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大友の姫巫女

第三十四話 南予侵攻 渡海編 

「ぁ、もうちょっと、ちゃんと持ってて。
  うん。そう、それでいいわ」

 私は四郎に支えられて、出発前の珠姫丸と名づけられたキャラック船の艦首で手を広げて風を浴びた。
  やっぱりタイタニックごっこはリア充なら一度はしてみないとね。

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。
  やっと南予へ向けて出発です。

 上陸戦はどれだけ早く、多くの兵を上げられるかにかかっています。
  で、たまった信仰心を使って、新たな能力をゲットして今回の作戦に挑んでいます。
  八幡神って元寇の時の祈祷があるので、戦神の他に嵐の神の側面をもっているのです。
  で、ちょっと近隣の風を自由に操れる程度の能力をげっと。
  本当は己の護身を考えて何か強力なものを探していたのですよ。
  で、嵐の神の能力で某三国志ゲームのチートスキル「落雷」を得ようと画策したのですが、神力が足りずに断念。
  いや、H×Hみたいに制約と誓約をつければ撃てない事もないんです。
  その制約ってのが、「土曜日の夜限定で、発動時に左手は腰に手をあて、右手は天を指す」というスキル名『サタデーナイトたまちゃん』。
  うん。役に立たんわ。マジで。
  で、次に雨請い能力を得ようとして、これも神力が足りずに断念。
  結果、風におちついたのだけど……
  うん。なめていた。この力。

 水軍が櫓の船だったからいらないと思ったのですよ。
  ところが、別府には空荷の南蛮船が停泊しているじゃないですか。
  私はこれに目をつけました。
  このナウと呼ばれるポルトガルのキャラック船は三百人乗りで、戦闘をしないなら二百人まで兵が乗せられます。
  そんな船が別府湾に三隻ほど停泊しているのです。
  金と女で買収して、宿毛まで兵を運ばせる事に合意。
  なお、今回の兵の運搬で払った金の大部分が別府での遊興で回収していたりする。

 で、私の船たる珠姫丸を加えた四隻に兵八百人を乗せてさわやかに出発。
  風をコントロールできるから一日で宿毛ですよ。
  いや、マジ南蛮船チート過ぎです。
  わずか一週間で三往復、二千四百人の兵を上陸させる事に成功するなんて笑いが止まりません。
  なお、弁才船だけで二千四百人を三往復で上陸させるには十六隻必要だったりします。
  当然、臼杵や佐伯の港からも弁才船が出て兵や兵糧を運び込んでいますが、経済活動に支障が出ない数隻のみです。
  一週間で先陣の田北鑑重、一万田親実に佐伯惟教の部隊を上陸させ終わりましたよ。
  で、海からの上陸は水軍の大船団を伴うのが通常なのに、南蛮船の四隻がうろちょろしているだけなので、西園寺側は上陸してから気づく始末。
  いや、水軍の護衛つけていたけど、風があまりに順風で帆船が先にいっちゃって……後半の輸送時はもう出さなくていいやと。
  この南蛮船による運搬のおかげで一条領にいる今回の作戦兵力は四千八百人。
  伊予大津の宇都宮勢は西園寺の北側への警戒だけしてしてもらえば南から一気に制圧です。
  西園寺はこの時期、一条に服従していたりとはいえ、西園寺十五城と呼ばれる城(石高十万石相当)を保有していました。  
  その動員数は防衛戦である事を引いても、五千いくかいかないか。
  それを十五の城に分散しているので、私の本陣と田原親賢の兵が渡り終える大友軍六千五百を抑えきれないはずです。
 
  と、そう思っていた時期が私にもありました。

「何ですって!」

 私の悲鳴に四郎や佐田鎮綱、麟姉さんも、今回初陣の政千代と白貴(しらたか)姉さんも私の方を見ている。
  府内港にて上陸の準備をしていた私は、皆が見ている事を忘れて再度使者を促す。

「は。
  田北殿より報告。
  土佐、長宗我部の手勢四千が一条領に向かっているとの事。
  田北殿は、一万田・佐伯の手勢を連れて土佐中村の一条兼定公を救援に行くと。
  そして、宇都宮豊綱殿より報告。
  伊予、河野が手勢不明なれど、伊予長浜を目指し進軍中。
  救援を求めております」

 河野も長宗我部も想定外だった。
  一条氏は窮地に立った長宗我部を保護していた事もあり、まだ本山氏・安芸氏が残っているから静観すると思っていたが……。
  一条内部の重臣の一部が大友につくのを嫌って長宗我部に垂れ込んだな。
  一条領も十万石相当の価値があり、宇都宮領も五万石ほどの価値を持っている。
  今回の南予侵攻は、外から見たら二十五万石もの所領を狙う大戦に見えなくもない。
  それこそ、私が狙った小早川隆景をつり出す罠だったのだが、先に長宗我部元親が釣れるとは思っていなかった。
  元々内部統制力がなかった一条の事だ。
  かなり早い段階で、長宗我部元親は私の計画を掴んでいたのだろう。
  で、「一条を篭絡しようとする大友勢を撃破」という名目で、少数の上陸部隊を叩いて一気に一条領を抑える腹積もりとみた。
  だが、彼にとっても計算違いは、こっちの上陸が異常なほど速かった事。
  先陣どころか、本隊も上陸を始めている情況で一条家本拠たる中村御所をまだ押さえていない。
  長宗我部元親は一条家に恩がある。
  大恩ある一条家を自ら滅ぼしたとあっては、土佐統一もまだなのに配下国人の離散も考えられるだろう。
  あくまで、君側の奸を討つ名目が必要なのが、元親唯一の弱点だ。
  しかし、四千ってのも凄いな。
  この当時の長宗我部氏は所領十万石相当しかなかったはずなのだが。
  これが一領具足の力か。

 ひとまず、長宗我部についての思考を打ち切り、宇都宮の戦に目を向ける。
  河野がこんなにスムーズに動くのは完全に計算外だった。
  元々河野氏は大友と大内の勢力争いに常に巻き込まれ、大友家から三代に渡り当主に嫁を出していたりする。
  それで大友側に転ばなかったのは、村上水軍の独立性と、河野氏そのものが来島騒動とかの一族・譜代の統制に失敗していたからに他ならない。
  とはいえ、今回の戦は西園寺がメインであり、宇都宮が河野を攻めるかもしれないという所は黙認とはいえ、大友の言い逃れは十分なはずである。
  南予が固まった時に河野内の大友勢力を動かすつもりだったのだが、あの河野氏が内部を纏めて宇都宮を攻めることができるとは思っていなかった。
  もしかして、毛利が既に介入しているのか?

 長宗我部戦は片手間でできる戦ではない。
  本隊の上陸まで含めて長期対陣が予想される。
  この段階で、西園寺がおとなしくしているとは思えない。
  長宗我部、もしくは河野の背後にいる毛利と手を組もうとするだろう。
   
  頭の中で四国の地図を描きながら、府内に残っている出陣戦力二千を何処に上陸させるか考える。
  宇都宮救援を考えて伊予長浜か?それとも当初の計画どおりに土佐宿毛に上げるか?
  はたまた、水軍を動員して伊予八幡浜を急襲して西園寺を先に潰すか?
  不意に周りが静かになり、思考の海から現実に戻ると目の前に戸次鑑連を供に連れた父上がいた。
  うわ。何か嬉しそうな笑みを浮かべていますよ。

「苦労しているようだな。娘よ」

「井の中の蛙大海を知らず。
  己の未熟さを恥じている所でございます」

 父上の所にも報告が言っているらしい。
  ふっと、笑みを消して珠姫丸の方に視線を向ける。

「そういえば、お前の初陣は毛利だったな」

「はい。
  門司合戦で。
  ただ、立っているだけでしたが」

 波の音が妙に耳に残る。
  父上は船から別府の方を眺めて淡々と語る。

「初陣が味方だときついぞ。
  しかも、相手が父だと尚更だ」

 父上の初陣というのは史実に記録されていない。
  父の名前が登場したのは、祖父義鑑を殺す羽目になった「大友二階崩れ」が最初である。

「身内も譜代も敵と思って戦ってきた。
  その点、お前は敵だけを考えればいい」

 何を言いたいのだろうと言おうとして、その真意に気づく。
  これは、父上なりのエールじゃないだろうかと。

「父上……」

 私が口を開こうとしたのを父上は手で制した。

「ふむ。
  この船を見ていて、俺の歩みが間違っていない事を娘に自慢したかったけだ。
  凄いだろう」

 この人はなんて不器用なのだろう。

「この船を使えるようにしたのは、私なんですが……」

「そのお前を作ったのがわしだろうが。
  お前も、わしの豊後繁栄の象徴だ」

 別府の方を見たまま淡々と言ってのける父の不器用さが嬉しい。
  私を含め、周りの人の顔にも笑みが浮かぶ。
  そんな暖かさが分かるだろう。
  わざとらしく咳をして、父上は話を続けた。

「で、ここに来たのは、この船が見たくてな。
  あと、お前が貸してくれと頼んだものを届けに来た」

 ???

 何か、私は父上にこの戦についてねだったかな?
 
「お前が言い出したのではないか。
  角隈石宗を貸してくれと。
  兵二千をつけて臼杵に送っている。
  使え」

 え……?
  角隈石宗は右筆として貸して欲しいと頼んだわけで……あれ?
  照れているのだろう。私を見ない父上と、あの真面目一筋な戸次鑑連が苦笑している。

「父上……」

 こういう場合抱きついていいよね。
  父上に抱きついて、思わず涙が出てしまう。
  そんな子供相応の私を父上は困ったような照れたような顔で振り払う。 

「子供の始末は親がつけるものだ。
  この戦はお前の戦だ。口出しはせん」

 ああ、こんなに親の言葉が嬉しいなんて。
  こんなに私はみんなに支えられているなんて。

「だから、勝ち負けはともかく、生きて帰って来い。
  小娘の戦ぐらい、わしが豊後からひっくりかえしてやる」

 自然と私は父に向けて臣下の礼を取った。
  見れば、私以外の人も同じように臣下の礼を取っている。
  これが戦国大名、大友義鎮の姿だった。

「はい!
  父上!いってきます!!!」

 父上は、戸次鑑連と共に船が見えなくなるまで府内の港に立っていた。

 


「行ったか……」

 ぽつりと義鎮は南蛮船が去った海に向けて呟く。

「ですな。
  いい女武者になられた。
  若き殿そっくりですな」

 戸次鑑連が嬉しそうに笑うと、義鎮も嬉しそうに口を開いた。

「言うな。
  わしはあれほど狡猾ではないぞ。
  だが、あれはまだ一つ、学んでない事がある」

 その言葉に陰があるのを悟って、戸次鑑連も顔を引き締める。

「何でしょう?それは?」

「身内を敵として殺す事だ」

 はっきりと自虐の笑みを浮かべて義鎮は言い切ったのだった。





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