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大友の姫巫女

第三十八話 南予侵攻 鳥坂峠合戦 

 伊予長浜上陸から 八日目 伊予大洲盆地 野佐来


「西園寺の奴ら、もう勝ったと思っていますね」

「みたいね。
  では、戦というものを教育してあげましょう」


  お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
  しょっぱなから駄目人間な駄目フラグを立てちゃったけど気にしない。
  なお、ヴォル役の言葉を吐いたのは瑠璃姫だったりします。

 鳥坂峠頂上あたりにはためく西園寺軍の旗。
  旗から推測して二千という所でしょうか。
  がんばって農民まで徴集したのでしょう。
  で、こちらはというと宇都宮勢を入れて三千という所です。
  兵数では勝っているのですが、向こうは鳥坂峠に砦を築いて、陣取って動こうとしません。
  まぁ、長宗我部が一条領で大友先遣隊を潰してしまうまで粘ればいいのですから当然でしょう。
  ちなみに、兵の移動に肱川使ってもこれだけかかるのですから難儀な事です。
  その間、連れてきてくれた信長から貰った遠江鹿毛で敵情視察の野駆けを。
  なお、この馬の名前は「サードステージ」と命名。
  異国語の分からないみんなは「佐渡」と呼んでいます。
  次に馬を手に入れたら「ウマドルファースト」と名付けよう。

「姫、待ってください!」

「危険ですから大洲の城に戻ってくださいませ!」

 なんでついてくるのかなぁ。
  四郎に瑠璃姫よ。
  というか、兵の移動の作業でてんてこまいじゃないのか?

「その作業を全部麟様に丸投げして、一騎駆けしたのは何処のどなたですか!
  麟様、夜叉になっているのですから戻ってください!!」

 地元地理に詳しい瑠璃姫と護衛にと四郎が慌てて追ってきた訳で。

「いや、真面目な話、戦場を先見するのは将として当然よ。
  特に、知らない土地ならね」

「とはいえ、そういうのは私達がしますので……」

「瑠璃姫達が知っているのと、私が知っているのは違うのよ。
  特に、総大将として全命令を私が出すんだからね。
  来てくれたからついでに案内を頼むわ。
  いいわね」

 いつになく真顔の私に一同仕方ないかという感じで先導を始める。
  私もいつまでも色ボケしてられないからね。

「しかし、姫。
  西園寺勢は峠の山頂に篭って出てくる様子はありませんが、どう戦うので?」

 城攻め三倍という言葉がある。
  城に篭った敵を撃破するのに、敵兵の三倍を用意しないといけないという意味だ。
  鳥坂峠に篭る西園寺勢は二千だから六千は用意しないといけない。
  四郎の言葉に私は笑って、さも当然のように言い切った。

「決まっているじゃない。
  巣穴に篭っているのならば、そこから追い出すまでよ」

 ここ特有の気象現象を駆使してね。

 なお、帰ったら夜叉の麟姉さんに正座で説教された。
  ……なんだか、瑠璃姫と出会って麟姉さんぱわーあっぷしてね?

 


  早朝、濃霧漂う大洲盆地を眺めながら見張りについていた西園寺兵は、濃霧の奥からこだまする、爆音と法螺貝と怒声で飛び跳ねた。

「何事だっ!」

「朝駆けです!
  大友勢の朝駆けですっ!!」

「ええい!
  見張りは何をしていた!!!」

「この濃霧で下は何も見えず……」

「言い訳はいい!
  防ぐぞ!!」

 早朝の奇襲に多少の混乱はあったが、元々は砦にしっかり篭っている西園寺勢は、霧の中からいつまでたっても飛んでこない矢鉄砲、襲ってこない兵士に首をかしげる。

「おかしいのぉ?
  たしかに声はするのじゃが……」

 しばらくすると喚声も静まり、わずかに遠くから聞こえるのみになってきたので、西園寺勢は安堵して構えを解き始めた。

「挑発じゃないか?」

「何じゃ。
  飛び起きて損したわい」

「ここを押さえておれば大友も攻めてこぬという事じゃ。
  皆の者、打って出てはならんぞ」

 霧の中、段々と音が小さくなる大友勢の声を聞いていた一人の兵士が、その方角に気づいて大声をあげる。

「違います!!
  この声は、夜昼峠の方から聞こえてきます!!!!」

 その瞬間、西園寺将兵は固まった。


  地理説明

 白 大友・宇都宮軍
  黒 西園寺軍

 

         凸長浜城
           凸米津城

    ▲    凸
    夜昼峠  大洲城
  ■八幡浜
         野佐来 

       鳥坂峠▲

          ↓一条領

                
「しまった!
  奴らの狙いは一条領ではなく、八幡浜か!!」

 それは恐怖以外の何者でもなかった。
  既に佐多岬半島の水軍も味方につけている大友が上陸地である八幡浜を押さえたら、海沿いに大兵を揃えられたあげく、西園寺領が蹂躙されるのは目に見えている。
  鳥坂峠に集まった諸将は総大将たる西園寺公広を見るが、西園寺公広は何も言わない。
  これは理由がある。
  元々西園寺領というのは、他の大名家に輪をかけて豪族の連合政権の度合いが強く、西園寺本家が抜きん出た力を持っていなかった。
  その上、西園寺公広は元々西園寺公宣の子として生まれ僧籍にいたのだが、現当主の西園寺実充の子公高が戦死し、養子として後継者に指名されている。
  そんな状況下では、強権を発動するなど到底望めず、各将の合意を是認する形をとらねばまとまらない脆さを持っていたのだった。

「このままでは、八幡浜元城の摂津親安殿が危ないぞ!
  ただでさえ、八幡浜萩森城の宇都宮房綱は宇都宮側に内通しているかもしれないというのに……」

 魚成親能が焦りの声をあげる。
  地理的状況から宇都宮房綱は西園寺に属しているだけであって、名前から分かるとおり宇都宮一門の人間である。
  しかも、いくら峠を西園寺が押さえているとはいえ、主力を鳥坂峠に集めた為、夜昼峠は守備兵が五百も残っていない

「いや、峠を下りて八幡浜救援は間に合うまい。
  大洲城を囲んだ方が早い」

 そう声を上げたのは、北之川通安。
  たしかに、戦う必要は無い。
  大洲を突くふりさえすればいいのだ。
  それで八幡浜に向かった大友軍は夜昼峠を戻って大洲に帰るのに対して、西園寺軍はまた鳥坂峠に帰ればいい。

「だとしたら今から峠を下りれば、ぎりぎり八幡浜救援が間に合うかどうかか。
  御大将。ご決断を」

 魚成親能の一言に纏められた家臣団の実質的な命令に、西園寺公広にできたのは、ただ頷く事だけだった。
  こうして西園寺軍二千は、ろくに仕度が整わぬまま、霧の大洲盆地を下りてゆく。
  とはいえ、彼らも馬鹿ではない。
  霧の中、敵襲がある事を想定して警戒を行い、落伍者も出さずに無事に峠を下りてきたのだった。
  峠の入り口にて西園寺軍は兵を整える。
  あとは、霧が晴れると同時に進軍して大洲城を目指せばいい。
  
  そして、待つことしばらく、日は中天に差し掛かるほどになって潮が引くように霧が晴れてゆく。
  そこに西園寺軍が見たものは、完全装備で待ち構えていた大友・宇都宮軍約三千だった。

 

 

「ね。簡単でしょ?」

 冒頭の台詞を吐いた後、みんなに解説をしてあげたのですが……
  あれ?おかしいな?
  絵描きの先生みたいに分かりやすく解説したのに、なんでみんなドン引きしますか。
  たしか、彦山川合戦時にも同じように引かれたぞ。

「姫様。
  皆、姫様の鬼謀に恐れおののいているのでございます」

 と、声をかけたのは霞・あやねの旦那になった佐田鎮綱。
  今回は宇佐衆を率いる一手の大将である。

「そうかなぁ。
  簡単な事じゃない」

 私が打った手というのは大洲盆地が霧で見えなくなるのをいい事に、鳥坂峠出口にあたる野佐来に布陣。
  手勢を使って朝駆けの撹乱攻撃のふりをして鳥坂峠を警戒させ、今度は夜昼峠に朝駆けの撹乱攻撃のふりをさせる。
  自分達の攻撃を陽動作戦と判断した以上、次に行われる夜昼峠を本命と考えて、彼らは八幡浜救援の為に峠を下りてこざるを得ない。
  そこをみんなでフルボッコ。
  銀英伝の不敗の魔術師の真似というのは内緒。
  私は同盟派だったけどね。金髪の小僧の「勝てる時に勝つ」という戦略も好きだったりする。
  こんな合戦を選んだのも、四郎が気を利かせて吉弘鎮理率いる兵五百を持ってきてくれたからだけど。
  戦いはやっぱり数です。マジで。

 で、下りてきた敵はいやでも戦わざるを得ない。
  なぜなら、今度は峠道を登って逃げる事になる訳で、追撃されたら簡単に討ち取られるからだ。

「さぁ、来るわよ」
 
  ある種、袋の鼠となった西園寺勢は一斉に押し出してくる。
  それも想定のうちだった。


鳥坂峠合戦

 ↑大洲

   ①    ■
   ⑤     ■
  ④ ② ③■
         ■☆
         ■
         ■
  B A C   ■
         ■
       肱川
  ↓鳥坂峠


大友軍  三千

①大友珠     姫巫女衆(吉岡麟指揮)           二百
             米津城女中衆他(藤原瑠璃指揮)    百
②吉弘鎮理   香春岳城城兵                 五百
③佐田鎮綱   宇佐衆                       五百
④宇都宮豊綱 宇都宮家家臣                   千
⑤毛利元鎮   御社衆(四郎)                  五百
☆カルバリン砲                              二門


西園寺軍 二千

A西園寺公広  西園寺軍総大将                 千
B魚成親能    竜ヶ森城主                    五百
C北之川通安  三滝城主                     五百


  戦いは、死兵と化した西園寺勢が突貫する所から始まった。

「見ろ!
  右翼の兵が少ないぞ!
  あれを崩せば勝てるぞ!!」

 そう思ったのだろう。
  敵中央に左翼の兵も佐田鎮綱の方に向かいつつある。

 では、問題。
  死兵を崩すにはどうしたらいいか?
  答えは死兵に希望を与え、それを突き崩す事である。

「撃てぇぇ!!」

 轟音二発が敵右翼に突き刺さる。
  それは、先の慶徳寺合戦と同じく、敵の足と勢いを止めた。

「怯むな!
  あの敵陣を崩せば勝てるのだ!!
  進めぇ!!」

 けど、交互に打ち出した結果、毎分一発飛んでくるカルバリン砲の砲弾に敵勢はみるみる下がってゆく。
  ただでさえ農民の徴集が多い西園寺勢の事だ。
  士気崩壊は思ったより早かった。

「逃げるな!
  踏み留まって戦え!!!」

「いやじゃ!
  おら、家に帰るだ!!」

「こんな戦で死にたくねぇ!!」

 けど、今回は逃がすつもりは無い。
  この一戦で西園寺領を頂かねばならないのだ。
  何の為に、私が左翼に兵を厚く敷いたか、西園寺将兵はすぐに思い知る羽目になる。

 左翼、魚成親能と宇都宮豊綱が衝突。
  兵の数に勢いでも負けている魚成勢は、中央の西園寺本隊までが右翼に兵を向けたスペースを控えていた四郎に突かれ、側面からの攻撃を受けて崩壊する。
  そのまま四郎は宇都宮勢と共に西園寺本隊の側面を突く形を取り半包囲が完成した。

「一兵も逃がすな!
  降伏する者には手を出さない代わりに、手向かう奴は生かして鳥坂峠に帰らせるな!!」

 私の檄が飛び、虐殺が始まった。
  逃げようにも隣は肱川、後ろは鳥坂峠に阻まれ、カルバリン砲が毎分ごとに落ちてくる状況で組織的抵抗などできるわけが無かった。
  結局、戦は一刻もせずに終わった。
  包囲された西園寺兵千五百の内、鳥坂峠に帰れたのはわずか二百。
  峠を下りた西園寺軍全体でも帰れたのは五百に届かなかった。
  討ち取られたのが、西園寺公広と北之川通安を含め五百。
  残り七百近い農民兵は捕虜となる事を選んだ。

「こっちの損害はどれぐらい?」

 私の質問に麟姉さんが吐き気を我慢して答えるが、私も同じだったりする。
  狭い場所のでの合戦ゆえ、血の臭いが充満して気分が悪い。

「全体で三百ほど。
  特に今回は佐田様の手勢に被害が大きい様子」

「後で見舞いに行きます。
  皆の者、勝どきをあげなさい!!」

 歓声を聞きながら私は覚めた目で虐殺が行われた場所を眺めた。
  あれは、コインの裏表だ。
  負ければ私達がああなっていたのだから。

 冬晴れの中、歓声が大洲盆地に響く。
  そして、その日の内に私は西園寺諜略を始めたのだった。


 
鳥坂峠合戦

兵力
  大友家・宇都宮家 大友珠          二千八百
  西園寺家       西園寺公広    二千

損害
    三百(死者・負傷者・行方不明者含む)
  千六百(死者・負傷者・行方不明者・捕虜含む)

討死
  西園寺公広・北之川通安(西園寺家)




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