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大友の姫巫女

第二十話 尾張の姫巫女

尾張国 津島港

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をやっている珠です。
  伊勢参りも無事に済んで、目的地の尾張にやってきました。
  栄えています。博多や堺と比べるのは無理だけど、府内並に栄えています。
  これなら、鋼とコークスも高く買い取ってくれそうです。

 さて、尾張ですが治めている織田信長の話をちらほちらと聞く。知っているけどね。
  リアルで話されている商人達の話がまたおもしろくて。

「あの殿様になって街道を安心して歩けるようになった」

「うつけと言われるが、この港で商いをしているとうつけと言えなくなる」

「今は美濃の斉藤を攻めているが、中々思うようにならないらしい」

 桶狭間の合戦以後、信長は急拡大をしたとみな結構考えるけど、美濃を落としたのは桶狭間から七年後だったりする。
  そこからの信長の拡大は飛翔と言うに相応しいけど。
  現在は、美濃攻略中で小牧山に城を移したとか。
  まずはそこを目的地にしましょう。

 今回はかなり偽装に力を入れました。
  霞とあやねの二人を替え玉にして留まらせ、姫巫女衆の半分に足りない分はで買った遊女や歩き巫女達でごまかして伊勢に留まらせています。
  佐田鎮綱もあくまで商売の為に津島に来ているだけで定期的に津島に顔を出しますが、伊勢の囮の方についてもらいます。
  私と麟姉さんと舞および姫巫女衆の半分で歩き巫女となって小牧山を目指すという筋書きです。
  なんでこんな女ばかりの旅ができるかというと、織田領内の治安が凄く良かったりします。
  まず、一つ目に「一銭斬り」と呼ばれる一銭程度盗んだ者でも首を斬ってしまうという、とても厳しい法を作って徹底させた事。
  次に、夜盗や山賊達に兵になるという雇用の機会を与えた事。
  事実、同じ毎年出兵でも各国衆の調整を待たないと出兵兵力の総数すら分からない大友に比べて、傭兵によって作られた織田は素早くかつ最初から出兵兵力を把握しています。
  そして、ほぼ年中軍事圧力を美濃にかけ続けた事で美濃国人衆はその負担に耐え切れずに内部崩壊、信長に調略されていくのです。
  まぁ、万一の事も考えて御社衆は織田家の足軽として仕官させていますが。

 道中、さしたるトラブルも無く小牧山に到着。
  宿を取った後で情報収集です。もちろん、姫巫女衆の体で足軽達から聞き出したのですが。
  現在、信長は東美濃に出陣中との事。
  美濃国主斉藤龍興が稲葉山城から家臣によって追い出されたとかで、竹中半兵衛のクーデターが勃発したのね。
  んじゃま、鬼の居ぬ間に目的を果たすとしますか。

 麟姉さんと舞を連れて足軽長屋をうろうろ。
  八幡様のご利益と称して祈祷のまねごとをしながら目的の人物を見つけました。

「ねね。
  こっちよ。
  今、巫女さんが祈祷してくれているから」

 主婦仲間に連れられてやってきた、太閤秀吉の生涯の妻。ねね。
  年は私より上かな。姉さんと呼びたくなる明るさと大らかさを持っていたりする。

「何を願おうかしら?」

「決まっているじゃない!
  旦那の無事と子宝よ」

 ねねをからかう奥様連中。
  仲よろしい事で。旦那浮気性だけど。

「まぁ、旦那さんの武功は八幡様にお願いするとして、子宝を男の戦神に頼るのは筋違いかと。
  で、西国では子宝を授かる比売神様というのがいらっしゃいまして」

 何しろ私の母親だ。秘密だけど。
  着物の上からねねのお腹をさわり、力を注いでゆく。

「きっと、良いややが授かりますよ」

 これが今回最大の目的だったりする。
  秀吉とねねに子供を授ける。
  信長亡き後に天下を取った秀吉はその信長の夢に狂い朝鮮出兵という政治的大失策を行ってしまう。
  それに露骨に巻き込まれて、家を取り潰されたのが我が大友家だったりする。
  で、私は考えた。
  秀吉が信長の夢以外に縋る者があったら。分かりやすい自分の子供がいたら彼は狂ったのかのと。
  この時期以後、私は毛利に龍造寺に島津と戦に追われるから、ねねに子供を授けられるのは一人だけ。
  ついでに八幡神の戦の加護もつけた。ぼんくらにはならないだろう。
  で、目的を果たし、後はてきとーに祈祷なんぞをしていると不意に周りが騒がしくなる。

「邪魔する。
  ねね殿。すまぬが、白湯を出して下さらぬか」

 知らぬ男が二人、駆けてきたらしく汗まみれでねねに頼む。

「小一郎殿。
  主人に何かあったので?」

 小一郎?小一郎……豊臣秀長!
  秀吉の名脇役、一門の最優秀出来人じゃねーか。

「いや、たいした事ではない。
  丹羽様にこの者をつれてこいと言われてな」

 どっしりとかまえて見るものに安心感を与える空気は、男手が不意に来た事による不穏な空気をさっと消し去ってみせる。
  さすがだな。この人が生きている限り豊臣は磐石だわ。

「では、我々はこれで。
  皆様、健やかなる事をお祈りしています」

 麟姉さんと舞に目配せして、この場から去る事にしました。
  けど、私は一つ見くびっていたのです。

「ちょっと待ちな。
  あんたら、斉藤の間者?」

 足軽長屋から離れた所で、追いかけてきたねねさんに尋ねられた一言で、この人も天下人の妻たる資格を持つ人だったかと悟ったのでした。
  何も知らない、麟姉さんや舞がねねさんに手をかけようとするのを手で制して私は口を開きます。

「違うわ。
  その証拠に、今、旦那の身に起こっている事を話してあげてもいいけど?」

 その一言で、まぁ間者は確定とばれるけど、身分バレよりねねさんに手をかける方がもっとやばい。

「聞きたいわね。
  うちの主人がどうしたって?」

 凄く強気に言ってくるねねさんに私は静かに口を開いた。

「監禁されているわよ。
  あんたの旦那」

 ばたり。

 ちょ!

 ねねさん倒れないでよ!めでぃーく!めでぃーく!!

 知る人には結構有名な、秀吉の墨俣以前の功績の話です。
  竹中半兵衛のクーデターで動揺する東美濃を切り取る為に、信長は秀吉に命じて東美濃国人衆の調略を任されます。
  ところが、鵜沼城を織田方に寝返らせようとした時に鵜沼城主大沢基康と息子主水の意見が対立。
  そのあおりを受けて使者として出向いていた秀吉が捕らえられてしまう。
  使者である以上、秀吉の身は無事だが、問題は失敗を許さない信長にこの言がばれてしまう事である。
  で、留守役の小一郎は丹羽長秀を通じてとりなしを図るという所まで、起きたねねさんに話しましたよ。ええ。
  ちなみに小一郎が連れていたのは先に秀吉に調略された坪内利定である。
  ねねさんはとりあえず最後まで話を聞いてくれたけど、顔色は悪いまま。そりゃそうか。
  この一件で秀吉が無事なのは知っているが、それを言っても信じないし、神様のお告げと言ってもいいけど、ねねさん私達を間諜と勘違いしているし。
  はぁ。仕方ない。
  いらない手助けをしますか。

「舞」

「はっ」

 私の後ろで舞がかしこまる。

「今、宿にある銭はいくら?」

「十貫ほどありますが」

「いいわ。それ持ってきて。
  あと、津島に使いを走らせて銭持ってこらせて」

「承知」

 あっという間に去ってゆく舞。さすが忍。
  織田家は主人信長の気風に従い、合理的かつ物欲が旺盛だったりする。
  つまり、金である程度の買収は可能なのだ。
  ねねさんの手をとって私は微笑みながら告げる。

「そのまま、小一郎殿が丹羽様にお会いになられても、上手くいくとも限りませぬ。
  この十貫を差し上げますから、それを小一郎殿に渡してあげてください。
  あのお方ならきっと上手くやるでしょう。
  で、ここまで貴方を助けるのだから、私達は斉藤の間諜じゃないでしょ」

「あ……ありがとうございますっっ!!」

 いや、ひれ伏さなくていいから。
  数十年後、立場逆になるから。きっと。

 結局、この丹羽様を通じたとりなしは上手くいき、鵜沼城も織田側に寝返る事になり秀吉は出世の糸口を掴んだのでした。
  きっと、帰ってきた秀吉はそりゃねねさんとわっふるわっふるとやっているでしょう。
  二人に幸せあれ。


 
 
「間諜?」

「は。妻の話だと、斉藤側では無いようですが、歩き巫女の一団とか。
  十貫もの大金を出して、丹羽様にとりなしを頼むよう告げたとか」

「何処だと思うか?」

「一つ考えられるに、斉藤家の一部が我らと誼を通じたいと考えているのやも知れませぬ。
  道三様亡き後に不遇をかこっていた重臣など考えられますが」

「面白いな。
  目を離すな」

「は」




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