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大友の姫巫女

第四十一話 南予侵攻  子供の意地 大人の都合    

 ぱん

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。

 上の音はなんでしょう?
  頬を叩かれた?
  私が?
  叩いたのは田北鑑重。
  父上にだって叩かれた事無いのにっ!!!

「姫様。
  何故叩かれたのかお分かりですか?」

 いや、マジわかんない?
  どうして?なぜ?

 というわけで、話を少し戻してみましょう。
  鳥坂峠合戦が終わって二日後、大友・宇都宮連合軍は夜昼峠を抵抗無く突破しました。
  まぁ、鳥坂峠合戦が終わってすぐに西園寺兵が逃げ出して、八幡浜萩森城の宇都宮房綱が内通の使者を送ってきたのでここまでは問題なく終わりましたよ。
  八幡浜元城の摂津親安をどうするかなと考えていたのですが、宇都宮勢と吉弘鎮理の手勢を先に峠を越えさせ、内通した宇都宮房綱を先陣に攻めさせる事に。
  で、兵の少ない摂津親安は元城籠城を選択し、こちらも無理攻めする必要もなく、城を囲ませるだけ囲ませた後、私達だけ先に土佐中村に。
  しかし、勝利の鍵であるカルバリン砲の運搬にえらく時間がかかる事。
  二門の運搬に宇佐衆と御社衆の八百人ほどかけて、峠の名前の由来どおり夜から運んで昼までかかりましたよ。
  日本の山道での大砲運用は本当に難ありです。
  こればかりは私の切り札ですから、置いてゆく訳にもいきませんでしたし。
  長浜から船で三崎を経由して豊後に戻った珠姫丸を八幡浜に呼び寄せ、私と姫巫女衆と大砲二門を乗せて土佐中村へ。
  佐田鎮綱に御社衆を預けて宇佐衆との合同部隊にし、四郎は船に乗せ、宇都宮の手勢と共に瑠璃姫一同とも一時お別れです。
  で、風を操る神力を使って、順風の下一気に中村へ。
  幸いにも、戦は始まっていませんでした。
  で、挨拶代わりのカルバリン砲一斉砲撃の空砲をぶっぱなして上陸。無事大友陣と合流し、兵たちの歓呼の元迎えられて、本陣で諸将にねぎらいの言葉をかけようとした矢先に、『ぱん』です。

「まったく分からないわ」

 口に出すほど私は動揺してたいたのでしょう。
  見ていた麟姉さん白貴姉さん、四郎に政千代も呆然。
  なお、向かい合っている田北鑑重以外の諸将も呆然。

「この戦は姫様の戦です。
  姫様は総大将としてもっと奥に、安全な所にいるべきなのです。
  一将としての功績より、もっと高みを見てもらわねばなりませぬ」

 田北鑑重は兄である田北鑑生と共に父上によく使え、その誠実な人柄は豊後でも良く知られていた。
  だからこそ、私の頬を叩くという暴挙に皆呆然としている訳で。
  その誠実な人柄は、次の言葉によって皆に伝わる事になる。

「戦は我らが行いまする。
  姫様はどうか後ろに下がってくださいませ。
  姫様を危険な目に合わせて、我らはのうのうと中村で留まっていたとあっては殿に申し訳が立ちませぬ」

 土下座をして田北鑑重は私に頼む。

「姫様に手をあげた罰はいかようにも償いまする。
  ですが、姫様は殿にとって、大友にとって大切なお方。
  姫様はいずれお子を産み、育てるという使命を持っているのでございます。
  御身をもっと大事にしてくださりませ。
  自ら死地に飛び込むような行為はどうか自重をお願いしたく……」

 ああ、本当に皆に心配をかけていたんだな。私は。

「その身を捨てて諫める、忠臣を罰するほど私は愚かではないわ」

 私のその一言に本陣内の空気が和らぐ。

「ありがとう。
  貴方の言葉はちゃんと届いたし、貴方の手はとても痛かった。
  それを私は忘れないわ。
  けど、駄目なのよ。
  女の私が将兵を従えるには、せめて先陣にたつぐらいはしないと」

「姫様!
  それほどまでに、我らが信用なりませぬか!」

 田北鑑重が伏したまま怒鳴る。
  分かっているのだ。
  今の言い方では『あんたら信用できない』と受け取られても仕方ない事に。
  けど、ここは譲れない。
  何故なら、今山にせよ耳川にせよ、父上は後方に本陣を置いて動く事をせず、前線は後方からの戦況変化に合わない命令に振り回されて大敗北を喫してしまうのだから。
  前線部隊の独立裁量権と後方本部の統制問題は、何時の時代にも問題になっている軍事の永遠のテーマの一つだろう。
  その解決策の一つに、司令部を前線に置く事で情況の変化に対応するというのがある。
  私が今回取った対応策はこれ。
  もちろん、欠点もあって最前線にいるから危険というのと、大局的に物を見る事ができないというのがある。
  また、別の方法に前線部隊に全権を委任して、後方で指導するという手段も無いわけではない。
  だが、これは後方が前線部隊に過度な介入をすると、混乱するという欠点も孕んでいた。
 
「門司の戦の時、父上は松山城まで来たけどついに門司まで足を運ばなかった。
  総大将としては正しいけど、前線の要求に『顔を見せてくれ』って言っていたじゃない」

 だから、過去の戦からなぞるしかない訳で。

「加判衆にも序列がないでしょ。
  だれが総大将になるのか、その時々で違う。
  それで円滑な運営ができると思う?」

 これも大友家の欠陥の一つである。
  ただでさえ、加判衆は一門系列で独占した結果、内政官と武官が混在し、内政官が総大将として出張る事もあった。
  いい例が、筑前の総司令官である方分に任命されている臼杵鑑速。 
  彼は大友家の外交責任者であり、博多奉行でもあったが、門司合戦では司令官の一人として出陣していたりする。
  まぁ、この体制が破綻していないのは複数任命の司令官に、武官(戸次鑑連、田北鑑生、吉弘鑑理)が必ず一人はいるからに他ならない。
 
「そ、それは……」

「じゃあ、少し意地悪な質問をするわ。
  もし、増援が角隈石宗ではなくて臼杵鑑速だったら、誰がこの中村の総大将になるのかしら?」

 私の一言に皆が考える。
  加判衆の任命順なら臼杵鑑速だし、武官としてなら田北鑑重だろう。
  そしてそれは二人の協議で運営される事になる。
  軍事組織として不安定極まりないのだ。現状では。
  なお、大友衰退の決定的な戦となった耳川合戦は加判衆に田原親賢が入り、彼と他の加判衆の対立が最後まで解消されなかった。

「で、皆忘れているわけじゃ無いわよね?
  今回の戦次第においては、田原親賢が加判衆に入るのだけど、彼と円滑に協議できるの?
  出征段階から、対立していたじゃない」

 この一言はよほど堪えたのだろう。
  きりと歯をかみ締める音が聞こえる。

「姫様。
  それがしは武功少なく、今回の席においてもただの引き立て役に過ぎませぬ。
  戯言で皆を困らせないでくださいませ」

 うわ。
  慇懃無礼に言い切りましたよ。田原親賢。
  つーか、場を取り繕ってもらったはずなのに、何でこんなに妬まれるのやら。
  皆の視線が殺意に代わっているのはどーしてよ?
  ああ、まるで某銀河帝国の義眼の軍務尚書を見ているようだ。

「はいはい。
  父上には加判衆を一万田殿で押すように、私からも働きかけます。
  その代わり、その推挙が間違っていない事を、この伊予の戦で見せ付けるように。
  いいわね?」

「はっ!」
「御意」

 不意に話を振られた一万田親実と高橋鑑種の兄弟が同時に平伏して声をあげる。
  そして、ごほんと一息わざとらしく咳をついて田北鑑重に語りかけた。

「約束するわ。
  この陣立ての不安定さを解消できるのならば、私は後ろで大人しくしています。
  けど、今の情況では、前線に一人は一門の人間が入らないとまとまらないのよ。
  貴方は加判衆としてそれを解決しなさい。
  それが、貴方の加判衆としての最初の仕事よ」

「はっ!」

 田北鑑重は低い声で返事を返し、その声にあわせて皆平伏して私に礼をとったのだった。

 ……まぁ、十五歳の小娘が戦にしゃしゃり出ればこーなるわな。

 

 かこーん

「ほっほっほ。
  武家とは難儀な事よのぉ……」

 しゃかしゃかと茶をたてる私が手を止めずに愚痴る。

「気楽に仰いますね。
  一条殿。貴方も一応その武家になると思いますが?」

 で、当人まったく武士と思っていない一条兼定は扇を開いて優雅に仰いでみせた。

「麿は雅な者ゆえ、戦など下々の者にまかせるでな。
  じゃが、姫のあの砲には驚いたぞ」

 茶をたてながら、私は愚痴を一条兼定にぶつけている訳で。
  親善訪問のついでだが、何も分かるつもりが無い彼に安心して己の心境を吐露できるのはありがたい。

「いずれ、武家も公家と同じ場所に追い込まれましょう。
  あんなものが戦に出てくる昨今、武士の槍働きは消えてゆくでしょうから」

 差し出したお茶を作法に則っていただく一条兼定が興味深そうに呟く。

「ふむ、我らから天下を取った武家が我らと同じように力を失うか。
  では、誰が幕府を開くのやら……」

 冬晴れの土佐中村。
  その空も眼下の海も、冬である事を忘れるほど蒼い。

「足軽でしょう。
  ただの足軽が群れて、武家を潰すのです。
  天下はいずれ、高貴なる血筋でもなく、己の武でもなく、ただの数によって支配されましょう。
  百姓が、町民が、天下を語るのです」

 この人、やる気が無いだけであって、馬鹿ではないんだよなぁ。
  だからこんな切り返しをしてくるわけで。

「ほっほっほ。
  あやつらが天下を語るか。
  愉快な事よ。
  学も無く、雅も無く、武も無いやつらが数のみをもって天下を治めるか。
  さぞ醜き事になっていようのぉ」

 まぁ、そう思うのは分からないではない。
  ただ一点だけ、民主主義が優れているのは、権力の腐敗に対しての浄化作用が比較的低コスト(流れる血の量)でできるという一点のみで、他の体制を駆逐していったのだから。
 
「まぁ、そのような世は麿が極楽に行ってからの話であろう。
  少しは現世の話をしようではないか。姫よ。
  長宗我部との諍いを鎮めてくれて、麿は感謝しておるのだ」

 本当ならばあんたが出張ればこんな事態には……やめよう。
  これは何を言っても無駄だ。

「いえ。
  高貴なる一条殿の手を煩わす訳にはまいりませぬゆえ」

「殊勝な心がけじゃ。
  で、大友家ではなく、姫に何か礼がしたい。
  とはいえ、官位ぐらいしか渡せぬし、それには金がつくがのぉ」

 さり気ないたかりですか?おじゃる丸よ。

「いえいえ。
  私はただの巫女ゆえ官位など……」

 言いかけた私の言葉を、一条兼定はめずらしく強引に潰す。

「宇佐八幡禰宜(ねぎ)として、外従五位下というのはいかがかのぉ?」

 が、外従五位下?
  流石に私も聞いた事が無い官位ゆえ固まっていると、一条兼定が実に楽しそうに笑う。

「古の宇佐八幡の禰宜は東大寺の大仏建造に係ってこの位を与えられたそうな。
  内位外位など既に消えて久しいが、ゆえに簡単に手に入るであろう。
  実際は従五位下として扱われるであろうよ。
  それに、田舎侍に外位など分かりもしないだろうて」

 で、それをさわやかに押し売りするあんたはどーなのよと、心の底から問い詰めたいのだが我慢する。
  ちょっと大人になった私。
  この外位というのは地方豪族を朝廷が掌握する為にばらまいた官位であり、地方キャリアの頂点にあたる。
  なお従五位下から平安時代では貴族と呼ばれる。
  つまり、貴族のお姫様。
  いや、お宮のお巫女様という所か。

「それなら斎宮になりたかったんだけど。
  身を清めるの面倒だし。
  そろそろ宇佐の巫女では収まらないので、ありがたく頂いておきましょう。
  で、御代はいくら払えばいいのかしら?」

「……巫女として聞いてはならぬ言葉を聞いたような……
  まぁ、お代については麿は取るつもりはないぞ。
  あくまで、善意ゆえ」

 ぱちんと扇を閉じて、一条兼定は実に白々しく一言。

「まぁ、どうしてもというのなら、姫の心次第かのぉ」

「まぁ、一条様ったら。
  おほほほほほ……」

「おほほほほほほ……」


  あれ?
  心洗われる??? 





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