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大友の姫巫女

第十二話 泡姫はいかに金をためいかに使ったか

 お元気ですか?
  宇佐で巫女をやっている珠です。
  神力も増えて色ボケ神もお手伝いをする事に。
  だけど、そのお手伝いが嬉しいほど目の回る忙しさです。
  もうすぐ十二歳になるというのに、何処のスーパービジネスウーマンですかという感じです。


  今回は少しまとめみたいなものを。
  皆様に現状の大友家がどのようになっているかを知ってもらおうと思っています。

 まず大友家の領地を。
  豊後・豊前・筑前・筑後の四カ国完全制圧。
  まぁ、門司近辺は毛利勢力(門司城は破却させたけど)だけど石高には影響はないし。
  21世紀で言えば、福岡県と大分県を握っている状況です。
  石高でおよそ110万石ほどになりますね。
  次に従属国、つまり独立しているけど大友家の命令や要請に従ってくれる勢力によって構成されている国です。
  これが肥前・肥後北半分・日向北部で約50万石ほど。
  これらの国々から兵を募れば大友家の最大動員兵力は約四万になります。

 おお、凄いと思った人。
  これが全部使えるなら良かったのですが、守備兵等も置かないといけないので実質出兵可能兵力は二万程度。
  一万五千を門司城にぶちこんだ門司合戦がいかに大友にとっての乾坤一撃の戦だったかお分かりでしょう。

 対する毛利は、本国・従属国含め安芸・周防・長門・備中・備後・石見の六カ国で、約百万石を領有しています。
  21世紀の県で言えば山口県・広島県・島根県の半分という所でしょうか。
  でずか、経済力という点で見るとこれが逆転します。
  我が大友も博多や府内という港町からの収益が入るので他の大名にくらべて確実に裕福なのですが、毛利は桁が違います。
  毛利の経済力の柱は三つ、石見銀山と瀬戸内海運の掌握、そしてそこからあげられる情報。
  この巨万の富を生む経済力は毛利氏が大友・尼子の二大名相手に常時戦をしかけても余力があるほどでした。

 で、その話でいやな史実を一つ。
  大友は筑前・豊前をめぐる毛利との戦において、常に兵力で負けていたのです。
  立花道雪こと戸次鑑連が勇将として奮戦というのも裏返せば劣勢だったという事で……。
  なお、尼子滅亡後に来襲する毛利の総兵力は四万。
  史実ではこれに、秋月・宗像・筑紫・高橋・立花の国衆まで蜂起する最悪の事態に。
  高橋・立花なんて博多代官まで勤める大友一門ですよ。何寝返ってやがる。
  まぁ、門司の敗戦が無く、秋月を潰したからしばらくは筑前国衆もおとなしくはなるでしょう。

 とはいえ、自力が足りないならつければいいのです。
  で、とりあえず金です。
  石炭採掘とコークス加工でいまや筑前黒石と呼ばれる筑豊の石炭は、飛ぶように売れて、その専売権を持つ私に巨万の富をもたらしました。

 ここで毛利が邪魔を。
  石炭は筑豊炭田から遠賀川を下って博多に運ばれて売られるのですが、一番儲かる堺は毛利制海権の瀬戸内を通らないとならず。
  で、次善の策として筑豊に生産地に。
  遠賀川の水力を水車で利用したふいごを使うたたら場を作り、隠岐水軍の奈佐日本之助に金を渡して出雲から砂鉄を取り寄せ、このたたら場で作られた鋼を博多で売り、それを隠岐水軍に運んでもらって若狭に運ぶ。

 で、買ってくるのは近江国友の鉄砲です。
  織田信長が勢力を伸ばす前に金を与えて買えるだけ買っておかないと。
  国友投資は織田が伸びた後の外交チャンネルにする予定です。
  で、尼子支援は豊作続きの大友の米と栽培が成功したサツマイモを。
  毛利にとって尼子が滅べば次は大友です。
  既に月山富田城に手が届く所まで来ている毛利元就率いる毛利軍に尼子一党が勝てるとは思いませんが、せめて一年は滅亡を遅らせたい。
  あのチート武将とガチで戦うなんて考えたくないですから寿命狙いです。

 あ、博多商人に頼んで泡盛を大量に仕入れました。
  最初、酒をアルコール消毒に使おうと考えたのですが、この時代の酒の度数が低くて駄目に。
  で、近隣探して一番酒が強そうなのが泡盛みたいなので琉球交易拡大です。

 大友家全体の交易にも手を入れました。
  輸出用の硫黄の量を増やしました。
  火薬生産に必要な硫黄がこの豊後、驚くほど簡単に取れるのです。
  火山王国である事を忘れていました。
  何しろ、別府の温泉に浮いているぐらいですから。硫黄。
  九重山や由布岳、大友の友好国である阿蘇氏の阿蘇山火口から硫黄を採掘して売り出す事に。

 土硝法で硝石を自給できれば南蛮交易での奴隷売買を切り捨てる事ができるのですが、それをすると今度は南蛮船が来ない羽目に。
  事実、肥前松浦氏はポルトガル商船と揉めて平戸寄港を拒否され、大村氏の方に寄港場所を持っていかれたので大打撃を受けています。
  対毛利戦で水軍力を欲していた私がこの事態を見逃すわけが無く、隠岐水軍だけでは足りない船を松浦氏の水軍を使って確保する事に成功。
  彼らと対馬の宗氏を用いて、コークスを明や朝鮮に売りさばいています。

 博多、府内における奴隷輸出はこの一年で急激に減りました。
  代わりに奴隷輸入が増えているのが悩ましい所ではありますが。
  筑豊炭田採掘およびたたら場の人足は恒常的に足りず、女達は「大友女」と呼ばれる遊郭遊女の高ブランド化に成功したので、人買い商人達が人を売りに私の所に来る始末。

 特に別府は湯もあり、府内から近く、私が力を入れて遊郭整備をした事もあり千人近い遊女・白拍子・歩き巫女達がここで働く事に。
  薬用に買って来た泡盛はめでたく本来の用途に使われ、豊後水軍の若林鎮興にお願いして佐賀関で漁を。もちろん狙うは関アジ関サバ。
  日出城下の城下かれいも忘れない美味しい魚料理を用意。
  で、航海の安全に宇佐参りはいかがと船乗り達を誘い宇佐に参拝させ、別府で身も心も綺麗にという伊勢参りパッケージツアーのパクリで、寄らなくていい船までよる事に。

 なお、一般客とは違う船長や商人達には一般客とは違う待遇で特別の休暇をさせるべく、奥座敷たる湯布院まで運んで身も心も蕩けさせる「蓬莱めぐり」ツアーで濃密な奉仕を。


  …………絶対、宣教師の報告書に「別府はジパングのソドム」と書かれるのだろうなぁ………… 


  ついでに遊郭経営の話も。
  現在、宇佐・香春・別府・博多・原鶴・湯布院と六店ほどあり、そこで働く遊女や白拍子は二千人を越えます。
  私が運営している遊郭だけではなく、儲かるからと博多商人達も店を出した結果なのですが、この急拡大に人材育成が追いつかないのが難点です。

 で、別府に遊女・白拍子専用の学び屋を用意させました。
  そこで、男が喜ぶ奉仕や男との会話の仕方など、私や先輩達の知恵や技術を体系化・マニュアル化させて叩き込みます。
  うちの女達は高付加価値が売りなので手は抜きませんし、私の諜報機関でもありますから本当にできる人には読み書きそろばんまで叩き込みます。
  結果、そんな一人の遊女が博多商人の大店の後家に納まった事を聞いて、『計画どおり』と新世界の神みたいな笑みを浮かべていたら皆にドン引きされました。

 で、問題が白粉。
  鉛が入っているのは知っているから、なんとかやめさせないといけないのですが化粧なだけに禁止令とかだしてもきかないし。多分。
  酸化亜鉛や米澱粉で代用品を作っても「肌のつきが違う」と鉛入りを使う遊女がまだいるし。
  ならば、塗る回数を減らす、もしくは塗っても仕方ない方向に持ってゆくしかないと決意。
  この為に、全遊郭に風呂をつけたのですから。


  高額コースにおける風呂場での奉仕の義務付け。
  生理中や妊婦でも稼げるように低額コースの口での奉仕の導入。


  白粉がいやでも落ちる状況に持っていきました。
  後は代用品の質が上がる事を待つばかりです。

 
  …………本当に泡姫と呼ばれても仕方ないと自覚する珠姫もうすぐ十二歳…………


  梅毒ですがペニシリンが作れない以上根治は無理でしょうが、アオカビがいいという神のお告げは与えるので、そこから先の技術進歩に期待しましょう。
  何年でペニシリンが作れるか楽しみではあります。
  あと、高熱に弱いので、極力体を温める治療を推奨。
  危険な治療法でマラリアに感染させて、その高熱で菌を死滅させるなんて恐ろしい治療法があったり。
  感染者を砂風呂に埋めるか。
  あれ、死者がでるぐらいの熱さあるしマラリアよりましでしょう。


  さて、次はかき集めた金の使い道です。
  秋月騒乱以降、博多商人がかなりの額の金を貸してくれるようになりました。
  石炭輸出と遊女を使って博多商人に食い込んだ人脈のおかげです。
  その金を使って、一気に新田開発を押し進めます。
  開発河川は山国川・遠賀川・筑後川の三河川。
  十年ものの大工事ですが、完成したら約十五万石近い石高加増になる予定です。
  更に、街道整備に力を入れます。
  特に秋月から香春までの秋月街道は、私がいざとなったら博多に駆けつける軍用路として使うつもりでしたので特に力を入れました。
  先にあげた遊郭パッケージツアーの為に別府―宇佐と別府―湯布院も街道と宿場を整備させました。
  で、次は先に整備した街道同士を繋げます。
  香春から宇佐までの街道整備です。
  完成すれば、宇佐に住む私は府内は馬で一日、博多も馬で三日で駆けつける事ができます。
  工事完成は三年後を予定しています。
  他にも、山ばかりの豊後の地形を利用した牧畜も始めました。
  九重・玖珠・城島高原等に牧場を作り馬や牛の大増産を命じたのです。
  街道で物を運ぶのは馬や牛ですから、その数が足りなくなる事を見越してです。
  なお、これをはじめて私はやっと牛乳にありつく事ができました。
  豊乳計画の大事な大事な武器です。
  一日一杯は牛乳を飲むように心がけます。
  琉球から黒砂糖の輸入も個人的に始めました。小麦粉と蜂蜜も取り寄せて、卵も……はい。カステラです。

 財をなして、嗜好品をたしなむ。ああ上流階級。

 ……何で財を成したかはとりあえず突っ込まないように。

 最後、父上に話して、加判衆に話を通した上で、府内の再開発に取り組みました。
  まだまだ先の島津軍豊後侵攻の為なのですが流石にそれは話せず、「大友の威信の為」とでっちあげました。
  もちろん工事の財源は私持ちです。
  工事の主なポイントは次の五つです。

 府内の港の整備。今は瓜生島があるけど、あれ地震で沈むし。
  津波対策で別府から府内にかけて大堤防を建設。
  全ての建物の耐震工事の強化。
  大堤防の土確保の為に府内の町の外周に空堀を掘り、町そのものを城郭化。
  大友館の防御力強化と天守閣の建設。
  三十年計画で父上も加判衆も笑っていましたが、計画図面を見せた途端に顔色が一変。

 男って大きな建物がやっぱり好きなんだなぁ……私もだけど。



 

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