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大友の姫巫女

第三十七話 南予侵攻 壷神山の一夜 (後編) 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
  というわけで、次の戦場の説明をしている所です。
  まぁ、一大決戦と言っても宇都宮・西園寺とも合計して一万届かない寂しい戦なのだけどね。

 わざと口を閉じて皆の顔を見渡します。

 四郎はじっと鳥坂峠を見つめたまま。
  雪山の冷たい空気に引き締められた凛々しい顔が何か素敵です。

 麟姉さんは逆に痛々しい顔です。
  私がここまで抱えて戦をしているのを改めて見せ付けられて、己の力不足を感じているのでしょうか。
  それは違うよ。麟姉さん。
  大友だけを考えてリスクを取らないなら、一条に私達は渡るべきだった。
  瑠璃姫や二人の姫を見捨ててね。
  威信は落ちるけど、毛利ホイホイとして適度な兵を引き付け続けただろう。
  それができなかった私の甘さが全ての原因なのだから。
 
  で、私が見捨てようとして見捨てられなかった瑠璃姫、八重姫、九重姫は私の話に顔面蒼白だったり。
  そりゃそうだろう。
  大国のたいしたこと無い都合で、己の生死が決められていたなんて暴露したのだから。
  さらに、瑠璃姫は気づいているだろう。
  自分達を助ける為に、私がこんな所に出張り、己の体を差し出すと言い出した事に。
 
  忍の舞はこういう時も表情は変えません。
  けど、払うリスクについては多分最初に私の発言を理解したはずです。
  体を使った諜略はくノ一は基本戦術ですから。

 政千代は呆然という所か。
  色ボケ姫の一面しか見せてなかったからなぁ。
  ただのビッチだったら色々幸せだったのだけどなぁ。

 白貴姉さんはにやにや笑みを浮かべたまま。
  この人只者じゃないな。
  こちらのペースに巻き込まれていない。

 話をそらすけど、一回の戦で出る損害(死者・負傷者・行方不明者)は、一般的に勝ち戦で一割、負け戦で三割ほど。
  つまり、三回戦えば負け戦と同じだけの損害を受ける事と同じになるのだ。
  なお、21世紀軍事用語における損失三割というのは全滅と判定され、後方にて再編成が必要になる。
  ついでに壊滅とは五割の損害を受けた場合の事をいい、十割、つまり一般的に「全滅」とイメージしている状態の事は殲滅と呼ばれる。
  この殲滅は他にも呼び名があり、その言葉は玉砕と言うのですが……  
  閑話休題。
  最低限の戦という想定をしても鳥坂峠合戦は確定だし、西園寺十五城の内西園寺本拠たる黒瀬城や松葉城は戦わないといけないだろう。
  この時点で本来は後方にて再編成が必要なのだ。
  まぁ、一条領の大友軍先陣に合流してしまえばなんとかなるから、悲観的な面ばかりではないけど。
  かといって、楽観的になる戦でもない。
  まぁ、戦とはそんなものだと言ってしまえばそれまでなのだけど。

「さてと、おおむね現状については認識してくれたわよね。
  で、体を差し出す云々なんだけど、今じゃないと駄目なの」

 その一言にぴんと来たのが母親である瑠璃姫。
  私もそれに気づいて、とてもにこやかな笑みで、男にとって言われたくない言葉ベストテンに入る呪いの言葉を吐いてみる。

「うん。
  来ないの。あれ」

 その言葉が広がるまで数瞬かかった。

「姫様!」
「姫っ!」
「おめでとうございます!姫!!」
「まぁ、あれだけすれば出来るわよね」

 できたの昨日だけどね。
  まぁ、年末からひたすらやっていたからそれほど皆深くは考えないだろうけど。

 女性陣が一様に祝福の言葉を送るのに、四郎は押し黙ったまま。
  かれも毛利一族だ。
  それがどういう意味を持つのか気づいてしまったのだろう。
  男として私の子供が欲しいという生理的欲求と、政治的にものすごくまずい位置に置かれるであろうその子供と私の事を考えているに違いない。

 私はお腹に手をあて、お腹にいるまだ種粒でしかない娘に向けて語りだす。
  ありがとう神力。性別決定させてくれて。

「でも、秘密にしていてね。
  父親がそんじょそこらの足軽ならいいけど、毛利元鎮であるという事は絶対にあってはいけない事なのよ」

「どうしてなのですかっ!
  元鎮殿が父親なら晴れて夫婦になって」

 

「……殺されるからよ。
  父上に」

 

 できるだけ明るい笑みで場を和ませようとしたのに、冬の雪山に相応しく誰も私のように笑おうとはしなかった。

「麟姉さん。
  何で、私が結婚しないか知ってる?
  それは私の旦那が豊前宇佐・香春、筑前筑豊の所領に遊郭とかの利益、二十万石相当の主になるからなのよ」

「に、二十万石……」

 絶句しているのは八重姫。
  彼女が使える伊予宇都宮氏は石高にして五万石相当なり。
  私一人で宇都宮が持つ兵力の四倍もの兵を動員できるのだ。

「一族、重臣でこれだけの大領を持っているのは私だけよ。
  近隣への影響力を考えたら、豊前と筑前の半分の国衆は私の声で駆けつけるわよ。
  石高に直したら五十万石越えるんじゃないかな。
  大友百二十万石の四分の一を私は握っているわ」

 自分で言いながらその強大な権力に愕然とする。
  いつの間にか、ここまで強大になっていたか。
  粛清されて当然よね。

 私自身この大きすぎる権力を手放そうと色々やっているのだが、権力という魔物は一度手につくと中々離れてくれない。
  特に、私が抑える領地は誰が統治しても問題が出る場所だから、武名があり大友一門の私でないと押さえられないのが分かっている。
  カリスマないのになぁ。
  痛切にそれは自覚している。
  謀略では毛利元就や松永久秀におもちゃにされ。
  己の武力では、剣豪足利義輝に遠く及ばす。
  政治における政策の徹底や味方に対する冷酷さでは織田信長に勝てない。
  人身掌握能力と人たらし、そして上司の粛清回避能力では木下藤吉郎の足元にすら届かない。
  そして、身内を殺す狂気という、父である大友義鎮の闇の欠片すら、私は持ち合わせていない。
  フリーザ戦におけるヤムチャみたいなものなのだ。私は。

 ……自分で言ってて涙が出るな。まじで。
  神様の力を借りて、前世知識まで使ってチートやっているのに、何で中二病的展開に持っていけませんか。
  まぁ、私の相手が神をも潰しかねない英霊ぞろいなのが理由なのですが。
  そんな私がなんとか統治ができているのは、『ヤムチャでも一般人には楽勝』理論と私は自虐的に命名していたりする。

「この状況下で私の婿は取れない。
  というか、取ったら駄目。
  今、考えているのは次男新九郎に家を立てさせて、彼に私が持つ領地を渡すことかな」

 これでも毛利の諜略喰らえば混乱するだろうなぁ。
  今の私の勢力と権限を安心して渡せる人物が一人いることにはいる。
  戸次鑑連。
  後に立花道雪と名乗るけど、史実の彼が筑前で得た領地と権限は、今の私に匹敵する。
  だが、それは父の側の箍を外す事を意味する。

「娘が生まれたらだけど、新九郎を婿にでもして後を継がせられるけどね。
  息子だったら駄目。
  確実に御家争いの火種になるわ」

 まぁ、娘なのは既に確定なのは内緒。

「私も四郎も妾の子だからね。
  家督継承では劣るのだけど、血族が消せたら西国十二カ国を統治できる血筋に化けるのよ。
  具体的には、毛利の三矢(毛利輝元、吉川元春、小早川隆景)と長寿丸と新九郎。
  この五人を消せば、西国十二カ国は私のこの子のものになるわ」

 それができるかどうかはひとまずおいておくけどね。

「私が毛利元就なら、長寿丸と新九郎を消しにかかるわよ。
  それで毛利は大友を乗っ取れる」

 ここで私はため息をつく。
  ここからは話したくない所だが話さないといけない。

「で、問題は、父上が私を排除する可能性を、私が消しきれないのよ。
  毛利元就は謀略の限りを尽くして大大名に成りあがったから身内だけは何としても守った。
  けど、父上は相続からして……ね」

 これは私の闇だ。
  父上が大友二階崩れにおいて、祖父とその側室と弟を見殺しにしたように。
  その後、叔父である菊池義武とその子を殺し、相続において多大な働きをした重臣小原鑑元を殺し。
  そして、大内家に養子として赴いた大内義長を見殺しにし。

「身内すら殺している父上を私は信じきれない。
  いえ、はっきり言いましょう。
  私は、父上が私を殺しに来ると確信しているわ」

 信じる者のいない父上の闇はそれほど深い。
  それと同じように、父上を信じきれない私の闇も深い。 

「そこまで分かっていながら、どうして貴方は義鎮殿に尽くしているのですか!
  逃げるなり、謀反を起こすなりできたでしょうに!」

 八重姫が私に食ってかかる。
  そうだろう。
  女は家の道具ではないし、ましてや娘を殺そうとする父に尽くしている私が理解できないのだろう。
  だが、私だけが知っている未来では、父が率いる大友は衰退して、家臣や一門の離反の果てに宗教に逃れたまま、父は一生を終える。

「だって、それでも親だもの。
  多分、父上は私を殺そうとしているのを、私が知っているのまで知っている。
  それで私が父を殺すなら、それも大友家の継承に役立つとでも思っているのでしょうね。
  それがもの凄くいやだったの。
  私も四郎や麟姉さん達みんなが私を助けてくれる事は知っているわ。
  けど、だからこそ大好きなみんなに『父を殺すのを手伝って』なんて言える訳無いじゃない」

 北条ぐらいじゃないだろうか。
  一門の掌握と継承において混乱が無かったのは。
  武田にせよ、織田にせよ、上杉(長尾)にせよ、一門・重臣間での抗争を勝ち抜いて家督を掌握しないと家は守れないと達観しているのだろう。

「けど、できないのよ。
  私は父上が好きよ。
  私を育ててくれた豊後が好きよ。
  四郎や麟姉さん、政千代や白貴姉さんや舞達が好きよ。
  だから、父上を殺したくないの。
  殺されると分かっていてもね」

 ぽたり。
  目から涙が出たのに気づいたのは、その涙が雪に落ちてからだった。   

 前世のありふれた記憶がふとよみがえる。
  普通のサラリーマンだった父、パートに出るも晩御飯はちゃんと作っていた母。
  学校から帰ると兄弟で遊び、皆で夕食を囲む。
  そんな光景がこの時代、とてつもなく遠い。

「天下なんていらない。
  ただ、みんなを守りたいだけなのにね。
  大友の家を守る為に気づいたら私はこんなところにいるわ。
  おかしいわね」

 ちらちらと雪が降ってきたが誰も何も言わない。
  けど、私は己の闇を吐き出して少しだけ気持ちが楽になった。

「だから、この体を汚す必要があったの。
  足軽に、いや、それでも足りないなら犬にでも身を投げ出すわ。
  それでも父上を殺すよりましだわ。
  けど、それで私は四郎の子が生めるの。
  なら、後悔なんてしないわ」

 泣きながらも凛とそれだけは伝えた。
  それが、この場のおひらきの言葉となった。


  あ、ここに来た当初の目的である少彦名命の力はちゃんと頂きました。
  神力の制約と誓約を使っても流石にそろそろ厳しい。
  己の体を薬壷に見たててその体液を万能薬にすると。
  うん。
  体の何処かというと肉壷で、薬が愛液になるのだけどね。
  さっきまでの重たい話が台無しです……

 

「姫。
  ちょっといいかな?」

 社隣の小屋で火を囲み、食事をとった後の事。
  私は白貴姉さんに呼ばれて外に。

「なぁに?」 

「うん。
  昔話をしようと思ってね」

 白貴は私が遊郭経営を始めて、軌道に乗り出した時に買われた遊女です。
  既に大友女のブランドが確立され、私の所に来る前に人買いが高く売る為に下腹部に大友の家紋たる杏葉紋の刺青を彫られています。

「昔話?」

「そう。
  なんてことのない、ありふれた女の昔話」

 そう言って、白貴姉さんは笑った。
  この人の笑みが、月明りの雪景色と映えて凄く美しい。

「村が飢饉でね。
  口減らしの為に売られて、親の顔なんて知らない。
  初めてはまだ九つぐらいだった女は、何度か孕んで、そして流されて、けっこうな生き地獄を見てきたそうよ」

 多分自分の事だろう。
  だとしたら、どうしてこの人はこんなに綺麗に笑えるのだろう。

「そんな果てに別府についた彼女は、初めて人の優しさに触れたらしくてね。
  いや、初めて人として扱ってもらえたんだ。
  だから、その女は感謝した。
  女を人として扱ってくれた姫にね」

 白貴姉さんは私の手を取って、力をこめて私に言った。

「私は、あんたの為ならこの身をくれてやるつもり。
  それこそ、足軽や犬にこの体を捧げても構わないわ」

 ああ、この人にこんないい笑顔をさせていたのは私だったのか。

「だから、姫は姫として幸せを追求しな。
  あんたは大将なのだから軽々しく動いちゃ駄目。
  そんな汚れ仕事は、私達がやってあげるから。ね」

「私……達?」

「はい。姫様。私もです」

 って、音も無く背後に立たないでっ!舞!!

「私も、別府にいる霞もあやねも姫様だからこそ、ここまでついてきているのです。
  もし姫様が父上を殺せと命ずるのでしたら、遠慮なく命じてください。
  私達くノ一がその血をかぶります。
  ですから、姫様一人で全てを背負わないでください」

 きっと、私の顔は鳩が豆鉄砲を喰らっているようになっているのだろう。
  そんな私の顔を白貴姉さんが面白そうに笑う。

「ちなみに、みんな小屋の後ろで聞き耳たてているから。
  姫様。あんたはこれだけの人に愛されて大切にされているんだ。
  少しはそれを信じてあげな」

「もぉ!
  白貴姉さんばらさないでください!!!」

 たまらず出てきた政千代が私に見られて、聞き耳を立てていた言い訳を考えているのか顔面百面相をやっているのがほほえましくて笑ってしまう。
  次に出てきたのは瑠璃姫、八重姫、九重姫の三人。
  私の前でちゃんと臣下の礼を取る。

「私どもは新参ゆえ、姫様の深慮遠謀が分かりません。
  ですが、姫様が我らを救ってくれた恩は忘れるつもりはございません。
  姫様が声をおかけになるならば、この地より馳せ参じます!
  どうか、我らをお使いくださいませ」

 ……なんて言えばいいのだろう。
  わからない。
  それが凄く嬉しいのに、言葉に繋がらない。

「おい、麟。
  あんたも隠れてないで出てきなよ。
  一番、姫の事を案じて、私にこんな芝居打たせたのだから、一言ぐらいかけるべきでしょ」

 え?
  このお膳立て、麟姉さんの仕込み!?
  白貴姉さんにばらされて、麟姉さんがやっと現れる。

「姫……」

 その一言で分かってしまった。
  どれだけ、麟姉さんが私の事を心配してくれたかを。
  どれだけ、私の事を愛してくれていたかを。

「みんな、本当にありがとう……」

 涙目で私は感謝の言葉を告げる。
  私は一人じゃない。
  こんなに私を支えてくれる人がいる。
  父上だって、私を愛してくれるし、支えてくれているじゃないか。
  皆で力を合わせればきっと不幸になんてならないはすだ。

 四郎が気を利かせてか、小屋の陰から私を見て笑った。
  ん?

「今、気づいたけどもしかして、今夜男は四郎一人?」

 冬の雪山だから当然みんな肌を寄せて寝るわけで。

「うん。許す。
  四郎。
  麟姉さんと瑠璃姫以外なら孕ませちゃっていいから」

 この二人は人妻だからだめ。
  ちゃんとそのあたりは分けておかないとね。

「ひ、姫!
  何をおっしゃいますか!!!」

 その突拍子の無い私の発言に四郎も出てきた訳で。
  あれ?
  麟姉さんと瑠璃姫の賢女二人の頭に角が生えているのですが。

「姫、お話しましょうか……」
「姫、ちょっと頭を冷やしましょうね……」

 右手を麟姉さん、左手を瑠璃姫に掴まれて裏手にずるずると。
  あれ。
  ねぇ、さっきまで支えるとかいろいろいい事言ってなかった?

「それとこれとは話が別です!」
「姫様は、ちょっと色気が強すぎます!!」

 みんな、生暖かく見てないで助けてよ!

「だって……」
「ねぇ……」
「自業自得」
「だね」

 う、裏切りものぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 みんなの見る中で二人に説教されるけど、それがとても嬉しかった。

 夜、皆で肌をあわせて寝たけど、ついに四郎は襲わず。
  わざわざ挑発して貝合わせとかやったのに、女として魅力ないのかと白貴姉さんが落ち込んでたのを、こっそりばらしておく。

 

 で、朝。
  寒いけど澄んだ冬晴れの日だった。
  こそっと、外に出て澄んだ空気を吸う。
  不意に後ろから四郎がだきついた。

「我慢してたんだ。
  襲ってもよかったのに」

「私は珠だけのものです」

 唇を重ねて舌を絡めて、流石に寒いので脱がずにまくってと考えていた私が固まる。

「た……
  ひ、姫?」

 不審に思った四郎が私の指す長浜港を見ると、そこには南蛮船の他に安宅船などの艦隊が数十隻ほどこちらに向かっていた。

「ど、どうしてここにいるのよ」

 びっくりする私に四郎はぽんと手を叩いた。

「三崎で若林殿は待機していたとか。
  安宅殿が若林殿を必死に説得した結果でしょうね」

 え?
  四郎どういう事?

「あの日、姫に全てを聞かされて、姫が危ない橋を渡るのをお止めしなかった代わりに少し細工をと。
  安宅殿に三崎を押さえてもらって、兵を乗せた若林殿が率いる水軍を入れてこちらに向かうようにと。
  一回きりなら、全力で出した方が効率いいですから。
  あと、文を持たせて香春に走らせました。
  香春岳城は田原親宏殿が責任を持って預かるとの事です。
  連れてくる予定の本隊八百に香春城代の吉弘鎮理殿が率いる兵五百、それとしばらく戦ができるだけの兵糧に弾薬をたんと積み込ませています」

 優しく四郎は私を抱きしめて耳元で囁く。

「ね。姫。
  貴女はこんなにも愛されてる。
  だから姫も、彼らを信じてあげてください」

「うん……」

 私は知りました。
  こんなに私を慕ってくれる人がいる事を。

 そして、私は得たのです。
  信じあえる仲間という存在を。



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