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大友の姫巫女

第十三話 戦国随一の謀将のかわいがり 

 

「父上。お話があります」

 出雲国に出兵している毛利軍本陣に入ってきたのは吉川元春。
  入った陣幕には彼の父毛利元就がいた。

「どうした、元春?」

 今回の出陣では毛利隆元は安芸で政務を行い、元就と元春、そして小早川隆景が出雲に出張っている。

「大友との和平についてです。
  あくまで、珠姫との婚姻を求めるとか。
  しかも、婿養子が駄目ならこちらにて現状同じだけの領土を珠姫に与えるなど、納得できません!」

 毛利軍の出雲進行は三刀屋城を落とし、月山富田城の道が開けていた。
  だが、尼子も全力で抵抗する。
  石見の本城一族を粛清したため、中立豪族がまとめて尼子側についたのが一つ。
  もう一つが隠岐水軍を使った大友からの兵糧供給による、尼子軍の活発化である。
  それを元就は一つずつ丹念に潰してゆく。
  現状毛利の優勢は動かないが、かといって尼子を滅ぼすにはいたらない。そんな情況が続いていた。
  大友との先の門司の戦以降は休戦状態に過ぎず、尼子を完全に滅ぼす為には大友との和平は必要であるという認識で諸将は考えていた。

「隠岐水軍を使って尼子に兵糧を入れる手を考えたのがその姫だとしたらどうする?
  我らが手を出せない情況で、秋月を見殺しにする形にした策を主導し、彦山川で自ら戦ったのがその姫だとしたらどうする?
  あの姫が居る限り、大友に手を出すのは危険だ。
  だから、取り込むのだ」

「ならば、これまでのように殺せば良いではありませんか!」

 尼子の新宮党しかり、陶の江良房栄しかり。
  最も邪魔な人物を敵方の手によって殺すのは元就の十八番だった。

「兄上。
  父上は珠姫を使って大友領全てを狙っておられるのだ」

 声のした方を向くと、隆景が陣幕に入ろうとして元春の話を聞いていたらしい。元就の本心を明かして見せる。
  その言葉に確信があるので元春は隆景に訪ねる。

「隆景。理由を聞かせてもらおう」

「大友の長男は生まれてまだ四歳だ。
  毛利一門と珠姫が結ばれて、義鎮を追い出せば大友領は丸々手に入る」

「そううまくいくものか」

「だから、父娘の仲を裂く」

 元春の否定的見解を完全に覆し、まるで決定したかのように元就が言ってのけた。

「珠姫の功績を大々的に伝え、神仏の加護を強調すれば、キリスト教に心ある義鎮は娘を恨むだろう。
  で、キリスト教の神父に金を与え新天地、そうだな。畿内あたりでの布教を支援すると持ちかければいい。
  娘のせいで己の信仰していた神と離れるのだ。
  大友家当主である義鎮は心穏やかではないだろう。
  で、その時を見計らって、再度婚姻を持ちかける。
  殺さずに厄介払いができ、かつ豊前・筑前の安全が確保できるのなら義鎮は乗ってくるに違いない。
  幸いにもわが領土には厳島があり大山祇神社もある。もうすぐ出雲大社も手に入る。姫巫女が暮らすに相応しかろう」

「では、九州での戦はしないと?」

「いや、博多は絶対に抑えないといけない。
  我らは大内の後継として国衆に認められている。
  秋月騒乱以降、九州での権威が失墜している以上、どこかで大友と戦わねば国衆に示しがつかぬ。
  だからこそ、大内の象徴である博多は大友から奪わなければならない」

 毛利が周防・長門を安定的に統治できているのも、大内の継承者という側面が大きい。
  陶晴賢という簒奪者を倒したという武力的理由と、毛利隆元の妻が大内義隆の養女だったというのが大内の後継という正当性を与えていた。
  その正当性は逆に呪縛となる。
  先にあげた大内氏の富の源泉、博多の奪回は経済面だけでなく毛利の正当性を揺らがしかねない政治的命題だったのだ。
  大内継承一つの命題である尼子追討は順調に進んでおり、周防長門の国衆に動揺は見られない。
  だが、門司合戦の引き分けと秋月騒動による秋月見殺しで豊前・筑前の国衆には致命的までに動揺が走っていたのだった。
  
  元春はここにきてようやく悟った。
  発想が逆なのだと。
  博多を取る為にも大友は潰さないといけない。だからこそ、珠姫を火種にする。
  そして、大友内紛を見越しての豊前・筑前進攻。その旗頭が珠姫支持だ。
  珠姫が殺されれば『珠姫の意思を継ぐ』と称して進攻。
  珠姫が生き残れば『大内の後継』といういままでの大義名分で進攻。内部が混乱している大友はこれを支えきれない。
  かつての陶、今の尼子との戦とまったく変わらないのだ。

「彦島に砦を築け。
  そこに砦がある、水軍衆が留まれる意味をあの姫なら十二分に理解するだろう」

 かつて平家が拠点を置き、それゆえその島を守る為に壇ノ浦で散った彦島に砦を築く事を元就は隆景に命じる。
  そこに水軍衆が常駐した場合、日本海の隠岐水軍および、肥前松浦水軍を牽制できる。
  大友が行っている尼子支援妨害の為にも必要だった。

 

「わが一門に迎え入れるだけの技量があるかどうか試させてもらうぞ。姫よ。
  わしはそなたを買っておるのだからな……」


  陣幕の中その声を聞いたものは発した元就以外にはいなかった。


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