだ巨大な町の絵図面に皆度肝を抜かれる。

「この図にある通り、企救半島全てを町衆に任せる事で人口三万を超える博多と同じぐらい栄える港町になるでしょう」

 そのからくりはこうだ。
  門司の価値は瀬戸内海へ繋がるという一点に集約されている。
  博多の富の源泉である南蛮交易や大陸交易で影響力が強いのは、我が大友である。
  ところが、それを一大消費地である畿内に運ぶ為には瀬戸内海に入らねばならない。
  そして、瀬戸内海は毛利水軍の影響力が強く、結果として海運関係はほとんどが毛利側の赤間関に流れているのが現状だったりする。
  で、それを嫌った私が日本海交易に力を入れて、結果、若狭商人と繋がった事を堺商人は快く思っていない。
  その代替策として府内から土佐経由の太平洋航路を作ったが、南伊予侵攻で長宗我部が敵に回り一時頓挫。
  更に、太平洋航路は難破の危険が瀬戸内海より高く、堺商人が瀬戸内海航路を渇望していたのも事実だった。
  私もこの状況に瀬戸内海の無視ができなくなったので、ならばと高く売りつける事にしたのだった。

「金は博多と堺の町衆が出し、門司から堺までの荷の運行は村上水軍が責任を持つとの事。
  運営は町衆の自治に任せ、大友も毛利も門司に兵を出さない事を約定させます」

「姫。
  村上水軍は信用できるのですか?」

 そう私に問いかけたのは志賀親守。
  いや、元案私だけど、提案者田北鑑重なんだからそっちに振れよ。
  ちゃんと答えられる様に、彼に懇々と説明したのだから。

「娘よ。
  こんな愉快な案を、あの生真面目な田北鑑重が出せるわけが無いのは分かっているから、自らの口で説明しろ。
  それぐらいの権限は与えたはずだぞ」

 父上。
  右筆というのは加判衆には入っていないので……ああ、皆の顔色、誰もがそう思っていないよ。
  というか、田北鑑重。あんた説明しなくて済んだと安堵の顔を浮かべるんじゃねぇ!!
  あれだけ言ったのに理解できなかったな!!!
  こんちくしょう。
  やればいいんでしょ!やれば!!

 ため息一つ吐いて、私は口を開く。

「この場合、信用できないから、信用できるのです」

「なんですか?
  それは??」

 志賀親守が分からないと声をあげる。
  見ると、私以外全員分かっていないらしい。

「我々は、村上水軍を信用していない。
  それと同じぐらい、毛利も村上水軍を信用していないでしょうね」

「あ!?」

 その一言に皆も私が言わんとした事に気づく。

「戦場では、有能な敵より無能な味方に足を引っ張られる事の方が多いわ。
  さて、大友よりの博多商人の金をたらふく吸い込んだ村上水軍が、絶対の忠誠を誓えると毛利は考えるのかしら?
  とても楽しみだわ」

 とてもいい笑顔で私は言い捨てる。
  この門司中立化構想は、対毛利戦における私の切り札と言っていいほど、十重二十重に仕掛けを施している。

「門司を町衆に任せる事に、軍事的には三つの利点があります。
  毛利が門司を攻めたら博多・堺の商人と村上水軍を怒らせる事が一つ。
  これはさっき話したわね」

 一同の顔を見渡して、今度は白紙の豊前・筑前の地図を取り出す。
  墨で門司の位置を黒く塗った後で、矢印を二つ書いて私は続きを口にする。

「二つ目は門司を攻めなかった場合、彼らの九州侵攻路が一つに限定される事です。
  以前は門司を基点に、博多を攻めるか豊前を南下するかで、我々は振り回されてきました。
  ですが、門司を候補からはずす場合、新たな上陸地を探さねばなりません」

 そのまま、私は地図に博多を書き込む。

「毛利の最終目標は博多の掌握です。
  よって、瀬戸内海側の豊前松山城侵攻はありえません。
  ここを毛利側の拠点とした場合、豊後からの応援が二日で宇佐に入ります。
  我々の松山城攻撃は一週間もかからないでしょう。
  その短期間で博多を制圧するのは無理です」

 そして、今度は地図に芦屋を書き込む。
 
「毛利の強みであり、九州侵攻の前提条件は毛利が大友より水軍力で圧倒している事です。
  ですから、海路で大友の拠点より遠い芦屋を上陸地に選ぶでしょう。
  芦屋から博多にかけて、このあたりで合戦が行われる事になります」

 話しながら、博多から芦屋にかけての範囲を指でぐるりと囲む。
 
「そして、最後ですがこれはこの合戦に勝った後の話になります。
  毛利が博多を奪う戦となれば総力をあげて兵を出してくるでしょう。
  現在攻めている尼子を滅ぼせば、毛利の勢力は安芸・周防・長門・備中・備後・因幡・伯耆・出雲・石見と九カ国に及び、九州に上がる兵数は四万と見積もっています」

「よ、四万……」

 その数に衝撃を受ける一同だが、いくらかからくりがあるのは黙っておく。
  動員だけでみたらこの国々で十万を越えるが、その全てを投入できるほどの兵給を流石の毛利も持っていない。
  おまけに、因幡・伯耆は尼子包囲の過程で諜略されたので置くとして、備中を治める三村氏と美作・備前を治める浦上氏が既に対立関係にある。
  そして、私がたらふく太らせた事で水軍がある隠岐はまだ毛利影響下に落ちていない。

「この四万、我らが合戦で勝てば全て九州の土に変えられます。
  落ちる場合、いかな毛利水軍といえども四万全てを一度に運ぶのは不可能。
  彼らが夜盗化するのを避ける為にも門司は必要なのです。
  門司についたら逃げられるという希望の為に」

「それを見越して、門司近辺に落人狩りの兵を置くという事ですな」

 声を出したのは戸次鑑連。
  口調に完全な理解が見てとれるゆえに、声が少し震えていた。
  それは、周防長門逆侵攻をまったく逆しまにした、毛利軍包囲殲滅戦の構想である。

「はい。
  彼らを生かして帰すつもりはありません」  

 その決意に満ちた私の声に一同押し黙る。
  私の妊娠は既に耳に入っていたのだろう。
  一番の非戦派と目されていた私が出してきた、毛利殲滅戦構想の派手さとエグさにしばらく誰も声を出そうとはしなかった。
  仕方がないので、私は場を取り繕うように口を開く。

「もちろん、経済的にも利があります。
  博多―門司―府内間の海路が安定化され、瀬戸内海航路にて堺と繋がる事は我が大友に莫大な富をもたらすでしょう。
  既に筑前・豊前・豊後の街道整備も進み、物の流れが商人の行き来を早め、民は豊かさを享受し、大友の名前は偉大なものとなるでしょう。
  毛利が攻めてこなければ我らは莫大な富を手にし、攻めてきたら蟻地獄の罠に落としこむ為の門司の自治都市化です。
  どうか御裁可を」

 あと、秀吉が天下統一時に栄えている府内や別府を直轄地にしないように、生贄の街として門司を差し出すつもりでもあるのだが、この場では関係がないので黙っておく。
  頭を下げつつ、内心ではそんなことを考えていた私に、誰も異を唱える者はいなかった。

 

 かこーん。

 ししおどしの音と共に、我に帰る。
  父上も私も、茶室に入ってから目をまだ合わせてもいない。 

「わしは、お前が毛利と和議を進めると思っておった。
  ついに四郎にたぶらかされたと思ってな」

 う……それを言われると……
  最近閨では四郎主導が多くなってきたし、珠姫丸の後で首輪プレイを気に入っちゃって。私が。
  しっかりたぶらかされてはいるんだが、それはそれ。これはこれで。

「生憎、私は父母の温情によってここまで育てられてきました。
  その恩義を裏切るつもりはございませぬ」

 その一言で父の顔が歪む。

「甘いな。
  そこで、男を取って父母を殺すと言えばわしも安心できるのだがな。
  おまえは、戦国の世で生きるには少し優しすぎる」

「……自覚はあります」

 そうなのだ。
  自覚はあるのだ。
  だが、それは平和というものを知っていた人間なら誰でも思うと信じたい。
  目の前にある死体、疑心暗鬼に落ちる人々、殺伐とした戦国の世でそれを力足らずとも救済できる地位に私が居る。
  手を差し出すのが当然ではないか。
  けど……

「一つ、南予の戦で変わった事が」

「何だ?
  言ってみろ」

 顔に浮かんでいるだろう。
  自嘲の笑みと共に私はそれを吐き出す。

「最近、人を人と思わなくなりつつある私が居ます。
  敵、もしくは数字と割り切っている私がいるのです。
  父上や養母上、親しき人達はまだ人として見れるのですが」

 そうなのだ。
  先に出した毛利殲滅戦ですら、死ぬべき毛利兵四万を数字としてとらえた。
  その四万の人間の命、彼らにかかわる家族や恋人を無視して。
  殺らなければ、殺られる。
  そんなこの時代の空気に私も染まってきている。

「はははははははは……
  良い傾向ではないか!」

 突然響く笑い声に、私はこの茶室に来て初めて父の顔を見る。
  その笑みは歓喜に歪んでいた。

「大いに結構!
  そうでなければ、戦国の世にて家を残す事などできぬわ!
  娘よ。
  この世全てを呪い、人を人として見なくなれ。
  修羅にならねば、この大友、いやお前がまだ人として見ている者すら守る事はできぬぞ。
  お前が修羅になるのならば、この父、喜んでお前に討たれてくれようぞ!」

 その父の言葉に、私は何も返す事なく茶室を後にするしかできなかった。

 


「戸次鑑連。
  来ているか?」

「ここに」

 珠が出て行った後も、大友義鎮は茶室で笑い続けていた。
  その笑いが収まった後に、戸の側に控えていた戸次鑑連に声をかける。

「あれは、いい具合に育ちつつあるらしい。
  戸次鑑連。
  あれが、お前から見て大友に不要ならば切り捨てよ。
  わしが許す」

「殿!」

 諫言を陳べようとした戸次鑑連を押し留めて、大友義鎮はまた笑い出す。

「そして、わしがお前から見て大友に不要ならば切り捨てよ。
  わしが許す」

 大友義鎮の笑いは止まらない。

「どうせ、今の大友はわしが親殺し、弟殺し、血の海の果てに作り上げたものよ。
  それがわしの代で滅ぶのならばそれも良かろう。
  華麗に滅びればいいのだ!
  わはははははは……」

 戸次鑑連にできる事は、ただ無言のまま平伏する事だけであった……


 

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