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大友の姫巫女

第十九話 がーる みーつ ひすとりー 

 松永久秀は三好長慶倒れし三好家の政を一手に支えていた。
  まぁ、かなり己の利益を優先していた事は否定しないが、四国から畿内にかけての三好政権が崩壊しなかったのは彼の調整能力が優れていた証左である。
  その彼が政務を勤める為に飯盛山城に登城すると珍しい人物を見かけた。
  だから声をかける。
  必要ない、殺すべき人物だからこそ恭しく、敬意を持って。

「将軍様。
  ここにはいかなる用で?」

 供回りもつれずに足利義輝は久秀に告げる。

「長慶殿のおみまいだ。
  幕臣をみまうのも将軍のつとめだろう」

 その一言で、彼が久秀の知る義輝ではないという事に気づき、核心に触れる。

「姫様に何か言われましたか?」

 西国で轟く大大名大友家の姫君は台風のように我々を荒らしまわって、今日、堺を出ると聞いている。
  ある程度の殺気をこめたその言葉にも動じずに義輝はまるで悟りを開いた僧のように笑った。

「何も言われなかった。
  だから、俺が殺されると気づいた」

「はっはっは。
  さすが姫様だ。
  いらない事を言うなとは釘を刺しましたが、言わない事で気づかせるとは……
  いや、おみごと。おみごと」

 見事に一本取られた形になったのに久秀の笑いは止まらない。
  あの姫様は何処まで伸びるか。
  毛利公のお気に入りと言われるだけはある。
  見ると、義輝も笑っている。
  そして久秀は悟る。
  姫が久秀から一本取った事を伝える為に、ただそれだけの為に彼はこの死地にも等しい場所に来ているのだと。

「で、久秀。
  俺はいつまで生きられる?」

 まるで人事のように義輝は己の死期を尋ねる。
  だから、明日の天気を気にするかのように、久秀はその答えを口にした。

「半年もないでしょうな。
  あの姫の為に安宅殿を三好から追い出して、大友に送らねばなりませぬ。
  安宅殿無き三好家で、将軍様を支えるのは殿しかおりませぬから。
  で、殿の病では年は越せぬでしょう」

「そうか。半年もあるのか」

 いい笑顔で義輝は笑った。
  こういう笑い方もできるのかと久秀は思いつつ、確認の為に一応彼に尋ねる。

「その間に兵を集められますか?」

 その問いに義輝は笑顔のまま首を横に振った。

「今更、兵を集めてなんとする。
  お主が、毛利公が、あの姫が指している手はそれよりはるかに先ではないか。
  逃れられぬのは分かっておる。
  俺に残されているのは、腹を切るか京から逃げるかの二つだろう。久秀?」

「その通りでございます。
  もし、お逃げになるのなら、西へは逃げて下さるな。
  今、西はあの姫と毛利公が鎮西の覇権をかけて争っている最中。
  将軍という駒は二人の差し手にとって邪魔でしかありませぬ」 

 それは、姫に感化された義輝へのせめてもの餞別。
  と、同時に二人の謀将の西国二十数カ国を使った将棋を邪魔させない観客としての忠告でもあった。

「分かっておる。
  ならば尋ねるが、あの二人を天下は選ぶのか?」

 観客と分かっているが故の純粋な義輝の問いに久秀も首をひねった。

「毛利公ではないでしょうな。
  お年を召しすぎている。
  あの姫が毛利公に勝てばまた別でしょうが、天下はそれほど安易に己を任せぬでしょう。
  西があの姫なら、東からも誰か出るでしょうな。
  上杉か、武田か……」

「織田かもしれぬぞ」

 義輝の一言に久秀は笑って否定する。

「今川殿を討ち取ったとしてもまだ尾張一国、伸びるには時間がかかりましょう」

「そうか」

 風が吹いて二人の袖を揺らす。

 あの姫は知らない。
  彼女という縁でこの二人が話をするという事を。

 この二人も知らない。
  二人が否定した織田家の当主に姫が会いに行く事を。

「そろそろ、堺から出た頃でしょうな」

「伊勢に行くとか。
  宇佐の姫巫女として伊勢参りは外せぬそうだ」

 表向きの理由しか知らない二人はその妥当性ゆえに信じて疑わない。
  そしてこの二人の話も終わりが来る。

「では、そろそろ帰らせてもらおう。
  俺無き畿内、まとめてみせよ」

「かしこまりました。
  東国かあの世で、貴方様無き後の畿内の繁栄を眺めていてくださりませ」

 久秀ははじめての敬意を持って義輝を見送り、義輝も久秀の敬意を受け立ったまま真っ直ぐ城から去ってゆく。
  その後、この二人は会う事は無かった。

 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をやっている珠です。
  くノ一三人と大典太光世をげっとです。
  そして、今日、堺を離れます。

 せっかくだからと色々買い物をするのは女子の習性らしく、心はともかく体は立派な女である私も麟姉さんとくノ一三人を連れてのショッピングです。
  ちなみに、引き連れた三隻の船の積荷の内一隻分の鋼とコークスを堺に卸した結果、うなるほどの大金が我が手に。
  という事で、お金に心配ない私はかねての野望を実現するのでした。

「本ですか?
  たしかに商っておりますが……」

 屋敷ではなくお店の方は人の出入りは激しい。
  そんな雑踏の中お世話になっている今井宗久殿が首をかしげる。
  ごめん。21世紀のオタクは何より情報に飢えているの。
  本や巻物が貴重品なこの時代、何度源氏物語や平家物語(それすら名家かつ大大名の大友家だからこそ)を写経したか。
  おかけで字覚えたけど。
  てっきり着物とか飾り物とか紅とかの化粧品と思っていたらしく、第一声に告げられた商品名に目をぱちくりさせるが、そこは大商人。

「で、どのような物をご所望で?
  ありがたいお経から唐天竺の巻物、南蛮の本まで揃えますが?」

「うん。全部ちょうだい♪」

 ぴたりと賑わっていた店内が途端に静かになる。
  うんうんうん。
  これよ。これ。
  かつてTVで見たマイケルジャクソンのお買い物。略して「マイケル買い」。
  これこれと指を刺しただけで買われてゆくというあれは一度やって見たかったのだ。

「あと、これとこれと、ああ、それも……」

 やばい。むちゃくちゃ気持ちいい。これ。
  と、調子に乗っていたら、思わず人にぶつかってしまう。

「痛っ!」

「これは失礼を。
  大丈夫でござるか?」

 倒れた私を助け起こす。好青年。
  まだ元服はしていないのかな?
  うわ。モロラブコメじゃないか。

「あ、ありがとうございます」 

「気をつけて。では」

 なるほど。
  世の女性はこれでときめくのか。
  なんとなく納得。

「姫様。ご無事ですか?
  ああ、足から血が出ているじゃありませんか」

 あれ、怪我したわけでもないし足は痛くないし……
  あれれ?

 麟姉さんに耳打ち。ごにょごにょごにょ……

「姫様!
  おめでとうございます!」

 そんな大声で言わないで。めちゃ恥ずかしいから。
  これで赤飯出たら……出すんだろうなぁ。
  女になったのだから。
  ええ。店あげての大判振る舞いでしたよ。
  めちゃ恥ずかしい……

 幼女は血を出して少女に進化しました。

 

「四郎殿。
  探しましたぞ」

「待っていてくれと言ったのに。
  噂の嫁に会ってきただけです」

「で、ご感想は?」

「お爺様のお目通り。
  最初の買い物で書に巻物を選ぶ。
  あの姫、取り込まないと負けるよ。毛利は」

 

 畿内までは大友家の使節として動いた。
  ここから先は私のわがまま。
  帆が張られ、ゆっくりと堺の港が遠ざかる。
  胸がときめく。
  それを押さえるように腕を組んで膨らんできた胸を押さえる。

「姫様?」

 そんな私を麟姉さんが、佐田鎮綱が、くノ一三人娘の舞・霞・あやねが不思議そうに見つめる。


「なんでもないわ。
  行きましょう。尾張に」


  こうして、


  私は、歴史に会いに行く。



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