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大友の姫巫女

第四十話 南予侵攻 姫巫女対鬼若子 

 伊予長浜上陸から 十五日目

 それは奇妙な戦だった。
  土佐中村を挟んで、東に長宗我部元親の手勢四千が陣を張り、西に田北鑑重を大将とする大友先遣隊四千八百が対陣していた。
  そして、千ほどの兵が守る中村では何もする気が無い一条兼定を尻目に、家臣達が大友につくか長宗我部につくかを延々と話し合っていたのだった。

 長宗我部元親にしてみれば、この対陣ほど馬鹿げたものは無かった。
  毛利元就からの文により一条領が大友に併合されるのを避けるための出陣ではあったが、本山氏や安芸氏という勢力が残っている現状で一条氏と開戦できる訳が無く。
  とはいえ、これで兵を引いたら対陣する大友側によって一条家内部が大友よりになるのが目に見えている。
  最初、中村に来た時点で大友側兵力は二千三百しかいなかった。
  その段階で叩いてしまえばという誘惑もあった。
  が、長宗我部はまだ一条の被官の立場から脱していない。
  大義なき戦では土佐国人衆の離反もありえるし、去就に迷う一条軍千を、あえて大友方につける愚は絶対に避けねばならなかった。
  その後大友は二千五百の増援を送り、これで元親は長宗我部側からの開戦を諦めた。


  とはいえ、大友側も内情が良いわけではなかった。

「何じゃと!
  姫が手勢のみで伊予長浜に上がったと!!」

 その一報を角隈石宗から聞いた田北鑑重以下、一万田親実、高橋鑑種、田原親賢、佐伯惟教ら諸将はその豪胆さにあきれ果てて声も出ない。
  西園寺と河野にはさまれた宇都宮はたしかに大友にとって味方だが、角隈石宗がこちらに来た時点では河野が既に宇都宮を攻めており風前の灯だったはすである。
 
「それがしと手勢をどうか姫様の元にお送りくださいませ!」

 土下座して願い出たのが今回の一件で帰参を許された佐伯惟教。
  大恩ある姫を助けるのは己の仕事とばかり声を張り上げるが、珠の文を読んでいた先遣隊大将の田北鑑重は首を横に振った。

「ならぬ。
  姫様ご自身が文にて『我らは土佐中村から動くな』と書いてある」

「ですが、このままでは姫様の御身が……」

 尚も食い下がる佐伯惟教を嗜めたのは角隈石宗だった。

「落ち着きなされ。佐伯殿。
  今から向こうても間に合うまい。
  既に豊後より援軍を集めていようて」

「では、我らはどのようにすればいいと?」

 一万田親実が落ち着いた声で尋ねると、田北鑑重は珠からの手紙を読みあげる。
 
「このまま長宗我部を牽制せよと……」

 読んでいた田北鑑重が見事なまでに固まる。
  その不信感ありありな姿に諸将にも不安の色が走る。
  そして、出てきた言葉は流石に不敬だろうと讒言されても仕方ないものだった。

「しょ、正気かっ!
  姫はっ!!!」

「だから何か書いてあるのですか!
  田北殿!!」

 高橋鑑種が苛立つように田北鑑重を急かすと、田北鑑重はぽつりぽつりとその手紙の内容を告げた。

「手勢八百で河野勢を撃破した後に、西園寺領を縦断して、土佐中村に向かうと」

 その言葉が諸将に届いた時、彼らも田北鑑重と同じように固まったのだった。

「田北殿っ!!!
  一刻の猶予もありませんぞ!
  早く、西園寺を攻めないと姫が!
  姫がっっ!!」

「落ち着きなされ。佐伯殿。
  宇都宮も千程度の兵は集められたはず。
  なれば、篭城でもすれば十分に持ちこたえられまする。
  それに目の前の長宗我部を何とかしなければ、西園寺に兵を向けることすらできませぬぞ」
    
  すっかり狼狽する佐伯惟教を角隈石宗が嗜めるが、その彼をして、顔が真っ青だったりする。

「手勢を千程度なら西園寺に向けても問題ないのでは?」

 高橋鑑種がとりあえずの妥協案を述べる。
  長宗我部の手勢は四千、こちらは四千八百。
  たしかに千ぐらいなら、西園寺に振り分けてもいいような気がしないでもない。

「賛同いたしかねますな」

 と、場の空気を見事にぶち壊したのが、今まで一言も言葉を話さなかった田原親賢。
  「だから嫌われる」とは珠が後に笑って語ったのだが、諸将の視線は敵を見るかの如し。

「説明してもらえますな。
  田原殿」

 田北鑑重が敵意をこめた視線で説明を求めると、それを気にする様子も無く田原親賢は淡々とある事を指摘した。

「一条家の手勢が千ほど中村におりまする。
  元々長宗我部は一条家の被官であり、彼らの出兵も我らを快く思っていない一条の一部家臣より出されたもの。
  これで、兵を西園寺に千ほど向けて一条が我らの排除に長宗我部と組んだ場合、兵は三千八百対五千とこちらが不利になりまする。
  加えて、我らはこの地を知らず、向こうは地の利を押さえて戦をしてきますぞ」

 その指摘に押し黙る一同。
  結局、彼らも手を出す事はできなかったのだった。


  かくして、戦は諜略――一条家内の内応――に次元を移してゆく。

 長宗我部は地続きで兵を向けられ、今までの被官関係を強調し「大友に知行を預ければ、大大名ゆえ全て取られてしまう」と説得。
  負けじと大友は「大大名だからこそ、他国に攻められない」と大手の優位さをアピール。
  そして、ばら撒かれる金。
  ここで女が出ないのは、それ専用の姫巫女衆が珠姫と共に伊予長浜に行ってしまったからである。
  そして、いくら四国の土佐とはいえ、冬場の対陣は将兵を疲弊させる。
  その疲弊は遠征軍である大友の方がひどく、このままでは先に音を上げるのは大友側だろうと思われたその時に、その報告は届いた。

「お味方大勝利!!
  大友・宇都宮軍は伊予長浜にて河野軍と戦いこれに勝利したと!」

 伝えたのは宿毛に上がる豊後からの船便と、珠が放った歩き巫女である。
  勝ちは素早く知らせる事がどれほど味方を喜ばせ、敵を失望させるかを珠は知っていた。
  さらにその数日後、決定的な報告が中村に伝わる。

「お味方大勝利!!
  大友・宇都宮軍は伊予鳥坂峠にて西園寺軍を殲滅!
  西園寺軍は総崩れとの事!!!」

 この時の歓声は長宗我部陣にまで届いたという。
  それ以後、急速に強気に出る大友側に対して、長宗我部側は防戦一方となる。
  更に長宗我部側にとって都合が悪い事に、一条領に長期対陣しているのを見て、土佐本山氏や安芸氏が長宗我部領を狙う動きを始めていた事だった。
  そこに、珠姫が八幡浜を落としたとの凶報まで入るに至って、ついに、長宗我部元親は兵を引く決意をした。
  だが、このまま引いたら大友軍に追い討ちされるのは目に見えている。
  彼は一条兼定に和議の仲介を頼む事にし、何もしないがゆえに何も断らない一条兼定も丸投げ前提で了承したのだった。

 中村御所で相対しているのは、大友側は角隈石宗と田原親賢、長宗我部側からは島親益(親房)と谷忠澄の二人。
  そして中央で何もする気の無い一条兼定の代わりに、この場を引っ張るのは土居宗珊。

「では、双方の和議について話を進めたく……」

 長宗我部側から出た和議条件は、

 1.双方兵を引く
  2.一条領に関与しない

 の二点だが、これに大友側が噛み付いた。

「待たれよ。
  一条家に従うはずの西園寺家は、我らに襲い掛かってきたではないか。
  これは、一条家に対する謀反である。
  よって西園寺領は一条家から離れたと見なして、我が大友が統治する所存だがいかがか?」

 噛み付いたのは角隈石宗。
  父義鎮の軍師をやっているだけあって、頭もいいし弁も立つ。
  これを機に一条領から西園寺領を分離させて、西園寺領を併合しようという目論見だった。
  珠の真意である「四国の土地を取るつもりはない」を聞いている田原親賢が、これに意見しようとしたが、目の前に取れる土地――西園寺領十万石――を捨てるのは惜しいとも思っていたので口を挟まなかった。

「これはしたり。
  伊予長浜に上がった大友軍は宇都宮家の後詰と聞いておるが?
  なれば、鳥坂峠以降西園寺を叩いたのは宇都宮家であって、大友家が統治するどうこうの話ではないと思うのだがいかに?
  よって、西園寺領の話は、宇都宮家と一条家の話し合いにおいて解決すべき事。
  大友家は口を挟まないで貰いたい」

 詭弁と分かっていても、堂々と正論のように強調するのは谷忠澄。
  長宗我部にとって、強大な水軍を持っている大友家が四国に策源地を持つのは悪夢に等しく、絶対に阻止せねばならなかった。
  とはいえ、この谷忠澄の詭弁は大友側にとって痛いところをついていた。
  西園寺領には宇都宮一門も多く、彼らの内応が八幡浜陥落の大きな助けになっていたからだった。
  宇都宮はまだ独立大名の扱いであり、大友家に従属していない。

「我が大友家は、宇都宮家が攻められて助けを求めた時点で、宇都宮家を大友家の被官であると考えております。
  宇都宮家との話し合いは、盟主たる我らの了解を得てからしてもらいたい」

 角隈石宗も詭弁で返す。
  何しろ、最初から対毛利戦で捨てるつもりの第二戦線である事を知っているのは、珠の側近中の側近しかいない。 
  だからこそ、一条にせよ宇都宮にせよ、極力影響力を行使しない方向で戦を進めていたのだが、その真意は話していないゆえに角隈石宗は分からない。
  だから話を聞いている田原親賢まで含めた大友諸将は、今回の戦で一条・西園寺・宇都宮の三家二十五万石を得るための戦だと思い込んでいた。
  そして、それは彼らの眼前にあると勘違いしている。
  その齟齬に谷忠澄が食いついた。

「盟主であり、宇都宮家を被官であると言うのでしたら、宇都宮家に所領安堵の書状を送ったという事ですかな?
  後で問い合わせますが、それはよろしいか?」

「ま、待たれよ……」

 思わぬ反撃に詰まる、角隈石宗。
  これで宇都宮に問い合わせなんてされたら、宇都宮が激怒するのは目に見えている。
  まだ、宇都宮領には珠姫をはじめ大友軍が多く駐留しているのだ。
  珠姫と彼らを危険に晒す事は避けねばならなかった。

「そういえば、一条殿はこの和議の後になりますが、土佐での矢止を布告なさるとか?」

「や、矢止だと?」

 窮した角隈石宗に対して、黙っていた田原親賢が土居宗珊に話を振り、それに島親益が反応してしまう。
  矢止――停戦勧告――だが、権威がある一条家が被官である長宗我部家を擁護するという政治的メッセージは、同じ被官である本山氏や安芸氏に対して大きな影響を与えるだろう。
  何よりも、田原親賢が土居宗珊に話を振ったという事は、そこまで大友の影響力が強まっている事を意味していた。
  本山氏と安芸氏を抑えるから帰れという、大友側の飴である事は明白だった。
   
「結構でござる。
  武門に生きる者は避けては通れぬ戦というものがあるゆえ。
  一条家の被官として、土佐を守護する上で本山や安芸ごとき討てねば、我ら長宗我部はそれだけの価値しかないという事です」

 これを谷忠澄はきっぱりと拒否してみせた。
  田原親賢や土居宗珊だけでなく、島親益も唖然とする。
  盟主の勧告を拒否するという、それは下手したら謀反と受け取られかねない言動だが、谷忠澄は毅然と小国の意地というものを見せ付けたのだった。

「船が見えるぞ!
  大友の南蛮船!!」

 そんな報告が飛び込んできたのは、このまま話し合いが流れる寸前の所だった。

「まさか……姫様?」

「でしょうな。
  八幡浜を押さえたのはこの布石でしたか。
  手勢を連れて陸路西園寺領を通れば、どれだけかかるか分からないが、南蛮船で海路なら三日もいらない」

 角隈石宗が驚きの声をあげ、田原親賢が楽しそうに笑った。
  大友側の表情の変化を土居宗珊や島親益、谷忠澄は分からない。
  それを楽しそうに眺めながら、田原親賢は海上の南蛮船を指して口を開いた。

「ご紹介しましょう。
  大友義鎮が娘、今回の総大将を勤める珠姫様でございます」

 まるで図ったかのように、南蛮船に積まれている片舷十七門のカルバリン砲が一斉に火を噴いた。
  響く大音響に混乱する中村の町衆に兵士。
  大友と長宗我部の将兵もその轟音に驚き、恐れたのだった。

「空砲ですよ。
  ですが、明日からの戦で長宗我部の陣にあれが向けられるのです」

 谷忠澄は田原親賢の言葉に、力なく頷いたのだった。
  結局、長宗我部は先の二項に、大友の出した「西園寺領は独立勢力」の項を加える事を余儀なくされ、それを一条も追認せざるをえなかった。
  翌日、一条兼定命による土佐矢止と共に長宗我部軍は兵を引く事になった。

 

 


  作者より一言。
  嘉門達夫の替え歌は「小市民」でした。





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