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大友の姫巫女

第三十一話 南予侵攻 準備編 その一 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をしている珠です。

「それがし豊後国○○荘の……」

「金と米やるから帰れ」

 現在、戦の準備中です。


  さて、冒頭さわやかに勝手働きをしにきた国人衆を追い返したのには、ちゃんとした理由があります。
  南伊予侵攻、略して南予侵攻は豊後水道以南の制海権が前提の戦で、しかも船で兵を運ばねばなりません。
  この船というのが存外曲者なのです。
  何しろ○西汽船も、ダイ○モンドフェリーも、宇○島運輸も、国道九四○ェリーもありません。
  人と物がえらく運びづらいのです。
  そして、戦となれば千人、万人の人が動き、物が動く一大事業です。
  そんな物流を維持できる水軍衆は、この当時では毛利が抑える瀬戸内水軍しかありませんでした。
  このお話、再三再四にわたって水軍の話をしていますが、陸路より水路のほうが発達している西日本では彼らこそが戦争の主役だったのです。
  後に起こるであろう立花合戦は、秋月や宗像など筑前に毛利側策源地があったとはいえ、四万の大軍を九州に送り、維持するだけの能力を毛利は持っていたのでした。
  そして、我が大友はそれを持っていないのに防長侵攻を考える始末。
  てめぇら、小一時間ほど問い詰めてやろうかと思いましたが私も大人(色々な意味で)です。
  にっこりと笑って、一度地獄を見てもらおうと思い、こうして南予侵攻を立案した次第。
  南予侵攻を詰める評定にて、提出した必要船舶量を書いた紙を見た父上以下加判衆の顔が、みるみる真っ青になってゆきます。
  あー、すっとした。

「む、娘よ。
  これの何処が小戦なのだ!!
  豊後水軍衆総動員じゃないか!!」

 たまらずに紙を投げ捨てた父上が叫びますが、私はいたって済ました顔で淡々と父上を責めあげます。

「父上。
  小戦ではないですか。
  伊予に上陸する兵力はたった三千ですよ」

 うん。
  問題はその三千をどうやってあげるかなんだ。これが。
  安宅船は水夫を除いて兵を六十人、関船は兵を三十人、小早で十人の兵を乗せる事ができる。
  で、我が大友水軍は安宅船が三隻、関船が十五隻、小早で五十隻程度を保有しており、弁才船は二百隻ほど。
  これらの船に兵を乗せて全力で出撃すればと考えの方、それは甘い。
  毛利側水軍が出張ってきた場合、水軍衆の兵を乗せていない船など戦力にならない。
  海の戦は波で揺れるから狙いはつけにくいし、酔って戦力にもならない事だってある。
  なお、最盛期の毛利水軍は三百隻の軍船の護衛の下、六百隻の弁才船に兵糧を積み込んで石山本願寺に届けてみせたり。
  地の利を持ち、防御側という事を差し引いても、かろうじて互角に戦える戦力しか我が大友水軍は保持していない。
  戦船から水兵は外せないのだ。

 かくして、水軍衆の船に兵を乗せる案は見事に却下。
  では、二百隻ほどある弁才船で運べばという事になるが、これも問題がある。
  この二百隻というのは大友家が保持しているのではなく豊後の国で停泊している船の総数、つまり商売船なので借り受けないといけない。
  これがまた金がかかる。
  一隻に兵五十人乗せるとしても、三千人という事は六十隻の船が必要になる。
  そして、戦をするなら武器防具は持たないといけないし、兵糧も運ばないといけない。
  おそらく同等の六十隻はいるだろうから合計百二十隻が必要になる。
  そして、現在商業活動に使われているこれらの船の六割が軍事徴用された場合、ほぼ間違いなく生活に支障が出る。
  先に言ったとおり、街道の発達していない日本において海路というのは主要交通路であり、これが止まるという事は大友の好景気も止まる事を意味している。
  何しろ、売り物である鉄やコークスや米等は、大消費地である畿内に運ぶ事で利益を出しているのだから。
  もちろん、第一波を少なくして逐次投入という手もあるが、それが軍事上において愚策なのはいくらでも歴史が証明していたりする。

「父上。
  これでも、まだ甘く見積もっているのです。
  一条殿や宇都宮殿の支援があてにできますゆえ。
  これが防長の大戦になると、かの地は敵地のみで、支援をあてにできる勢力などないのです」

 そう。
  大友にとって防長侵攻は、本当にアムリッツァなのだ。
  幸いかな、『それは高度の柔軟性を維持しつつ. 臨機応変に対処することに』とほざく秀才参謀が大友家にいないのが救いだが。
  馬関海峡(関門海峡)が比較的距離が短いという事を考慮しても、船が必要なのは父上も理解できたらしく、現状での防長侵攻など不可能であるとは悟ったみたいです。
  だからこそ、水軍力強化を目的とした南予侵攻は私の目論見のまま承認されました。
  で、加判衆への座を目指す試験である事はそのまま続けられ、かくして三千の兵で始める戦にその倍以上の将兵が府内に集まる始末。
  まさか、味方の選別から始める事になるとはと、頭を抱える羽目に。

 この南予侵攻は以下の布陣で進められる予定です。


総大将  大友珠       千五百
(御社衆  毛利元鎮指揮   五百 / 宇佐衆 佐田鎮綱指揮 五百 / 姫巫女衆 吉岡麟 指揮 二百  / 豊後佐伯家家臣 佐伯惟教指揮 三百)

       田北鑑重        千  (豊後田北家家臣)

       一万田親実      千五百
(豊後一万田家家臣       千 / 筑前高橋家家臣 高橋鑑種指揮 五百)

       田原親賢       五百 (筑前田原家家臣)

援軍   宇都宮豊綱    千 

       一条兼定       二千 (土佐一条家家臣 土居宗珊指揮 二千)

水軍   若林鎮興      二千    豊後水軍衆  六十隻 船員数 二千
        安宅冬康       五百    安宅水軍衆   五隻 船員数  五百


総兵力               一万

 
  あれ?
  小戦のはすが、一万超えていますよ。
  これでも削りに削ったのだけど……。

 今回は策源地として宇都宮家と一条家があるので、一条家が領有している宿毛港を上陸拠点に。
  伊予に逃げていた佐伯惟教とは連絡を取って、豊後に残っていた家臣と合流してもらい宿毛の防衛をしてもらう事に。
  そして、本隊が上陸。
  今回は一万田親実と田原親賢の、どちらが西園寺の城を多く落とすかで競ってもらう事になる。
  加判衆となった田北鑑重は二人のお目付け役になってもらおう。
  田原親賢が詰めていた豊前松山城は爺こと佐田隆居に代わりに入ってもらう。

 で、先陣指名だけど、当然、どちらが多くの城を落せるかにかかってるので、二人とも先を争って……
  ……と、こう予想していたのですが、田原親賢が、あっさりと一言。

「先陣は田北殿を。
  次に一万田殿、姫様が続き、どうか我らは最後に渡りたく……」

 うわ。田北・一万田の二人が露骨に警戒しているよ。
  加判衆に興味が無いそぶりをしながら勝ち手を考えているのだろうが、その慇懃無礼さは敵を作るって。
  高橋鑑種なんてガン飛ばしているし。
  まぁ、有利な条件を先に提示した事もあって渡海案はこれで了承された。
 
「姫様にお聞きしたいのですが?」

 田原親賢が私だけを呼んで尋ねたのは予想どおりだったので、先回りして彼への答えを返してやる事にする。

「そうよ。この戦で我々大友は四国の土地ひとかけらも得るつもりはないわ」

 水軍衆の強化は本当だが、その水軍衆は立花合戦が始まったら門司方面に根こそぎ持っていかれるのは目に見えている。
  そうなった時に、毛利、もしくは長宗我部軍と戦って勝てるとも思えない。
  そもそも、この戦場は対毛利における尼子支援の第二戦線に過ぎないのだ。
  ここを足がかりにして伊予河野氏を圧迫して、村上水軍にプレッシャーをかける。
  それで、小早川隆景が出てきたら大成功--出雲尼子戦線の緩和を意味する--である。
  逆に、長宗我部元親が来ても構わない。
  あの鬼若子に南予をやれば、その目はいやでも河野に向かう。
  何しろ畿内にまだ影響力を保持している三好や、長宗我部より水軍を整備しておりながら海を渡らないと攻められない大友と比べて、小勢力でかつ陸続きなのだから。
  まぁ、毛利と長宗我部が手を組んで大友ふるぼっこという可能性も無いわけではないので、それを踏まえてあのあたりの領地を取るのを躊躇しているのも事実だったりする。

「それではこの戦、我らは何を得るのでしょうか?」

「一つは海。
  豊後水道以南の掌握で、土佐周りで堺に入る交易路を押さえる事ができるわ。
  次に、物の流れね。
  宿毛や中村を中心とした港に物が溢れ、その物を求めて人が集まる。
  商圏の拡大は商人達から更に銭を借り易くなるわ」

 この右肩上がり借金経営で大成功したのが、猿こと羽柴秀吉だったりするのだが内緒にしておく。

「土地は得るつもりはないけど、殖産は行うわよ。
  これから、南蛮に向けて大きな船を仕立てないといけないから、四国の森は宝の山だわ。
  あと、これは内緒だけど……蜜柑畑を作るの」

 悪戯っぽく笑う私に良く分かっていない田原親賢は首をひねったまま。

「これからの戦は大きくなると同時に、天下がまとまる過程に入るわ。
  つまり、大戦も起こりやすいけど、大大名の下で民にゆとりが出てくる事になる。
  そうなった時、嗜好品は飛ぶように売れるわよ」

 既に大友領では酒については南蛮から入った蒸留技術を元に、焼酎開発に取り組んでいる。
  流通において割れやすい壷に代わって、仕込み桶や樽の開発も始めている。
  煙草も作って、酒、蜜柑、煙草の嗜好品で莫大な利益を狙うのが私の目論見だった。

「姫。
  畿内は三好の内紛収まらず、混沌としているのに幕府が再興できるのでしょうか?」

 私は半信半疑の田原親賢に断言する。

「ええ。
  それもとびきり強力なのがね」

 


  田原親賢は珠姫に聞きたい事を聞いたので、その答えを持って彼女の父である大友義鎮の元へ目指す。
  義鎮の寵臣である田原親賢はこの戦における受験者でもあり、父義鎮から命じられた珠監視のお目付けでもあった。
  義鎮・珠とも自らを買っているのは十分に分かっているので、はなから加判衆の座も目指していなかった。
  ふと、彼は歩みを止めてぽつりと呟く。

「姫様は京にあがって幕府再興の何かを掴んだのかもしれぬ。
  そして、再興された幕府について、大友がどう動くか何も言われなかったな……」

 


 

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