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大友の姫巫女

第二十七話 毛利一の矢

 かつて、私は毛利元就についてこういう事を言った。

『AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
  この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
  DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
  地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
  このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
  介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
  たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
  厳島合戦なんてまさにその典型である』

 それが己に降りかかるとはまったく思っていなかった訳で……


  毛利の一の矢は元就自身だった。
  堺での鎧プレゼントに、病で倒れた事を口実に少輔四郎を松永久秀に接触。
  安宅水軍逃亡支援という私が拒めない条件で私を安芸に運んできた。
  そして二の矢・三の矢が私を襲う。
  毛利三本の矢。かわしきれるのか?

「戦勝祈祷?」

「はい」

 毛利館の住人というか囚人になっている私に、そんな事をほざいてきたのは小早川隆景。
  温厚な笑みを浮かべ、人畜無害なふりをしながら、元就の血を一番濃く受け継いでいるのがこいつだったりするから気が抜けない。

「たしか、『夜盗や山賊が襲うから、しばらくこの館に留まって欲しい』とおっしゃっていましたが、その祈祷ですか?」

 どうせ、私達を留める為のいい訳だろうと思っているので、隆景もそれをみとめて本題を切り出す。

「いえ。それぐらいはできて当たり前なので尼子攻めの戦勝祈願です」

 虚を突かれる私。こいつは何をいっているんだ?

「えっと、それ本気で言っているので?」

 素で尋ねる私に真顔で応じる隆景。
  冗談で言っている様子はない。

「はい。本気です」

 さて、どこからどう突っ込んでやろうか。

「あのぉ、私、尼子を支援しているのですが?」

 とりあえず、正当な理由で断りを入れてみるが隆景は意に介さない。

「大丈夫です。
  私は気にしません」

 いや、待てよ!
  他はどうなんだ!他は!!!

「宇佐の姫巫女の名前は西国で轟いていますから。
  兵の士気もあがるでしょう」

 まてまてまて。
  あの殺意を浴びながら祈祷しろと?
  どちらかといえば公開処刑じゃないか。
  エロゲ的にはやられちゃっての晒し者風とか。

 うん。ちょっといいかも知れない。エロゲ風。
  お姫様陵辱って言葉、何かいいと思わない?
  当人がそのお姫様ってのはひとまず、遠くの棚においておく事にして。

 かなり思考がてんぱっている私に、隆景は実にわざとらしくため息をついて、口を開く。

「いえね。
  実は、兄が『貴方達を帰すな。ここで殺してしまえ』と。
  そんな野蛮な事はしたくないのですがね」

 ちょ!
  露骨に脅迫ですか!

「我らとて六カ国の大身を持つ身。
  そんな愚かな行いはしないと思っていますが……
  いえ、父上が倒れてから家中が騒がしくて……」

 うわ。白々しく言い切りやがったよ。この人。
  ただで返すつもりは無いとは思っていたが、ここまで露骨に来るとは思わなかった。
  姫様掻っ攫って開戦とか何処のトロイですかと。
  とりあえず、隆景にいくつか質問をぶつけてみる。

「で、質問だけど、ここで大友と開戦していいの?」

「ええ。大内輝弘を先陣に大友が周防長門に攻めてくるという噂がちらほらと。
  ならば、ここで殺しても構わないし、姫に兵を率いられるよりましかなと」

 やはり父上考えてやがったか。毛利領逆侵攻。
  将軍仲介の和平……あの将軍逃亡しているし!
  朝廷仲介の和平しかないか。一条兼定を京に戻したらさっそく働いてもらおう。
  その為にも、南伊予侵攻は絶対条件となってきたな。

 いやいやいや。
  まずはここから抜け出す事を考えないと。

 祈祷かぁ。
  たかが祈祷。されど祈祷。
  毛利は絶対この祈祷をPRするだろうからなぁ。
  尼子の最大支援者である大友の姫が、毛利の本拠で尼子戦戦勝祈願。
  しかも、尼子への米支援をしていたのが私なだけに、絶対に尼子側は大友が毛利と手を結んだと判断し、毛利の諜略に内部崩壊を起こすだろう。
  で、これであえて相手を想定しなかったらしなかったで、大友戦戦勝祈願と受け取られでもしたら、私は帰って即粛清である。

「ところで、さっきから気になっていたのですが、何故館の周りに薪を沢山置くので?」

 隆景はとてもにこやかな笑みで、彼の兄がした事と告げた。

「ああ、『姫が断ったら館ごと焼いてしまえ』と。
  まったく乱暴な兄で申し訳ございませぬ。
  館を建てるのにどれだけの銭と人手がいるか理解していないようで」

 ……私を殺す事についてはまったく否定しなかったな。あんた。


  少輔四郎殿がやってきたのは、隆景に返事を一時保留にすると告げた日の夜の事。

「逃げましょう」

 なんですと?

「私が、姫を逃がすお手伝いを致します」

 それ本気で言っているの?

「兄上達の暴挙に私は賛同していません。
  まだ、元服していませんが私も毛利一門の出。
  姫一人を逃がす程度の力はあります」

 考える。
  罠の可能性も高い。
  とはいえ、現状で縋るとしたら一番まともな藁に見えるのも事実。

「今、一人と言ったわね。
  麟姉さんや、舞、霞、あやねを置いてゆけというの?」

 吉田郡山に来ているのは実は女性陣だけだったりする。
  佐田鎮綱は男性陣と共に三原の港にてお留守番。
  くノ一で連絡がとれるだろうと思っていたが、毛利の防諜もしっかりしていて、下手に手を出さぬようくノ一三人はあくまで女中兼歩き巫女として振舞わせている。
  
「申し訳ございませんが、全てを連れてゆけば怪しまれます」

 少輔四郎殿が申し訳なさそうに俯く。
 
「姫様。
  私達の事は心配しないでくださいませ」

 麟姉さんがつとめて明るく振舞っているのが分かる。
  人質として価値があるのは私一人だ。
  で、女ばかりの一行を殺すとも思えない。
  別の事をするかもしれないが。
  命があるだけまし、そう考えるべきなのかもしれない。

「舞、霞、あやね。
  麟姉さんを頼むわよ」

「「「かしこまりました」」」

 三人のくノ一が一斉に唱和する。

「で、手はずは?」

 私の言葉に、少輔四郎殿は真剣な表情で口を開いた。

「近く、吉田郡山に留まっている軍勢は出雲の尼子攻めを再開します。
  ですから、毛利軍の無事帰還を願う形にすれば言い逃れができます」

 考えたな。
  無事帰還なら、尼子には「出雲から帰ってもらうよう祈った」と言い逃れができる。
  毛利には「また安芸の地に戻れるように」という加護に受け取れる訳だ。
  感心しつつ私が頷くのを見たのだろう。少輔四郎殿はそのまま話を続ける。

「祈祷が終わったら駕籠に乗ってそのまま三原まで下ります。
  途中、馬を用意させますから、そのまま駆けて三原に入り洋上に出てしまえばなんとかなるでしょう」

「その何とかってかなりアバウトな説明は何よ?」

「あばうと?
  まぁ、三原から先は水軍衆相手になりますから、ものをいうのは金です。
  三原の佐田殿と連絡がつけば姫一人を豊後に送る為、村上氏を買収するだけの銭は集められるでしょう」

 私の異国語をニュアンスで感じたのだろう。
  少輔四郎殿はそこから先を説明し、私はそのプランを考える。
  悪い話ではない。
  彼ら水軍衆の日々の糧は海上輸送であり、私が九州と堺との交易を、瀬戸内を通らずに考えているという話をふれば、乗ってくる可能性もある。
  もちろん、瀬戸内側にも荷を通せといわれるが、それはこちらの裁量しだいなわけで。
 
「分かったわ。
  貴方の案に乗るわ」

 さて、吉川と小早川という毛利の二の矢、三の矢を私はかわせるのかしら?
  さぞ楽しい笑みを浮かべていたのだろう。
  周りの皆が引いているのに私は気づかずに、笑みを浮かべたまま私は考え続けていたのだった。


 

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