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大友の姫巫女

第一話 門司城攻防戦 前編 

永禄四年(1561年)十月 豊前国 門司

 関門海峡を挟んで軍が集結している。
  九州側に陣取るのが、大友軍。
  本州側に陣取るのが、毛利軍。
  そして、九州側の端にある門司城にも毛利の一に三つ星紋が翻る。
  そんな戦場に似つかわしくない巫女が一人、供を連れてその惨状を眺めていた。


  現実の戦場に立って思い知った事が三つ。
  最初に死体。
  私がいる大友軍だけで一万五千。
  これだけの大兵力だと死体処理も追いつかない。
  仕事と割り切るがまだ夢に出る。
  それでも斬り死にの死体とかは可愛く見えるようになった。
  やっかいなのが腐乱死体。
  あれ本当にやばい。
  いっそのこと白骨化してくれたら助かるのに……
  一つは血と硝煙の臭い。最初慣れずに何度吐いた事か。
  さすがに九州は鉄砲の伝来が速くてこの戦で千丁も揃えているのにはびびった。
  で、それで門司城が落ちてないのがまたなんとも。
  毛利方の鉄砲は攻勢正面でばたばた大友兵を倒しているというのに。
  そして意外なほどに長い待ち時間。
  だから私みたいな存在が士気高揚に役に立つのでしょうね。

 自己紹介が遅れました。
  私、宇佐八幡で巫女をしています珠(たま)と申します。
  父親は大友軍総大将大友義鎮。

 母親は…………比売大神(ひめのおおかみ)

 父上。幾ら色狂いだからと言って、神様とまで交わらなくてよろしいでしょうに……
  おかげて神力つきで前世の過去持ちで私は生まれましたとも。
  21世紀日本のオタク男子の前世を。
  物心ついて「うわー役たたねー」と絶望したのはいい思い出です。
  別府の湯治場で交わって、私を身篭って生んだ後父上に押し付けたとか。
  母上も母上だけど、それで育ててくれた父上も父上だ。
  しかも時期的にその両親が私を作っていた時期って、露骨に大友二階崩れとかぶるのですが……
  てきとーに遊女ひっかけて出来た子引き取っただと思うのだけど、それだと前世の記憶と神力の理由がつかないんだよなぁ。
  与えられた神力は二つ。
  一つ目は身体的な事だけど、美貌と容姿、おまけに健康。
  元男だけど女に生まれた以上、これは素直に感謝。
  二つ目は豊饒の神力。
  何処の賢狼かと突っ込みたいが、ゆっくりと地力を溜めて豊かな大地にできます。
  前世知識で開発始めた方が豊かになりかねんと気づいて、悶絶した程度の力です。
  何?このびみょースキル?
  まぁ、母上自身が21世紀では幻想郷に行きかねないほど忘れられた神様なので、仕方ないのですが。
  一応宇佐八幡の主神ですよ。主神。
  いや、本当に一度宇佐八幡に来てもらうと分かるから。祭られている場所の位置で。
  八幡神が主神と勘違いしている人ばっかりだし。
  大友にも毛利にも「八幡大菩薩」の旗が。
  だからこんな場所に引っ張られてきたのですが。
  まだ初潮もきていない花の十歳児なのですよ。にぱー。
  前世の記憶をフル動員して三歳にして言葉と文字を覚え、五歳にして算術と和歌・茶道を嗜み、八歳で「神童」と家臣達に持ち上げられながら宇佐八幡の巫女に納まりましたよ。ええ。
  ていの良い人質とも言いますが。

 ちょっと真面目な話をしますが、宇佐八幡のある豊前の国ってのは九州の玄関口で本州との境目にある事もあり常に騒乱の舞台になっていました。
  近年は大友と大内が死闘を繰り広げ、大内が滅んだ後にこうして毛利と激しく争う事に。
  そんな土地柄だから、地元豪族は完全に大友に臣従していなくて、こちらが弱くなれば即座に寝返る始末。
  で、私が宇佐八幡に送り込まれたのです。
  何しろ子供ですから、侍女やその護衛を堂々と宇佐に駐屯できます。
  「神童」である大友の娘が宇佐八幡の巫女になるというのは、神仏の力が強いこの時代において大きな影響力を持っているのです。
  ちなみに養母であり父上の正室でもある奈多夫人には、私自身が寺社作法を学び吸収した事もありかわいがわれていました。
  誰の子か知らぬ(神の子なんて信じないだろうし)私を、

「母上と呼ぶが良い」

といい、私の宇佐八幡行きを押したのが奈多夫人でした。
  もちろん、打算もあります。
  宇佐神宮を掌握すれば、豊前南部の国人衆を大友側に引き込めますし、それを後押しした奈多夫人とその父上奈多鑑基殿の影響力が増しますから。
  だから言えません。

 

 私がまだ嫁に行きたくないからの窮余の一手だった事を。
  私の前世が巫女服萌えだった事を。
 

「姫様。こちらにおられましたか」

「爺、元気だったか」  

 私が爺と呼んだのは、私が世話になっている宇佐衆筆頭の佐田隆居。
  実質的に私は彼にあてられた人質であり、私の才をいち早く見抜いて私を学ばせ、時に叱るので私は爺と呼んで懐いている。
  当然、褒める時は甘いものをくれるからなのだが。
  しかし、女の体になってみると甘いものが麻薬のように欲しくなるのは何故だろう?
  今回の戦において大友側の豊前国人衆は、総動員をかけられている。
  そんな豊前国人衆の士気高揚の為に私もこんな所に出張るハメに。
  なお、こんな場所に私一人で出張るとエロゲ的陵辱イベントに遭うのは分かっているので、私の周囲には常に護衛がついている。
  その護衛が佐田隆居の息子の鎮綱なのだが、真面目で文武両立していて公私の一線はきちんと守る。まさに執事。
  私は心の中で「ハヤテ君」と呼んでいるのは内緒だ。

「お館様がお呼びです」

「父上が?
  で、どちらに?」

「松山城にて。
  そこを本陣に構えるご様子で」

「わかった。
  ところで爺、あの城落ちると思うか?」

 門司城を指して爺に尋ねると、爺はあっさりと言った。

「厳しいですな。
  後詰を抑え切れませぬ」

 それを父上に伝えろという事か。
  前世知識で、この戦が大友の敗戦で終わるのは知っている。
  というか、戦国が終わる時に大友という大名家が存在しないのも知っている。
  第二の人生とは言え、父や養母が守ろうとした豊後大友家という家にそれなりに愛着もある。
  何より、母上の知名度UPの為に歴史をひっくり返さねばならない。

 

 

 天下が欲しいとは思わない。
  けど、歴史どおり滅ぶつもりはもうとうない。
  その決意を胸に、私は歴史改変の本格的第一歩を踏み出す。
  その先は私にも分からない。

 

 

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