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大友の姫巫女

第二十九話 毛利の隠し矢

 珠ですが、駕籠の中の沈黙が耐え切れません。

 狭い駕籠なので互いに向き合って座るというか鏡茶臼状態ですよ。
  私の衣装、あれだから、もうくぱぁ全開ですよ。
  さりげに四郎殿のあれ固くなっているのも袴越しに見えているし。
  ストリップ+テンプテーションをかけた影響で、透けたポッチは立ったまま。体は火照ったままだし、汗や他のも出てるし。
  吐く息が互いに色々やばいし。
  ちなみに、大典太光世は手に持ったまま。抜けないと気づいたのはついさっきだったりする。

「ひ、姫」

「何も言わないで!
  今、何か言ったら叩き切るからね!」

「は、はい」

 とりあえず、横を向いて何も言わないでくれたのがとてもありがたい。
  もの凄く気まずい。
  というか、元・男だから分かる。
  鴨が葱背負って襲ってくれといっているような物だ。
  ありがとう。理性で襲わないでくれて。
  そう、感謝していた時、駕籠が乱暴に落とされる。
  即座に駕籠の戸を開けて、飛び出て大典太光世を抜き放つ。
  駕籠の回りで起こっている、剣戟に悲鳴。

「おいおい!
  裸の女が出てきたぞ!!」

「上玉の女じゃねーか!
  男は皆殺しにして、女は生かして捕らえろよ!
  帰って楽しませてもらうからな!!」

 本物の夜盗かよ!  
  毛利の治安はどうなっているのよ!

「姫を守れ!
  一指たりとも触れさせるな!!」

 四郎殿の馬鹿!!!!
  なんて事を言うのよ!!!!
  夜盗の顔が下卑た笑みを浮かべたまま、私を見据えている。

「姫……?
  毛利に和平に来ていた大友の姫巫女かよ!
  この女を殺せば尼子から褒賞が出るぞ!!!」

 元就のあほぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!

 私が来た時点で情報を流して既成事実化するつもりだったな。
  となれば、本気でこいつらイレギュラーかよ。
  こっちが駕籠を中心に毛利の家来が十二人と四郎殿。
  夜盗側がざっと見た所で同じぐらいか。
  となれば、相手が女と油断している今しか敵を減らせない。
  躊躇う事無く、私は夜盗の一人に向かって駆けて行く。

 夜盗の顔が下卑た笑みを浮かべたまま、私を見据えている。
  彼は知らない。
  私が戦場で人殺しを命じた事を。
  私が人を殺す事を躊躇わない事を。
  その油断が最大のかつ最後のチャンスだ。

 ためらうな。

 ぶすりと肉を刺す音。
  吹き出る血が私にかかる。
  中央に刺された大典太光世を見て、刺された夜盗が最後の言葉を血と共に吐き出す。

「え?」

 そのまま死にゆく男に足をかけて観音様を見せたまま、蹴りあげて一気に刀を引き抜く。
  噴水のように吹き出る血に、敵も味方も我が目を疑った。

「このアマっ!」 

 隣に居た男が怒りと共に刀を振り上げる。
  だが、その視点が揺れる胸やむき出しの観音様に彷徨っている一瞬、私が投げた大典太光世が男の喉を貫いた。
  ゆっくりと崩れ落ちる男が倒れる前に、私は舞を踊るように回り、全体を把握してその勢いのままに男の骸から刀を引き抜く。
  さすが天下の業物。
  凄い切れ味だわ。
 
「かまわねぇ!
  女もまとめて殺しちまえ!!」

 夜盗が私に向かって刀を向けようとしたその時、血塗られた私の手を四郎が引っ張る。

「姫!
  こちらです!!」

 四郎も夜盗を切ったらしく、返り血を浴びていた。

「追いかけろ!」

「行かせるな!
  殿と姫をお守りしろ!!」

 四郎が引っ張る手は強く、私は彼に従うようにこの場から離れたのだった。

 


  何処をどうにげたのか分からない。
  とにかく、どれぐらい走ったのか分からないけど、廃屋を見つけたので、やっとそこで一息つけた。

「はぁはぁはぁ……ここ何処?」

「……後で確認するので少し休ませてください」

 大の字になったまま、私も四郎も次の言葉が出せない。
  それから少し経って、やっと息を整えた四郎が言葉を吐き出す。

「裏手に小川がありました。
  水浴びで血を洗い落としてきてはいかがですか?」 
 
  改めて体を見ると、汗まみれで血まみれ。
  高い千早だろうにどう見ても使い物にならない。
  頭から、血のついた前天冠とかんざしを外す。

「後でいいからこれ売って着物買って来て。
  このままじゃ襲ってくれって言っているものだわ」

「はい。じゃあ、火をつけておきますから」 
 
  私はよろよろと立ち上がって、小川に向かう。
  水は冷たかったがこの際贅沢は言っていられない。
  飛び込んで髪や体についた血と汗を洗い落とす。
  そして、やっと自らの手で人を殺した実感と恐怖と後悔が襲ってくる。
  運が良かった。
  相手が侮ってくれたのと、テンプテーションで夜盗の目が私の肢体に迷ってなかったら、殺されていたか捕まっていただろう。 

「ぁ……あはっ……あはははは……」

 裸のまま小川に立ち、狂ったように笑う。
  己の体に血はついていないはずなのに、あの肉を切る感触が、濃密な血の香りが、死んでゆく男達の顔が忘れられない。
  体の火照りが、止まらない。
  原始的な獲物を殺す欲求が性欲と結びつき、快楽が私に我を忘れさせる。
  その火照りは水の冷たさでも、自らの指でも消える事は無かった。

 なんとか自制できるまで体がおさまった私は、千早を洗って廃屋に戻ってくる。
  四郎は出ているらしく、囲炉裏に火をいれてくれたので小枝を入れて千早を乾かす。
  何か食べ物はないかと大典太光世を持って裸で外に出る。
  人間って恥も性欲もとりあえず食欲には勝てないらしい。
  あけび発見。キノコや山菜もいくつか食べられるのを取る。
  さっき体を洗った小川で沢蟹を数匹捕まえる。
  とりあえず、食べられるだけましだろう。
  あと、小枝も集めておく。今日は泊まる事になりそうだからだ。

「し、失礼!」

 戻ってきた四郎が私の裸を見て慌ててそっぽを向く。
  手には、数匹の魚と山芋。
  彼も食料を探していたらしい。
  いまさらという気もする私は、四郎に向けて言い放つ。

「服を脱いで。洗ってきてあげるから」

「え?いや?
  でも……」

 うろたえる四郎に近づいて強引に着物を脱がす。

「返り血浴びた姿で村に出たら何されるか分からないでしょ。
  洗ってくるから、魚さばいていて」

「はい……」

 褌一丁で魚をさばく四郎を置いて、私は小川で着物を洗う。
  既に火も暮れて夜の帳があたりを包んでいた。
  戻ると、囲炉裏には小枝で作った串に刺された魚が火にあぶられていた。
  着物を火の近くで乾かす。
  私の千早はさすがに薄絹だけあってもう乾いていた。
  着ても着なくても透け透けだけど、寒さを凌ぐには必須である。
  四郎は気づかないだろうけど、天岩戸発動。
  とりあえず、この廃屋に誰も近づけないようにしておく。
  どこから見つけたのか土鍋もかけられており、水を入れきのこと山菜と沢蟹で汁を作る。
  山芋は洗って、刀で鉛筆を削るように削いで鍋に入れてゆく。

「たいした物じゃないけど、お腹に入れないよりはましでしょ」

 あけびをかじり、欠けた茶碗に汁を入れ、小枝で作った箸で汁をすする。

「戦場ではこんなものでもご馳走です」

 美味しそうに食べる四郎にふと尋ねてみる。

「もう戦には出たの?」

 褌姿で汁をすする四郎というのもなんていうかシュールというか。
  同じぐらいの年で、背は四郎の方が高かったりする。改めて裸を見ると、意外と体に筋肉がついている。
  さすが戦国武将の息子。 

「はい。
  姫みたいに、華々しい活躍はしていませんが、尼子攻めの時には父の陣にて学ばせてもらいました」 

「じゃあ、人を殺した事は?」

 その言葉に、四郎の体が震えた。
  あんたもか。

「別にどうこう言うつもりは無いわよ。
  私も、さっきの夜盗がはじめて。
  今でも斬った感覚が忘れられないし、血が手についていないか、たしかめるの」

 吐き出すことで、何かが楽になってゆくのが分かる。
  それは四郎も同じだったのだろう。

「姫を守らないと。
  その一心で夜盗を切ったのです。
  けど、切った時には姫は自分で切り抜けて……
  血まみれの姫が美しくて……」

 四郎は泣いていた。

 その姿が愛しくて、
  それを客観的に見る私が汚くて、
  全てを捨てて抱きしめたくて、
  それを非難する私がいて、

 けど、四郎と違うのは、私は泣けなかった。
  泣くわけにはいかなかったのだ。
  全てを仕組んだ毛利元就の仕掛けを壊さないといけないから。
  ここで四郎に抱かれるのは元就の思う壺になる。
  間違いなく、危機を乗り切った二人はそのままというイベントだったのだろう。元就演出の。
  だが、元就も知らない事だが、前世知識含めて少しばかり私は人生経験が上だった。
  さりげなくお姉さんぽく振舞って四郎の甘えを引き出して、かといって好意をかもしながら、その好意を襲うことで壊さないように四郎の心に鎖をかけて。

 汚いな……私……

 この時期の男の子というのは自分が経験しているから凄くナイーブだ。
  性に興味しんしんなのにそれに踏み込む勇気が無く、むしろ女の子の方が先に踏み込んでゆく。
  こうなれば、イベント突入の決定権は私にある。
  私が「抱いて」といわない限り、四郎は全てを捨てて襲うか、そのまま諦めるか、大きく葛藤してそのまま貴重な時間を失ってゆくだろう。

 後ろから優しく四郎を抱きしめる。
  それに気づいた四郎が声をあげる前に、私は指で四郎の口を塞いだ。

「だめ。何も言わないで。
  抱かれるのは困るけど、抱きしめるぐらいならしてあげるから……」

 ここで抱かれないのって蛇の生殺しだと思うけど、せめてこれぐらいはしてあげないと。
  静かに泣いていた四郎がそのまま寝息を立てるまで私は彼に私の体を預けた。
  そして、いつのまにか四郎の首筋に顔をつけたまま私も眠り、そのまま朝を迎えた。


  朝、先に目を開けたのは私だった。
  四郎に体を預けたまま。
  襲われては無いみたい。

「四郎。起きて。ねぇ」
「ぁ……おはようござ……し、失礼!」

 ああ、私こんな姿だっけ。

「もう、見飽きたでしょ。こんなの。
  ほら、昨日の汁の残りを食べてここを出ましょう。
  四郎が着物を調達してくれないと、私出られないのだから」

「いえ……私にはやはり目の毒で……」

「うわ。
  言うに事欠いて、毒って何よ?毒って!!」

「ああ、すっ、すいませんっ!!
  毒っていうか、魅力的過ぎて……あの……」

 結局、着物を調達してから後、三原まで何もイベントは無かった。
  その後、三原で佐田鎮綱と連絡を取り、弁才船三隻の内一隻を先行させて豊後まで送ってもらう事に。
  もちろん、村上水軍を雇って小早の護衛つきである。

「色々ご迷惑をおかけしました」

 三原の港で四郎が頭を下げる。
  そのふいをついて私は四郎に近寄って、唇を四郎の唇に重ねる。

「!?」

 ほんの数瞬の出来事に四郎は動けない。

「私が欲しかったら全てを捨てて大友に来て。
  それでも四郎に全てをあげる訳じゃないけどね」

 笑いながら、私の心はとってもブルーだったり。
  四郎君、キープねなんて本音言えるわけも無く……
  ああ、世の女性の尻軽さが笑えない……

「はい。近く豊後に行きます。
  姫の為に」

 真っ直ぐな瞳で私を返して笑う少年だった四郎は、ちゃんと男の顔になっていた。

 

「なぁ、厳島の話するから少し聞け」

 姫の乗った船が三原の港を離れるのを見ていた四郎に後ろから兄の声がかかる。

「陶勢を厳島という死地に追い込んだ父上は自らも死地に突っ込んだ。
  で、決死の突撃で陶勢を蹴散らした。
  策は、十重二十重に絡めても、戦は結局刀を持って突っ込まないと駄目という事だ」

 淡々と、だからこそ容赦なく小早川隆景の声は四郎を糾弾する。

「何故、姫を襲わなかった?」

「全部、知っていましたよ。姫は」

 兄を見ずに、水平線に消える船を見ながら四郎はそんな言葉を返す。

「こちらの策を全て見抜いていましたよ。姫は。
  おそらく、確実に起こる大友内部のお家騒動まであの姫は見ていたはずです。
  あれは、我らの策でもあり、姫の策でもあったのですよ。
  だから姫は言ってくれたんです。
『全てを捨てて大友に来い』って。
  おそらく毛利影響下にある私を手駒に、生き残る腹でしょうね」

 四郎の声に、隆景は不思議そうに尋ねる。

「だが、あそこで襲って、姫を支配下に置いた方が楽じゃなかったか?
  肉欲に狂うお前の操り人形にしてしまえば、大友家当主も夢ではないと思うが?」

「あの姫がそれを許すと思いますか?
  そして、あの姫の父がそれを許すと?
  姫の智謀なくして、大友家内部で私が生き残るのは不可能ですよ」

 四郎の声に何か楽しそうな響きを感じ、隆景も嬉しそうに笑った。

「お前も俺達の兄弟だな。
  で、これからどうする?」

 それは兄として武将として隆景が四郎を認めた証拠だった。

「連れの者と共に豊後に渡ります。
  おそらく元服は姫の父にしてもらう事になるでしょう。
  父上が生きている間は、防長に目を向けさせませんよ」

 その言い回しに気づいた隆景が突っ込む。

「父上が死んだら?」

「それは兄上達の力量次第という事で」

 そして二人して楽しそうに笑った。

「元気でな。四郎。
  戦場では容赦せんぞ」

「兄上もお元気で。
  私では姫を止められませぬゆえ」

 それが兄弟の別れの挨拶となった。


  数日後 豊後 府内港

 あれから豊後に逃れた私は毎日港に来ている。
  一緒に行った、麟姉さんや佐田鎮綱、くノ一三人が無事に帰れるようにと心配で港にいつも足を向けている。
  既に、天主ができあがっていた府内の港はあちこちで工事が続いているが、供も連れずに港に来ている私はいつの間にか皆に知られていたのだった。

「あの巫女さん。
  また港に来たのかい?」

「だれか男でも待っているんじゃないか?
  熱心な事で」

 そんな声も聞こえるが無視無視。
  そして、海を見続けて、待ちかねた二隻の弁才船が姿を見せる。

 麟姉さんが手を振っている。
  くノ一三人も私を見つけて何か話している。
  佐田鎮綱は荷の整理か。真面目だなぁ。
  で、私は一人の侍を見て微笑む。

 あらら、本当に来ちゃったんだ。
  来た以上は、ごりごり働かせるから覚悟しなさい。
  代わりに、元就のじいさまよりスリルとサスペンス溢れる愉快な日々に招待してあげるから。
  肉体関係については、とりあえずセフレという事で。
  前世仕込みの色々なプレイで溺れさせてあげる。

 船が港に着いて、私は満面の笑みで言いたかった言葉を口にした。

「いらっしゃい。
  ようこそ豊後へ。四郎」



 

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