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大友の姫巫女

第十七話ボンバーマンのお茶を飲む勇気はあるかい? 

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をやっている珠です。
  現在、ピンチです。
  マジで命やばいです。


  堺の商人のお誘いでお茶会に呼ばれましたよ。
  で、待っていたのが……松永久秀。
  茶室で彼と二人きり。
  九十九髪茄子発見。じゃあ、あれは古天明平蜘蛛か。
  と、現実逃避彼の差し出したお茶が目の前に。

「安心なされ。姫。
  毒など入っておりませぬゆえ」

 自覚はあるんだな。己の評判には。
  覚悟を決めて一口……

「あ、おいしい」

 漏らした一言を聞いてしてやったりの顔で笑う久秀。ちょっと悔しい。

「はっはっは。
  姫様を怖がらせてしまいましたな。
  ですが、その安堵も茶の味ゆえ」

 それがいえるのはあんただけだよ。この風流人。
  顔を膨らしているのだろう。笑っている姿は好々爺なのだが。

「で、私を呼んで驚かすのが目的じゃないでしょ」

 ああ、ツンツン言う仕草も段々様になってきた女性歴十三年。


「もちろん。
  京に上がり将軍様に会うと聞いたもので、釘を刺しに」


  空気が一瞬にして冷める。
  さぁ、ここからが本番だ。

「安心して。
  別に将軍様にあれこれ吹き込むつもりは無いわよ。
  その代わり……」

 やられっぱなしは私もいやだ。
  お返しぐらいはしてもバチは当たらないだろう。

「安宅冬康は私がもらうわよ」

 その瞬間、私の目の前には、人の顔被った悪魔がいた。


  かこーん


  ししおとしの音が唯一の清涼剤ってのもたまらんなぁ。

「姫様は何か勘違いをしておられる。
  安宅殿は三好家の忠臣。
  勝手にもらうなどできるわけも無く」

 その棒読みな釈明はやめたほうがいいと思う。
  顔の凄みと相まって、めちゃくちゃ怖いから。

「あら、そう?
  こちらにも三好長慶殿のお体が優れないのは届いているのだけど。
  誰が跡目を継ぐかこちらは気にしている次第で」


  かこーん


「あくまで戯言としてお聞きしたいのですが、何故に安宅殿を欲しがるので?」

「正確には、彼が率いる水軍衆が欲しい。
  こう言えば、私が将軍の前で貴方達に対して不利な事を言わないと理解できると思うけど」

 その一言で全てを理解する久秀。
  いつ悪魔にばけてもおかしくないその笑みはやめてほしい。
  現将軍足利義輝は幕権の回復を目指し各地の紛争を仲介し、地方大名の軍事力を持って三好勢を排除しようとしていた。
  その最有力候補が大友と毛利だ。
  ここの争いは現在休戦状態なので、この講和が纏められて毛利と大友が将軍の旗の下に兵を出すと十カ国以上から数万の兵を持って畿内になだれ込む事ができる。
  それは三好政権の簒奪を狙う久秀にも面白くないし、労しかない大友と毛利も面白くない。
  そして、守られない和議の果てに婿をもらう私が一番面白くない。

「姫様も大変ですな。
  西国随一のお方に気に入られて」

 毛利が抑える瀬戸内水軍。これに対抗する水軍衆の強化は絶対的に必要だった。
  特に瀬戸内の波を読み、船を操る水軍の将は喉から手が出るほど欲しかった逸材だったりする。
  こんな畿内の権力闘争ごときで殺させてなるものか。
  こっちも必死なのだった。

「ええ。
  まだまだ独身生活をエンジョイしていたいの。
  私は」

「……??
  良く意味が分かりませぬがどういう意味で?」

「気にしないで。
  戯言よ」

「はっはっは」
「はっはっは」


  かこーん


  乾いた笑いに相槌を打つようにししおどしが音を立てる。
  こんなに殺伐とする茶室って始めてだわ。
  吉野屋の殺伐さなんて目じゃないね。本当。

「しかし、姫。
  貴方ならお分かりかと思いますが、殺す方が後腐れがないのですよ。
  それを追い出せとおっしゃる。
  戯言ですが」

「それが出来るだろう松永殿の才を見込んでの話ですわ。
  戯言ですが」

「そんな策があるのでしたら是非、お聞きしたいですな。
  戯言ですが」

「戯言ついでに話してあげるわ。
  その前にお茶をもう一杯。
  毒は入れないでね」

「かしこまりました。姫様」

 久秀がお茶をたてている間、私はうわ言のように、あくまで戯言として策を提示する。

「病重い長慶殿の政務は誰かが代行しているのよね。
  で、長慶殿の名で安宅殿をおびき出して謀殺というのが最初の手でしょうね。
  まぁ、この場合手を下す者が悪名を全て被るはめになるけど、それを気にしないのなら簡単、かつ効果的だわ」

 しゃかしゃかしゃかと茶が静かにたてられてゆく。
  口を挟まないという事は続きを話せと理解して、

「安宅殿を消して喜ぶ勢力はいくらでもいるわ。
  三好長逸・三好政康・岩成友通あたりかしら。
  彼らの讒言で安宅殿を討伐すると、安宅殿に知らせるのよ。
  政務を代行している者がね」

「それを信じますかな?」

「思わないでしょう。
  けど、彼らが兵を集めれば本当だったと思うでしょうね。
  で、ここで政務を代行する誰かがこう安宅殿に囁くのよ。
『殿の体調は重く、明日おも知れぬ命。
  その後家政は三人に壟断されるが、彼らはいつか仲間割れを起こす。
  その時に帰り、家を再興させてほしい』と。
  安宅殿はこう思うはずだわ。
  長慶殿の死後、家政を壟断する政務を代行する人と彼ら三人もいずれ内部分裂を起こすだろうと。
  彼らが自滅するのを分かっていて城に篭って、勝ち目の無い戦をすると思う?
  まぁ、するなら私の見込み違いだって事でしょうけどね。
  で、逃亡するなら後の復権を考える場所を選ぶはずだわ。
  流浪になった彼を是非にとねだるのは、瀬戸内で劣勢の大友だけ」

 私が口を閉じると同時に、久秀が茶を差し出す。

「聞くに、姫様にとって都合のいい話にしか聞こえませぬが?」

「毛利殿に匹敵する謀略の持ち主相手に話すのなんて釈迦に説法よ。
  自分の立ち振舞いなんて、私より上手く考えられるでしょうに」

 気づいているだろうが、既に私の体中汗でびちょびちょだ。
  緊張と恐怖、そして戦国随一の謀将と舌戦をやっているという歓喜で。

「ちなみにお断りすると?」

 声のトーンが一段低くなる。
  ここが正念場だ。

「貴方には何も害はない。
  けど、毛利・大友連合軍が畿内に上洛するかもしれないわね」

 そして、来るべき言葉がついに来る。

 

「貴方を今、ここで害せば?」

 

 それに答えず、久秀の目の前で毒が入っているかもしれない差し出された茶を、ゆっくりと手に取り優雅に全てを飲み干す。
  茶碗を置いて、一言。

「私は、どうやら毛利公に気に入られているらしい。
  あの方の獲物を掻っ攫う勇気ある?」

 

 かこーん

 

 静寂の後、久秀が大笑いして私はこの場での戦が終わったことを感じた。

「わははははははははははは!
  おもしろいぞ!姫!!
  いいだろう!
  その筋書き乗った!」

「お褒めに預かり、恐悦至極」 

 


  こんな体験、もう二度としたくねー。
  心からそう思った。


 

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