大友の姫巫女 第四十八話から第六十四話まで


大友の姫巫女 第四十八話 ある杉乃井の一日
大友の姫巫女 第四十九話 秋月の忠臣
大友の姫巫女 第五十話 宴席公卿と仕事する人々
大友の姫巫女 第五十一話 ふるさとは遠くにありて思うもの
大友の姫巫女 第五十二話 雷神光臨
大友の姫巫女 第五十三話 別府大茶会(前編)
大友の姫巫女 第五十四話 別府大茶会(後編)
大友の姫巫女 第五十五話 高崎山艶話
大友の姫巫女 第五十六話 嵐を呼ぶ姫君襲来!
大友の姫巫女 第五十七話 泡姫と海賊姫と宣教師
大友の姫巫女 第五十八話 豊西戦争 前夜から一日目
大友の姫巫女 第五十九話 豊西戦争 一日目夜 北浜夜戦
大友の姫巫女 第六十話 豊西戦争 二日目
大友の姫巫女 第六十一話 豊西戦争 三日目 別府湾海戦
大友の姫巫女 第六十二話 豊西戦争 あとしまつ
大友の姫巫女 第六十三話 大友の後継者達
大友の姫巫女 第六十四話 珠姫誘拐未遂顛末


大友の姫巫女 第四十八話 ある杉乃井の一日 

 杉乃井遊郭の朝は早い。

「ふぁ……
 よいしょっと」

 櫓門になっている杉乃井大手門から、唐風衣装を着た姫巫女衆が降りてくる。
 姫巫女衆は、常に三人一組で動く事を義務付けられており、手には、薙刀か弩を持つのが基本とされている。
 なお、彼女達は鉄砲を持っていない。
 反動に女の体が耐えられないのと、火薬の火花で火傷をするからだ。
 だから鉄砲衆の確保の為、御社衆たる男達もこの大手門に詰めている。
 なお、この服の事を「中国服」と珠姫が呼んだのだが、その唐国である明の商人もこんな服は見た事が無いという。
 太もも丸見えの深いスリットで男達をメロメロにしているのだが、警護としてそれはどうなのかという意見は当初から言われていた。
 とはいえ、門を守る彼女達しかこの扇情的な服を着る事はできないので、それなりに花形部署になっていたりする。

「かいもーんっと」

 姫巫女衆の声にあわせて御社衆の男達が門を開けてゆく。
 遊郭であるので朝日と共に開門し、夜には門を閉める。
 それ以後の出入りは禁止であり、客はお泊りという形で遊郭の中で遊ぶのだが、当然顔を知られたらまずい人もいるので、門番である彼女達に話せば門は開けてくれる。

 そして開門と同時にわらわらと入る人達。
 客な訳もなく、大友中枢にいる珠姫への陳情とご機嫌とりだったりする。
 おかげで、彼女は本拠である宇佐に中々帰れておらず、多くの者もこの別府の御殿が本拠と勘違いしているのだが。
 話はそれるがこの別府は大友本家の直轄地であり、別府の治安や行政は別府奉行の木付鎮秀(なお、彼も同紋衆である)が勤めていたりする。
 とはいえ、なし崩し的に大友家最高意思決定機関の加判衆右筆なんて人間の別邸(あくまで建前)が、あまつさえ門前町まで作ってしまう現状に行政上、下の人間が泣きを見たわけで。
 御社衆の若い奴が門前町で別府奉行の配下と喧嘩をやらかした時は、珠自ら一人馬に乗って、荒ぶる有袋類奥義の「シャイニングスパイラル土下座」をかまして別府奉行に勤める全員を呆れさせるハメに。
 で、慌てて追っかけてきた麟姉さんと木付鎮秀両方から、

「腰が軽すぎです!もっと大将たるもの……」

と、説教一時間コースの果ての折衝で、

『行政はあくまで別府奉行、杉乃井とその門前町は珠の領地として扱う』

事で合意が成立する。

 なお、別府の領地変更(杉乃井を加える為に珠は駅館川開発地二千五百石を差し出している)を加判衆評定にかけた時にその一部始終が伝わっており、父大友義鎮などは珠を見て笑いを堪えるのに苦労したとか。
 おまけだが、このシャイニングスパイラル土下座を知瑠乃がマスターしようとして豪快に頭を打ち、長寿丸に「ばーかばーか!」とからかわれて大喧嘩となったのを、遊女の恋の報告で杉乃井上層部(つまり麟姉さん)の耳に入り、

『杉乃井遊郭内での射位人愚洲敗羅瑠土下座禁止令』

 なるものが発令され、知瑠乃にそんな馬鹿技を見せたのがやっぱり珠だったと分かって、珠は麟姉さん+白貴姉さんのダブル説教(とはいえ麟姉さん独演会に近かったのだが)三時間コースの地獄を見る羽目に。
 なお、忍の体術にはちょうどいいと楽天地のくノ一養成施設では、試験の一つになっていたりするのだが。

 話を元に戻そう。
 で、珠が右筆なんぞになってしまったが為に、こっちにまで陳情者やご機嫌取りが来ているのだった。
 さすがに帰れとは言えないので、これ幸いにと伊予宇都宮家から引き抜いた藤原行春と瑠璃姫夫妻に丸投げしていたりする。
 宇都宮家でも城主をやっていただけに、可も無く不可もなく彼らを処理する夫妻に、本気でいい買い物をしたと珠は喜んでいたが、当人達は、かつての米津城とはけた違いの人数に、いっぱいっぱいになりつつあるのだが。
  
 この遊郭の門前町はそんな陳情者の宿も多くあり、当然その宿でも遊女達が商売をしていたりする。
 一つの公共施設が町を形成する良い見本といえよう。

 杉乃井遊郭は断崖絶壁に立てられた遊郭なので、この門の先からは階段が続く。
 これがけっこうきつい。
 足腰が弱い人の為に駕籠が用意していたり、途中に茶屋を作ったりとそのあたりのフォローもばっちりだったりする。

 昼ごろになると出入りの客層が変わってくる。
 陳情者は姿を消し、今度は遊女の出勤や遊郭出入り商人が酒や食べ物を運んでくるのだった。
 多くの人が住む以上、その手の出入りはどうしても大掛かりになる。
 なお、遊郭である以上朝の仕事に掃除と洗濯があり、城壁や屋根に一斉に干される蒲団や、温泉を使う洗濯で洗われた着物など戦の旗指物のように並べられるので、この城いつも戦支度をしていると間者が勘違いした事例が後の書に残っていたりする。
 最近は三の丸御殿の一部にせり出した櫓を造り、その下に縄で吊るした篭を下ろして搬入するしくみも作ったとか。
 ある種、山城に近い杉乃井遊郭での生活の知恵といえよう。
 ついでだが、この御殿、温泉が湧くほどだから水も無駄にあり、篭城してもまず水手は切れない。
 もっとも、山腹の城ゆえ山頂から攻められると弱いという弱点もあるのだが。
  
 禿の女の子が駆けて来る。
 背中に珠姫の旗となった「社杏葉」の旗をつけている禿は、客でも避ける事がこの御殿の決まりとなっている。
 それは、軍政上必要な伝令の役目をはたしているのだから。

「姫様お出かけ!
 姫様お出かけ!」

 こうして叫んで御殿の主の外出を伝えるのも彼女達の仕事である。
 貴人の外出はそれだけで下々にとっては一騒動である。

「馬用意して!」

「馬車持ってきて!
 新しく揺れない馬車ができたってそっちの方!」

「別府の奉行に使いを!
 姫様が出るから護衛の侍を用意するようにと」

 普段の生活がここ杉乃井である珠は、右筆の仕事をする為にこうして出かける事が週に数度ある。
 なお、当人の価値をまったく気にしていない珠は当初一人で馬に乗って早駆けなんてするから、回りの人間(特に麟姉さん)の胃をそりゃ悪くしたそうで。

「だったら、安心して走れるようにすりゃいいんでしょ!!」

 と、府内―別府間の街道を馬による警護巡回と、高崎山の出城を使った狼煙の伝令制度の設置、更に舞や霞・あやね達くノ一忍者の訓練場を高崎山に指定する事による待ち伏せ排除等の制度を整えてまた周囲の度肝を抜く。
 おかげで、別府―府内間の街道治安は凄く良くなり、人と物が安心して運べるのだが、この一件を評した角隈石宗は、

「あの姫は、どうも事の発端を無視して、事の元凶を潰しにかかろうとする。
 それがいい事か悪い事か、どうも判別がつかぬ」

 と嘆かせたりしているのだが、最近は四郎という男も出来て、お腹も大きくなったので少し落ち着いたと周囲を安堵させていたりする。

 さて、御殿の主人のお出かけともなると、当然手の空いている者全員が見送るのが慣例である。
 「そんな慣例いらないわ」と珠姫本人が廃止を主張しているのだが、麟姉さんに瑠璃姫という常識人が増えた事もあって、まだ実現していない。
 だから、珠姫の前に薙刀を持った巫女達が堂々と歩き、左右に着飾った遊女達が平伏し、その中央に四郎、白貴太夫、豊後太夫、瑠璃御前を従えての行列は杉乃井の名物になりつつあった。
 なお、一人でふらふら出歩くのを好む珠は、恋という遊女が自分に極似しているのをいい事に、恋を身代わり(足りない胸にはみかんを詰めた)に裏口からこっそりと抜け出そうとして、

「やると思っていたよ。姫様」

 と、待ち構えていた恋の上役になる花魁の由良にとっ捕まり、馬車内説教フルコースを味わう羽目に。
 珠は自業自得とはいえ、それに付き合って珠の隣で聞いている四郎を見て、人々は「さすが毛利の子よ。耐えるのを知っている」と、妙な評価を得る始末。
 この話、元大内領だった豊前や筑前で特に広がり、前当主で大内の人質になった毛利隆元と四郎を被らせているのだろう。 

 これだと、ただの珠姫様失敗記になるのだが、恋に吉岡長増が色々入れ知恵しているのを聞いて、

「替え玉ができたって事は、いざとなったら私を消してもいいってわけね。
 大友家の諸改革は「珠」が生きている事が大事であって、珠名義で色々できるしね」

 と、しっかり釘をさして黙認する当たり、「さすが殿の子だ」と苦笑したとか。

「できれば、私に代わるぐらいに育ててよ。
 そしたら奥に引っ込んで四郎といちゃいちゃするから」

 と、続く珠の言葉に「やっぱり殿の子だ」とため息をつかれたのはご愛嬌だろう。きっと。


 日も暮れると杉乃井の遊郭の隅々に灯りが灯り、不夜城の姿を曝け出す。
 何しろその灯りは府内からも見えるというのだから、推して知るべし。
 賑やかな宴の声に、鳴り響く音楽。
 湯気はそのまま闇に消え、嬌声は金と男の欲望を引き出して更に淫らに夜の闇に溶け込む。


「へいもーん」  
 
 この声と共に門が閉じられ不夜城の一日が一応終わる。
 中で男と女が一夜の愛を語り合ったりするのだが、それはこの杉乃井ではいつもの事。

 

「だから、いつもいつも夜帰って裏から入るのはどういう事ですか!姫様!!
 しかも、また馬車内でしたでしょう!
 臭いますし、垂れています!」

「仕方ないじゃない!
 加判衆の仕事が多いんだからぁ」

「だから朝に出ましょうと毎日言っているじゃないですか!
 それなのに、四郎殿と朝からするからこうして昼に出る事に……」

「じゃあ、麟姉さんは朝の四郎のあれを見ないふりをしろと!
 立っているのにかわいそうじゃない!」

「で、三刻もまぐわって、あげくに温泉に入りなおして、そこでもう一回戦はどうみてもやりすぎです!」


 裏口でなんだかこんな痴話喧嘩が聞こえてくるのもいつもの事だろう。
 多分。

 

補足

 今回出てきた遊女の恋と花魁の由良は、大友の姫巫女XXX(作者大隅氏)の許可を得て使わせてもらっています。



 


大友の姫巫女 第四十九話 秋月の忠臣

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 何だかこの出だしも久しぶりのような気がします。

 気づけば季節はもう春真っ盛りです。
 プーさんが笛を吹く季節で私のお腹も大きくなりました。

 だからえっちはお休み中というかお休みにさせられました。
 ……大丈夫と言っているのに、麟姉さんや瑠璃姫がそりゃ延々と私と四郎に諭したので。
 四郎はさすがに自重できる男なので、我慢はしているけどあれは生理的なものもあるので。はい。

「じゃあ、遊郭でてきとーに女ひっかけてきなさいよ」

 と私が進めるのだけど、

「私は姫だけで十分です」

 なんて真顔で言いやがるし。
 照れるじゃないか。

 仕方が無いので胸と口での奉仕で我慢してもらいましょう。

 なお、我が母なんぞ父と遠慮なくやりまくっていたそうで。
 その時の家中は、妾だからいいやという感想だったとか。
 大切にされているというか、立場って大事というのか……

 という訳で、空いた時間を仕事に使う女となった珠です。
 対毛利戦においての懸案事項を一気に片付けてしまいます。

 まずは狼煙を使った伝令制度を豊前と筑前にまで広げました。
 豊前は松山城を最前線に狼煙台を造り、街道工事も立石あたりまで進んでいるので兵を一日で宇佐まで持っていけそうです。
 難儀だったのは筑前。
 博多での一大事を伝えるのはいいとして、兵の到達に早くて一週間かかるのはちょっと問題です。
 で、日田に駐屯地を造りました。
 日田鎮台と命名。
 この軍を中核に各地の国衆を集合させるので、偉そうな名前を引っ張ってきました。
 ここに兵を千人常時置いて狼煙台を日田にも引っ張ります。
 原鶴・二日市の遊郭を拠点にすれば博多まで三日です。
 と、加判衆評定で提案したら、その次の日に、

「それがしにその役目を与えてくださりませ」

 と、不意に田北鑑重が別府まで来て志願してきたりする。

「姫様はおっしゃいました。
 伊予で『今の情況では、前線に一人は一門の人間が入らないとまとまらない』と。
 この日田鎮台は、筑前・筑後の戦の先鋒となる戦力。
 同紋で加判衆も勤める我ら田北が勤めれば、国衆も集まりやすいでしょう」

 ああ、伊予での宿題を果たしに来たわけだ。
 ちゃんとこっちの意図を分かって志願しているのが嬉しい。
 私が日田鎮台を率いて、先鋒として火消しをする事を読んで、私に匹敵する格を持つ自らが志願するか。
 その心意気買った。

「いいわ。
 伊予での約束果たしてもらうわよ。
 けど大丈夫?
 府内と日田の移動は結構きついわよ」

「軍のほうは弟に率いてもらいます」

 なるほど。自分は府内で仕事はしつつ、弟に名前を貸す訳だ。
 弟は田北鎮周。耳川合戦の先手大将。
 彼なら問題ないだろう。後ろで手綱を握れるのならば。
 とはいえ、ブレーキ役を一人入れておくか。

「構わないわ。
 で、日田鎮台に一人入れて欲しい人間がいるの。
 恵利暢尭。
 秋月の若武者よ」

 秋月という言葉に田北鑑重もぴくりと体を震わせる。

「信用できますか?」

「主家再興を、私に訴えかけるぐらいには信用できると思うけど?」

 


 そうなのだ。
 主家秋月氏が秋月騒乱で滅び、私に寝返った秋月家臣以外の所領は全部私の懐に入ったのだが、それは最後まで秋月についていた人間の所領を奪う事を意味していた。
 で、そんな彼らは農家に戻ったり、新しい領主になった私が雇ったりして夜盗化を防いでいたのだが、そんな彼が香春城代の高橋鎮理の所に出向いて、

「ぜひ、秋月家の再興を!」

 と、志願したので私の耳に届いた次第。
 また、ちょっと前に香春・筑豊領を私が手放そうとした事もあり、もしかしてという機運があったのかもしれない。
 まぁ、若武者一人の戯言と済ませてしまってもいいのだけど、思うところがあって私がわざわざ香春まで出向いて面接したのだった。

「正直に言うわ。
 私、秋月種実が怖いの」

 まぁ、滅ぼした本人の口からこんな言葉が聞こえてきたのだから、恵利暢尭も高橋鎮理もついてきた政千代や四郎も呆然。

「だって、彼は戦も政も私より才能あるわよ。
 何より、機会を取らえるのは九州一ね。
 私が彼を殺さないのは、彼を殺す事で、秋月旧臣の反乱の火種になるのを避ける為よ」

 ちなみに彼は府内に来るまでに女性不信にちょっとなって、今は国東半島の高山寺で僧として静かに(監視をつけて)暮らしている。

「もう秋月に姫に逆らう力はございませぬ。
 ですから、どうか再興を!」

 恵利暢尭の若武者らしい熱い言葉を私は即座に切って捨てる。

「嘘ね。
 秋月には無くても、大蔵党一族にはあるでしょ。
 我が大友がどれだけあの一族に手を焼いたと思っているのよ」

 さて、今私が言った大蔵という名前なのだが、まず二十一世紀の人は知らないし、戦国ゲームをやっている人ですら「誰?」の言葉が返ってくるだろう。
 ところが、この戦国において、そりゃもう大友の怨敵と言っていいぐらいの邪魔をしやがる一族だったりするのだ。これが。

 日田英彦山を根城にする地場豪族の連合体で、その派生した家を列挙すれば、原田氏、秋月氏、波多江氏、三原氏、田尻氏、高橋氏等、北部九州に根付いており、更に婚姻で血の広がった家まで含めれば、筑前で大蔵の血が入っていない所はないといわれるぐらい。
 本家などは歴史に消えているのだが、地場豪族が大蔵の名前でご近所付き合いをして集まるからなおたちが悪い。

 歴史の話になるけど、源平合戦が終わり、鎌倉幕府が成立した時から、西日本では特に西国に下向した御家人と地場武士の衝突が発生していた。
 我が大友家も鎌倉御家人であるがゆえに、下向から地場武士である大神氏(緒方三郎惟栄なんかが有名)と血で血を洗うバトルを繰り広げていたりする。
 豊後の地場一族の大神氏を、ある家は大友の血を入れたり、またある家は粛清したりしてやっと大友による領内統一が完成する。

 ところが、この大蔵氏については支配領国が豊前・筑前という事もあって、少弐氏や大内氏と国主が変遷した為についに地場武士を根絶やしにできなかったのだった。
 で、豊後大蔵党の血を引く日田氏は私の爺様に当たる大友義鑑によって滅ぼされ、更にその日田氏の傍流同士の内紛を起こして徹底的に弱体化させられた。
 大蔵党一族の反大友風潮はこれから始まったと言っても過言ではない。
 特に史実の対毛利戦(門司合戦・立花合戦)では、その最初から最後まで反大友を貫いて、父上なんて激怒の果てに宇佐だけじゃなく、彼ら大蔵党の精神的支柱だった英彦山(山伏で有名)まで焼き討ちにしている。
 という訳で、日本古来の宗教勢力にそっぽ向かれた父上は、キリスト教に逃げたんだろうなぁとふと今にして思ってみたり。

「姫様。
 秋月、筑紫、原田、高橋とその大蔵党を悉く潰しているお方のお言葉とは思えませぬな」  

 恵利暢尭の皮肉に私も嘲笑で返す。 

「当たり前じゃない。
 近く行われる毛利との大戦を前に、謀反の火種は消すのが当然でしょう。
 秋月は毛利に恩義がある。
 それを裏切れと私が言わないその寛大さを褒めて欲しいわね」

 近く行われる毛利との大戦という言葉に恵利暢尭だけでなく、高橋鎮理も体を硬くする。
 毛利戦においては、この香春岳城も戦火に巻き込まれる可能性が高いのだ。
 で、何故か恵利暢尭の顔に疑問が広がるのが見える。

「何よ?
 何か言いたい事があるの?」

 何でか私の顔と四郎の顔を交互に見た上で、私の誘いに意を決したかのように恵利暢尭が口を開く。

「いえ。
 姫様は毛利の若君と婚姻なさるとかで、毛利側に立つと思っていたので」
 

 は?


「ごめん。お願い聞こえなかった。
 もう一回言ってくれないかな?かな?」

 怪訝な顔をした恵利暢尭は再度同じ言葉を繰り返す。

「ですから、
 姫様は毛利の若君と婚姻なさるとかで、毛利側に立つと。
 失礼ですが、そのお腹毛利の若君の子で?」

 おーけーおちつけくーるになろう。

「だ……
 誰が言ったのよっ!!!!
 そんなとんでもない事をっ!!!!!!!」

「ひ、姫様落ち着いて。
 お腹の子にさわります」

「姫。お願いですから気を静めて」

「静まっているわよ!
 ちょっとストレス溜まっているからこの場で四郎を求めるぐらいに!」

「南蛮言葉は分かりませんが、姫様ご乱心ですっっ!!」

「押さえて!
 姫様抑えて!!」

 というわけで。
 とりあえず気を静めようという事で、お茶なんて立てていたりする。
 いや、おいしいわ。
 八女のお茶。 

 で、気を落ち着かせようとしている私の耳に、恵利暢尭の実にストレスの溜まる言葉がグサグサと。

「何でも、珠姫は毛利の若君に恋して父上に疎まれているらしく、近く姫様と父上の間で戦になるとか。
 で、毛利は嫁であり、一門である若君を助ける為に戦をするのだと。
 この豊前・筑前では有名な話で」

 お茶を優雅に飲み干して、ため息を一つ。

「じゃあ、何でその私が大蔵党を潰しているのよ。
 矛盾しているじゃない」

「ですから、姫の名前を使って先に父上が潰しているのだと。
 何しろ、姫の側に常に毛利の若君がおられ、姫様がその若君の子を宿している以上、父上との戦は決定的だと」

 こーいう愉快極まる悪戯をかましてくれるのは、間違いなくあのチートじじいでしか無い訳で。

「四郎。
 殺っちゃっていい?
 あんたのパパン」

 私が四郎に振り向いて笑ったのに何故か皆ドン引き。あれ?

「ぱ、ぱぱん?
 ああ、父上の事ですか。
 それより姫。笑顔が怖いです……」

 そして真顔で何かを考えて口を開く。

「無理ですね。
 今の状況で戦になったら、豊前・筑前の国衆はまともに動きませんよ」

「だよねー。
 姫巫女衆総動員して、私は大友側だって訴えないと。
 ぁぁぁ……またやる事が増えたぁぁぁ」

 人目など気にせずにごろんと大の字になってため息をつく私。
 あれ、なんで赤くなる。恵利暢尭。

「姫様……着物…見えます……」

 ぽん。

「はしたない所をお見せしたわ。
 とりあえず忘れるように。いいわね」

 こくこくと頷く私以外の四人。
 
「あ、そうだ。
 本来の目的忘れていたけど、あんたの主君間違いなく毛利側につくでしょ。
 息子でいいなら家継がせてもいいわよ」

「本当ですか!」

 その言葉に飛びつく恵利暢尭。
 実は、彦山川合戦の後で、遊女の何人かがめでたく秋月種実の子を宿していたのだ。
 女ならもらおうと思っていたけど、男なら坊さんコース確定なのもかわいそうだとも思ったし。
 
「親はともかく、まだ子供に罪は無いわよ。
 貴方がどれだけ家を再興させたいか知らないけど、うちに来て働くなら秋月家再興させてあげるわ」

「ありがたきしあわせ!」

 大声を出さないで。
 響くから。

「けど、いいの?
 直参で取り立てたら、あんたに丸々知行が行くのに。
 他の人もそうしているけど」

 尋ねたら今日一番のいい笑顔で恵利暢尭は言い切った。

「それがし、こういう風にしか生きられませぬから」

 秋月にも忠臣はいたか。
 恵利暢尭を下がらせた後に、残った私達は言葉にする事無く同じ事を思っていた訳で。

 

「なるほど。
 秋月の忠臣ですか」

 香春岳城の一部始終を伝えると、田北鑑重も疑念を忘れていい笑顔で呟く。

「案外、人望があったみたいね。
 秋月種実は。
 百人越えたから、恵利暢尭にまとめさせているわ。
 大蔵党の懐柔も頭に入れといて彼を使ってね」

 大蔵党全体に対しての手として、粛清より懐柔を意図させる私の指示に田北鑑重も静かに頭を下げたのだった。

「かしこまりました。姫様。
 ところで、このような鎮台はあといくつ作るおつもりで?」

 そこまで読んでいたか。
 田北鑑重の評価を上方に上げておかないと。

「日田に中津、南は臼杵に作るわ。
 で、府内の旗本を旗本鎮台として再編成させる。
 各鎮台の定数は千人を目処にする。
 一応、この四鎮台の兵は常備兵にするつもり」

 この鎮台制度の導入を前に、本国豊後と本国扱いの豊前・筑後にて一領具足制度を導入している。
 具体的に、各鎮台にて登録をした者は、戦時に動員がかけられる代わりに、年貢を半分に免除する事にしている。
 で、彼等の動員時期は四分割のシフトローテーションを組ませることで、生産力低下に歯止めをかける。
 そして、鎮台登録者以外の勝手働きは禁止する命令を布告。
 兵農分離制度の走りではあるが、完全に分離できないのは国衆連合体である守護大名大友家の限界だから仕方ない。
 この鎮台制度の目的は、戦時における動員兵の把握と、ある程度の裁量権を持つ現地司令部の設置にある。 
 何しろ、府内に急報が伝わらないと兵が動かせないというのは遅すぎる。
 加判衆がそれぞれ責任を持つ現地司令部に水際の防御をさせるだけでも、国衆の離反はかなり抑えられるだろう。
 
「中津は私が握るわ。
 臼杵は、吉弘鑑理に任せるつもり。
 この間帰参した佐伯惟教はここにつけるわ。
 水軍衆はこれまでと同じ様に若林殿に。
 で、旗本鎮台。
 父上の陣代として大友の総大将になる男は戸次鑑連を」

 旗本鎮台が総司令部、そして中津・日田・臼杵の鎮台を現地司令部と定義する事で、軍務上の上下関係を明確化させる。
 で、鎮台同士の合同作戦において現地司令部を上位と置く事で、命令系統ははっきりするはずだ。
 あれ?
 田北鑑重の顔に不満が見えるが。
 ああ、私が鎮台を結局握って暴走すると踏んでいるのか。

「私も貴方と同じ名前貸しよ。
 実際の指揮は爺や城井鎮房に任せるわよ」

 彦山川合戦で共に戦った爺こと佐田隆居や城井鎮房ならば、豊前国衆も従うからね。
 その一言を聞いて田北鑑重の顔に安堵が浮かぶ。

「あと、荷駄奉行を作って田原親賢にやってもらう事にするから」

 うわ。
 田原親賢の名前を聞いて露骨に顔をしかめているよ。

「そんな顔しないの。
 彼も大友に忠誠を誓っている身なのだから。
 彼に兵糧運搬等の荷駄を任せるわ。
 で、彼の上司に陣代の戸次鑑連を当てるから問題はでないでしょ」

 まぁ、小原鑑元や一万田鑑相が謀反を起こしたから、寵臣を警戒するのも分からないでもないが。
 頭に戸次鑑連をつけるという私の提案に田北鑑重も不承不承に了承する。


 少しまとめてみる。

 大友軍 平時編成(戦時はこの三倍から五倍)

 旗本鎮台(総司令部) 陣代      戸次鑑連   千
               荷駄奉行   田原親賢    
               水軍奉行   若林鎮興
                        安宅冬康

   日田鎮台      総大将     田北鑑重   千
                         田北鎮周
                                恵利暢尭

   臼杵鎮台        総大将        吉弘鑑理   千
                               吉弘鎮信
                               佐伯惟教

   中津鎮台        総大将       大友珠    千
                              佐田隆居
                              城井鎮房

 で、これに隠し兵力として私の直下の兵が加わる。
 各遊郭に散らばらせているのが難点だが、初期防衛戦時には各鎮台指揮下に入るように命令を出しておく。
 
   大友珠    直属兵力   御社衆            二千(ただし、各遊郭に散らばっている)

                         佐田鎮綱
                         毛利元鎮
                        藤原行春

                        姫巫女衆  五百(戦場に出れる遊女という意味。同じく各遊郭に散らばっている)

                         豊後太夫(吉岡麟)
                         白貴太夫
                     瑠璃御前

 
 ひとまず、これを毛利と戦う前提組織とする。
 で、外交官かつ博多奉行の臼杵鑑速、伊予方分も兼務する一万田親実は、内政官として府内で仕事をしてもらう。
 阿蘇氏への配慮と、一族内部の微妙な問題(一族割れているし)で大野鎮台を作らなかった志賀親守は予備兵力として残しておく。


 で、だ。
 この案が加判衆で通ったら、田原親賢の名前で拒否反応出る奴が続出。
 あんたドンだけ嫌われているんだよ。

 あげくに府内城でこんな陰口を利く事に。

「ふん!
 奴など槍働きより、算盤しかできぬではないか!
 それで奉行など片腹痛いわ!!」

 ぷっちーん。

「算盤を馬鹿にするなぁぁぁぁっ!!
 あんたが戦場で白いお飯食べられるのは、誰のおかげだと思っている!
 矢や火薬を運んでくれるのは、誰のおかげだと思っている!!
 討ち取った首を功績に数えて、供養するのは誰だと思っている!!!
 槍働きができずに算盤を馬鹿にするなら、まず私を馬鹿にしなさいよっ!!!!!」

 うん。
 幼女妊婦大立ち回りの巻。
 影口叩いた若武者の襟首掴んで、かっくんかっくん揺さぶっての説教ですよ。
 四郎や政千代が止めるわ、府内城詰めの侍が駆けつけるわ、ノリは松の廊下でしたよ。まじで。

 で、この影口叩いた若武者ってのが小野和泉と申しまして……

「この度は、姫様に無礼を働いた事、慙愧に耐えぬ所存。
 本来なら、切腹を申し付ける所でござるが、この侍、彼は実に豪勇無敵の士であります。
 彼に攻めさせれば、いかなる堅陣であっても攻め破れぬと言う事はございませぬ。
 真に武夫の本領を得た者であり、何卒寛大な処置をお願いしたく……」

 うん。
 彼の上司になる戸次鑑連が彼を連れて詫びにきましたよ。
 加判衆は皆逃げるし、父上は大爆笑するし、まるで私が悪役みたいじゃないか。
 結局、彼は別府にて吉岡長増や田北鑑生の老後の楽しみ学校に強制入学させましたよ。
 算盤は無理でもせめていろはぐらい覚えていきなさいね。



 


大友の姫巫女 第五十話 宴席公卿と仕事する人々 
  
 お元気ですか。
 宇佐で巫女をしている珠です。

 官位がやってきました。
 宇佐八幡禰宜(ねぎ)、外従五位下の官位です。
 そういえば、この官位を貰うに当たり、諱をつける必要があって。
 仲直りしたパパンから一文字貰いました。

 義子(よしこ)です。

 まぁ、すでに珠の名の方で馴染んでいるので、これっきりの名前でしょうが。
 で、長ったらしい儀式は省略。
 いや、足痛かったし。


 というわけで、儀式が終わった後のフランクな宴会で、京より官位を持ってきたお方がとってもストレートにこうおっしゃいました。

「銭くれ」

 えっと、ぶっちゃけすぎじゃないでしょうか?
 山科言継卿。

 この時代の朝廷の主な収入源と言えば大名からの寄付なのです。
 が、この山科言継卿、あちこちの大名から金を取り立て……もとい寄付を募ったすばらしいお方。
 大酒飲みで医者でもあり、京の庶民に愛され、その膨大な大名とのコネで窮乏の朝廷を一手に支え続けた、戦国における公家のあだ花。
 だから、とってもフランクなのですが、うちの焼酎かぽかぽ一気飲みしないでください。
 アル中になっても知りませんよ。

「安心するがよい。
 酒ごときで、雅を失うぐらいでは公卿はつとまらぬわ」

 できませんから。
 ああ、南蛮から大金払って買って来た秘蔵のワインをかっぷかっぷと。
 誰よ!あれ持ってきたのは!!

「え?
 姫様がもってこいとおっしゃったのでは!?

 私の糾弾の視線を感じたらしい麟姉さんが慌てて釈明していたりするのだが。

「気にするでない。
 ここに来る前に別府で遊んでの。
 姫がいい酒を持っていると商人達から聞いておったのじゃ。
 で、遊郭の稚児に「姫様の命」と命じて持ってこらせたまでの事」

「麟姉さん。
 大典太光世持ってきて。
 ちょっと、私もワインが飲みたくなったわ」

 何だか心の声がダダ漏れのような気がするが気のせいだろう。
 宴席なのにぴたりと談笑が止まったのも気のせいだろう。うん。
 
「まったく、酒を飲まれたぐらいで怒るでない。
 また買えばいいではないか」

 ああ、自覚がある。
 今、私めっちゃいい笑顔のはず。
 この間、府内城で小野和泉相手に松の廊下ごっこをやってから、何でか「珠姫の夜叉笑み」って家臣が噂していたの聞いたから。うん。

「ほほう。
 はるばる南蛮から持ってこさせたワインを買うのにどれだけの手間隙かかるか、
分かっておっしゃっているのですね?」

 けど、この笑みも伝統に裏打ちされた公卿には効かなかったらしい。

「知らぬわ。そんな事。
 だが、酒は飲まれてこそ花。
 ましてや、いい酒は皆に振舞うのが道よ。
 一人で隠れて飲むなど酒道から外れるので、麿は姫に道を教える為に飲んでいるのでおじゃるよ。
 ほほほほほほ……」

「誰でもいいから鎮台から鉄砲持ってきて。
 射的の的にするから」

「まぁ、娘よ。
 そのぐらいで勘弁したらどうだ。
 この公卿に酒の事を知られた時点でお前の負けなのだ」

 何だか父上が、妙にうろたえて私を宥めにかかっているのはどういうことだろう?
 なお、今回の宴の主賓のはずなんだけど、遠ざかってみんな私を囲むように見てやがるし。
 おまけに、さり気なく両手は四郎と麟姉さんが引きつった笑みで抑えてやがるし。

「姫よ覚えておくがよい。
 世というのはかくも理不尽なものじゃ。
 形も無い官位というものをありがたがって銭を捨てる者もいれば、酒を飲まれたぐらいで人を斬ろうとする姫もいる。
 それぐらいで怒っては、この戦国の世は渡ってはゆけぬぞ」

 うぁ。
 官位持ってきた本人が、その宴席で官位そのものを否定しやがった。
 やっぱ、この人器が違うわ。

「なんで公家やってんのよ?
 一条みたいに大名になれば、一国切り取れるのに」

「そんな野蛮な事は侍がすれば良い。
 一応、麿は雅な者ゆえ」

 すげぇ。
 めちゃ、いい笑顔で笑いやがったよ。この人。
 こういう所がこの人の人脈構築の秘訣なんだろうなぁ。

「はいはい。
 私の負け負け。
 今度酒風呂に沈めてやるから覚悟しなさいよね。
 だから手を放してよ。四郎に麟姉さん」

 ため息と同時に顔を緩めたのが伝わったのか、一斉に漏れる「ほっ」という安堵の声。
 うちの家臣だけでなく、山科卿についてきた従者も安堵の顔をしているが、まさか他の大名家でもこんな事してねーだろうな?

「ん?
 麿が京から離れたとて麿である事に変わりはないであろう?」

 やってやがったか……
 ああ、ちょいと年がたったけどわざわざワインを買って、ギヤマングラスも用意してベルンカステルごっこをやろうと思っていたのに……

 あと、遊郭用にギヤマンの鐘も3つほど買っていたり。
 ちゃんと、「ぜうす」「まりあ」「さたん」と名付けましたよ。
 何だか凄くやばいフラグが立った様な気がするけど、気にしない。
 多分届かないはず。うん。
 けど、届いたら別府で姫巫女衆相手に仮面忍者が戦うのかな?
 その時のラスボスは南蛮船にしよう。うん。

「ちょっと頭冷やしてくるわ」

 一度席を外す。
 政千代一人をつれて庭で涼もうかと思ったら、

「姫様。こちらにおられましたか」

 声をかけてきたのは、一万田鑑種。
 そういや、私のめでたい席という事で伊予からやってきたのか。
 兄の一万田親実が加判衆として府内で仕事をしているから、実質的な四国の主として占領地の行政を一手に行っている。

「ん?
 どうしたの?」

「姫のお祝いにこれを献上したく……」

 差し出した冊子を政千代が受け取って、私に渡す。
 で、ぱらぱら……と。
 私の目の色が変わる。
 ぱらり。ぱらり。
 ページをめくる音がゆっくりになり、めくるたびに顔が険しくなってゆくので、

「ひ、姫様?」

 と政千代が心配するほどに。

「これ、考えたのは貴方?」

「いえ、姫の案を広げるとしたらと考え、手を加えたに過ぎませぬ。
 姫の功績でございます」

 そこに書かれていたのは、大友領全域に設置された鎮台計画案だった。
 おそらく、一領具足については隣国長宗我部がある事もあり、四国大友領への導入は問題なかったのだろう。
 定数五百の南予鎮台の設置場所は宇和島。
 一条救援の対長宗我部戦にも、宇都宮救援の対河野戦にも悪くない場所を選んでいる。
 で、この鎮台の兵を旧西園寺家の連中にするというのがまた心憎い。
 更に、畑に乏しい四国ならではなのだろう。
 支払いは銭とし、その支払い予算を大友本家に押し付けるとは。
 で、鎮台の総大将を兄一万田親実にして名前を借りて、実際は自分が操るか。
 更に唸らせたのが、一条、宇都宮両家の派遣軍もこの鎮台指揮下に入れてしまう当たり、私が府内でやりたくてもできなかった事をやっている。
 さすが征服地。

 四国以外にも記述が続く。
 大友領全域に一領具足導入を前提とした、大野鎮台と隈府鎮台の設置。
 志賀氏は田原・託摩と並ぶ大友家三大支族で豊後南部に強大な勢力を誇っていた。
 なお、託摩氏は肥後に地盤を持っていたが、南北朝の騒乱で南朝につき、さらに菊池義武の乱と小原鑑元の乱で肥後がめちゃくちゃになり、その勢力は大幅に衰えている。
 で、志賀氏は北志賀・南志賀の二家に分かれて、現在本家筋の北志賀(なお、当人達は志賀で通すからややこしい)親守が加判衆に入っていたりする。
 なお、南志賀の領主は一時香春岳城城代を勤めた志賀鑑綱こと、志賀鑑隆。
 戦国時代の人はころころ名前を変えるから困る。
 で、この二人に同組織において格が分かれて争われたら、豊後南部の防衛が崩壊するので大野鎮台の設置を避けたのだった。 
 それを志賀鑑隆を隈府鎮台総大将にして定数五百の鎮台を作り、肥後に睨みを効かせる事で解消させるか。
 鎮台同士の合同作戦において現地司令部を上位と置く取り決めで、大野鎮台が肥後に援軍に来ても志賀鑑隆の顔が立つ訳ね。
 上手く考えてやがる。
 で、阿蘇や相良もこっちに入れて、隈府鎮台も銭で兵を雇って……ぉぃ。

「だから、隈府な訳ね。
 菊池浪人を雇うのか」

「姫が、どうも豊前・筑前に対して肥後の手が遅いなと思っていましたので、差し出がましいと思いましたが。
 秋月に対しての計らいを見るならば、菊池にも夢は見せるべきです。
 かの家の影響力は、肥後においてはやはり大きいですから」

 いや、単に龍造寺や島津に取られるから放棄していたなんて言える訳も無く。
 正直、肥後は阿蘇氏が大友についているなら、それ以上深入りするつもりなかったしね。
 
「夢を見させるなら、相良に逃れた菊池の遺児を引き取りましょうか?」

「それはおよしになられた方が。
 夢は夢である事が大事ですから」

 本当にこいつ毛利に取られなくて良かったと思い知る。
 ここまで有能だったか。

 で、加判衆である志賀親守は定数千の大野鎮台総大将にする。
 付けるのは斉藤鎮実に柴田礼能と、朽網鑑康に入田義実って、おい!
 朽網と入田って、大友二階崩れで粛清された入田親誠の縁者と息子じゃねーか。
 
「くすぶらせたままではいずれ火がつきます。
 ならば、目の届く所において功に賞すれば火は消えるでしょう」

 まぁ、言わんとする事は分からないではないが、父親殺された恨みを消すのは並大抵の事じゃないと思うけど。
 考えていた事が顔に出ていたのだろう。
 一万田鑑種が苦笑して本音をぶっちゃける。

「裏切るにも、主君が公正に治め、己が賞されているのに裏切ると不義理と罵られて周りがついてこないのですよ。
 今の殿はまぁ、若干色に溺れていますが公正の範疇ですから、あとは働ける場所を与えてそれを賞すれば、今度は家臣が納得しませんよ」

 うわ。
 さすが元内通者。
 言う事に説得力ありまくり。

 日向の豪族土持親成も大野鎮台に入るから、この大野鎮台は豊後南部国境の備えであると同時に、対毛利戦における予備兵力となる。
 うん。文句の付け所が無いわ。  
 とはいえ、彼が率いるであろう宇和島鎮台についてはいくつか首をひねる所があったので質問してみる。

「田北鑑重にできて、貴方にできない道理は無いか。
 けど、補佐がいないけど誰かあてがあるの?」

「渡辺教忠殿と土居清良殿にお願いしようかと」

 渡辺教忠は一条房家の甥に当たり、西園寺家に対する一条家の監視として西園寺十五将の渡辺家の養子に入っている。
 まぁ、彼は断らないだろう。
 問題は、土居清良の方だ。
 農業に一家言を持ち、配下に鉄砲隊を配備させたその先見の明を持つ彼を配下に出来れば、言う事この上ないのだが。
 彼、祖父や父を大友の侵攻で失っている。
 で、一時没落してまた復活したと思ったら、西園寺家そのものが大友によって滅亡してまた没落の憂き目に。
 大友を恨んでいるに違いないと思って、一万田鑑種がこれを差し出してきた理由を知る。

「口説けって事ね。
 土居清良を」

「はっ。
 残しては危険な男。
 害する前に取り込みたいのですが、それがしが誘うより、四国で武名著しい姫の文を頂きたく」

 これだからできる男は。
 断れないじゃないか。
 本気で彼を毛利に取られなくて良かったとほっとする。

「いいわ。
 必要なら私自ら出向いて口説くわ」

「ありがたき幸せ」

 私の即決に一万田鑑種が頭を下げる。
 で、一週間後に本当に出向いて口説き落としてきた、有限実行の私です。
 まぁ、その話はこの宴席外の事なのでおいといて。

 

「良かった。
 ちょっと話がしたかったのだけどいい?」

 宴席で見かけた顔に声をかける。
 島井宗室。
 博多の商人にて、大友の御用商人の一人。
 この間杉乃井で吉岡長増経由で南蛮船建造の資金援助、代わりに南蛮船を安く購入するという提案があったのだった。
  
「これは姫様。
 何か御用で?」

「吉岡老に妙な話吹き込んだでしょ。
 あれの返答をしようと思って」

 あの隠居じじい、すっかり別府に居ついて若い者に色々教えていたりする。
 教育は大事よねと思っていたけど、最近はこのじじいの教え子が増えていたりする。

 まぁ、私とうり二つの遊女に恋文の一つ出せないのも恥ずかしいからね。きっと。

 何しろ私が書物をかき集めた図書館が別府にはあるし、学ぼうとする意思があるなら学べる場所なのだ。実は。
 若い衆が下心みえみえとはいえ、読み書きしようという気になったのはいい事だ。
 なお、もう一人の隠居じじいの田北老(田北鑑生)も来て、武芸を教えているとか。
 だから、別府であの二人が教えているのを、私はこっそりと「老後の楽しみ学校」と呼んでいたりする。
 で、最近両方に出来るだけ顔をだして、武芸に学問両方とも最近めきめき力をつけている若武者が一人。

 うん。四郎なんだな。これが。
 妊婦自重しろとの声で、自重した結果がこれだよ!
 血があのチートじじいのを引いているから、伸びるのは分かっていた訳で。
 まったく何やってやがる。大友しっと団。
 四郎を越えるべく良い男にならないと恋も取られちゃうよ。四郎に。

「いつまでも姫に頼られる男になるべく、日々精進しているだけです」

 なんて閨で言うのですよ。
 もう、かっこいいたらありゃしない。
 思わず抱きついて奉仕オンパレードをやろうとして、瑠璃姫に見つかって二人仲良く説教喰らったけど、こんな時ぐらいは空気読んでよ!瑠璃姫。

 いかん。話が逸れた。

「別府の支店は構わないわ。
 あと、南蛮船購入についてだけど、こっちは構わないけど、いいの?」

 実にわざとらしい疑問系に島井宗室が食いつく。

「何がでしょうか?」

「建造に時間がかかるから回せても一隻ずつだし、それが難破したら大損でしょ」

「ですから、難破しにくい姫の船をお願いしたわけで」

 この時期の航海の難破率は信じられないほど高い。
 少し時代は古くなるが、元寇時では、対馬海峡を渡る為に一月も待ったとかいう記述が残っていたりする。
 あの時期の対馬海峡ですらこれだ。
 技術が進歩したとはいえ、この戦国の世でそれはさして変わっていなかったりする。
 なお、大航海時代の南蛮船ですらその帰還率(まぁ、地球を半周回るから当然か)は限りなく低かったりする。

「なら、船が沈んだらおしまいじゃない。
 で、一つ相談なのだけど、南蛮船を買うんじゃなくって、うちから借りない?」

 私の提案に島井宗室の目がぱちくり。
 これのメリットは、

 大友側
 水軍維持費用が出る。
 航海による水兵錬度が上がる。
 戦時は徴用し、平時は商船として使うから売却による戦力減がない。

 島井側
 買うより安い。
 人材は大友持ち。
 難破や老朽化しても次を貸してくれる。
 堺や若狭など大友の名前で商売ができる。

「もちろん毛利との戦なんかで貸せない弊害もあるけど、自前で船を持つより安全に思えない?」

 実は、前世知識のリース系企業のネタそのままだったりする。
 近い内に船舶保険にも手を出しますか。
 目指せ、日本のロイズです。

 と、話せばそこは稀代の大商人。
 破顔一笑の後に手を差し出す。
 私もその手を握ってにっこりと。

「今後ともよしなに」

「まったくです。
 これ、お祝いの品です。どうぞ」

 と、後ろの番頭が持ってきたのはさっき山科卿に飲まれたワインで、しかも対のギヤマングラスつき。
 そして、さっきの宴会での山科卿の言葉を思い出す。

「山科卿にちくったの、あんたね」

 ちょっと手を強く握って意趣返しをするが、さすが大商人の手。
 ちっとも痛そうな顔をしないで、彼は言い切ったのだった。

「傘は、雨が降らないと売れませぬゆえ」

 さすがにやられっぱなしでいられるのは嫌なので、一言。

「あ、そうだ。
 高麗象嵌青磁を買おうとしていたの父上の手の者だから、言い訳考えておきなさいよ」

 ぴたりと固まった島井宗室を捨ておいて、私はワインを持って宴会場に戻ったのだった。

 

「おお、姫。
 麿の為にまた酒を持ってきてくれたか。
 よきかなよきかな」

 まったく自重しねーな。
 この酒飲み公卿。
 ギヤマングラスを山科卿の前においてワインを自分のグラスにだけ注いでごくり。
 ああ、美味しいわ。これ。

「姫。
 先ほどの意趣返しならば、少し雅ではありませぬぞ」

「ご安心を。
 山科卿がお願いを聞いてくれたら、残りは全部差し上げますから」

「本当か!
 銭以外なら何でも言うが良い!!」

 そのワインの為に足舐めそうなぐらいの顔は止めてください。
 これだから酒飲みってのは……

「山科卿の日記を写本させてください」

「ほぅ。日記とな」

 そうなのだ。
 彼、後に当代一級資料となる日記『言継卿記』の著者なのだ。
 そして、何よりも大事なのはこの日記に書かれた患者の記録が、日本最古のカルテと言われている。
 これが医師に渡り、正しく医療に使われれば、どれほどの命が助かるか。
 この手を逃してなるものか。

「写本の費用に運搬、全ての手間は私が持ちます。
 それにお礼として、朝廷と山科卿にそれぞれ五千貫、合計一万貫払いましょう。
 いかがです?」

 一万貫という言葉にまたぴたりと場が静まる。
 しかし、良く場が止まる宴会よね。これ。

「姫。
 そういう事で麿は銭を取りはせぬよ。
 遠慮なく、写本すると良い。
 そうじゃな、今度正親町三条家のご隠居が来るらしいから、その支度金にでもすればよい」

 この時、真の貴族として私は山科言継を見た。
 こんな人間が残っていたのだな。

「じゃが、大友家が朝廷に献金するのは大歓迎じゃ。
 何しろ、銭はいくらあっても困らぬからのぉ」

 尊敬の雰囲気ぶちこわし。
 これも彼の魅力か。
 私は山科卿にワインを渡して立ち上がる。
 私の為に開いた宴会だ。場が冷めたなら、私が盛り上げないと。

「一番!大友禰宜!
 芸を披露します!!!」

 と、叫んで豊後高田名産白葱を手に取ってくるくる回す。

「やっつぁっつぁぱれびっぱれらんらんびっぱりりんらん……」


 しーん。


 どうやら、このハイセンスは四・五百年立たないと分からなかったか……
 いや、時代はタコだったか。

 見事なまでに固まった場をどう取り付くおうかと、私は冷や汗をかきながらネギを回し続けたのだった。

 

補足
 このお話に出てきた、島井宗室の提案は、「大友の姫巫女XXX とある少女の物語・幕間〜島井宗室〜」の裏にあたり、大隅氏の了解を頂いております。



 


大友の姫巫女 第五十一話
                 ふるさとは遠くにありて思うもの
 
 

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 
 宴席でネギを称える歌を歌ったけど大失敗。
 時代はタコでした。

 海産物を称える歌を歌えばよかったかと後悔中。
 けど、あれ歌うとSAN値直葬で何か勝手に神力付きそうでいやだし。
 いやほんとに、憑いたら困るし。
 敵味方発狂しそうで。


「あれ?
 姫様何処に行かれるんですか?」

 大手門の所で仕事しないように命じている唐衣装の門番娘三人が尋ねてくる。
 門番の意味あるのかと聞かれると、ちょっと耳が痛いがいいのだろう。
 元ネタが元ネタだし。うん。

「ちょっと里帰りしてくるわ。
 向こうに泊まるって麟姉さんに言っといて。
 あと、面倒な事は恋を身代わりにして、全部麟姉さんに任せるから」

 いや、仕事もえっちも「妊婦自重しろ」だし、暇で暇で。
 ちょいと、この間四国に土居清良を口説きに行ったのだけど、雨の中家の前で待っていた妊婦攻撃に彼もあえなく陥落ですよ。
 一応四郎に傘さしてもらったのだけど、まさかこんな手段で口説くとは四郎も頼んだ一万田鑑種も勧誘を拒否しようとした土居清良も思っていなかったらしく。
 彼の家に引きずり込まれて、体を乾かした後で説教受けましたよ。

「お腹の子が名将になるとしても、その前に家が滅んだら意味無いでしょ。
 今、この瞬間でお腹の子と貴方のどちらかを選ぶならば、私は貴方を選ぶわよ。
 子供はまた生めばいいし」

 カテリーナ・スフォルツァ並の駄目発言は、妊婦の姿だとえらい効果があったようで。

「大友は嫌いだし憎いが、お腹の子供に罪は無い。
 私の存在が姫の子に害を与えたとすれば、私は、私自身を許せない」

 消極的だけど、出仕させる事に成功です。
 まぁ、神力でなんともないと分かっているからの外道アタックなのだけど。
 正攻法では落せなかっただろうし。彼。

 考えてみると、この一件からぴたりと仕事が来なくなったのよね。確か。

「ああ、姫様それは私がしますから」
「姫。それはそれがしがするので」
「どうかお部屋に戻って大人しくしてくださいませ」

 どうもこの姫に任せると、目的の為に(己を含めて)手段を選ばないと認知された様子。
 失礼な。
 私ほど、ルールを守るマンチキンな人間はいないというのに。
 結局、理由が「神様の加護があるから」でしか説明できないのが問題なのよね。
 それが、妊婦というある種のリアルを見せ付けられると、神より妊婦をこの時代の人も取っていたという事だろう。
 冷静に考えると、やっている事が毘沙門天の生まれ変わりと信じきっている某大名と変わらなかったり。
 あれ? 

 で、仕事がなくなると今度は時間を持て余す訳で。
 買いあさった本をぱらぱらと読んでいたら、続きは宇佐に置いてきたので、取りにゆこうというのが今回の小旅行の目的です。
 簡単に買える物じゃないからね。この時代の本は。

「はーい。
 護衛つけてくださいよ」

「分かってるって」

 禿が走ってやってくる場合は公式外出だから仕方ないとして、こうやって一人でこっそりやってきたならばお忍びという事で。
 ちゃんと仕事をしないように教育したので、こうして堂々と門から脱走できるわけだ。
 最近は裏口も警戒厳しいから。
 で、仕事しない門番の使い道発見ですよ。

 という訳で、馬小屋に出向いてサードステージに乗ってお出かけです。
 え?妊婦自重しろ?
 こんな時に神力使わなくてどうしますか。

 なお、私の脱走を知った麟姉さんが私と門番三人を大手門に並べて大説教大会を開幕させたのは先に書いておく。
 その時の麟姉さんと門番の受け答えがまた伝説になったのでこれも先に書いておこう。

「何で止められなかったんですか!」

「私達であの姫様止められる訳無いじゃないですか!」

 その言い訳に、私も麟姉さんも見ていた通りすがりも一斉に、

「うんうん」

 と首を立てに振ったのは見事なコントだったと思う。多分。


 かっぽかっぽとお馬が歩く。
 ゆらり揺られて目指すは宇佐へ。
 護衛の姫巫女衆の馬四騎だけつけてののんびり小旅行です。

 別府の奉行にも顔出したから護衛が十騎ほどいたりするのだが、小さいとはいえ峠を二つ越えるので先行偵察と宇佐への伝令をお願いしています。
 街道警護と治安維持は商業発展の要だから、最終的には大友領全て安心して旅行できたらと思っていたり。

 赤松峠到着。
 山頂に関所が設けられていて、通行料と旅行者チェックをやっています。
 私を見て平伏する役人に話しかけてみる。

「最近は夜盗とか出てる?」

「流れ者が悪さをするのはありますが、徒党は組んでないみたいです。
 府内からの言いつけどおり、昼夜に巡回を始めたのも大きいと思いますが」

 つまる所、夜盗が夜盗になる多くの人の理由が食っていけないからにつきる。
 幸いかな、大友領ではこの数年(私や母の祈願で)豊作が続いているし、兵士に鉱山開発や新田開発に街道整備と仕事がいくらでもある状況ではある。
 だから、そんな状況で夜盗になる輩は生粋の悪党でしかない訳で。
 一銭切りとまではいかないけど、かなりの厳罰(炭鉱・たたら場送り)を持ってのぞんでいます。
 関所の通行料は宇佐八幡の懐に入りますが、料金も低く設定し、この収入のかなりの部分を還元する方針を取っているので今の所文句は聞こえてきません。
 で、そんな還元事業の一つが関所に隣接されたお茶屋さん。
 足を洗った元遊女の第二の人生を送る雇用としてもあり、私の諜報機関の出先でもあり。
 と、後付で色々理由をくっつけたけど、

「やっぱり、峠の茶屋でお茶を飲んでお団子を食べるのは最高よねっ!」

 真の理由は食欲が理由だったりする。文句あるか。
 のんびりとお団子を食べて待つことしばらく。

「姫様〜〜〜!」

 あ、来た来た。
 姫巫女衆が乗る騎馬の集団の先頭は、今日の護衛だった八重姫と九重姫の二人か。
 そんなに大げさに考えなくてもいいのに……。

「はぁはぁはぁ……
 いつもいつも私達を巻こうとして……はぁはぁはぁ……
 そんなに私達がお邪魔ですかっ!!
 ……はぁはぁはぁ……」

 叱るか息を落ち着けるかどっちかにすべきだと思うな。うん。
 邪魔ならばここでお団子食べずに先に行っているがな。

「八重。
 姫は賢明だ。
 悪戯で済む場所で留まって、そこから先は我々を待っている。
 とはいえ、お腹の子の事を考えてほしい。
 今の姫は、姫だけの命ではないのだから」

「分かっているわよ。
 けど、おとなしくしているわけにはいかないのも事実なのよねぇ。
 相手は戦を待ってくれないしさ」

 心配はかけたくないが、実は対毛利戦を考えるとあまり時間が残っていない。
 現在永禄八年で、立花合戦が勃発するのは永禄十年。
 まだ筑前の内半分しか掌握していないのである。
 筑前の諸豪族で特に厄介なのが二つあって、大友一門のくせに独立色が強く博多を押さえる立花山城の立花鑑載と、宗像大社大宮司の宗像氏貞の二家をまだ粛清していない。
 後一個、大蔵党一族の高祖城の原田隆種ってのがいるけどひとまずおいておく。
 このニ家というか三家か。反大友傾向が強いくせにぼろを出さない。
 皮肉にも、秋月から始まった粛清を目の当たりにしているから、逆らうのは避けようという傾向が露骨に出ていたりする。
 
 内紛でも起こっていればなぁ。
 焚きつけて介入するのだけど。
 ちなみに筑紫氏で私がやったのは、主君、筑紫惟門を隠居させるのならば、息子広門に後を継がせて旧領を回復させると筑紫重臣に囁いたのだ。
 筑紫惟門は弘治三年(1557)に秋月文種と共に反乱を起こし敗北。降伏。
 それにこりずに永禄二年(1559)に、また反乱を起こし、博多を襲うという暴挙までやらかして旧領が大幅に削られていた。
 門司合戦での引き分けと秋月騒動の一部始終を見て、毛利より大友につく方が良さそうだと判断したのだろう。
 毛利隆元暗殺後のごたごた時に仕掛けたのも効いたらしく、めでたく惟門を隠居させて筑紫を大友側に引き込んだのだった。

 宗像氏貞の所は彼自身内紛の果ての勝者だし、原田隆種の所も数年前に内紛があったばかり。
 で、立花で内紛が勃発したら、一門ゆえ大友本体(特に父上)に打撃が行くし。
 秋月・筑紫を粛清し、後の立花合戦での主導者である高橋鑑種は釘を刺して四国に転封させ、豊後から博多まで邪魔をする国衆は誰もいない。
 が、肝心の防衛地の博多や毛利上陸予定地である宗像、更に博多の後背地に当たる原田がこんな状況なので防衛計画が作れないのだ。
 仕方がないので、町衆の自治に任せる事で博多防衛を放棄。
 防衛線を水城まで南下、拠点を岩屋城にして大砲備えさせましたよ。
 おまけに、立花山城の監視として送り込まれていた、怒留湯融泉(ぬるゆゆうせん)を岩屋城代にもってきて、立花家で大友派の薦野(こもの)宗鎮と米多比(ねたび)大学を岩屋城付きにしましたよ。
 博多と二日市の遊郭に兵を入れているので、いつでも謀反カモンと思っていたのですが、ここまで露骨にしたら『次、あんたね』と暗に言っているようなもので。
 別府にまで貢物を持ってきたのは、筑前ではこの三家ぐらいですよ。まじで。

 また困った事に、立花鑑載の動向が分からないのだ。
 西大友とまで呼ばれ、本家からの独立志向があるのは分かるのだが、反乱に踏み切るかどうか覚悟が見えないのだ。
 ちなみに、立花鑑載の謀反の理由は表向きは銭だった。
 史実では、門司合戦に敗北した大友は、勢力回復の為に大規模出兵を繰り返し、その負担を後背地である筑前国衆に求めたのだ。
 その負担に耐え切れず謀反というのが立花合戦の理由だったりする。
 ところが、戦に負けず、勢力を伸ばして経済状態は絶好調では謀反を起こす理由が無い。
 しかも、何しろ場所が場所ゆえ、かつては大内の臣下でもあった立花氏である。
 一応後継となっている毛利に対して、そんなにいい印象を持っているはずが無い。
 家柄的に大友家の出で大内家に仕えていた彼が、毛利家につけるかという気分的な問題もある。
 たとえるなら、大企業に勤めていたサラリーマンが、自分の所属する部門丸ごと新興ベンチャーに買われたもの。
 これも本社が景気が悪くてのリストラなら仕方ないが、本社である大友家は現在収益過去最高を更新中の絶好調状態である。
 そりゃ、躊躇うか。

「姫?」

 我に帰ると、八重姫が心配そうに見つめていたり。

「ごめん。
 ちょっと考え事していたわ。
 さて、行きましょうか」

「姫。
 馬車を用意している。
 乗って」

 いや、私、馬が「乗って」
 ……はい。
 どこぞの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースばりの無表情攻撃はやめてください。九重姫。
 ほら、サードステージも威嚇しているじゃないか。
 九重姫、サードステージの目をじっと見て、

「……」
「……」
「……」
「……」

「大丈夫。彼は納得した」

「「したの!?」」

 八重姫と二人で突っ込んだのだった。


 立石峠到着。
 ここは関所というより城郭化している。
 昔、この近辺にある勢場ヶ原合戦で大内軍を迎撃しようとして立石峠と地蔵峠に軍を置いていたら、めでたく迂回されて大友軍本陣を直撃されるという大失態をやらかした為である。
 この戦い、大友本陣が壊滅したのにこの待ち伏せ部隊が逆襲に転じ、勝って油断をしていた大内軍は大壊走するという、どっちも突っ込みたくなるような戦だったりする。
 なお、この戦いでは兵数では無く、騎数(一騎、つまり下三人から五人つく足軽は入れていない)なので、双方とも兵数では一万を越える大戦だったとか。
 この反省から、立石峠と地蔵峠には城郭が築かれてそこで防ぎ、主力は竜王城から駆けつける体制ができていたり。
 それを提案し、構築したのは宇佐時代の私だけどね。
 ちなみに狼煙台も作ったし、宇佐に入りきれない兵はこの二つの峠の城郭で休ませる事になる。

「あ!姫様だ!」
「姫様が帰ってきた!!」

 別府の侍はここで帰し、峠まで来ていた宇佐の侍に護衛を引き継ぐ。
 ここからは私の故郷みたいなものだから、心配はいらないとは思うけど。
 子供が寄ってくるし。
 爺様は拝むし。
 百姓の皆様は手を振るし。

「凄いですね。
 皆、姫様に手を振っていますよ」

 八重姫が少し引いている。
 多分、馬鹿や無茶やる私と為政者の私のギャップが埋められないのだろう。

「姫はこの宇佐在住時からだが、村々を練り歩き、祈祷に相談にと働いていた。
 これはその結果」

「ねぇ。
 それ、いつから?」

 八重姫の質問に本人が横から答えてやる。

「私が宇佐に人質に行った時からだから、かれこれ数年前かな」

「そうだ。
 姫は我々が母上と遊んでいた時に既に、民の声を聞こうとしていた。
 そして、民の為に尽くしたからこそ、この光景がある」

 九重姫の淡々とした物言いがまた恥ずかしい事この上ない。

「姫様、毛利の若君と結婚したんだって?
 めでたいなぁ」

「お腹こんなに大きくなって。
 精のつくもの持って行きますからね」

「そのお腹見たら佐田様喜びますよ」

 ここでも聞こえる『毛利の若君』。
 うわ。四郎の子孕んだデメリットが噴出しているわ。
 父上、宇佐に呼んで一度仲が良い事をアピールしとかないとまずいな。本気で。

 代わる代わるの村人達の挨拶を受けての宇佐八幡入城。
 うん。字間違っていないほど、この御社は城郭化されていたりする。
 何しろ古は九州最大の荘園領主であり、源平合戦時に焼かれたりと結構いろいろあった宇佐八幡である。
 その門前町に巨大御殿がでんと。
 私の遊郭でございます。
 他の遊郭もできてそりゃりっぱな色街に。
 そんな喧騒も寄藻川を越えると途端に静寂に。
 これが神域の力か。
 宇佐八幡宮はその本殿たる上宮の置かれている麓に弥勒寺があり、神域である御許山の麓に大宮司宮成公建の屋敷があり、その隣に小さく私の屋敷が居を構えている。
 宮成公建に挨拶を済ませて我が家へ。

「小さいですね」

「まぁね。
 私だけが住むならこんなものでしょ」

 八重姫に言葉を返しながら、屋敷に入ると、私よりお腹の大きな二人が侍女つきで出迎えた。

「お帰りなさいませ。姫」

「ただいま。
 霞、あやね。
 私もだけど、お腹大きくなったわねぇ」

 屋敷は綺麗に片付けられていた。
 無駄に本や巻物が積み上げられていた屋敷も風通し良く人が住める家になっていたりする。
 いや、本って日の光天敵だし。
 ビブリオマニアになると、北向きの家を選んじゃう理由と同じだったりするのだが、かなり別府に持っていったからなぁ。

 あれ?
 九重姫どこ行った?

「……」

 蔵の前で呆然と立っている九重姫発見。
 と見ると、蔵一杯の本と巻物に呆然としているらしい。

「凄いでしょ。
 これ全部、私がかき集めたんだからね」

 それだけじゃない。
 村々を回っている時に聞いた話や逸話、昔話なんてのも書いて収めていたりする。
 『珠姫集話』と名付けたこれらこそ、私の知の源泉でもある。
 やっぱり、人の師は人よね。
 どんな話にも学ぼうとすれば、そこには自らを磨く何かがあるのだから。

「見たい?」

 こくりと首を縦に振ったので鍵を渡してあげると、そのまま蔵に突貫していった。
 ありゃ、しばらく出てこないな。多分。
 しばらくほっときましょう。


「大きくなられましたな。
 姫の子はわしにとって、曾孫のようなものです。
 霞もあやねも順調に大きくなっております。
 これも長生きしたおかげですな」

 私の爺、佐田隆居は嬉しそうに私に笑う。
 一線を引いたとはいえ、その影響力は私の存在もあって豊前の中で抜きん出ている。
 お茶を立ててあげながら、私は懐かしそうに周りを見渡す。

「けど、変わらないわね。
 ここは。
 栄えようとも、衰えようとも山河はそのままであるか。
 いつか、遥か先の私達の子孫がこの場所を見てもそう思うのかしらね」

 かつて、前世ではここで暮らした事もあるので、この景色が二十一世紀に繋がっていると思った事がある。
 それが無性に寂しくて、一人で泣いたこともあった。
 そんな時に私を見つけてあやしていたのがこの爺だった。
 親とも離れ、精神はともかく体はりっぱな子供だった私は、そんな爺の撫でてくれる手がとても好きだった。

「そういえば、一つ爺にあやまらないといけない事があったわ」

「ほう、何ですかな?」

「鎮綱殿と夫婦になれそうも無いわ。
 ごめんね」

 宇佐に来た時ならまだしらず、これだけの権力を集めてしまうと結婚も色々と問題がある。
 そして、嫁として家に入れば歴史に介入できずに、宇佐焼き討ちや大友滅亡を見る事になる。
 結局、私とハヤテちんこと鎮綱の関係は、年の離れた兄と妹から執事とお嬢様に移ってしまった。
 それだけは、私が爺に謝らないといけない罪。
 爺は笑ったまま空を見上げた。

「期待していなかったといえば嘘になりますな。
 霞やあやねをつけたのは姫の侘びですかな?」

「さすがにそこまでは考えていないわよ。
 けど、良かった。
 あの二人とはうまくやっているのね」

 そのまま二人とも無言で。
 それが心地よくて。
 大友家の女大名と豊前一の国衆旗頭でもない、ただの娘と爺がそこにいたのだった。


「九重!
 ちょっと出てきなさいよ!
 もう姫様が帰るってのに!!
 おーい!!!」

 なお、九重姫は見事なまでに本に嵌ったらしい。
 以後、別府でも図書館で良く本を読む九重姫の姿を見る事になる。


 


大友の姫巫女 第五十二話 雷神光臨 
 

 それは、府内での酒の席での事だった。

「負けを知るですか?」

 問うたのは戸次鑑連。
 この度大友家全軍を率いる旗本鎮台陣代に内定している。

「うむ。
 あれは知恵では毛利狐に遊ばれているから警戒はしているだろうが、戦では少し勝ち過ぎる。
 戦という物はあれの知恵の及ぶ物ではないという事を分からせる為にも、一度徹底的に負けさせる必要があるのだ」

 答えたのは大友義鎮。
 で、あれと呼ばれたのは別府にいる娘の珠姫の事である。
 門司合戦、彦山川合戦、慶徳寺合戦、鳥坂峠合戦と勝ち続けた姫を後方から見続けた彼は、その危うさを感じたのだった。

「とはいえ、敵相手に負けると下手すれば慰み者。
 悪ければ討ち死にもある訳で。
 それがしも、負け戦は御免蒙りたいもので」

 人間、常勝であるという事はまれである。
 戸次鑑連自身も幾度か小競り合いを入れてだが負け戦を体験していたりする。
 だからこそ、現在の武神と恐れられる戦績がある訳で。

「将ならばそれも良かろう。
 だが、大名ならばそれは兵だけではない、民にまで害が届く。
 大内しかり、尼子しかり、勝ち過ぎる者はいずれ家を滅ぼすものよ。
 あれにはそのような道を歩いて欲しくはないのでな」

 たしかに後継者としての愛情だろうし、「己を殺せ」と命じるほど狂っているわけでもないが、難題である事には違いない。
 顔に出ていたのだろう。義鎮が笑う。

「難儀ではあるだろうが頼む。
 わしも、少しは親らしいことをしてやりたいのだ」

 その笑みに闇が無いのを見て取ったからこそ、戸次鑑連も彼の頼みを聞いたわけで。
 その夜、また前と同じ様に角隈石宗と吉岡長増を呼んで謀を考える事になる。

 

 宇佐で巫女をしている珠です。
 今回は大将モードです。
 相手は……戸次鑑連。

 戦いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 事は鎮台発足の前日に遡ります。

「試し合戦ですか?」

「はい。
 旗本鎮台が発足するに当たり馬揃えを行い、殿に訓練の成果を見てもらうべく、試し合戦を行いたい所存で」

 いや、それは構わないけど、何故私よ!
 もっと強い人間いっぱい居るじゃない!!!

「娘よ。
 お前、武功ではわが家の上位に居るの忘れてないか?」

 ああ、父上までいい笑顔で言い切りやがった。
 あんたら組んでいるな!
 そんなに娘をいじめて楽しいか!!

「ご安心を。
 いい勝負ができる様に、姫様には三倍の兵を率いてもらおうと」

 その淡々と語る戸次鑑連に、流石にカチンと来た訳で。

「三倍ですって?」

「はい。
 姫様が率いる御社衆や豊前・筑前国衆ならそれぐらいでちょうどいいと」

 流石にこれはカチンと来た。
 三倍ですよ!三倍!
 『戦いは数だよ!』の信奉者である私からすれば冒涜以外の何者でもありませんよ。
 その挑発乗った。

「わかりました。
 旗本鎮台発足の泥を塗るようで失礼かもと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 今にして思う。
 この時に既に負けていたと。

 

 で、大友家の家臣一同勢揃いの旗本鎮台の馬揃え式が終わった次の日の試し合戦当日。

 いや、集まったりの観客の数。
 父上も母上も養母上もきてやがるし。

「いい!
 旗本鎮台は今日できたばかりだけど、その最初の戦に敗北を刻み込むのよ!
 数は我々の方が多いわ!
 彼らに目にもの見せてやりなさい!!!」

 私の将兵を前にした演説を終えると、麟姉さんが薙刀を持って命じます。

「姫様に歓呼三声!」

「らー!」
「らー!」
「らー!」

 今回、相手が相手だけに、使える者を根こそぎかき集めてきましたよ。
 主力の佐田鎮綱率いる宇佐衆千人は中央に。
 四郎指揮の御社衆千人は右翼に。
 更に高橋鎮理率いる香春岳城守備兵に、別府で学んでいるじじいの老後の楽しみ学校の生徒も郎党連れて強制参加で、合わせた千人を左翼に置いている。
 そしてその後方、私のいる本陣は姫巫女衆が五百。
 合計三千五百人の大軍勢です。
 五百人多いけど、戸次鑑連の「姫巫女衆は数にも入りませぬな」との余裕の挑発に、麟姉さんも、白貴姉さん、瑠璃姫も大激怒。
 絶対泣かすと意気込んでいたりする。

 で、戸次鑑連率いる旗本鎮台は自ら率いる本隊四百に、小野鎮幸指揮の右翼と由布惟信指揮の左翼それぞれ三百ずつの千人。
 普通、これなら負けないでしょう。多分。

 ルールの説明。
 騎馬・鉄砲・大砲は禁止。
 使用は木刀および、先を丸めた矢と槍のみ。
 全員、旗と笠(武将は兜)着用。
 このどちらかを敵に取られたら「死亡」で離脱。
 この二つのどちらかを地面に落としても「死亡」(つまり、旗に矢や槍が当たって折れても「死亡」扱い)
 総大将(私か戸次鑑連)が死亡するか、負けを認めたら終了。


「姫様は失策を犯しましたな。
 同数の兵ならば、宇佐衆のみで勝てたかも知れませぬのに。
 兵の錬度に差がありすぎるから、戸次殿はそこを突くでしょうな」

 この言葉は、始まる前に父上に尋ねられた角隈石宗の言葉である。
 全てが終わった後でこれを聞いて、蒲団で悔し涙を流したのはとりあえずおいて置く。

 


    B   B
 @ A   A  
    C   C


 珠指揮軍(鶴翼の陣)                三千五百
 @ 大友珠  (姫巫女衆)             五百 
 A 佐田鎮綱 (宇佐衆)              千
 B 高橋鎮理 (香春岳城兵+α)  千
 C 毛利元鎮 (御社衆) 千


 旗本鎮台軍(魚鱗の陣)             千 
 A 戸次鑑連 (鎮台本陣)            四百
 B 由布惟信 (鎮台左翼)            三百
 C 小野鎮幸 (鎮台右翼)            三百


「放てぃ!」

 双方から放たれる矢の雨によって模擬戦は始まった。
 早くも双方からぱらぱらと離脱者が出始める。

「敵、突っ込んできます!」

 矢合わせでは数の多いこっちが有利なのは分かっているので、旗本鎮台軍は全力で突っ込んで来る。
 これを受け止めて、囲んでしまえばこっちの勝ちだ。

「右翼、左翼とも広げて囲んでしまうわよ!」

 私の指示を伝令が走って伝え、更にその翼を広げて包み込もうとした瞬間、それは急激に起こった。

「な……
 うそ……」

 陣を崩さずの斜線移動。
 こんな事ができるってどんだけ錬度高いんだ。やつら。
 って、呆けている場合じゃない。
 左斜めにずれたって事は……

「まずい!
 陣を元に戻してっ!!」

「遅いですな。
 姫様」

 幻聴だけど、私は確かに戸次鑑連がそう呟くのを聞いた。
 こちらの左翼先鋒と旗本鎮台本陣が衝突。
 そこを旗本鎮台両翼が左右から突っ込む。
 この瞬間、瞬間的な勢力比は旗本鎮台の方が上、しかも春香岳城将兵だけならまだしも、今回は若集とその郎党が加わっているので統制が取れていない。
 瞬時に左翼先鋒が壊乱。
 その混乱は左翼全体に波及する。

「静まれっ!
 姫様が見ているのだぞ!
 落ち着かぬかっ!!」

 高橋鎮理が必死になって統制を取ろうとするけど、若集とその郎党が邪魔になって元に戻らない。
 これで、左翼は死んだも同然になり、そんな左翼をほおっておいて旗本鎮台軍は更に迂回する。

「まずい!
 旗本鎮台のやつら、迂回して本陣をつくつもりだ!!」

     BA
      BC
  @ A
      C      

 B混乱中

「姫様の本陣を守れ!」

 慌てて中央の一部が旗本鎮台と本陣の間に割って入る。
 だが、それも戸次鑑連の思う壺だった。
 敵左翼は残って間に割って入った兵を拘束して、本陣と右翼は反転。
 そのまま四郎率いるこちらの右翼に突っ込んだのだった。
 主導権を取られ、兵の錬度で劣る御社衆は、戸次鑑連率いる旗本鎮台の敵ではなかった。

「下がるなっ!
 我らの方が兵が多いのだ!!
 引くなっ!!!」

 四郎が声を枯らして必死に隊列を維持させようとするけど、旗本鎮台右翼の横槍でついに崩壊。
 この一撃で先鋒が壊乱するだけならまだしも、士気と錬度から右翼全体が総崩れを起してしまう。
 この時点で私が敗北しなかったのは、佐田鎮綱率いる中央が旗本鎮台本陣に横槍を入れたからに他ならない。
 それでも敗北が少し先に伸びただけだったりするのだが。 

 何しろ、かろうじて機能している中央の宇佐衆は本陣を守る為と右翼を助ける為に兵を裂いている。
 兵の錬度では旗本鎮台に負けない自身はあったが、右翼・左翼の崩壊を目の当たりにして士気が崩壊していた。
 数度の衝突の後、ついに中央も崩れ始める。
 
「右翼は使い物にならないわ……
 左翼はどうなっているの!」

「まだ、鎮台左翼と交戦中です!」

 左翼の高橋鎮理は若衆とその郎党を切り捨てる事で、本来の香春岳城城兵のみで再編を完成させるのだが、すり減らされたとはいえまだ戦える敵左翼が拘束して中央の救援に迎えない。
 何という機動力だろう。
 そして、何という統率力だろう。
 これが名将率いる最強の兵の戦か。

「姫様!
 来ますっ!!」

「姫巫女衆構えよっ!
 一兵たりとも姫に近づけさせるなっ!!」

 呆然としていた私を現実に戻したのは、中央の宇佐衆が崩れた隙を突いた旗本鎮台の突撃であり、麟姉さんと瑠璃姫の悲鳴に近い叫びだったわけで。
 この時点で既に私達は恐慌に陥っていた。

    C
   B   
  @ A
   BA


   B 兵数半減
   C 総崩れにて指揮不能

 

「構えよっ!」

 戸次鑑連の猛々しい声が響き、鎮台本陣と右翼の槍衆が下がって……

「しまった!弓!!」

 白貴姉さんの叫びと同じく、戸次鑑連の手が下り、矢が構えていた姫巫女衆に襲い掛かった。
 その内の一つの矢が、私を正面から射抜き、かぶっていた兜を吹き飛ばしたのだった。

「珠討ち死にっ!
 そこまでっ!!」

 父上の声が聞こえる中、私は動く事すらできなかった。
 私を射抜いた者こそ、この間府内で松の廊下をした小野鎮幸だったのだから。
 たしかに、戦では天下無双だわ。彼。
 不敵な笑みを浮かべる彼を見ながら、悔しいがそんな事を思ってしまったのだった。

 模擬戦が終わったというのに、家臣も見物客も一声も発しない。
 そりゃそうだろう。
 ちょっと名前売り出し中の私が、三倍強もの兵を集めて完敗したのだ。
 
「勝どきをあげよ!」

 ああ、負けて相手の勝どきを聞くって、こんなに屈辱だったのね……ちくしょう……


 今回の模擬戦

 兵力
 珠指揮軍 三千五百  
 旗本鎮台 千

 損害 
 珠指揮軍 千
 旗本鎮台 四百 

 討死
 大友珠(珠指揮軍) 

 
 しばらく、私を含め別府の人間はそりゃ機嫌が悪かった。
 そして、遊郭なのに何故か軍事訓練の時間が多く取られ、「次は旗本鎮台の首取ったる!」を合言葉に、四郎や高橋鎮理、佐田鎮綱がわざわざ出張ってきた宇佐衆や香春城兵相手に、御社衆と若衆集めて猛訓練をするのが別府の日常になる。
 なお、麟姉さんや瑠璃姫、白貴姉さんも時間がある限り姫巫女衆率いてこの訓練に参加するようになったり。
 知瑠乃など、尊敬する白貴姉さんがいる姫巫女衆の敗北に、

「あたいが仇を討ってやるの!」

 と、長寿丸を引っ張って訓練に参加したり(まぁ、加わっても足手まといだから別メニューで走って体力をつけているとか)。 
   
 で、私はというと……

「やっぱり、これからの戦闘は火力よね♪」

 と、ほざきながら鉄砲と大砲を買い漁る事に。
 戸次鑑連とやってこれなら、毛利の両川や島津四兄弟と戦ったらどうなっていたのやら。

 

 おまけ

「娘よ。
 神功皇后の神力があっぷしたわ」

「何故っ!?」

「そりゃ、そのお腹で戦に出れば、神功皇后とやっている事同じじゃない」

 あ……


 


大友の姫巫女 第五十三話 別府大茶会(前編) 
  
 前回、フルボッコにされました珠です。
 やっぱり雷神つえーわ。

 ガチでするなら、長篠合戦ばりの弾幕……でも突破されそうだな。
 野戦陣地構築と九州を縦断する塹壕を築いて、あの機動力を封殺してくれるわと出来ない事を考えていたりします。
 確実に財政破綻するって。
 第一次大戦の塹壕戦で列強がそりゃ経済崩壊したのもわからんではない。
 戦わないという手段もある事にはあるのですが。
 結局、私は相手の正面をどうやって逸らすかを、常に考える人間みたいです。
 前世での話、友人とこんな話をしたのを思い出します。

「人が王道、覇道を行くのを別に気にしない。
 だが、獣道を通ってゴールするのは私だ」

 すっげぇいい性格していたなぁ。前世の私。
 まぁ、某スペースオペラの不敗の魔術師に憧れていたからの思考なのだけど。
 あれ、当人も言っていたけど、ペテン師や詐欺師って呼称の方が似合っていると思う。

 で、そんな大友の詐欺師候補な私が考案した光景が眼下に。

 うららかな春。
 そよぐ若草。
 陣幕の中には畳が敷かれ、釜から湯気が立ち上る。
 珍味を集め、茶を楽しみながら管弦の音に風情を感じる。
 そんな大人数の男女を集めた大茶会。
 別府大茶会が開催されていたのでした。

 ちなみに、これは父上こと大友義鎮の仕掛けです。
 集められた客人は九州・四国九カ国にわたる大友支配領域の商人や国人層、更に南蛮人や寺社・公家までと千人を越えています。
 大友家の威光を見せつけようという企みなのでずが、会場警護は戸次鑑連と旗本鎮台が参加。
 私は姫巫女衆と遊女を連れての接待役です。
 で、父上はというと、

「ぁ、あの……」

 狼狽しまくりな遊女の恋が何か言う前にばっさりと切り捨てる。

「あげませんよ。
 それ」

「……そうか」

 あんた、恋の持つ高麗象嵌青磁を欲しそうに眺めているんじゃないわよ!
 目が口ほどにものを言ったのか、胸を張って父上も言い切る。

「娘よ。
 数寄者というのは、どうしてもいいものを見ると欲しくなるのだ」

「だから?」

 エターナルフォースブリザード並みの絶対零度な視線で睨んであげるけど、そこは父上。
 弟見殺しにして茶器を欲したという愉快な逸話を持つお方は、空気を読んでいなかった。

「くれ」

「帰れ」

 これで、とぼとぼ近習引き連れて帰るのが最近の父上だったりする。
 なんだか、凄く人間味が出てきたな。近頃。
 まぁ、その半刻後に自分の茶席で母上と養母上の両花はべらせて、私の畿内土産の『松島』を来客者に自慢していたりする。
 こんな馬鹿父上だが、仕事はちゃんとしていたり。

 来るわ、来るわの来客者。
 何しろ豊後・豊前・筑前・筑後・肥前・肥後・日向・伊予・土佐の九カ国にまたがる領国の主だけに、色々と群がる輩も多い。
 そんな彼らに何がしかの影響を与え、それが大友にとってプラスになるようにするのが今回の茶会の目的である。
 前世でも、パーティに顔を出す輩がいるが、そんな人付き合いは縁とコネを生み、ビジネスチャンスに繋がってゆくのは戦国時代でも変わらない。

 なお、二番手に来客が多いのが私の茶席だったりするのだが、今回は恋のお披露目も兼ねている。
 え?影武者じゃなかったのかって?
 武田信玄だって、その死がすぐにばれた戦国時代ですよ。
 そんなのばれるに決まっているじゃないですか。
 それよりも影武者を堂々と公言して、迷わせた方がまだましです。
 
「しかし、良く似ておる。
 双子ではないのですな?」

 恋は微笑んで、その客に茶を差し出します。
 この客人、安国寺恵瓊というお坊様だったりしますが。
 ええ、毛利の公式外交使節ですよ。
 現在毛利とは休戦中ですので。はい。

「私がこんなので、戦場には彼女と元鎮殿におまかせしようかと。
 まぁ、毛利と戦などないと私は信じておりますが」

 おっきなお腹をさすりながら、茶菓子のカステラをはむはむと。
 そんな私を慈愛の顔で見る限り、ただのお坊様に見えるから不思議だ。

「まったくですな。
 姫も毛利の縁者ゆえ、互いの家が争う事は心が痛むでしょう」

 けど、それ以前に毛利の大使として目が笑っておりませんが。彼。

「まぁ、私は大友の姫ですわ。恵瓊様」

「おや、これは失礼」

「ほほほほほ……」

「はっはっはっはっ……」

 寒いよっ!
 極寒だよ!エターナルフォースブリザードだよっ!!
 私も安国寺恵瓊もとてもいい笑顔で語り合っているのに、恋がめっさ引いているよ。
 恋の表情が普通だよなぁ。本来なら。
 なんで私の茶席にこんなのがやってきたんだよって、門司がらみの話をしに来たのだから当然なのだが。

「門司の一件ですが、お館様は『姫の好きにするがよい』と。
 町を皇室御料所として寄進し、それぞれ大友と毛利から奉行を一人ずつ出す事で問題はないとの事」

 からくりはこうだ。
 町衆の自治は町衆が行うが、大勢力である大友と毛利の国境線上にある門司ゆえ、完全中立なんぞ受け入れられるわけも無く。
 頭に朝廷を持ってくる事で、権威で両勢力に自制を求め、朝廷には銭を払う事で双方の顔を立てる。
 更に、双方一人ずつの奉行(大使)を町衆に加える、つまり交戦中の外交チャンネルの確保に成功した訳だ。
 かくして、

「いらっしゃいませ!!野郎ども(ファッキンガイズ)!!」

な、門司中立地帯は無事に成立する事になる。
  
 茶を楽しむ安国寺恵瓊がぽつりと言葉を漏らす。

「しかし、姫が大友を継ぐのであれば、毛利は全面的な支援をしますが?」

 恋なんて体ががくがく震えて小動物のようだ。かわいい。
 私も、けっこう内心がくぶるなんだけど、色々あって慣れた。
 ボンバーマンとか、覇王とか、剣豪将軍とか、チートじじいとか。
 あの連中と付き合うって、そういう意味でも人間味が消えるよね。うん。

「ご冗談を。
 まぁ、私が継がなくても、大友は博多を毛利にさしあげる用意がありますが?
 その時、私は博多代官毛利元鎮の妻という役回りで」

 ころりと、安国寺恵瓊の手から高麗象嵌青磁がこぼれた。
 それ高いんだから。割れなくて良かった。
 陰謀って密室よりこんな場所の方がばれないから不思議だ。
 立花・宗像・原田をどうしても粛清・討伐するいい手が見つからなかった事前の策だったりするのだが、毛利が「珠は毛利の身内」の噂を流すのでそれを逆利用する手でもある。
 さて、この三家が毛利側に内通しているとしたら、その後起こる対大友戦において毛利一門の出撃を望む事になる。
 なぜなら、その一門は前線司令官という役割のほかに、現地勢力に対する人質という側面も出てくるからだ。
 そういう意味でも、大友の人質だった四郎は都合がいいのだった。
 そして、毛利(四郎の名前で私が)の手でこの三家を粛清する。
 大友はまったく手が汚れない。

「まるで、博多を失っても惜しくない言い方ですな。
 門司ができるからこその提案なのですかな?
 それとも、博多はまた大友の手に戻るとわかっての話なのですかな?」

 鋭いな。
 さすが毛利の外交僧。
 毛利が博多を保持する事ができないと、こっちが踏んでいるのを見抜いてやがる。
 当初の門司中立化構想で毛利軍殲滅を考えていた私ですが、予想外の事態に計画を修正する為に。

 織田信長の美濃征服完了です。

 早い。
 本来の歴史より早すぎる。
 ボンバーマンこと松永久秀(なお、彼が作り上げた足利義栄の最大のスポンサーが我が大友家だったりする)の手紙でこの事態を知り、一日中呆然としてみんなを心配させてしまったり。
 こうなると、毛利の殲滅どころか毛利両川すら殺せない。

 理由は簡単。
 圧倒的な動員力とそれを維持できる兵給を持つ織田が相手だと、毛利を滅ぼして九州を統一した大友でも勝てないからです。
 大友は、まだ一門・国衆の力が強すぎる。
 この間の模擬戦フルボッコも、豊後国衆あたりは「増長した豊前国衆に冷や水をかけた」と喝采したのだから。
 それぞ本願寺戦並の長期戦闘の果てに、織田に降伏するのが目に見えている。
 そうなると、織田信長最後の敵となる毛利は潰せない。
 これを潰して、信長と直接対決なんて悪夢は見たくない。
 もちろん、これは裏面もある。
 織田が対毛利戦を仕掛けた場合、大友がその勢力を維持できていたら自然と彼らは大友に寝返るだろう。
 その時に博多奪回の兵をあげて織田と対毛利同盟を組むという理由も作れるしね。
 まぁ、先の長いはったりだったりするのだが、毛利はしばらく私の真意を測りかねて疑心暗鬼に落ちるだろう。
 豊前や筑前での流言を流した報復はこれで十分かな。

「さぁ?
 茶の席で無粋なお話はこれぐらいで。
 おほほ」

「はっはっは。
 たしかに。
 雅な席で、大内の遺児が居なければ九州で戦をする必要が無いなんて、無粋な話は無しですな」

「本当ですわ。
 こんなにいい日ですのに。
 あ、恋、手止まってる」

「ぁ!姫様申し訳ございませんっ!!」

 恋が、慌てて茶を作り、隣で待っていた別のお客であるお侍さん二人に相次いでお茶を差し出した。
 そのお侍二人ってのが、浦上家家臣宇喜多直家と、龍造寺家家臣鍋島信生って言うのですが。
 何?この腹黒実務者協議。
 そんな二人は礼法に則って、恋のお茶を飲み、抑揚の無い声でこう告げたのだった。

「結構なお手前で」

 と。


 


大友の姫巫女 第五十四話 別府大茶会(後編) 
 
 暗黒大茶会中の珠です。
 この茶会、もうちっとだけ続くのです。はぁ……

 前回の安国寺恵瓊との会話は、宇喜多直家と鍋島信生には丸聞こえだったりしますが気にしない。
 このレベルの腹黒連中は「『信用できない』事が信用できる」ので。
 大事な事なので「」で囲んでみました。
 もう一度。

『信用できない』事が信用できる。

 大事な事なので二回言いました。
 覚えておきましょう。

 はぁ。
 こんなに爽やかな空なのに。
 こんなにお茶は美味しいのに。

「遅れてしまいましたな。
 私にもお茶を一杯下さらぬか?」

「私にも一杯」

 他の連中もこの暗黒空間を本能で感じたのでしょう。
 遠目で見てるだけで近寄ってこねーし。
 で、来る奴はこんなのばっかりだし。
 今度の二人は味方だけど。

 我らが大友の誇る謀略じじいこと吉岡長増と、阿蘇家からやってきた甲斐親直。
 父上の差し金だな。
 こっち見て笑ってやがるし。

「あたいにもいっぱい!」
「姉上の邪魔しちゃ駄目だよ。
 帰ろうよ……」

 お子様知瑠乃は空気読まずに、私や恋がいるからやって来たな。
 さすが、将来の英雄はこんなところで一味違う。
 我が弟の長寿丸が怯えて引っ張って出て行こうといるあたり、大妖精のポジションになって微笑ましい。
 この二人が居る間、やっとまったりとした空気が流れたのでした。
 去った途端に、冷却暗黒化したけど。

「さて、言い訳があれば聞きましょう」

 まだ、安国寺恵瓊相手の時は交渉事でしたが、次のお相手である鍋島信生には、高圧的に言い切ります。
 これも、現状で龍造寺家が大友に従属しているからなのですが。
 この人もできる人なので、端的に言葉を切り返してきます。

「言い訳も何も。
 まだ、大友が怒るほどの事ではないと思いますが」

 龍造寺は背振山地を地盤とする神代家を下して佐賀平野一円を支配しつつあります。
 その結果、筑後や、肥前大村家や有馬家、松浦家などの所領で小競り合いが頻発して起こっていたのです。
 九州探題として、北九州を守護する大友にとって、見過ごせるはずがありません。

「貴方が当主なら、その言葉を信じてもいいのだけどね。
 貴方の上が、まったく信用できないのよ」

 はっきりと言い切った私に対して鍋島信生が激昂する。

「失礼な!
 いくら、主筋の姫とはいえ、我が主を愚弄するか!!」

「『五年で肥前を統一。もう五年で九州を制圧』でしたっけ?
 貴方の主は、もう少し声を小さくした方がいいんじゃない?」

 鍋島信生の顔に動揺が走り、頬から一筋の汗が流れた。
 前世での龍造寺隆信の大言壮語だったが、案の定言ってやがったか。
 さぁ、どう切り返すか?

「男子たる者、二言はござらぬ!
 この言葉で我らを討伐するのであればそれも結構!
 この場で首をはね、当家を滅ぼせばよかろう!!」

 おお、言い切ったか。
 ここで私が首を切れないと踏んだな。見事だ。
 大友家の威信をかけた茶会だ。
 そんなイベントを、血で汚したくないのをよく分かっていらっしゃる。

「まぁまぁ、ここは拙僧の顔を立てて。
 何しろ姫は、起こりもしない当家との戦で不安を覚えておるのだ。
 それに、かの御仁の大言は元服して間もなき、男子たるものが一度は吐く言葉。
 姫。
 そんな戯言に怯えて家臣を討伐するは、亡国の道ですぞ」

 言うと思っていたよ。安国寺恵瓊。
 あんたが口を出して、場を収めると踏んでの挑発だったんだけど。
 史実でも組んでいたからな。あんたら。
 龍造寺を大友が潰せなかった最大の理由、それは毛利の横槍に他ならない。
 佐賀城一城にまで追い込めておきながら、そのたびに毛利が北九州に攻め込み、大友は歯噛みしながら和議を結び、軍を毛利に向けねばならなかったのである。
  
「それもそうね。
 楽しい茶会ですから。
 この通り詫びるわ。
 けど、肥前の諸侯と『話し合って仲良く』してほしいわね」

 頭を下げる私に、わざとらしくうろたえる鍋島信生。
 ああ、猿芝居が段々うまくなってゆく私。

「頭をお上げくだされ。
 『話し合って』、肥前が姫の不安とならぬようこの鍋島信生がお約束します」

 これだから抜け目が無い。
 『戦の後で話し合って、肥前統一しますから』と私の耳に聞こえたのだけど。
 もしくは、『大友公認で肥前の旗頭は龍造寺。だから話し合おう』と言質を与えた形にして、肥前征服を狙うか。
 で、終わろうとした話に横槍をかけたのは吉岡老。

「それは頼もしいですな。
 ところで、貴君、我が姫に使える気は無いかの?
 この姫は優れた才を持つが、このようにおてんばでの。
 姫を諌める御仁を探しておった所じゃ」

 むぅ。
 なんか、某RPGWのおてんば姫になった感じ。
 吉岡老ヒャド唱えそうだし。
 しかし、私そんなの頼んだ覚えは無いのだが?
 そっか。父上達も彼を取り除けば龍造寺が弱体化すると踏んでいるのか。
 わからんではないが、彼の忠誠心を知っているから私は声をかけなかったのだが、吉岡老の気持ちを不意にする事もあるまい。

「そうね。
 貴方が私の元に来るなら、十万石用意するけど?」

 凛と通る澄んだ声で、私が言い放つ。
 その声に押されて、ざわざわしていた空気がぴたりと固まる。
 この時期の龍造寺の全領土と同じだけの石高を提示したのだ。
 近隣の席も興味津々とばかり私達の茶席を覗くが、鍋島信生はいい笑顔で笑って言い切った。

「厚遇、大変に感謝する次第。
 ですが、我が主君は龍造寺隆信ただ一人にて」

 いい男だな。鍋島信生。
 やっぱり敵には回したくないわ。
 だから、「十万石で大友が彼をスカウトしようとした」って噂を肥前にばら撒いて、内部分裂の種を巻いておこう。
 


 本来なら、次は宇喜多直家の番なのだけど、

「それがし、最後で構わぬゆえ」

 と、辞退したので甲斐親直の番に。
 なお、安国寺恵瓊も鍋島信生も去ろうともしない。
 だから恋が脅えているって。
 ほんとごめん。
 もうちょっとお披露目で毒の少ない場を用意すべきだった。

「今回は、日頃のお礼を兼ねて」 

「いいわよ。
 お互い持ちつ持たれつなのだから」

 阿蘇家は一応大友の従属という形を取っているが、その実態は対等の同盟関係に近い。
 これには理由があって、大友二階崩れから始まった大友の内乱において、阿蘇氏はそのほとんどを親大友で通していたのである。
 おまけに、ここ最近では阿蘇山を押さえる地理的要員から、硫黄・牛・馬を豊後に輸出し、豊後で米などの生活物資を買う交易が盛んになっていた。
 大友従属勢力の中でも、筆頭に近い待遇を与えている家である。

「で、こちらに出向いたという事は例の話まとまったのね?」

「はい。
 我が阿蘇が仲介となって、伊東・相良・菱刈の三家で盟約が結ばれました。
 それも姫様の支援の賜物です。
 伊東家には一条家からも支援が届いているとか」

「それも私の手引きだったりするのよ。
 土佐一条家と伊東家は親戚関係だから、京に上がった一条兼定の名前を使って、雑賀鉄砲衆を二百人ほど雇って南蛮船で伊東に送ったわ」

 情けない事この上ないが、私の対島津恐怖症は史実を知っているだけに、もの凄いものがある。
 とはいえ、対毛利に全力を注がないといけない以上、使える手は限られてくるわけで。
 阿蘇や一条を隠れ蓑にした、対島津勢力への支援はそんな私の一手である。
 もう少し後に起こるはずの木崎原合戦で伊東家が用意した兵が三千。
そんな動員兵数の伊東家に、二百人の鉄砲隊を送り込むという私の支援が、いかに島津を恐れているか分かるだろう。
 なお、この三家同盟の背後に大友がいるのは島津も感づいている。
 だから、その島津と友好的関係を築いている安国寺恵瓊の前で、うちの優位性をアピールしてみたり。
 それで島津が押さえられるとは、まっっっっったく私も思っていないのがとても空しく思うけど、考えない事にしている。
 そういや、信長が美濃を食べたという事は、斉藤龍興が京あたりで燻っているな。
 彼らの一党も雇ってそのまま日向に送るか。
 役には立たないだろうが、夜盗よろしくあの当たりを荒らしてくれればこっちは何も困らない。
 傭兵による戦争状態の常態化は国力が弱い島津にとって圧迫要員になるはずだし、試してみても悪くは無い。

「あと、何か入用な物はある?
 できる限りの物は用意させますゆえ」

 私の言葉に、甲斐親直はしばらく考えてとんでもないものを要求してくれた。

「では、道を」

「道ぃ!?」

 すっとんきょうな私の声が面白かったのだろう。
 笑いながら、甲斐親直は言葉を続ける。

「ご存知の通り、阿蘇近隣は山また山で人も物も通るのに難儀する場所。
 ですが、同じように難儀していた別府と府内の間はこのような道がしかれ、往来も激しい。
 このような道を我が阿蘇まで引いていただけたら、互いの往来も更に楽になるでしょう」

 甲斐親直の言葉はもっともなのだが、それは裏返すと一度戦乱が起こると府内一直線という事になる訳で。
 道路というのは、いつの時代でも金がかかる。
 北は最悪高崎山という押さえがあるからいいとして、南は島津が抑えきれないのが分かっている以上、インフラが破壊される確率が高いし、逆に使われたりしたら目も当てられないのだ。
 とはいえ、それを伝えて甲斐親直に不安と不信を与えるわけにも行かず。
 どうしてくれようかと考えていた所、吉岡老が横から口を挟んだ。

「甲斐殿。
 我が大友は博多への街道整備に力を注いでおり、全ての場所に道を敷く力もありはせぬ。
 じゃが、大野川の治水は始めればならぬと思っていた所じゃ。
 この老人の顔に免じて、船便で勘弁してくれぬかの?」

 上手い切り替えしだ。
 船ならば、川沿いの船着場の整備で金も納まる。
 甲斐親直もその言葉に満足したらしい。 

「よろしいでしょう。
 今後とも良き関係が続く事を」

 といいながらお茶をごくり。
 ほっとして、次の客である宇喜多直家を見ると、安国寺恵瓊と何かやりやっている様子。

「浦上は大友と組むと、拙僧は解釈してよろしいのか?」

「いえ、あくまでそれがし個人としての参加にて。
 このような雅な宴は、出なければ末代まで後悔する故」

「三村との一件は毛利も把握しておる。
 ゆめゆめ軽率な行動は起こさぬように」

「それは三村の対応次第という事で」

 どこも大変なもんだと、わが身を棚において思ったり。
 宇喜多直家とはこんな状況ゆえ、お茶は儀礼的答弁であっさりと終わった。
 ただ、

「畿内に寄るついでにぜひ、当家にも寄ってくだされ。
 歓待しますゆえ」

 これ、死亡フラグよね。きっと。
 儀礼答弁だから、「いつか」と答えざるを得なかったのだけど……

 

 


大友の姫巫女 第五十五話 高崎山艶話 
  
 九州・四国八カ国を治める大大名大友義鎮にはひとつ困ったくせがある。
 供を連れずにふらりと出かけ、そのまま帰ってこないのだった。
 家臣が総出で探しに出ると、朝にふらりと戻ったりするので女遊びと共に大いに家臣を心配させていたのだった。
 なお、このくせは娘の珠にしっかりと受け継がれ、ため息と共に「あの父の娘だ」と納得されたとか。

 そんな彼が珠の母の比売御前と出会ったのも、一人馬上で月照らす波音に耳をよせていた時の事だった。

 

「どちらに参られますか?お屋形さま?」

 府内城秘密の裏口。
 新しく作られたこの城の縄張りは珠がしたが、建物や通路は義鎮が作っている。
 そんな過程で、密かに出る秘密の通路を作ったのだが、その場所に居たのは奥方たる奈多夫人一人のみ。

「何、月が綺麗だから、月見と思っていた所だ」

 憑き物が落ちたような、さわやかな笑みを作って義鎮は言葉を返す。
 その義鎮の変化に奈多夫人も嬉しそうに笑う。

「私もご一緒させてもらえませぬか?」

「構わぬぞ。
 月に照らされる双方の山というのもおつなものだ」

「あら、月だけでなく、女も見に行かれるので?」

 奈多夫人は義鎮に抱きついて己の胸をわざと当てる。
 昼間は大大名大友家という奥の全てを取り仕切る女主人だが、誰も居ない時に甘える妖艶な姿は別府の太夫に負けるとも劣らない。

「この間、生んだばかりだろうに」

「女は、赤子がいなくなると欲しくなるものです。
 お屋形さまが、女をお抱きになる程度には女も欲しがっているのですよ」

 珠仕込みで比売御前の実地研修(つまり二人同時にやられていたらしい)で磨いたおねだりのしぐさに、義鎮も苦笑する。
 なお、奈多婦人は義鎮より年上なのだが、ここ最近とみに色っぽく若々しく見える。
 珠が母親の比売大神に頼んで力を与えているからなのだが、そんな事は女として淫靡に咲いた奈多夫人は知らない。

「ふむ……
 このまま閨もいいが、月見も捨てがたいな。
 一緒に来ないか?」

 その答えに、奈多婦人は抱きついたまま義鎮に口づけすることで答えた。

 

 月明かりが二人を乗せた馬を照らす。
 奈多夫人は前に乗り、義鎮に背を預けて馬に揺られるのが心地よい。

「朧月夜か。
 波の音しか聞こえぬというのもいいものだ」

「その音を聞きながら、女を鳴かせるのでしょう?」

「それが雅な音遊びというものだ」

 奈多夫人の胸をまさぐりながら義鎮は笑う。
 悶える奈多夫人の声に雅を感じながら、考えるのは別の女の事。
 その女は、月明りの中生まれたままの姿で、義鎮を見て微笑んだのだった。

「今、比売御前の事を考えていましたね」

 腕に激痛が走る。
 奈多夫人が胸をまさぐっていた腕をつねったのだった。

「怒るな。
 あれは、わしにとって特別なのだ」

 その声が過去に向けられていたから、奈多夫人はつねっていた腕を放した。

「あの頃のわしは、誰も信じることができなかった。
 実際、お前も知っていると思うが、家督を継ぐまで色々あったからな。
 あれは、わしがあの頃唯一心許した女だ」

 女は特別扱いされる事に無上の快楽を感じる。
 昔の話とは言え、奈多夫人にとって面白い話ではないが、それは好きな男が過去の全てを話すという別な特別によって打ち消されている。
 背の後ろに居て姿が見えないからこそ、はじめて奈多夫人は大友義鎮という男の本質に触れていたのだった。

「それまで男達とまぐわっていたらしい。
 注がれた子種を洗おうと波間に入ろうとした時にわしと出会った。
 あいつ、そのあとどうしたと思う?」

 知り合ってから短いが、散々その痴態は隣で見てきたのだ。
 あっさりとその答えにたどり着いて思わず笑ってしまう。

「『あら、まだ居たの』って股を開いたのでしょう。
 他の殿方が散々注いだのなんて構わずに」

「そうだ。
 その時思ったよ。
 あれは、わしをただの子種を吐き出す男の一人にしか見ていないと。
 だから惚れた」

 ずいぶんな言い方だが、月を眺めながら義鎮は楽しそうに笑う。

「神に仕える歩き巫女だ。
 一人の男に肩入れすることも無い。
 全ての男を同じように愛する。
 大友家次期当主という腐った肩書きなど、あれには無縁だったよ。
 だからはまった」

 義鎮は己の闇に向き合う為に色々な神に救いを求めた。
 仏や南蛮の神にすらすがった。
 だが、彼の闇に灯火をつけたのは最底辺から敬われ、同時に蔑まれた女だったのだ。
 
「で、どうなさいました?」

「笑うなよ。
 その場で土下座して口説いた」

「まぁ」

「笑うなと言っただろうが」

 可笑しそうに肩を震わせる奈多夫人に義鎮はむっとするが、それも形だけで、そんな風に笑う奈多夫人を愛しく思ってしまう。
 珠と和解してから、少しずつ義鎮の闇が晴れているのに彼自身は気づかない。

「あれには色々教えてもらった。
 おまけに、珠という娘まで授けてもらった。
 あの二人が居なければ、わしは、今の大友は無かっただろうよ」

「ですが、あのお方が孕むまでよく我慢しましたね」

「するわけ無いだろう。
 褥の跡で大喧嘩して、手と口だけは別と我慢させられた。
 あれ、子種が欲しくて裸で亀川の砂風呂に埋まったのだぞ。
 下が砂に埋まっているから、安心して男どもに嬲られている姿を見て、怒るより呆れたよ。
 孕んだのが分かった後など、孕んだまま昼夜男どもに嬲られる姿は今の珠よりひどいぞ。
 さすが、あれの母親だ」

 その姿を容易に想像してしまい、奈多夫人は呆れて声が出ない。
 そんな後ろ姿を見る義鎮も、思わず苦笑してしまう。
 そこまで精を求めるのは珠を産む為なのだが、そんな事は二人とも知らない。

「あれが、なんで皆に求められるか分かるか?
 あれが誰のものでもないからだ。
 侍や農民、乞食や流れ者、戯れで連れてきた犬や馬でもあれは等しく同じように求め、乱れ、愛したのだ。
 だから惹かれる。
 あれを独占したい。全てをわしのものにしたい。
 そして、気づかされた。
 誰もあれを見ていないという事にな」

 それは、己の姿の写しだと義鎮は思い知ったのだ。
 だからこそ、また出会えた今でも義鎮は比売御前を好きにさせている。
 その淫蕩ぶりは当時ですら有名だった。
 また、まずい事に義鎮自身も父大友義鑑の息子かと出生について疑念が湧いていたこともあり、そんな父息子の対立は大友二階崩れという最悪の形で噴出する。
 だからこそ、孕んだ比売御前を見て「本当に殿の子種か?」という噂が出て、それが比売御前失踪の遠因となる。
 それらの声を掻き消したのは、多くの内乱を苦戦の末に勝ち上がり、一門・譜代・寵臣と粛清した血まみれの義鎮の手だった。

 ふとした沈黙に、聞いてみたかった事を奈多夫人は口にした。

「私との輿入れで身を引いたと、一万田殿には聞かされましたが?」

「実際は逃げたのだよ。
 一万田鑑相の手の者があれを殺そうとしていた」

 あの当時、その出生にまつわる醜聞はまだ基盤の弱い義鎮にとって、致命的な弱点になりかねなかったのだった。
 そして、義鎮権力基盤の強化に嫁として選ばれたが、国東半島に強い影響力を持つ奈多八幡の娘だった奈多夫人である。
 だからこそ、義鎮の寵臣であった一万田鑑相はこれ以上の醜聞を出さない為に、比売御前抹殺を決意する。
 しかし、比売御前は逃亡。
 これが死んでいたらまだ諦めがついたのだろう。
 この一連の結末は義鎮と一万田鑑相の仲を裂き、小原鑑元の乱時に彼を敵側に走らせる事にまでなる。

「だからですね。
 初めての時にあんなに荒々しく私を抱いたのは?」

 奈多夫人の責める口調に、義鎮も軽くうろたえる。

「許せ。
 この大友という名などで、あれを捨てた己に腹がたち、手に入れたお前にぶつけるしかわしにはできなかったのだ」

「許しません。
 一生かけて償ってもらいますから」

 懐かしそうに奈多夫人も笑う。
 荒々しく乱暴に抱く義鎮の苦悶ともつかない顔を、闇の中で見ていたのが奈多夫人自身だったのだから。
 奈多夫人は義鎮の闇に光を灯す事はできなかったかもしれない。
 けど、同じ闇の中で彼を優しく抱きしめていたのだった。
 その成果が、彼との間に作られた多くの子供たちであり、こうして二人馬に揺られる大友家というものなのだから。

「いつからか忘れたが、お前があれに重なる事があった」

「珠の仕込みで色々と。
 あれもきっとあのお方譲りだったのでしょうね」

 そして二人して笑う。
 笑い声が波音にかき消されるが、聞いている者は誰も居ない。
 そのまま馬は歩み続け、人の姿を見つけて止まる。

「もしかして、今日のお相手ですか?」

 少しつんとした声で奈多夫人は尋ねるが、それすら義鎮は聞いていなかった。
 この場所は、義鎮が彼女と出会った場所なのだから。

「月が綺麗ね。
 こんな日は、体が火照っちゃう」

 波間に髪を揺らめかせながら、生まれたままの姿で比売御前は笑った。
 その笑みが昔と変わらないのが義鎮は嬉しかった。

「んっ!?」

 それの感傷を邪魔したのが奈多夫人の唇だった。
 義鎮の舌と絡めながら、奈多夫人は比売御前に言い放ったのだった。

「独り占めは駄目よ。
 二人で分けましょ」


 なお、三人は近くのあばら家で、裸で寝ているのが発見された。


「別に私は構いませんよ。
 父上が誰とまぐわおうとも、ましてや母上や養母上となら誰も文句は言いませんとも。
 大大名大友家の当主と、その奥方という自覚を持っていただければですが。
 それが、こそっと城を抜け出してなんて、なんて羨ま……げふげふん。
 とにかく!
 四郎とまぐわっていた私の所にまで急報が着て、探し手を手配する羽目になった私の苦労も察していただければ。
 ええ!
 私は、大友家の為を思って言っているのであって、急報でまぐわっているのがばれて麟姉さんに説教された事なんて、
 ちっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとも、気にしていませんからっっ!!!」

 杉乃井で正座させられた三人に、珠が「お前が言うな」と説教されている三人にすら心中突っ込まれた説教の間、説教されている三人は嬉しそうに説教している珠を見つめていたのだった。
 なお、この後、珠も四郎と共に正座させられて、麟姉さんの説教を受ける羽目になった事を書いておく。
 更に、府内城に戻った義鎮と奈多夫人の二人が、加判衆一同や奥女中に頭をさげまくる羽目になった事もついでにかいておく。


 



大友の姫巫女 第五十六話 嵐を呼ぶ姫君襲来! 
  

 それは、唐突にやってくる春の嵐のように、いきなりやってきた。

「……ここが、あの女の城ね」

「姫様。
 仮にも、これからご厄介になるかもしれぬお方をあの女呼ばわりは……」

「構わぬ。
 どうせ、閨では取り合うのだ。
 さて、我が君を奪った女に会いに行くとしましょうか」

 付いてきた侍女に言い捨てると、開きっぱなしの城門の前であくびをしていた三人の門番娘に言い放ったのだった。

「杉乃井御殿の主に取次ぎを願いたい。
 わらわは、来島通康の娘、鶴!
 我が君を取り戻しに参ったとな!!」

 

 珠です。
 今、とってもいい笑顔です。
 額に怒マークがついているけどそれは無視の方向で。

「で、わざわざ取り戻しにきたと。
 四郎を」

 お腹をさすりさすり四郎の子がいる事をアピール。
 なお、さり気なく隣に汗だらだらの四郎を座らせてしなだれてみたり。

「うむ。
 元々は、親同士の縁談とはいえ、わらわの所に四郎殿は来る予定だったのじゃ。
 返していただきたい」

 とりあえず、敵の容姿確認。
 一言で言えば、まこまこりーんの架空戦記姿。
 年は私より二つ三つ下か?
 船戦を意図したのだろう。髪は短く切られ、ほどよく焼けている褐色色の肌が健康的な姿をアピール。
 胸は、うむ。私の圧勝だ。えへん。

「四郎がここに来たのは、四郎の意思であって」

「それも家同士の縁談の方が重たいと存じますが、いかに?」

 わからんではないが、毛利と大友という大大名和議の切り札ともいえる、私と四郎の縁談を反故にできるだけのものが毛利と来島にあるのかしら……おや?

「ちょっと話を逸らすけど、鶴姫って、あの鶴姫?」

 あのがついた事で、彼女も自身のことではないと分かっていたのだろう。
 胸を張って、名の由来を語る。

「姫の言う、『あの』鶴姫とは大山祇神社の大宮司・大祝安用の娘の事であろう。
 大内から大三島を守りし姫の名をわらわももらったのじゃ。
 父は先ほどから言うた通り、河野一門の来島通康じゃ」

 あれ?
 その名前どっかで聞いたような…………
 来島通康の娘って???

「あああああああああああああああっっっっ!!!
 あんた、本物の四郎の許婚かぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 立ち上がって指差して叫ぶ私に、鶴姫は呆れ顔でぽつり。

「だから、言うたではないか。
 四郎殿はわらわの許婚なのじゃと」

「し、し、し、四郎!
 なんで婚約破棄してこなかったのよ!」

 かっくんかっくん四郎の首を揺らしながら少女妊婦大立ち回り中。
 神力の無駄遣いでお腹の子は無事なので。あしからず。

「ひ、ひ、ひ、姫。
 そ、そ、そ、それがしも、今聞いた次第で……」

「あんたのとこのチートしじいや、チートブラザースがこんな間の抜けた事する訳無いでしょうがっ!」

「で、ですが、尼子攻めや、兄上の逝去など毛利にも色々あった事もまた事実……」

 とりあえず、四郎を揺らす手を止めて深呼吸を二回。
 すーはーすーはー。
 おーけーおちつけくーるになろう。
 問題なのが、あの毛利一門の不手際なのか、策謀の一環なのか分からない所なのよねぇ。
 ちょっと状況を整理してみよう。

「あのさ、四郎の事は何処で知ったの?」

 鶴姫に尋ねると鶴姫もあっさりと口を割る。

「知るも何も、お主らこの間まで伊予で戦をしていたではないか。
 四郎殿が豊後であれだけ派手に元服した上、我らの土地である伊予であれだけ派手に戦をしておいて、分からぬと思っておるのか?」

 あ、なるほど。
 伊予の戦で河野ともやっていたわ。

「で、あんたのこの行動って、あんたの父上に了解とっているのよね?」

「……」

 何故黙る。
 とりあえず、鶴姫が連れてきた侍女の夏を睨んでみる。

「…………」

 あ、二人ともなんかいやな汗でてる。
 こう、やっちゃった感が漂う感じの汗がだらだらと。
 ちょっと、突付いてみよう。

「一応聞くけれども、これ、大友に対する開戦理由になるけどいいの?
 一部始終ばれたら、うちの軍勢河野に攻め込むと思うけど?」

 あ、侍女の夏さんがつんつんと鶴姫を突付いてる。

(どーするんですか。これ)
(ぅ……)

 小声で言っているんだろうけど、聞こえてますから。二人とも。
 あ、涙目になった。

「わらわのものなのじゃ!
 ずっと来るのを楽しみにしていたのに、残されたわらわがどれほど思うておったか知らぬじゃろう!!
 うえぇぇぇん!」

 あーあ、泣き出したよ。
 どうしましょう、これ?
 深く深くため息をついて、夏が鶴姫をあやすのを見るしかなかったのだった。

 

 で、現在鶴姫は泣き疲れてお休み中。
 後に残ったのは、夏と我々なのだが……。

「本当に、お騒がせをしてしまいまして……」

「いえいえ。
 わがまま姫の扱いは、慣れておりますゆえ」

 何故、こっちを見る?
 麟姉さんに瑠璃姫に四郎よ。

「正直、こんなに応対してもらえるとは思っていなかったのです。
 門前払いになって、九州まで来たら姫も諦めがつくだろうと」

 そんな事だろうとは思った。
 それならと疑問が湧く。

「もしかして、別の縁談でも上がった?」

 私の言葉に、夏もこくりと頷いたのだった。
 正確には、鶴姫と四郎は正規の許婚ではない。
 毛利家と河野家の縁組であり、それに選ばれたのが四郎と河野家一門の来島家という事である。
 だから、毛利と河野の名前がつくならば、ぶっちゃけると案山子でも構わないのだったりするのだが、四郎が私をたぶらかす為に畿内にあがる時に来島に寄ってしまったらしい。
 で、自分が嫁ぐ毛利の若君と勘違いするという事に。

「よろしければ、私が河野側に連絡をとりますが?」

 考えている私を、どう穏便に送り返すかと勘違いした瑠璃姫が申し出る。
 おそらく、元主君の宇都宮家を使うつもりなのだろう。
 敵対しているがゆえに、交渉のチャンネルは必ず持っているのがこの戦国の武家である。
 異民族戦をほとんど経験せず、同族間での争いに終始していたから、最後は話せば分かるという信頼が残っているのだった。
 けど、考えているのは別の事だったりする。

「私が奪った……か」

 あながち間違いでもないのがまた困る。
 史実ではこの二人が夫婦になっていたのだから。
 私というイレギュラーがこのような結果となって帰ってくるのは、因果応報としか言いようが無い訳で。
 四郎はいい男だ。
 それは認める。
 だから、彼に惚れる女は多いのだが、四郎は生真面目でもある。
 その上、独占欲がかなり強い。
 で、どうなるかというと、困ったぐらいの一穴主義人間に。
 父上並の淫蕩さを出してくれば、私や遊女総出でハーレム奉仕なんてするのに、あまり興味が無いらしい。
 まぁ、私も遠慮なく四郎の肉欲に溺れたのだからあまり強くいえません。はい。

 本当ならば、四郎をセフレの一人として扱って、母よろしく四六時中男に嬲られる肉欲生活を送る予定だったのだが……。
 神力、特に地母神系統の力を伸ばすのは数多くの男に抱かれるのは必須だし、そもそもそれを目的としたからこその遊郭なのだし。
 また羨ましいというか、困った事になりつつあるのが、替え玉として吉岡老達が作った恋という遊女。
 私の代わりに大友家若衆に抱かれているのだが、その人気ぶりに嫉妬と危機感があったりする。
 ぶっちゃけると、恋に抱かれた若衆が私ではなく、恋につくのではと恐れているのだった。
 身分の差なんて無かった前世の考えだと、平等であるという事は、誰にでもチャンスがあるという事でもある。
 となれば、そのリードを保ち、守るのは己の才能でしかない。
 私自身、大友珠という存在が大事なのであって、恋がそれに取って代わるならそれもありよねと吉岡老に釘をさしている。
 身分というもので己の安泰を図るつもりは無い。
 だからこそ、恋や、こうして何も考えずに飛び込んできた鶴姫に敬意を持つのだ。
 彼女達の思いに、四郎は答えてあげて欲しいと思う私がいる。
 と、同時に彼女達に負けてなるものかと思う私も確かにいる訳で。
 何言っているんだろう、私。
 考えがまとまらない。

「ちょっと、奥に引っ込むわ。
 とりあえず、二人はしばらく滞在してもらうから。
 いいわね」

 奥に一人入って、ふわふわ布団にぼすんと倒れる。
 妊婦だけど気にしなくていいこの神力はかなり便利だ。
 一人、転寝をしつつ考えると、行き着く所まで考えてしまうわけで。

「私、四郎に相応しい、いい女になれているかな?」

 思わず声を出してしまう。

「なれていますよ。姫」

「ふぁいっっっっっっ!?」

 びっくりして飛び起きましたよ。
 で、そのまま四郎に抱きつかれたり。

「いいい、いつからそこに居たのかな?かな?」

「声、かけましたよ。
 しっかり返事を頂きましたが?」

 私のあほぉぉぉぉぉぉ!!!
 何も考えずに返事なんかするなよぉぉぉっ!!

「私は、珠の為にここに居ます。
 いつも言っているのに、不安ですか?」

 優しく耳元で囁かれるのが心地よい。
 ああ、すっかり私、四郎にはまっちゃったなぁ。

「違うの。
 私が、四郎のお荷物になっていないか不安なのよ」

 私も前世は男だった身だ。
 美女よりどりみどりのハーレム願望ぐらい持っている。
 だから、私という鎖で四郎を縛りたくは無いのだ。

「珠は間違っている。
 私は、自ら珠にはまっているんです」

 そして照れくさそうに微笑む四郎を見ると、何を悩んでいたのか馬鹿馬鹿しくなって、噴き出してしまう。

「あははははっ!
 何だ。私達、互いにはまっているんじゃない」 
 
「今頃気づいたのですか?」  

 そのまま四郎は私の唇を塞ぐ。
 もうこれ以上の言葉はいらないとばかりに。
 私も気づいたら舌を絡めて唾液の交換をしていたり。

 あれ、いつもならここで麟姉さんか、瑠璃姫が出てきて説教タイムのような気が。 
 私の心を読んだかのごとく、四郎が先回りしてその答えを口に出す。

「珠自身がこの間、『大丈夫』と一同を丸め込んだではありませんか」

 あ……
 神力だけで説明できないから、うちの遊女三千人ほどにアンケートを取ったんだった。
 で、確率と統計を駆使しての説得に一同ドン引き。
 『なんでこのお方はその力を他の所にもっと向けないのか』と麟姉さんを呆れさせながら、Hの許可を取り付けたばかりだった。
 なお、この確率と統計の概念はしっかり他の部署にも広めるので、大友家は「文書化・データ化・ロジスティック化」の官僚主義の道を驀進する事に。
 さておいて。
 何だか、今日の四郎は凄く積極的なのですが。
 あっという間に、何も纏わぬ姿に剥かれてしまいましたよ。
  
「あ、あのね。
 四郎。
 今日の四郎、凄く積極的……」

「知りませんでした?
 珠が私を求めるのと同じぐらい、私も珠が欲しいんです」

 うわぁ。
 さすが、七十超えて子供を作ったチートじじいの息子。
 うすうす感づいてはいたけど、やっぱり四郎むっつりすけべだわ。

「もぉ、だから恋とか抱きなさいって言っているのに……」

「それが姫様の命令なら。
 ですが、わたしの子種は全て珠のものです」

「さすがにこれ以上妊娠できないわよ」

 そんな睦み事を言いながら四郎に身を任せる。
 久しぶりに私とお腹の娘は、四郎のミルクをいっぱいもらって安らかに眠れたのでした。


 次の日。

「居るのは構わないし、四郎を寝取ってもいいわよ。
 私もこんな体だし、四郎にも性欲の捌け口が必要だと思うし」

 一同の前で言い放つ私に、鶴姫は最初唖然としつつ、次に怒りで顔が真っ赤に。

「先にできたものの余裕じゃな!
 その挑発買った!
 絶対に四郎を寝取ってやるから覚悟せい!!」

 うん。
 お姫様の言う台詞じゃないわな。
 私も鶴姫も。

「あ、ちゃんと父上には連絡を取って滞在の許可を貰うように。
 いいわね?」

「…………はぃ」

 その後、吉岡老を呼んで顛末を話して、「姫が二人に増えましたな」と呆れられ、毛利側もこの顛末は想定外だったらしく慌てて安国寺恵瓊が飛んでくる始末。
 何しろ、戦争前だから、どんな細事で開戦になるか分かったものではない。
 大友と毛利の間に書簡が行きかい、河野の了解を取り付けて滞在許可が出るまで一苦労が。
 開戦間際の大友と毛利の間に行われた、これはそんな寸劇の一幕。


 


大友の姫巫女 第五十七話 泡姫と海賊姫と宣教師 
  
「しかし、この府内は栄えておるのぉ」

 鶴姫が感嘆するその光景は、大友家の繁栄の象徴でもあった府内に向けられていた。

「全ての商いを、府内でする訳ではないのです。
 南蛮船は、別府湾に浮かぶ瓜生島で。
 国内諸国の船は、府内の港で取引が行われています」

 接待役である同年代の政千代の声もはきはきとしている。
 もっとも、与えられた仕事にかける情熱の為か、案内文の暗記になっているあたり微笑ましいと鶴姫付きの侍女の夏などは思ってしまうが、口に出すおろかな事はしない。

「取引を分けているのは何故じゃ?
 一つの所ですれば、楽だろうに?」

 鶴姫の疑問ももっともらしく、先に調べた政千代がやはり淀み無くその答えを口にする。

「一つは、南蛮船の大きさが理由との事。
 あれだけの大きな船を浜に近づけると、座礁してしまうとか。
 もう一つは、南蛮人との諍いを避ける為です。
 言葉の通じない人が府内で暴れると大変ですから」

「なるほどのぉ。
 どおりで海に無数の船が浮かぶ訳じゃ」

 鶴姫が感心するので政千代はほっとするが、暗記しただけの政千代は珠が意図した別府湾全体を俯瞰する都市計画がまだ理解できていなかった。
 南蛮人専用として、ある種の隔離を意図した交易拠点の瓜生島。
 大友家の中枢、および国内港として船を集める府内。
 この二つの慰安地として、適度に離れて作られている別府。
 その間に作られた防衛拠点の高崎山城には狼煙台と灯台まで作られている。
 更に、別府湾最奥の大神に作られている造船所と水軍港。
 これらの間を小船や馬車が行き来し、人・物・金が動き、雇用が生まれているという意味を鶴姫も政千代も知るにはまだ幼すぎた。

「あの島へはわらわも行く事ができるのか?」

「ええ。お望みとあらば、後で船を手配しましょう」

 三人は府内の市に着く。
 常時、物が溢れているそこは、博多や堺の大店が店を出していた。

「おや、政千代様。
 今日は、姫様の使いで?」

「いえ、今日は姫様のお客様の案内を」

 挨拶をしたのは、薬屋小西家の番頭。
 ルイス・デ・アルメイダが建てた病院を最も大々的に支援していたのが珠であり、医師・薬師を集め、山科言継のカルテを写本して医学の発展を求めた。
 ルイス自身はキリスト教を歪めてしまった珠に思うところがあるみたいだが、恵まれない人たちへの奉仕の方向は同じとこの地に留まっている。
 そんな状況ゆえ、薬を扱う小西家が府内に店を構えたのもある種当然なのだろう。
 その売れ筋商品が、火薬と遊女に使う堕胎薬(オギノ式を広めてもできる子というのは必ず居たので)というのは、皮肉以上の何者でもないのだが。
 そんな大店の番頭が、政千代に案内される姫の事を知らないはずがない。

「よろしければ、若旦那に挨拶をさせたいのですが」

「姫様。よろしいですか?」

「うむ。構わぬぞ」

 大友家とは違った意味で、鶴姫の生まれである来島家というのは商人達にとって知って損は無いコネであった。
 何しろ、瀬戸内交易を一手に握る瀬戸内水軍衆の超大物、村上水軍の一翼を担っているのだから。
 運搬と瀬戸内の関所を押さえる一族と知り合いになるのは、魅力的商品を生み出す大友家と同じぐらい商人達にとって大事な事であった。
 なお、鶴姫滞在費用は彼ら商人達からの献金によって成り立っているのだが、そんな事を鶴姫が知る訳も無い。
 
「はじめまして。
 府内での店を任されています、小西如清と申します」

「鶴姫じゃ」

 鷹揚に挨拶を返す鶴姫の前に差し出される貢物。

「これは何じゃ?」

「南蛮のお菓子でございます。ぼうろと申すとか。
 小麦粉に蜂蜜や砂糖を混ぜて焼き上げるのでございます」

 差し出されたお菓子を鶴姫は一つ摘んでぱくり。
 その爪ほどの大きさのお菓子一つで、普通の人が一週間ほど暮らすほどの銭が飛んでゆくのを鶴姫は知らない。

「うまいのじゃ!」

「どうぞ好きなだけお召し上がりください」

 更に差し出されたお菓子を綺麗に平らげる鶴姫を見て、小西如清も笑みを浮かべる。

「何か入用でしたら、うちをご贔屓に」

「うむ。
 何かあったら夏を使いに出すから頼むぞ」

 実に姫様らしい鷹揚さで鶴姫は言ってのけるが、そもそも姫様がこんな場所に出てくる時点で間違っている事を、この府内の人間はすっかり忘れていたりする。
 何しろ、身重にも係らず、

「煙草葉の生産にこぎつけたぁ!!」

 と、この間大喜びでこの市で踊っていた姫をここで見たばかりなのだから。
 あの姫に比べたら、どんなおてんば姫でも、姫らしく見えるのが不思議だ。
 なお、そんな姫はこの市に来る時は自ら算盤弾いて値切りに来るから、なおたちが悪い。
 町人達の寄り合いにて、

「あれは姫の皮をかぶった商人だ」

と言って皆が納得するぐらいの出来人である。
 彼女が率いる遊女の他に、石炭・鋼・酒・茶・煙草・蜜柑と面白いほど売れる品物を次々と押さえているのだから。
 最近では、唐から最新のお茶である烏龍茶を取り寄せ、その緑茶とは違う別の味と香りで商人達を虜にしたばかり。
 あの姫のおかげで、博多と府内は東アジア交易で商人達が避けては通れない巨大国際港に押し上げられている。

「鶴姫様。
 船が手配できました」 
 
「うむ」

 府内の港に立ち並ぶ蔵を横目に、三人は大友家が持つ小早船に乗り込む。
 一斉に動く櫓を見ながら、鶴姫がぽつり。

「豊後の水軍も悪くは無いな」

「後で、水軍奉行の若林殿にお聞かせしましょう。
 きっと、喜ぶと思いますわ」

 政千代の言葉に嘘は無い。
 村上水軍の一員から、船についてお褒めの言葉が出るのはやはり嬉しい物だ。
 何しろ、彼らに瀬戸内を封鎖されて大内義長を見殺しにする羽目となった大友家水軍は、対毛利・村上水軍を頭に置いて訓練をしていたのだから。
 だが、そんな訓練を無にする代物が鶴姫の目に入ると鶴姫も息を呑む。

「でかいな。
 この南蛮船。
 大友家の家紋がかかっているという事は、あれは大友の物か?」

「はい。
 珠姫様所有の南蛮船『珠姫丸』ですわ。
 姫様はこのような南蛮船を三隻もお持ちになり、年一隻ずつ増やすつもりとか」

 その言葉に鶴姫は愕然とする。
 『大友の姫巫女』珠姫の名前を西海に轟かせた南予侵攻戦において、実際戦った村上吉継は珠姫の恐ろしさについて鶴姫にこう語っていた。
 
「あの姫様の恐ろしさは、大筒を使った事じゃない。
 大筒を使って勝てる場所に、陣を敷いた事が恐ろしいのだ。
 そして、それを可能にしていたのが、あの姫様が率いる南蛮船だ。
 我らが長浜に来る南蛮船を阻止できていれば、そもそもあの戦は起きなかったのだ。
 あの姫の陣の見立てと、それを可能にする南蛮船の速さと積載量。
 あの姫に水際で勝てる者は、そうはいないだろうよ」

 なお、この話はしっかりと毛利の小早川隆景にも伝えており、毛利・村上水軍で対大友南蛮船撃破策を練っているらしいが、鶴姫にはそれは教えられていない。
 瓜生島に近づくにつれ、南蛮船の数が増える。

「南蛮船を仕立てるぽるとがるという国ですが、五隻の船団を組んで、最初は大村家に寄って荷を降ろすのです。
 その後、博多でも荷を降ろしてこの府内に来るのです。
 そして、船団の皆様は別府で羽を伸ばすのですわ」

 次に見えるのがシャンクと呼ばれる唐製の船である。
 これもかなりの数の船が大友家の杏葉紋の旗がはためいている。
 東アジアで暴れている倭寇を大々的に保護したからで、大友家はこれによって東アジア有数の船団を持つ家になっている。

「絹や木綿、壷に香料、銅銭と府内に多くの物を降ろしてくれますわ。
 もっとも、一番の商品は全て博多でさばかれるそうですが」

 政千代の少し後ろめたい声に、鶴姫が気にする事無く言い放つ。

「気にするでない。
 人であろう。
 わらわも海の娘じゃ。
 荷については一通りの知識はあるわ」

 この時代、恐ろしいほどの人身売買が盛んになっていた。
 黒人を新大陸に運ぶ奴隷貿易が有名だが、それだけではなく世界各地から奴隷として、疫病で現地人が根絶しつつあった新大陸に人がかき集められていたのを知る人は少ない。
 事実、太平洋のスペインやポルトガル領の小島では、人狩りが行われて新大陸に連れて行かれていたりする。
 それが表にならなかったのは、絶対的人数の少なさ以外の何者でもない。
 また、東アジアの奴隷交易は女性を主体に扱われており、その終着地である博多の相場が東アジア全体の奴隷相場となっていたのだった。
 珠自身、日本女性奴隷の身請け先として博多で大々的に購入していたが、白人の妊婦奴隷を買った以後、『言葉が分からないから使えない』と買う事で拒否している。
 とはいえ、博多市場にて行われている、他者の取引をとめるつもりも無かった。
 彼女の正義感と冷徹な政治の妥協がそこにはあったのだが、話が違うのでここまでにしておく。
 そんな女奴隷は瀬戸内航路でも高級商品となっており、村上水軍の大友船に対する海賊行為に対し、大友義鎮は大友領全域の奴隷売買の中止を通告。
 京・堺の商人や毛利の政治的圧力の果てに、即座に村上水軍が海賊行為の中止と奴隷売買の再開を陳情しにきたというドス黒い話もできる始末。

 なお、欧州の白人奴隷が病気や遭難、他地域に買われる等で、博多に連れて来られるのは百人に一人。
 そこからイスラム勢力の手に渡り、欧州に帰る事ができる女は千人に一人と言われ、日本の家紋を彫られ、性欲と性知識以外全てを消された彼女達は王侯貴族のステータスシンボルとして大流行する。
 さすがに、彼女達を人と認めることは憚られたのだろう。
 彼女達は人形として扱われ、欧州人であるにも拘らず日本の着物を着せられ、原産地の名前をつけられた『博多人形』は、人類暗黒史に燦然とその名前を轟かす事になる。
  
「聞きたいのじゃが、何故、姫は奴隷交易に手を出さぬ?
 これだけの船団を持ち、あれだけの遊女を持つのならば巨万の富を得られように。
 あの姫が切れ者であるのは分かる。
 じゃが、あの姫が一番儲かる『人』を商いに使わぬのが、どうも解せぬのじゃ」

 鶴姫も戦国の女。水軍、一皮向けば海賊の娘だ。
 だからこそ、人道などという珠の前世しか意味を持たない概念などではなく、冷徹に商品として人を見ている。

「それは私もにも分からないのです。
 何故、姫様があれほど遊女達を保護するのか?
 何故遊女を買うばかりで、売らないのか?
 噂では、姫様の母上様が歩き巫女をしているからだとか」

 政千代も困惑しながら、鶴姫の問いに答えるしかない。
 先見の明があるあの姫様が、こと人身売買において、非合理ともいえる行動を取り続けているのだった。 
 政千代も珠の異状ともいえる遊女優遇策に、違和感を持っている一人だった。
 珠を頂点とする女集団の中ですら、実は激烈な派閥争いがあったりする。
 珠の警護を目的として最初から珠に付き従う、武家の娘達の派閥。
 珠が経営する遊郭からのし上がってきた、遊女達の派閥。
 この二派は、表面上は珠の元結束をしているが、裏では『男の真似する侍もどき』と『股を開く事しかできない刺青者』と影口の言い合いをやっていたり。
 初期の面子、苦労人の麟や白貴がまだ表に出ている内は、問題が起きないだろう。
 だが、その次の世代が珠を支える時に相手派閥の排除に動かないか?
 珠を含めて麟や白貴が頭を悩ませ、姫巫女衆の人員を常に入れ替えつつ一体感を出させる涙ぐましい努力をしているのだか、それがまだ政千代には見えない。
 大大名大友家の姫として、四郎と婚姻して相応しい生活を送って欲しいと、珠の幸せを願っているのだった。
 彼女が政治をする必要も無い。
 商売や遊郭を経営する必要も無い。
 ましてや戦にでる事等言語道断。
 子を産み、育て、家を守る。
 そんな教育を受けてきた政千代にとって珠は崇拝の対象であると同時に、男社会に切り込む道化師に見えていたのだった。
 珠にたいする見方は、鶴姫も政千代と同じだったりする。

「ヨクコラレマシタ。
 コチラノヒメハ?」

 瓜生島には、大まかに分けて三つの大きな建物がある。
 一つは大友の代官所兼珠の遊郭の出先。
 もう一つが、華僑達の商館。
 最後の一つが、南蛮、つまりポルトガルの商館だった。
 今、政千代や鶴姫にたどたどしい日本語で挨拶しているのは、ポルトガル商館代表兼イエズス会宣教師であるコスメ・デ・トーレス。
 南蛮交易はキリスト教の布教と切っても切れない関係であるから、ポルトガル商館の中には教会まで備えられている。
 珠姫が表舞台に出てから布教が歪んでいるので大友家との関係はあまり良くは無い。
 とはいえ、民に対する施しに理解を示し、その活動を一番支援しているのもまた珠というジレンマに彼は悩まされているのだった。

「鶴姫じゃ」

「瀬戸内海、村上水軍の一族の姫、鶴姫様にございます」

「ハジメマシテ。
 コスメ・デ・トーレス ト、イイマス」

 館の案内に興味しんしんな鶴姫と夏を眺めていた政千代の所にトーレスが近づく。
 その顔は先ほどの笑みと違い、苦悩に満ちていた。

「タマヒメサマニツタエテホシイコトガアリマス」

 その表情に政千代も一歩引いてしまうが、それでも彼女も武家の娘で珠の下につく女である。
 すぐ一歩前に出て顔を近づける。

「『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』
 コウオツタエクダサイ」

「???
 は、はい……」

 政千代は意味が分からないがとりあえずその言葉を一言一句覚えた。
 それを確かめると、トーレスも少しだけ顔を緩めた。
 珠姫は知らない。
 既に東アジアにおける奴隷交易が巨万の富を生んでいる事を。
 この交易路が『隷姫航路』と呼ばれ、あまたの女達の命を吸っているという事を。
 珠姫の異端認定を受けて、ライバルであるスペインが船を出したという事。
 そして、そのスペイン船団がフィリピンを征服し、ここへ向けて出港した事。
 マカオという拠点を持つポルトガルとって、フィリピンについてからのスペインの行動はほぼ筒抜けと言ってよかった。
 しかも、トーレスがイエズス会宣教師という教会内部を知る者であったがゆえに、その経緯すら完全に把握していたのだった。
 と、同時に珠姫が差し出している支援の手を失うのが怖いというのもあった。
 彼は、盟友フランシスコ・ザビエルの「適応主義」を支持し、日本の文化を尊重し、日本人と共に暮らす事で布教を続けていたのだった。
 珠がゆがめてしまったキリスト教とて、トーレス自身は珠のアヴェ・マリアを聞いていた。
 あんなに優しく歌う姫が本当に異端なのか?
 こんなに民を思う姫を異端として裁くのか?
 リリスと断罪した宣教師の報告を最終的に黙認したのが、ほかならぬ彼である。
 その心は乱れ、神に救いを求め、長く祈りを捧げるほどだった。
 そんな彼の決心を決めたのが、ライバルスペイン船団の日本派遣である。
 フィリピンでの悪行を耳にしたトーレスは、ライバルのスペインがこの府内を荒らすのを見過ごす事ができなかった。 
 そして、悪名高いスペイン異端審問団に彼女が殺されるのを見過ごす事もできなかったのだ。

(かの姫を改宗させる。
 それでこの府内は悲劇から救われる)

 苦悩の末に宗教的正義心が絡んだ、トーレスなりの限界一杯の誠意だった。
 珠がこれに耳を貸して、我らに助けを求めたら改宗させてこの地を救う。
 魔女やリリスと欧州に名が広がっている彼女を改宗させれば、この地の布教も進む。
 彼にとって、まさに天啓に近いひらめきだっただろう。

「政千代さーん!」

「失礼しますわ。
 必ずお伝えします」

 夏に呼ばれた政千代がトーレスに一礼して鶴姫たちの方に駆けてゆく。

(これで、この地は救われる……)

 トーレスはその場に膝をついて、神に感謝した。

 

 珠姫が本当に聖書に名の載るような魔女ならば、彼女はトーレスに救いを求め、改宗してこの地は神の威光に包まれるのだろう。
 だが、トーレスのこの一言は結果として、大乱の引き金となる。
 そして、この大乱によって、珠は本物の魔女として欧州にその名前を刻まれる事になるのだが、それを彼はその目で見る事になる。


 


大友の姫巫女 第五十八話 豊西戦争 前夜から一日目 
 

 勝負とは、どれだけ己の失敗を少なくするかで勝敗が決まる。
 特に、人の生死はおろか国家の盛衰まで左右する戦争などは、それが特に顕著に出る。
 この豊西戦争においても、それは当然のように戦争の結果に繋がったのである。
 西――スペイン(イスパニア)――側は、過去の成功体験から侵攻を始めた事自体が最大の失敗だった。
 新大陸征服、アステカを滅ぼした時は兵五百人、インカを滅ぼした時も兵百八十人というものだった。
 そう、フィリピン征服に用意した兵五百人というのは、決して相手を舐めていたものではなく、彼らが用意できる限界人数だったのである。
 とはいえ、この征服事業は順調とはほど遠く、最初の征服地であるフィリピンですらゼブ島を制圧したのみでメキシコに増援を求めたというのにも係らず、その侵攻の矛先を日本に向けてしまったのは致命的失敗だった。
 そして、豊――豊後大友家――側も失策を犯していた。
 南蛮としか区別していないポルトガルとイスパニアの違いが分からず、南蛮船交易で共存体制ができつつあり、キリスト教布教にも寛容であった事もあって、自らの王城が直接攻撃を受けるとはまったく思っていなかったのである。
 結果として、大友家はこの戦争によって十数年、イスパニアは数十年の血の代償を払い続ける事になる。
 その結果として、東アジア交易で漁夫の利を得たポルトガルだったが、かの国もその繁栄を長く謳歌する事はなかったのである。

 20XX年 国営放送 「歴史 その瞬間  信仰の代償――カトリック布教とその結末――」より

 

「おねがい。
 もう一回言って。
 嘘って言ってよ!」

 私の叫び声に政千代の怪訝そうな顔が、先ほどと同じ言葉を言う。

「いえ。
 私はトーレス神父からこの通りに言えと。

『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』

 これが何か?」

「あはっ……あははっ……
 私も色々人生経験したけど、今の言葉は人生において最悪から二番目の言葉に認定されたわ。
 あははははははは……」

「姫様っ!」
「姫!おちついて!」

 狂ったように笑う私に、四郎や麟姉さんが心配そうな顔で私を宥めるけど私の笑い声は止まらない。
 なお、人生一番に悪い言葉は常に未来の為に取ってあったりする。

「何があったって言うの?政千代」
「私にもさっぱり……」

 完全に気が触れたような私に白貴姉さんも、その言葉を伝えた政千代も目をぱちくりするばかり。
 ああ、この言葉の意味は私にしか分からない。
 だからこそ、哂う。
 私自身を。
 私が変えた世界を。
 私が歪めた歴史を。
 
 ぴたりと私は哂うのを止めた。
 そしてその顔に浮かぶ狂気にも似た笑顔に皆が言葉を失う。

「政千代。
 トーレス神父に連絡を取って、こっちに来てもらうようにしてちょうだい」
 
「は、はい。
 姫様」

 ぴくりと政千代の体が震えるが、今の私はそれに構う余裕がない。

「瑠璃御前。
 大神の安宅殿に文を。
 『日振島の南蛮船を全て大神に呼び寄せろ』。
 府内の父上にも。
 『南蛮から新たな国が来る可能性あり』。
 書き上げたら私が花押を押すから、両方とも早馬で届けて」

「御意」

 こういう時に大人である瑠璃姫は、臣下としての礼をしっかり取るからありがたい。
 いつの間にか八重姫と九重姫がいなくなっているから、文を書きに行ったな。
 自分がいやおうなく上に立つ者――下の者の生活や命を支えている――という義務を思い出させてくれる。

「白貴姉さん。
 遊女で姫巫女衆に属している者のお仕事を全面的に中止させて」

「了解。姫様」

「麟姉さん。
 兵糧を城に運んで。
 四郎。御社衆を動けるようにしておいて」

「わかりました。姫」
 
「姫様。
 戦準備に近いのですが、何か起こるのですか?」

 一同を代表してなのだろう。
 麟姉さんが質問をする。

「起こらないで欲しいけどね。
 万一の為かな。
 新しい南蛮人が来るかもしれないから。その為にね」

 途中で八重・九重の両姫が書き上げた手紙に花押を書いて渡す。

「あと、旗本鎮台の戸次鑑連にも文をお願い。
 『新しい南蛮人が来る。警戒されたし』
 あ、政千代。
 あんたの父上にも手紙を書くから。
 ついでに何かあるなら持って行ってあげるわよ」

 八重姫は手紙を持って既に去り、即座に書き出した九重姫を見ながら政千代は急に振られてうろたえる。

「いえ。
 別に家にも戻りますから特に何も……」

 政千代の言葉をもう私は聞いていなかった。
 九重姫が差し出した戸次鑑連あての文に花押を書いて、立ち上がり襖を開けて眼下に広がる別府湾を眺める。
 スペイン異端審問団。
 某国国営放送では愉快な連中と化していたが、史実では悪魔より怖い連中として恐れられていた。
 私が異端認定。
 その先に待つのは多分火あぶり。どこのジャンヌだ。マジで。

 そして、ふと自問する。
 何が間違っていたのか?
 過度な科学知識の持込はしていない。
 そんなに頭が良くも無かったし。
 神力だって、豊饒祈祷など伝統の域を出ていないはず。
 女が戦で派手に動いた事か?
 考えども答えが出てこない。
 ため息をついて考えるのをやめる。
 今考えても、答えが出ないからだ。

 日本はキリスト教に対しては、いずれ豊臣秀吉の禁教をもって挑む。
 そこまで生き延びればこっちの勝ちだ。   

(来るなら来なさい。
 ただではやられないわよ。異端審問団)

 

 だから、見誤っていた。
 トーレスの情報が何処から来たのかを。
 そして、その情報がもたらされる前に異端審問団が出ているという事実を。
 こうして、最善手ではない手を打ったまま私はその日を迎える。

 

「姫様っ!
 新たな南蛮船五隻が豊後の港に!!」

 その報告を麟姉さんから聞いたのは、私が露天風呂で朝風呂につかっていた時の事だった。
 そのまま、裸で府内の方角を眺めるが、次に響いてきたのは大音量の爆発音だった。

「姫様伏せてっ!!!」

 麟姉さんが私に抱きついて伏せさせる。
 鉄砲も大砲も私が使っているから、この轟音が大砲の連射である事を麟姉さんは見抜いていたのだった。

「砲撃ですっ!
 速く中にっ!」

 私は見た。
 もうもうと黒煙を吐く中に、ひときわ大きな帆船五隻が火を吹く様を。

「が、ガレオン船……
 なんであれがあんな所に……」

 その衝撃は私にしか分からない。
 キャラックより大きな船体に積んである大砲は四十門。
 それが火を吹いている。
 府内の町が燃えているのか、黒煙があがる。
 瓜生島の方を見ると、停泊していたポルトガル船やシャンクも炎に包まれ、別府湾は地獄絵図のようになっていた。
 その現実を受け入れられなくて、

「姫様!
 しっかりしてください!珠姫様っ!!」

 いつの間にか麟姉さんに引っ張られて、御殿の大広間で服を着せられていた。
 呆然としていたのだろう。
 この事態に麟姉さんは私を揺さぶっていたのだろう。
 心配そうな麟姉さんの顔がすぐ目の前にある。

「姫!ご無事で!!」

 服を着せられた事で一斉に皆が大広間に入ってくる。

「篭城準備はできています」
「門前町の皆もこの御殿に収容を!」
「姫巫女衆は動けるようにしてあるわよ」
「御社衆もいつでも動かせます」

 皆の視線にやっと私は我にかえる。

「あ、ごめんなさい。
 門前町の皆を御殿に収容して。
 御社衆と姫巫女衆はその誘導を。
 舞、いる?」

「ここに」
「別府奉行に連絡を取って。『必要なら、杉乃井で皆を受け入れる』って」
「はっ」

 すっと現れて消えたくノ一の舞にも私は命令を伝える。

「何事じゃ!騒々しい!!」

 客人のくせに主人みたいに振舞いますね。鶴姫よ。

「ごめん。
 ちょっと戦になりそうだから、今、あんたに係っている暇はないのよ」

「何じゃ……むがむが……」
「姫様おちついて。
 毛利ですか?」

 鶴姫の口を強引に押さえたまま鶴姫侍女の夏が私に尋ねる。
 対毛利戦なら、鶴姫の立場はもの凄く厄介な事になるからだ。

「違うわ。
 南蛮船が府内に攻撃をしているのよ。
 目的は、多分私。
 ポルトガルの船を焼いたという事は、多分イスパニアね。
 まとめて消して証拠隠滅でも図るつもりなのかしら」

「えっ?」

 皆の視線が、私に集中する。
 しまった。
 今の一言は失言だった。
 
「どういう事か聞かせてもらいますかな?姫様」

 今までの声とは違う、枯れても響く声を発したのは、隠居して老後の楽しみ学校を開いていた吉岡長増老。
 吉岡老と隣の田北鑑生老なんて、ここに学びに来ている小野和泉と共に戦姿でやってきているし。準備速いな。

「既に、篭城の準備ができているというのは解せませぬな。
 姫様はこれを予感していたのかな?」

 田北老が運び込まれていた兵糧を見たのだろう。若干の不信感を持って私に質問する。
 分からないでもない。
 勝手に兵を動かすのは謀反と思われても仕方ないからだ。

「違います。
 既に父上には文にてお伝えしております。
 本来なら、杞憂に終わって欲しかったのですが、ポルトガル商館のトーレス神父から警告があったのです」

 南蛮への不信だけは避けなければならない。
 私の言葉に老人二人が怪訝そうな顔をする。

「それはまことですか?」

「はい。
 私がトーレス神父から直にお聞きしました。
 姫様はそれを受けて、こうして備えていました。
 父上にも文を出しているので、府内が落ちるとは思えません」

 よく見ると青白い顔で政千代が強がる。
 考えてみれば、あの砲撃を受けている府内に政千代の父たる戸次鑑連がいるのだ。
 雷神と恐れられる彼でも、この砲撃下で攻撃を受けている府内を守れるのか不安なのだろう。
 自分の事をひとまず棚において、政千代の頭を撫でる。

「ぁ……姫様……」

「大丈夫。
 貴方の父上を信じなさい。
 彼がいるなら、府内は落ちないわ。ね」

 強がりと分かっても笑ってみせる。
 
「で、何で姫様が狙われているのです?」

 核心の質問に触れたのは吉岡老。
 ちっ。
 一番触れて欲しくない事を。
 口を開く前に、麟姉さんが吉岡老に説明してしまう。

「そのトーレス神父が、姫様に伝えたのです。
『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』
 と。
 我らはその言葉が分からないのですが、姫様はその言葉を聞かれて狂ったように笑いながら篭城の指示を」

「と、言う事は全て姫様は分かっているのですな。
 お聞かせ願いたい」

 射抜くような視線で私を見据える吉岡老。
 元加判衆でも謀略を担当していたほどの男の視線に耐え切れずに、私はついに口を割る。

「仏教の宗派争いを思い出してくれればいいわ。
 南蛮の宗教にも同じのがあるの。
 で、私が南蛮の宗教の一派に仏敵認定されたって、トーレス神父が教えてくれたわ」

 私の言葉の重さで皆が完全に黙り込む。
 遠くから砲撃している爆音が響いてくるのが心に痛い。

「な、なぜじゃ!
 何で姫様がそんな事に巻き込まれたのじゃ!!」

 田北老が激昂する。
 けど、その激昂は皆同じなのだろう、手を震わせて怒りを堪えている。

「そこまでは分からないわ。
 けど、狙いが私なら遅かれ早かれここに奴らはやってくるわ。
 だから篭城の準備を指示したのよ」

 不意に四郎が口を挟む。

「でしたら、姫はここからお退きになられて、宇佐に下がるべきかと」

「何で、私……」

 私の抗議を手で制して四郎はそのまま続ける。

「船は数隻。
 乗せている兵は多くても千を越える事はございませぬ。
 あの大砲がやっかいですが、それさえ押さえれば潰す事ができます」

 何時の間にそこまで見ていたのか。四郎。
 私のあっけに取られた顔などお構いなしに、私に向けて必死の説得の言葉を続ける。

「勝てる戦です。
 だからこそ、姫の御身を危険に晒してはなりませぬ。
 更に、これを機に諸国が悪さをしてくるでしょう。
 我が父なら、この機を逃しませぬ。
 豊前・筑前に睨みが効く人間がいないと、この二カ国毛利に寝返りますぞ!」

 まさか、四郎が己の立場を無視して毛利による豊前・筑前侵攻を警告するとは思っていなかった。
 皆、あっけに取られる中、四郎は土下座までして私に訴える。

「お願いでございます!
 姫は宇佐にお下がりくださいませ!
 姫が健在なら、豊前も筑豊も寝返る事はございませぬ。
 佐田殿、城井殿、高橋殿、田原殿も姫ならば忠義を尽くすでしょう。
 ですからっ!」

 四郎必死の懇願に、私の答えを待っている皆の視線に気づく。
 視線を察するに、皆同じ答えらしい。
 ああ、もうこの馬鹿野郎共。
 大好きだ。

「……五日持ちこたえて。
 杉乃井がそれだけ持ちこたえたならば、宇佐で必要な手配をして、中津鎮台の兵を連れて戻るから」
 
 その声に、皆の顔に笑顔が広がるのが分かる。

「麟姉さん、この城の事お願いします」

 何故か涙を浮かべて、麟姉さんが返事をする。

「はい。
 きっとお迎えにあがりますわ」

「白貴姉さんと瑠璃御前も、麟姉さんを支えてください。
 あと、恋を身代わりにするわ。
 私が杉乃井にいる事を広めて、南蛮船の攻撃を府内から別府に引き付けます」

 それは代わりに、この杉乃井が攻撃に晒される事を意味する訳で。
 自ら危険に晒されるのに係らず、飄々としている白貴姉さんと、力強く微笑む瑠璃姫が私の心に暖かさをもたらしてくれる。

「安心しな。姫。
 恋もこの為にいるんだから、由良共に支えて見せるさ。
 政千代を連れていきな。
 宇佐でも手足はいるだろう」

「かしこまりました。
 八重・九重をお連れください。
 姫の手足となるよう仕込んであります」

「「えっ!?」」

 ほぼ同時の二人の声に、名指しされた政千代と八重姫が声をあげる。
 その不意打ちの二人の声と無表情に頷く九重姫を見て、私も笑ってしまう。
 そして気づいた。
 さり気なく、死闘になる篭城戦から子供の三人を外した事を。
 きっと身代わりが無ければ、恋も連れて行きたかったのだろうと。

「吉岡老と田北老もよろしければって、その気満々ですね。
 田北老は小野和泉以下、ここに学びに来ている郎党をお任せします。
 吉岡老はその見識で麟姉さんの補佐をお願いします」

「安心してくだされ。
 この老骨、隠居するには若すぎるゆえ、若人の邪魔にならぬ程度に働きまするぞ!」

 田北老なんて、この面子で一番戦意が高く見えるのはどういう事だろう?
 小野和泉も顔が高潮しているし、この二人がいれば篭城も苦労はしないだろう。

「分かり申した。
 邪魔にならぬ程度に、お役に立つ次第」

 遊郭という性格から若者が多い杉乃井で、吉岡老の見識が暴走しがちな若者達を自制させるだろう。
  
 そして、また平伏したままの四郎を見つめる。
 その姿を見て悟る。
 彼は、ここに残るつもりなのだと。

「五日後、おもいっきり可愛がってもらうからね。
 死なないでよ」

「はい」

 やっと表をあげた四郎の笑みに抱きついてキスしたいけど、今は自重。
 きっと、会える。
 そう信じているから。 

「鶴姫と夏は一緒に」

「いやじゃ。
 お主が居ない時が、四郎を寝取る好機ではないか。
 この時に残らずに、どうする?」

 その言い草に思わず苦笑してしまう。
 女の戦いも現実の戦と同じぐらい必死なのだ。

「四郎はこの杉乃井より難攻不落よ」

「だからこそ、落すのじゃ。
 お主が五日後に悔しがる姿が目に浮かぶわ。
 だから、安心して後ろを固めるがよい」

 鶴姫が差し出した手を握る。

「死なないでよ」
「四郎の子を孕むまで死ぬものか」

「姫様、そろそろ」

 麟姉さんが促す。
 私は政千代・八重姫・九重姫を従えて、裏口に向かう。

「行くの?」

 裏口には母上が待っていた。
 きっと、私と共に宇佐に退かせようと麟姉さんあたりが画策したのだろう。

「母上は?」

「ここに残るわ。
 子を逃がすのが親の勤めでしょ」

 日頃ちゃらんぽらんとしていても、こういう時は親をするのだなぁ。

「そんなものよ。
 親ってものは。
 あんたももうすぐなるのだから、それぐらい覚えなさい」

 ウインクして微笑む母の姿に、何故か涙がこぼれる。
 あれ?おかしいな?
 どうして、ここで泣くんだろう?

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 そんなあっけない別れ方をして、私はサードステージに乗り、杉乃井の裏口から数騎を連れて去る。
 海岸線は危ないので、山伝いに豊前竜王城を目指す。
 二十一世紀の地理で言うなら、宇佐別府道路の道伝いと思っていただけると分かりやすいだろう。

「ちょっと待って」

 別府湾が望める山の中腹で、私は馬を止める。

「どうなさいました?姫?」

 馬を下りた私に、政千代が不思議そうな顔をする。
 府内はもうもうと広がる黒煙のせいでどうなっているか良く分からない。
 だが、南蛮船の砲撃は続いているらしく、響く爆音がここまで聞こえていた。

「戦勝祈願の祈祷ぐらいさせてよ。
 どうせ、八重姫・九重姫の二人が先を確認しないと、先に進めないのだから」

 この手の落ち延び系では本国といえども、容赦なく襲ってくるのが戦国の怖い所。
 何処までが安全なのかを先行して探らないと先に進めないのだ。
 別府湾で暴れる数隻の南蛮船を見据える。
 このままで終わるとは思うなよ。
 まだ、私のターンは始まってもいないんだから。
 私や政千代の髪が突風になびく。
 私が神力を発動させたのだ。

「ひっ、姫様っ!」

 南蛮船がうろたえるのが分かる。
 理不尽な強風に、南蛮船が帆を降ろして抵抗しようとしているのが分かる。
 だが、逃がさない。
 あのでかい船体そのものに風を当て、強風を海にも当てて波も駆使して、南蛮船達を別府に引き寄せる。
 一隻、二隻、三隻、四隻、あ、一隻転覆した。
 四隻の南蛮船が別府の北浜に打ち上げられる。
 それが限界だった。

「ごめん。
 後、頼むわ」

「姫様!
 しっかりしてください!姫様!!」

 政千代の悲鳴を聞きながら、神力の使いすぎで私は気を失った。


 



大友の姫巫女 第五十九話 豊西戦争
                                           一日目夜 北浜夜戦
 
  

地理説明
    ↑
   宇佐
  □      |    別府湾
 別府     |
          |
 凸       |
杉乃井御殿▲スペイン南蛮船
          |
          |
         |    凹瓜生島
    凸  |
高崎山城 |
       |
        −−−−−−
           凸
          府内城  

 


一日目 昼 杉乃井遊郭 大広間


「で、殿はご無事なのだな?」

 吉岡長増の問いかけに答えたのは、くノ一の菜子。
 その小柄な体を駆使し、高崎山の裏手を通り府内へ繋ぎを取ったのだった。

「はっ。
 お館様、および一門、重臣の方々は皆ご無事です。
 城も落ちておりませぬが、南蛮船の砲撃と浜に打ち上げさせた神風のせいで火災が発生。
 港を中心に街の三割が焼けた模様で、旗本鎮台はまだ動けぬとの事。
 臼杵鎮台は明日にも先鋒が府内に。
 大野鎮台も日向の動向を見ながら、明後日には先鋒を府内に送るとの事」

 菜子と同じように控えていたのが妹の里夢。
 彼女は宇佐に走り、北の情報を押さえて戻って来たのだった。
 珠が主導した伝令制度と鎮台は、完全にその機能を発揮していた。
 事変が勃発して、現場にまとまった戦力が投入できるのがそれまでと比べて格段に早い。

「姫様は無事に立石砦に入られました。
 途中、疲れが出たのかお倒れになりましたが、穏やかに眠っておられるとの事。
 明日にも宇佐にお入りになるでしょう。
 佐田隆居様より伝言が。
 中津鎮台と宇佐御社衆、合わせて千が明日、明後日にはもう千が杉乃井に入れるとの事。
 別府奉行の木付鎮秀様からも伝言が。
 木付勢と奈多八幡の奈多鑑基様の手勢、合わせて千が間もなく別府に入るとの事」

 珠姫が倒れたという報告に一同がざわつくが、その後の眠っているという言葉に安堵の息が漏れる。
 杉乃井遊郭の広間には、要職についている全ての人間が男女構わず集まっている。
 だが、その中央にいるのは遊郭の主ではない。
 能面のように表情を消した、珠の替え玉である恋が人形のように鎮座している。
 彼女の前に鎮座するのが、御殿代の吉岡麟であり、その両隣に補佐する形で隠居していたはずの吉岡長増と田北鑑生が鎧姿で座っている。
 恋の人形のような仕草も、替え玉としての初仕事に緊張しているのだろうと前の三人は思っていた。
 だからこそ、後に一騒動起こり、その後始末に頭を抱える事になるのだが、今の段階でそれを責める事はあまりに酷だろう。

「杉乃井には御社衆が五百詰めており、姫巫女衆も二百五十ほどおります。
 更に、吉岡様・田北様に習いに来ている者も郎党含めれば、戦に使えるのは千人ほどいる計算になります。
 また、別府および杉乃井の門前町から逃れてきた者は三千人ほどおり、健康な者は裏口から山を越えて城島高原の方に逃しております」

 奉行職につく藤原行春が杉乃井の兵と住民の避難について述べる。
 その隣には奥方である瑠璃姫が夫に添うように控えていた。

「南蛮船ですが、府内砲撃後に吹いた強風で北浜に打ち上げられました。
 内、一隻は転覆しており使い物にならない様子。
 南蛮人は上陸して船の隣に大きな穴を掘り、陣を敷いています。
 その数は千ほど」

 くノ一の舞の報告に一同地図を見て困った顔になる。
 南蛮船で好き勝手砲撃されないだけましかもしれないが、打ち上げられたその場所が大問題だった。
 後の世に『別大』と呼ばれるそこは九州でも有数の交通の要衝であり、海を埋め立ててまで一部六車線の道路が作られたのは、高崎山の裏手にトンネルで抜ける高速を除いてそこしか道が無いからである。
 その別府側出口である北浜に南蛮船は打ち上げられた。
 それは、府内から最短距離で北に上がる事ができない事を意味していた。

「兵が揃うのを待って、一気に押しつぶすしかなかろうな」

 田北鑑生の一言に、吉岡長増が異を唱える。

「待て。
 やつらの狙いは姫様だ。
 姫様が宇佐に下がったのをやつらは知らない。
 だとしたら、あいつらはどういう行動に出る?」

「この杉乃井を攻撃に出るか?
 いや違う。
 彼らは先に府内を叩いた。
 姫様の居城がこの杉乃井と知っているならば、府内を反撃できないだけ叩いて本拠であるここに来るはずだ。
 ん?」

 そこまで言って、田北鑑生も気づく。

「やつら、府内と別府を勘違いしていないか?」

 田北鑑生の一言に吉岡長増がにやりと人を食ったような笑みを浮かべた。
 この時代の地図なんぞ、正確に書かれている方がまれである。
 たしかに欧州にはベップの名前は伝わっていただろう。
 だが、そのベップのあるだろう湾に入ると、四層天守を誇る巨大城砦都市が構えていたら彼らはそれをベップと思い込むのでは?
 その府内を守るのは大友の軍神戸次鑑連。
 南蛮船は浜に打ち上げられ、臼杵や大野鎮台からの増援も明日には入る以上、簡単には落とされないだろう。
 戦には兵糧や弾薬を含め、膨大な物資が必要になる。
 彼らが府内城を攻めて消耗した所を叩けばいい。

「よろしいのですか?
 府内を、お館様を危険に晒すような事をして?」

 吉岡長増に尋ねたのは義娘となった吉岡麟。
 その不安そうな顔を見て、吉岡長増は笑って答える。

「構わぬよ。
 姫様が狙いと分かった以上、姫様から南蛮船を離す事が肝要。
 いざとなれば、わしと田北殿が腹を切れば良い」 

「おうとも。
 老骨はその為にいるのだからの。
 まぁ、異人相手に槍を振るえないのはちと残念だが」

 おどけたような田北鑑生の一言に皆がどっと笑う。
 その笑みの輪に恋が入っていないのに誰も気づいてはいなかった。

「では、このまま城を固めるとしよう。
 やつらが府内を攻めて消耗した後で、姫様率いる後詰と共にやつらを叩く」

 吉岡長増がこの場での方針を固めようとした時に、その声は凛として力強く響いた。

「その時間は無いかも知れぬぞ」

 末席に当然のように座っていた鶴姫がいい笑み――肉食獣が獲物を見つけたような――を浮かべて皆に言い捨てる。

「それはどういう事ですかな?」

 皆を代表して吉岡長増が鶴姫に問いかける。
 杉乃井の人間は、厄介事として鶴姫をそんなに評価していないが、規格外という事ではこの杉乃井の主である珠姫の例もある。
 侮るつもりはなかった吉岡長増は、それが正解と悟る。

「やつら穴を掘っていると言ったな。
 ならば、南蛮船を動かすつもりだろうよ。
 船体横に海まで続く大穴をあけて、潮が満ちるのを待つ。
 満ちた潮が穴に入り、穴の側壁を崩せば、船自らの重さで船が穴に落ちる。
 で、穴の深みで船は沖に出られるという寸法じゃ。
 安宅船など大きな船を上げて、また海に出す時に使う手法じゃ。
 ほおって置けば、夜の満ち潮にでも脱出されるのではないか?」

 その一言に、広間の全員が凍りつく。
 あの南蛮船が動き出す。
 それを止める手段がまだない。
 大神に南蛮船が一隻待機しているが、日振島にいる二隻が来るのはどんなに速くても明日以降。
 それまでに南蛮船が動き出して大神の南蛮船が沈められたら、やつらを止める手段が無い。
 何よりも一番厄介なのは、南蛮船が暴れるだけ暴れてそのまま帰ったら諸国の笑い者である。
 おまけに、また来るかもしれない南蛮船に脅えなければならない。
 それは、南蛮交易で繁栄していた府内経済の決定的な破綻を意味していた。
 そこまで考えて真っ青になっている一同に対して、鶴姫はあまり豊かでない胸をそらして己の才を誇っている。
 もちろん四郎向けなのだが、その四郎も真っ青になって気づいていないのが哀れというかなんというか。

「まずいな。
 やつらを足止めせねば」

 田北鑑生が漏らしたその一言が場の空気を変えた。
 篭城による消極策から、足止めの為の野戦という積極策に変わったのに気づいたのは、四郎と小野和泉の二人。
 彼らは打って出る隊の大将をする事になるから、功績を立てる事を夢見てその変わった空気をある種歓迎していた。
 だから気づかなかった。
 その野戦の大将が誰になるかを。
 この別府の地が大友宗家の直轄領という事実を。
 珠が去った後、別府近辺の指揮をとる最上位者が誰になるのか、誰も考えていなかったという事を。
 数刻後、二人はそれを血の代償と共に思い知る事になる。


同日 夕方 別府奉行所

「夜襲か」

 杉乃井から送られた文を見て、奈多鑑基はある種の侮蔑を持ってその文を床に投げ捨てた。
 その表情には不満がはっきりと写っていた。

「老人どもがでしゃばりおって。
 面白くない」

 奈多鑑基自身は寺社奉行として国東半島に大きな影響力を持ち、奈多夫人を大友義鎮の正室に送るなど絶大な権勢を誇っていたはずだった。
 その権勢に幾許かの陰りが出てきたのは、珠姫という存在の為であると思い込んでいた。
 実は奈多八幡(分家)と宇佐八幡(本家)は豊後の寺社領荘園を巡って対立していた仲であり、寺社奉行だった奈多鑑基が奈多八幡側の裁定を出して宇佐八幡の荘園を奪っていたのだった。
 史実における対毛利戦の宇佐八幡の日和見というのは、奈多八幡擁する大友家への意趣返しという側面もある。
 だが、珠姫が宇佐に人質に出た事により、強硬な裁定が出来なくなっていた。
 珠自身も父である大友義鎮に直接交渉して、宇佐八幡の権益の回復を求めた事もあり、奈多八幡と宇佐八幡の荘園問題は宇佐八幡側の主張を認めつつ、奈多八幡の権益を確定させるという玉虫色の決着によって終結している。
 もちろん、香春岳神社再興による権益や新田開発等で、珠が宇佐八幡・奈多八幡双方に利を与えたからこそあくまで不満に留まっているのだが、やはり面白くない。
 珠そのものについても、奈多鑑基は疑心を持っていた。
 何しろ、娘である奈多夫人が可愛がっても、彼女の腹から出ていない子供である。
 しかもお腹に西国屈指の大大名の一族である毛利元鎮の子供を宿している。
 珠姫と彼女の子供も、大友家の後継者となりかねない位置にいるのだった。
 また、息子であり養子に出した田原親賢の加判衆就任を阻止したのも、珠姫が行った南予侵攻だった。
 更に疑心を深めるのが、珠姫自身の才覚である。
 合戦では負け知らず、謀略も冴え渡り、統治も善政をしき、大友家に巨万の富をもたらしている。
 あげくに、朝廷から官位までもらい、既に大友家次期後継者最有力候補と(珠自身は否定しているのに)家中からみられていたのだった。
 そんな珠姫が今回の南蛮船襲来では、身重の体という事もあって宇佐に退いている。
 大友宗家に血縁で食い込んだ奈多一族と我が娘の孫達の為にも、功績をあげる必要があったのだった。

 別府湾周辺は大友宗家の直轄地扱いになっている。
 という事は、このあたりの指揮系統は府内にいる大友義鎮自身か、旗本鎮台陣代である戸次鑑連に従う事になるのだが、南蛮船のおかけで府内とは連絡がつかない。
 これで、珠姫が残っていればいやでも彼女の指揮下に入っただろう。
 疑念はあっても負け知らずのその功績は評価しているのだった。
 だが、命令を出しているのは引退したはずの田北鑑生や吉岡長増である。
 現役武将である奈多鑑基が面白いはすが無い。
 しかも、別府北浜に打ち上げられた南蛮人は少数で、一隻難破したと聞く。
 己の手勢だけで蹴散らせるかもしれないと思った時に、誘惑が悪魔の姿に化ける。
 率いる手勢は五百。
 一撃与えるなら申し分ない兵力だ。
 抜け駆けになるが、そもそもが足止めを意図した攻撃なので速ければ速いほどいい。
 一撃与えた後、木付鎮秀の手勢か、杉乃井守備兵が続いて叩けば問題も無い。兵力では勝っているのだ。
 計画では、杉乃井集結後に南蛮船攻撃を計画している。
 既に、木付鎮秀の手勢は杉乃井に向かって出発しており、日が落ちつつある中で奈多鑑基の手勢も間もなく出発する手はずとなっていた。
 ほんの少し、杉乃井への進路がずれたとしたら。
 たまたま、その途中で南蛮人と出会ってしまったとしたら。

「出るぞ」

 奈多鑑基は手勢に声をかけ、別府奉行を出発した。
 何処へ出るかを最後まで言わないまま。

 

同日 大禍時 杉乃井遊郭 大手門前

 大手門前に揃っていた兵は御社衆のみでその数は五百。
 茜色の大地に彼らの影が長く伸びる。
 この間、府内で行われた旗本鎮台との模擬戦にて兵の錬度が違う部隊を強引に運用して、総崩れに陥った苦い経験から出撃は御社衆のみで行われる事になった。
 姫巫女衆およびその他の兵がまだ五百いるから、簡単には落ちないだろう。
 この姫巫女衆を率いるのは田北鑑生。
 本来御社衆を率いる四郎が請うて大将に据えたのである。
 で、四郎自身は手勢二百の大将として、同じ手勢二百を預けられた小野和泉と共に前線に出るつもりだった。
 指揮官を増やして、指揮する手勢が少なければ兵の統率は楽になる。
 錬度と士気が低い御社衆の統一運用を考えた四郎苦肉の策である。

「四郎殿。
 成長なさいましたな」

 漆黒の鎧武者姿を見て同じ姿である吉岡長増が見送りがてらに褒める。

「いえ、それがしまだ未熟者ゆえ」

「誰も最初は未熟者よ。
 失敗し、生き残って初めて一人前になるというもの。
 何より、四郎殿は既に功績をあげておられる」

「え?」

 きょとんとする四郎に吉岡長増が好々爺の笑みを浮かべた。

「姫様を逃がした事じゃ。
 ちゃんと府内での敗北を糧にしているではないか」

 その一言に四郎もいい笑顔を浮かべる。

「吉岡様の教えのおかげでございます。
 姫様の御身をこのような戦で危険に晒す事こそ、最悪の手という事を教えていただいたゆえに」

「そうじゃ。
 総大将が御前に出るのは、こちらが負けている時で良い。
 一軍の将が簡単に討ち取られては困るのじゃ。
 姫様は誰よりも先が、大局が見える。
 否、見え過ぎてしまうが故にそこに足を取られる気がしてならん。
 そこを支えるのが四郎殿の役目よ。
 覚えておくがよろしかろう」

「はっ」

 一礼をする若武者の凛々しさに嬉しさを感じると共に、一抹の不安も覚える。
 もしかして、自ら最強の敵を作っているのではないかと。
 ひとまずの不安を消して、吉岡長増はそのまま小野和泉と田北鑑生の所に顔を出す。

「初めての隊を指揮するのはいかがか?田北殿」

 床机に腰掛けて田北鑑生が笑う。

「何、一通り動けるぐらいには訓練しているのは知っている。
 他国の国衆を率いるよりは楽だろうよ」

 加判衆の一員として、万を越える大友軍の総大将も勤めた田北鑑生にとって、この程度の兵の指揮等呼吸をするがようにできる。
 それを知っているから、そのまま笑って流し、隣に控える小野和泉の方が固まっているので吉岡長増はそちらにも声をかけた。

「和泉。
 お主が固まってどうする?」

「はっ。
 今頃になって、府内での姫様の苦労を知った次第で」

 知らぬ兵を指揮するというのは、侍大将になるためには必須の条件でもある。
 自分の思い通りに動かない兵を与えられた今回、彼の真価が問われるだろうと自覚していて硬くなっていたのだった。

「気をぬけ。
 硬い者ほど死んで行くぞ」

「はっ」

 轟音が轟いたのはそんな時だった。

「落ち着けいっ!!!
 斥候を音のする方に走らせよ!」

「はっ!」

 田北鑑生の一喝でうろたえかけた空気が戻り、数騎の斥候が轟音のした方に駆けて行く。
 
「吉岡殿。
 城を頼む」

「心得た。
 だが、田北殿。
 この杉乃井は城では無いぞ。建前上」

「老人は、建前を覚える前に忘れるのよ!
 御社衆出るぞ!
 警戒しつつ、木付殿、奈多殿の手勢と合流する!!」

「はっ!」
「御意」

 田北鑑生の采配に四郎と小野和泉が号令をかけて兵を動かしてゆく。
 断続的に響く轟音を耳にしながら、吉岡長増は大手門に入り、負けじと大声で命じる。

「門を閉じよ!
 以後、わしの許しなく門を開ける事はまかりならぬ!」

「はいっ!」

 大手門に詰めていた中華衣装娘三人組が元気な声をあげるが、その顔は断続的に響く轟音に脅えの色が見えていた。
 杉乃井の本丸御殿からはこの轟音の正体が見えていた。
 奈多鑑基が独断で南蛮人に攻撃をしかけていたからである。

 

同日 夜のはじめ 北浜

 月明りに波の音が揺れ、それを完全にぶち壊すように砂浜に赤い花が轟音と共に断続的に咲く。
 その火炎の花咲く元に奈多鑑基率いる大友軍は、近づく事すらできなかった。

「何故じゃ!
 何故やつらの弾は当たる!!」

 大友軍は足元の悪い砂浜を突撃するが隊列が崩れ、そこを左右の鉄砲で狙い撃ちされていた。
 しかも、その左右に船から降ろしたたらしい大砲を据付け、その大砲の轟音が大友軍の士気を打ち崩したのだった。
 スペイン軍は日本と違い、鉄砲の使い道を狙撃ではなく、制圧射撃に使っていた。
 南蛮船を出す為に掘っていた砂で鉄砲の射程限界の所に丘を作り、そこを下りてきた大友軍兵士を一斉射撃で狙い撃ちしていたのだった。
 それでも近づいてきた大友兵は整列したパイク兵によって叩かれ、貫かれていく。
 それは、珠姫が行った慶徳寺合戦の裏返しだった。
 士気を叩き崩す火砲の優位、近づけさせない槍ふすま、そして、士官の多さによる柔軟な運用。
 カノン砲と呼ばれる大口径の火砲がまた火を吹いた。
 砂場で足を取られていた竹束を吹き飛ばした時、奈多鑑基率いる大友軍の士気は完全に折れた。

「もうこんな場所にいたくねぇぇっ!!」
「おら、死にたくねぇだぁ!」

 一斉に逃げ出す足軽達はおろか、侍達も逃げ出す始末。

「ま、待て!
 逃げ……」

 轟音と共にカノン砲が着弾した。
 その場所は運が悪い事に砂の下に石が埋まっており、火花を散らして砕いた石の破片を撒き散らしてカノン砲の弾を跳ねさせた。
 その跳ねた方向は、奈多鑑基の正面。

「え?」

 その迫り来る黒い物体に対する疑問の声が、彼の最後の言葉となった。


「奈多鑑基様討ち死にっ!
 奈多隊は総崩れですっ!!」

 決して遅かった訳ではないが、木付鎮秀が戦場に到着していた時には奈多隊は崩壊していた。
 とはいえ、見通しの良い砂浜での事、奈多隊総崩れの一部始終はしっかりと見ている。

「側面に回って槍を突き崩す!
 一隊は囮となって、あの丘の前で弓をいかけよ!
 杉乃井に伝令!
『奈多隊総崩れ。奈多鑑基討ち死。
 我らは南蛮人の側面をつき、奈多隊撤退の支援をする』と」

「はっ!」

 一騎の伝令が杉乃井に向かって駆けて行く。
 その方向には杉乃井から出てきた田北隊が、こちらに向かっているのが見えた。
 松明を赤々と掲げた敵は方陣の陣形で、その側面をつけば正面の槍は動けない。
 だから、見落としていた。
 方陣の四隅に銃兵と火砲が備えられていた事を。

 かくして、木付隊も奈多隊と同じ地獄を味わう事になった。

「ええいっ!
 これでは持たんわっ!
 一度退いて杉乃井勢と合流する!!」

 奈多隊の崩壊を前にして、木付隊も士気が崩壊しかかっていた。
 そして、木付隊より錬度も士気も低い杉乃井御社衆が裏崩れを起こす事を何よりも木付鎮秀は恐れた。
 彼らまで総崩れになったら、杉乃井はおろか別府湾中央部を守れる隊がいなくなってしまう。

「退けい!
 隊を乱すな!
 追い討ちを喰らうぞ!」

 その判断が田北勢を救った。
 既に、奈多・木付両隊の崩壊を目の当たりにして裏崩れを起こしかけていたのだった。

「逃げるなっ!
 逃げたら俺がこの場で切るっ!!」

 小野和泉や四郎が必死に馬上から叱咤すれど、一人、また一人と闇の中に落ち延びてゆく。
 特に、御社衆は南予侵攻で珠姫が見せた火力の凄まじさを見ていただけに、己の末路を簡単に想像してしまったのだった。

「これは戦えぬな。
 退くぞ。
 わしが殿を勤める。
 吉岡殿に詳細を伝え、敗残兵を収容させよ」

 ため息をつきながら、田北鑑生は撤退の指示を出す。
 これだけのものを見せられたのだ。
 杉乃井、奈多、木付の将兵はしばらく使い物にならないだろう。
 床机を持ってこさせ、悠然と腰をかける。
 そういう物事に動じないしぐさが兵の安堵に繋がる事を、この老将は幾多の戦経験より学んでいた。
 その為か、田北鑑生率いる本陣の百人は一人も逃亡者を出していない。

「田北様、それがしに殿を!」
「いや、それがしに殿を!」

 隊を辛うじて纏め上げた四郎と小野和泉に向かって、田北鑑生が一喝する。

「はしゃぐな!若造ども!!
 裏崩れを起こすような隊に殿を任せられると思うか!
 ここはわしが抑えるから、とっとと杉乃井に帰って、おなごの乳でも吸ってろ!!」

 その叱咤を含んだ言い捨てに二人とも顔を赤めて怒気を発するが、田北鑑生の言うとおりなので何も言い返せずに二人とも自らの隊を率いて撤退してゆく。
 そこに、隊をまとめて退いてきた木付鎮秀が合流する。

「木付殿すまぬ。
 勢い良く出たはいいが、役にたたなんだ」

 座ったまま頭を下げる田北鑑生に、木付鎮秀も安堵の息を漏らす。

「いえ。
 さすが田北老。
 裏崩れを起こさずに、杉乃井に入れるのはご老体がそこに座っているおかけではないですか」

 馬上から見下ろす木付鎮秀に、床机に座ったまま田北鑑生が白々しく苦笑する。

「何、足腰が弱ってな。
 年は取りたくないものじゃ」

「では、我が隊と共に杉乃井にお退きを」

 諧謔の笑みを浮かべて木付鎮秀も乗る。
 二人して笑っているのに目は赤々と篝火を灯す南蛮人たちに釘つけになっていた。

「そうさせてもらおう。
 で、木付殿。
 一当てしてどうじゃ?」

「弾切れを待つしか手が無いかと。
 竹束を吹き飛ばされたら近づけませぬゆえ」

 それは、戦場を潜って来た歴戦の将、先に帰らせた二人の若武者がまだ手に入れることの出来ないものを持つ戦国武将の姿だった。

「足止めは、今の兵では無理ですな」

 作戦目的の失敗を木付鎮秀は認め、田北鑑生も異議を唱えなかった。

「くノ一を使い、この顛末をわしの名前で殿と姫様に伝える」

 それは、今回の敗戦の責任を田北鑑生が取る事を意味していた。
 それを木付鎮秀が止めないのも、総大将としての責務である事を知っていたからに他ならない。

「わしらは負けたが、南蛮人。
 殿は、姫様は手ごわいぞ。
 次も同じように勝てると思うなよ」

 床机から田北鑑生が立ち上がった。
 彼と木付隊は南蛮人の追撃も無く、無事杉乃井に入城した。

 こうして、この日の戦は大友軍の敗北として終わる。
 なお、その夜に兵も居らず、避難が済んだはずの別府の町が大火によって焼失する。
 南蛮人の仕業と後に伝えられるが、実際は逃げ出した大友敗残兵が略奪し、その証拠隠滅が原因と言われている。

 

 北浜合戦

兵力
 大友家          田北鑑生             千五百
 スペイン派遣船団  ミゲル・ロペス・デ・レガスピ  千

損害
 四百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 不明(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
 奈多鑑基(大友家)


六十話の裏で行われていた事(18禁注意)  作者大隈氏

大友の姫巫女 第六十話 豊西戦争 二日目

 目が覚めた。
 茶色の木目調の見知った天井が視野に入ってきた。

「知らない天井だ……」

 いや、お約束って大事だと思うのですよ。
 特に、生死を決する時ほどね。おちつくから。それで。

 というわけで、

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 宇佐にある私の屋敷の天井を見上げながら、とりあえず私は宇佐に着いた事を悟ったのでした。

「姫様っ!
 姫様がお目覚めになられましたっ!!」

 妙に明るい。お昼か?
 側についていたのだろう。
 政千代が大声をあげる。ちょっと五月蝿い。

「姫様っ!」
「姫。ご無事で」
「姫様がお目覚めになられたぞ!!!」

 って、何でそんなに集まってるのっ!!みんなっ!!!
 しかもみんなは漆黒の鎧を纏って戦装束だし。
 戦……あれ?

 皆の声を無視して考え込む事しばらく。
 気絶前までの状況を思い出す。


 がばっ!


「政千代!
 何日寝てた!!!」

「姫様落ち着いてくださいっ!」

「いいから、私は何日寝てたっ!!」

 政千代をかっくんかっくん揺さぶって大急ぎで時間を確認する。
 帰ってきた言葉は私にとって愕然とするものだった。

「丸一日です。
 お倒れになられた日から、丸一日経たれた朝でございます」
 
 こうしちゃいられない。

「状況を説明して!」

 ぬっと突き出されたのは、朱色のお椀に盛られたほかほかの味噌粥。

「まずは食べて」

 お願いだからその無表情と抑揚の無い声は起きかけにはかなり驚くから。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 とりあえず、床から半身を起こし、味噌粥を食べながら状況を確認中。
 とろとろのご飯と、歯ごたえのある茸と大根が味噌に絡み、薬味の葱が舌を刺激する。
 おいしい。
 考えてみると丸一日寝ていたからそりゃお腹もすくわけで。

「おかわりはここ」

 だから、ぬっとお椀を突き出すのはやめてください。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 うん。
 仕方ないよね。まだお腹空いていたんだから。
 ぱくぱくかつかつと箸を一心不乱に動かす私に、また鼻をくすぐるいい臭いが。

「鮎を焼いています。
 お召し上がりを」

 霞が持ってきた塩焼きの鮎にかぼすをかけてぱくり。
 うまい。
 おっと、料理解説なんぞやっている場合じゃなかった。
 鮎を食べながら、大急ぎで文を把握。
 なお、手は鮎の塩焼きの串を持っているので、手紙を持っているのは政千代である。

 別府からの文で、父上達は無事なのと、北浜で上陸した南蛮船の連中と一戦して惨敗した所まで把握。
 テルシオにガチでぶち当たったか。
 今の大友軍にあれにまともにぶち当たって勝てる訳無いのに……

 さて、このテルシオというのはスペイン軍が当時最強を誇っていた戦闘陣形である。
 その特徴は、方陣の四隅に鉄砲などの火力兵を用意した上で、パイク兵等の槍兵が構えて敵兵を近づけさせないという物。
 鉄砲による面制圧射撃でこっちの突撃を阻み、大砲でこっちの士気を叩き崩し、それでも突っ込んだこっちの兵は槍の壁で近づけさせない。
 おまけに方陣でその四隅に火力兵を置くという全周防御陣形だから、側面をついても結果は同じときたもんだ。
 また難儀なのが、戦国日本で発達していないというか、発達できなかった騎兵集団という突撃時に衝力を発揮できる兵科が居なかったので、突撃歩兵たこ殴りという散々たる結果に。
 奈多鑑基の討ち死に、参加兵力三割の損害って何よ。
 恋は母上と一緒に何か凄い事しているし。うらやま……げふんげふん。
 そこまでしないと士気が維持できないって末期的だし。

「はぁ……
 頭痛くなってきた……」

「姫様?
 医師をお呼びしましょうか?」

 真顔で青くなる八重姫に手を振って拒否する。

「比喩表現よ。
 で、今はどうなっているの?」

 すかさず答えたのは、控えていた武者達を代表した爺こと佐田隆居。

「今日には息子が率いる宇佐御社衆と、中津鎮台が別府に入る予定です。
 夜には報告が来るでしょう」

 だから居なかったのか。ハヤテちん。

「南蛮人と一戦するかしら?」

「分かりませぬな。こればかりは。
 戦は水物ゆえ」

 現状で南蛮人に勝つためには、彼らの弾切れを狙うぐらいしかないのも事実である。
 その段階でどれだけの損害が出るか、考えただけで悪寒が走る。
 とはいえ、せっかく座礁させた南蛮船をまた海に戻されたら、ガレオン四隻に対してこっちはキャラック三隻、勝てるとも思えない。
 陸上にての撃破は絶対条件なのだが、今一つ考えがまとまらない。
 ええい、ひとまず考えるのをやめよう。
 それよりも宇佐に来てしないといけない事がある。

「豊前・筑前の国人集は?」

「府内での一件を知るのは今日でしょう。
 既に、姫様が宇佐に逃れた事を知らせておきました」

「グッジョブよ。爺」

「姫様の南蛮言葉は分かりませぬが、その笑顔から察するに間違ってなかったのでしょうな。
 宇佐衆は既に昨日の内に動員をかけ、兵二千、何時でも動かせますぞ」

 今回は突発事態に近い事もあって総動員をかけたらしい。
 中津鎮台に出ている兵まで含めたら、宇佐衆総動員に近い。
 
「姫様。
 今、早馬が。
 城井鎮房殿の手勢千と、高橋鎮理殿の手勢五百がこちらに向かっておるとの事。
 宇佐に着くのは夕方の予定」

 あやねの報告に私は眉をしかめる。
 ありがたいのは事実だが、少し速くないか?この動員。
 何かあった時の為に、最前線の香春岳城や松山城には押さえの兵も残しているし、筑豊に移った田原親宏が押さえになるように手はずは整えている。
 だが、事変が昨日で動員・出兵が今日というのは速すぎる。
 高橋鎮理の場合は精兵で常時戦場とか言いそうだからまだわからんではないが、豊前の押さえとして予備兵力的位置づけをしていた城井殿がそんなに速く動く必要は無い。

「既に別府に向かっているのが千五百、ここにいるのが二千、香春に城井が千五百か。
 動かせる豊前の兵は総動員に近いわね。
 銭・米の手当ての方はどうなっているかしら?」

「対毛利戦の事を考えて、銭も米も中津や長洲の蔵に蓄えております。
 足りない分は、門司から買い入れればと」

 爺の苦笑する顔に私も釣られて苦笑する。
 今回は毛利戦ではないので、門司で買い物はできるだろう。
 対毛利戦では、使えない門司ではなく府内で必要物資の購入を行う予定だったので、先の話になるが府内復興の段取りも考えておかないといけない。

「門司に人を走らせて、期日近い証文の支払いを。
 大友は府内を攻撃されても銭を返せる事を見せ付けておかないと」

 私の一言に、爺の顔がふと困ったような顔になる。

「どうしたの?爺?」

「実は、島井宗室殿より文が。
 わしにはよく分からぬゆえ、姫様に見てもらいたく」

 爺より渡された島井宗室の手紙を読む。

「な、何ですって!?
 暴落した大友の証文を神屋紹策が全て買い取ったぁ!?」

 生き馬の目を抜く商人世界での南蛮船府内攻撃は、ぶっちゃけ9.11なみの衝撃となるのは分かっていたので、大急ぎで出回る証文の整理をやるつもりだったのだが。
 あれ?
 何か引っかかるな。

「神屋紹策って、博多の豪商よね。
 たしか……」

 頭をゆらして思い出そうとしていた時に、政千代がすらすらと解説を。

「博多の豪商で、紹策様の父上に当たる神屋寿貞殿は石見銀山開発で財を成した方ですわ。
 その縁故で大内・毛利氏と関係が深く……」

 あれ?
 今、凄くやばいキーワードを聞いた気がしたぞ。
 なんで、落ち目の大友の証文を毛利側の商人が買い漁っているんだ?

「姫様!
 ご無事でしたか!!」

 つかつかとやって来ているのは、現在こっちに向かっているはずの城井鎮房。
 あんた、率いている手勢どうしたのよ?

「高橋鎮理殿に手勢を任せて、少数の供を連れて先駆けを。
 よかった……姫にもしもの事あれば、この豊前がどうなっていたかと。
 門司からの報告で、姫様が別府から逃げ出したと聞き、慌てて駆けつけた次第。
 宇佐からの文で南蛮人が攻撃をしかけたとか、我らの手勢異人にも負けませぬぞ!」

 言われる前に、言ってくれた城井鎮房が鎧をつけた己の胸をどんどん叩いてみせる。
 あれ?
 何で、府内攻撃の報告を門司が知っているんだ?

 ちょっと待て。
 今、城井鎮房は何て言った?

「『門司からの報告』で、『姫様が逃げ出した』」  

「姫様!
 どうなさいました!!
 珠姫様!
 お顔が真っ青で!!」

「ぇ、ぁぁ。
 ごめんなさい。政千代。
 まだちょっと気分がよくないみたい」

 見えないけど分かる。
 私の顔は今、真っ青で、体の震えが止まらない。

「爺の手勢は赤松峠まで進めて。
 そこを本陣にするわ。
 城井殿は手勢をそのまま立石峠に」

 私は、最低限の指示をだすが、寒気が止まらない。
 
「姫様。
 これ以上は無理をなさいますな。
 無理をすればお腹の子に差し障りますぞ」
「左様。
 ここは我らに任せて、ゆっくりとお体をお安めに」

 見るからに悪化した私の容体に爺と城井鎮房の二人が必死に説得する。
 それに私も頷かざるをえなかった。

「ありがとう。
 少し横になるわ。
 一刻経ったら起こして」

 皆を下がらせて、私はゆっくりと横になる。
 体の震えが止まらない。
 うっすらと汗も出てきている。


 今、私は厳島の陶晴賢の気分をたっぷりと味わっていた。
 チートじじい。毛利元就の罠にしっかりと絡め取られていたという事を認識したので。

 
 神屋寿貞の証文買い取り、城井鎮房の速すぎる兵の動員、そして前々から流布していた「珠姫は毛利側」という噂。
 これらは全てあるトリガーによって発生する。
 それは、私が別府から逃げ出すという事。
 つまり、私が謀反を起こして失敗した時の事を想定していたのだ。
 出回っている大友の証文は私が父上を倒したら額面支払いが確定しているので、謀反勃発時の暴落時に買い漁り、毛利は私を支援する事で策源地と大義名分を手に入れる。
 府内攻撃時に門司行きの船も居たから、彼らが南蛮船の攻撃を見たらきっと私が府内を攻撃したと勘違いするに違いない。南蛮船私も持っているし。
 城井鎮房の門司での情報は、おそらくはぼかして私に伝えているのだろう。
 きっと、

「珠姫謀反!
 別府で蜂起するも失敗し、宇佐に逃亡中!」

 とかの過激な一報が門司に流れたのだろうな。
 多分、前々から計画されていたのだろう。神屋寿貞の証文買い取りもこれがトリガーと見た。
 で、兵を集めている最中に宇佐からの報告である「南蛮船攻撃」あたりを聞いて、慌てて先駆けしていたというあたりが真相だろう。
 危なかった。
 状況証拠だけで、私は危うく謀反を起こしている所だった。

 かつて、私は毛利元就についてこういう事を言った。

『AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
 この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
 DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
 地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
 このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
 介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
 たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
 厳島合戦なんてまさにその典型である』

 まさにそんな状況だった。
 辛うじて私がその罠から逃れられたのは、情報伝達を速めて可能な限り情報を流すように心がけていたからと、毛利元就必殺の地雷原を踏んづけたのは私ではなく南蛮人だったという事。
 たった二つの奇跡から私は致死の罠から逃れられたのだった。
 それを自覚したからこそ、体の震えが止まらない。
 本気であのチートじじいが怖いと思ったのは今回が初めてだった。
 幸いにも、この手の弱点は、次の手を作るのに時間がかかるという事。
 次にどんな手が来るか分からないが、「珠姫謀反」ネタはこれで使えないだろう。
 もっとも、それは別府に居座っている南蛮人を無事に叩き潰したらの話だが。

「姫様」

「起きているわよ」 
  
 声をかけてきたのは政千代。
 ふすま越しにも声が震えていた。

「先行している佐田様より最新の報告です。
 南蛮人達は、杉乃井を攻めだしました」


 


大友の姫巫女 第六十一話 豊西戦争
                                             三日目 別府湾海戦 

 風は順風。
 波は少し高し。
 相手はガレオン船三隻。
 こっちはキャラック船三隻。
 その火蓋が切られるのを、私は木付鎮秀の居城である木付城から眺める事しかできなかった。

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 杉乃井は辛うじてですが、落ちませんでした。
 大手門を破られるほど攻め込まれたらしいのですが、佐田鎮綱の横槍で辛うじて持ちこたえたとか。
 やばかった。
 しかし、トーレス神父が仲介して交渉をしたらしいけど、何よこれ?

1)私の火あぶり
2)父上のキリスト教改宗
3)瓜生島の併合

 まったく話す気ないだろう。スペイン……
 やつらにとっては寛大な要求なのだろうが。
 この報告は府内の父上にも送ったらしいけど、激怒しているんだろうなぁ。きっと。
 こんな事があって、宇佐ではなくわざわざ別府湾に戻ってきたのも、これが理由。
 とりかく、これを片付けないと南蛮人全体への風評になりかねないし、それは大友家の経済崩壊に繋がりかねない。
 
 南蛮人のやつらは船でやってきた。
 という事は、船以上の人員を連れてくる事ができない。
 それが杉乃井戦で消耗した。
 叩き出すだけでなく、ガレオン船を手に入れるチャンスです。
 現在動ける南蛮人のガレオン船は四隻。
 消耗していた南蛮人は、今ガレオン船を三隻動かせるかどうかと私は見ている。
 死ななくても負傷者に船は動かせない。
 かれらの人員が千人と踏んで、北浜と杉乃井で二割は損害が出ているはず。
 しかも船を動かす瞬間、水夫でもある兵士を収納する為に一番無防備になるはすである。
 四隻の内、一隻はろくに動かせないだろう。
 これを頂く。
 既に杉乃井には伝令を走らせて、彼らが船を動かしたら残った船を奪い取れと命じている。
 そして、こちらの切り札であるカルバリン船三隻が木付城前に停泊している。
 この城は別府湾の最奥に位置し、かつ三方を海にかこまれた半島の城砦で、その高台から見下ろす私の眼下の先には離脱したらしい南蛮船が三隻。
 読みどおり、一隻は砂浜に鎮座したまま。

「姫様。
 これを」

 高台から動かない私に政千代が差し出す紙の束。
 それに花押をかきかきかき。
 本当なら、私自身が珠姫丸に乗り込んで海戦指揮を取りたかったのだけど、

「「駄目です」」

 爺だけでなく、南蛮船を率いる安宅冬康にも大反対されたので、私はこの木付城でおるすばん。
 杉乃井から逃げた時の最後っ屁であるあの大風でぶっ倒れてから、偉く過保護なのですが。

 え?杉乃井に入らないのかって?
 ここから先、治安がかなり悪くなっているのです。
 北浜での敗北や杉乃井戦で別府焼けましたし。
 赤松峠でなく木付城に入ったのも、主力が杉乃井に入った木付鎮秀の居城である木付城が荒れるのを避けるのも理由の一つ。
 もちろん、爺達の魂胆は、

「とにかく姫を安全な所に」

 だから、私が当初考えていた杉乃井入城を必死に押し留めたのも、これが理由だったりする。
 できる事なら、宇佐からすら出したくなかったのだろうなぁ。
 それは我慢できない私とのぎりぎりの妥協が、この木付城入城だったりする。
 まぁ、悪い事ばかりではない。

「はい。これを届けて」
「はい」

 かきかきした花押は全部豊前・筑前の国人衆あての手紙だったりする。
 逐一情報を流して、彼らが暴発しないようにしないといけません。
 で、城の人間かき集めて、判子でぺったんぺったん。
 全部私がするより格段に速いので助かっていたり。
 花押だけが証明だから信じない所もあるだろうけど、下手な流言よりはましだろう。多分。
 私が花押をかきかきで、百枚以上の手紙をばら撒いたり。
 
 話を戻そう。
 兵の展開にも、私の身柄最優先が現れている。
 この木付城に宇佐衆を中心とした兵千。
 本来本陣を置く予定だった赤松峠は城井鎮房殿の手勢千。
 何度も杉乃井に来ている高橋鎮理に手勢と宇佐衆の残りの兵千五百を持たせ、別府の焼け跡の治安回復の巡回・救助をさせている。

 別府の方角から、出港したキャラック船三隻の方を改めて見る。
 ここからは見えないが、白地の帆に黒く塗られた杏葉の紋章が風をいっぱい受けているはすである。
 とはいえ、使っている神力は抑え目で、キャラック船に順風を当てる程度。
 ここでまたぶっ倒れたら本気でこの後の情勢に影響でそうだし、静養と称して宇佐か杉乃井で寝かされ介護なんてされかねないし。

 

「いい、無理はしないでね。
 船はともかく、あんたらは替えがきかないんだから」

 出港前の珠姫丸に乗り込んだ安宅冬康にそう声をかけたけど、

「ここで命を捨てずに、何処で捨てろと?」

 と返されて、

「そりゃ、毛利戦」

 と、ぽろりと本音を漏らしたら水兵ともども大爆笑していたな。やつら。
 なお、今回の戦において、安宅冬康率いる南蛮船乗員は多国籍だったりする。
 南蛮船の操作というのはやっぱり難しく、珠姫丸を動かしていた安宅党だけでは当然数も足りず、若林鎮興率いる豊後水軍からも水夫を融通したはいいがそれでも足りず。
 で、倭寇の中国人を雇って訓練していたのだけど、今度は技量が足りず。
 そんな不安なこちらの南蛮船に志願(もちろん報酬こみで)したのは、船を撃沈されたポルトガル人だったりする。
 私が小躍りしたのは言うまでもなく、かくしてこの海戦の舞台が整った訳だ。

「毛利戦にて命を捨てるためにも、皆の者!
 生きて帰ろうぞ!!」

「応!!!」

 海の男達の決意に、私はただ見ているしか出来ないのが凄く悔しい。
 女になっておもうけど、やっぱり男ってかっこいいわ。
 日本人も、中国人も、ポルトガル人も、すっげーいい目で私を見つめるんだから。
 特に何かにかける男、ましてやそれが死と繋がる決意を決めた男っていいなぁ。
 前世の私は、少なくともそんな男ではなかったなぁ。

 で、何で腕を掴む。政千代。

「麟様から言い付かっております。
 『姫様が黙って何かを見ている時に、とりあえず手を掴め。
 少なくとも、それで姫様と共に何かに引きずり込まれるから』だそうで」

 うわ。
 麟姉さん、すげー恨み言を政千代に漏らしていたんだな。
 このまま船に乗り込みねないとでも思ったのだろうか。
 ほいほい護衛から離れてお忍びするのは少しだけ控えよう。

 この瞬間だけ。

「姫様。
 まったく、目に反省の色が見えていないのですが?」

 ジト目の政千代に睨まれ、握られた手はちょっと痛かったりする。
 とりあえず、弁明だけはしておく。 

「し、シツレイナ!
 コ、コウヤッテノコッテイルジャナイノ」

「凄く、声が棒読みです。姫様……」

 結局、政千代に手を掴まれたまま、こうして木付城の高台に。
 政千代は階段しか出入り口が無いのを確認して、やっと手を放しやがった。
 まったく信用されていません。私。
 で、高台での花押かきかきとかやっていたわけで。
 そういえば、まだ望遠鏡ってできていないのです。
 おかげで遠目から見るのは結構大変です。
 ガラス二枚あれば作れるから、今度博多の商人にでも頼んでみよう。

「姫様。
 我らの水軍は勝てると思いますか?」

 文を城の者に渡してきた政千代が隣で不安そうに私に尋ねる。
 キャラック船の大砲は片舷17門、ガレオンは40門だから、片舷20門か。
 風向きもこっち向きだし、負けないとは思う。
 いくつか手は打っているし。
 何か返事を返そうと思ったが、その機会は永遠に失われた。

「姫様!?」

 手を握ってくる政千代の声に返事ができないぐらい、私は別府湾を凝視していた。
 轟音が轟き、海戦が始まった。

 

地理説明(黒スペイン 白大友)
    ↑
   宇佐


                 △赤松峠

                 凸木付城
                −−−−−−
                |□大神造船所
                |  
  □            |  ▽キャラック船三隻    
 別府           |  ↓
                |
 凸             |
杉乃井御殿      ▲▼ガレオン船三隻(一隻放置)
                |↓
                |
              |    凹瓜生島
    凸       |
  高崎山城 |
           |
            −−−−−−
            凸
          府内城  


 風が逆風になり、動きが遅いガレオン船は順風に帆を合わせる為に進路を府内側に向ける。
 もちろん、近づいてこないように撃てる大砲は全て撃ってこちらのキャラックを寄せ付けないようにしているが、威嚇なのでキャラック船のはるか前で水柱が立ち上がるのみ。
 キャラックに積んでいるカルバリン砲の方が射程は長いが、絶対的優位とはいえないのがこの手の海戦の怖い所。
 アルマダ海戦で決定打になったのは、砲の性能より火船の特攻や嵐の為という説もあるみたいだし。
 だが、風で敵進路が固定されたのはこっちにとっては都合が良かった。
 こちらのキャラック船はまだ撃っていない。
 艦首に大砲が備えられていないからだ。

「やはり、瓜生島には近づかないか」
「どうしてですか?」

 轟音が続く別府湾を眺めながら、呟いた私の一言に政千代が尋ねる。
 視線をキャラック船に向けたまま私はその答えを口にした。

「あっちにポルトガル船や、明のシャンクが停泊していたでしょ。
 大砲が降ろされて、瓜生島から撃たれたらいやなのよ」

 ガレオン船団の選択肢は二つあった。
 Uターンの要領で瓜生島前でT字に持ち込んで大砲でフルボッコと、順風を受けて府内側からの脱出の二パターン。
 キャラックを叩くならT字持ち込みだったのだが、それは瓜生島に近づく事を意味する。
 元々商館があった瓜生島にはある程度の装備もある。
 スペイン艦隊来襲時に瓜生島も攻撃を受けたが、兵も送られておらず、そこにいたポルトガル人も我々に協力的だ。
 なにより、湾の真ん中に島があるという事は、近づいたら浅瀬に座礁する事を意味しており、地理に不慣れな彼らからすれば危険な選択肢でもあったのだった。
  
 けど、それはこっちの思う壺。
 高崎山山頂から轟音と共に黒煙に包まれ、ガレオン船の近辺に次々に水柱を作り出す。
 同じ場所から物を投げた場合、高い所から投げる方がよく届く原理を使っての砲撃だが、ガレオン船団は慌てて瓜生島の方に舵を切って見事なまでに動揺している。
 なお、高崎山は標高約六百メートルなり。
 スペイン人襲来前から、偉い苦労をして大砲を上に持っていったかいがあった。
 来襲時、私は杉乃井から追い出されたので、見張り程度の兵しかいない高崎山の砲台を使えなかった。
 だが、今回は府内からちゃんと兵を詰めているので遠慮なくぶっ放せるだろう。
 そんないやがらせ砲撃の一発が、先頭のガレオン船のメインマストをへし折った。
  
「やった!」

 その光景は、別府湾て行われているこの海戦を見ている大友側全員の気持ちだろう。
 良く耳を澄ますと、砲声にまじって法螺貝の音も聞こえる。
 杉乃井から残った南蛮船を占領する為に兵を出したらしい。
 燃やすか、壊されるかされると思ったが、幸いにもそれは防げたみたいだ。
 まずは、ガレオン船一隻ゲット。

 視線を逃げるガレオン船団に向ける。
 先頭のガレオン船が速度を落としたので、二番艦以後は舵を切って先頭の船を避けないといけない。
 そんな、状況下の彼らに姿を見せたのは、塞ぐように横に並んだ若林鎮興率いる安宅船三隻を中心とした豊後水軍だった。

 
 

地理説明(黒スペイン 白大友)
    ↑
   宇佐


     △赤松峠

             凸木付城
           −−−−−−
          |□大神造船所
          |  
  □      |    
 別府     |
          |
 凸       |
杉乃井御殿△
          | ▽キャラック船三隻
          |
         |    凹瓜生島
    凸  | ▼ガレオン船三隻
 高崎山城 |     ▽安宅船三隻他
       |     
        −−−−−−
           凸
          府内城  


 安宅船は足が遅い。
 だからこそ、障害として、別府湾の出口側に待機させていたのだった。
 キャラック船が追い込み、安宅船で塞ぐ。
 ガレオン船は安宅船の排除の為に、大砲を使うべく船腹を晒そうとする。
 だが、攻撃は安宅船の方が速かった。
 大砲より軽い爆音と共に放たれる赤い火矢の群れ。
 瀬戸内水軍の必殺兵器、棒火矢。焙烙火矢ともいう。
 バズーカというか、ロケット砲というかそんなもので、火薬で筒をぶっ飛ばす原理としては簡単な兵器である。
 その狙いはガレオン船の帆。
 火矢で帆を焼いてしまえば、帆船は動けないのだ。
 後に起こるであろう織田対毛利の第二次木津川口海戦では、鉄甲船に効かなかったとされるが、櫂で動き、河口封鎖で動かなくても良かった鉄張りの鉄甲船とはそもそも相性が悪い。
 よく見ると小早船とかも近づいて、鉄砲や火矢を射掛けたり。
 船腹が高いので切込みができないのが痛いが、足を止めてしまえば後ろからキャラック船がしとめてくれる。
 無事な二隻もマストが火まみれになった瞬間、この戦に勝った事を悟った。
 轟音と共に燃えていた一隻のガレオン船が大爆発を起こす。
 火薬にでも引火したのだろう。
 もう一隻は燃え盛るマストが折れて海に落ちていた。
 先にマストが折れた船は、降伏でもしたのかキャラック船が近づいたのに、抵抗らしい抵抗はしているように見えない。

「勝ったわね」
「はい。姫様」

 ゆっくりと息を吐き出す。
 気づいたら、政千代の手をきつく握っていた。

「痛くなかった?ごめん」
「大丈夫です」

 政千代ははかんで答える。
 安堵なのだろう。
 うっすらと目には涙を浮かべていたり。
 そんな空気はたった数瞬で終わってしまうのだけど。

「姫様っ!
 ここにいらっしゃいましたか!姫様!!
 謀反です!!!」  

 勝った余韻すら味わわせてくれないらしい。
 駆けて息を切らした八重姫の背中をさすりながら、自分自身驚くほど低い声で相手を尋ねた。

「で、何処?」

「ち、筑前蔦ケ岳城城主宗像氏貞!
 同じく、筑前高祖城城主原田了栄(出家前は隆種)!
 『珠姫様の御謀反に賛同する』という名分で謀反を起こしました!!」

 驚くより、ああやっぱりと思ってしまうのは、これがチートじじい毛利元就の策だからと知っていたからだろう。
 むしろ、『珠姫謀反』の一報が入ったら即応するように、図っていたのだろうなぁ。
 ここまでくると、怒るとか驚くとか通り越して感心せざるを得ない。

「やっぱり、謀反を起こしたのね。
 あれ?宗像と原田だけ?」

「はい。私が聞いたのはその二家だけですが……」

 おかしいな?
 筑前立花山城の立花鑑載も謀反を起こすかと思っていたのだが……
 まぁ、博多や二日市に即応状態の兵を詰めさせて、『次、あんたね』と露骨に脅していたからなぁ。
 もしかしてやり過ぎた?

「もう一家ある」

 八重姫が語り終えると共に出てきたのは九重姫。
 息切れしていない所を見ると、歩いたのか、それても顔に出ない性分なのか。多分後者だな。

「八重と同じ名分で肥前龍造寺が謀反を起こした。
 日田鎮台が既に動いている」

 九重姫の淡々とした物言いに、私はこの騒動の短期終結に失敗した事をいやでも悟らざるを得なかった。
 そして、この騒動が更に拡大・長期化する事をこの時確信する事になる。

 

 別府湾海戦

参加戦力
 大友家          安宅冬康             キャラック船三隻 安宅船三隻+関船・小早船多数
 スペイン派遣船団   ミゲル・ロペス・デ・レガスピ   ガレオン船三隻(一隻放棄)

損害
 大友家    なし  負傷者若干
 スペイン   撃沈一隻   拿捕(放棄)一隻   拿捕(中破判定)二隻   死傷者五百 残り全て捕虜

捕虜   
 ミゲル・ロペス・デ・レガスピ

 

作者より補足。
 今回の話は、XXX板にある「大友の姫巫女XXX〜とある少女の物語〜」のコラボレーションになっています。
 特に二日目の杉乃井攻防戦(とある少女の物語第十四話・杉乃井攻防戦二日目〜交渉と攻城と〜)は私がお願いして大隅さんに書いてもらったもので、私も話に関与し、了解しています。
 この場を借りて大隅氏に感謝を。



大友の姫巫女 第六十二話 豊西戦争 あとしまつ 
 

南蛮人攻撃から四日目 府内

 こ、これは……

「惨いです……」
「府内の町が……」
「……」

 木付城から海路で府内へやってきたのだけど、その府内の街は海岸線部が焼け落ちて、焼け出された民が呆然としていたのだった。


 お元気ですか?
 一息ついたと思ったら、反乱祭りイベントに突っ込んだ珠です。
 本当なら杉乃井に入って、みんなにねぎらいの一言とかかけたかったのですが、時間がありません。
 木付城に小早を呼んで、政千代と八重・九重姫を連れてそのまま府内城へ一直線。
 なお、木付城と赤松峠の兵二千は爺と城井鎮房殿指揮下の元でそのまま北上させて豊前松山城へ。
 毛利の対応を見ながら、宗像討伐に使う予定です。
 高橋鎮理の千五百と杉乃井に入城した佐田鎮綱の千五百、合わせて三千を動かせないのがちょっと痛い。
 別府復興と治安回復には統制の取れている兵は絶対に必要だからだ。
 別府の町に雨露の凌げる建物を立てて、民を落ち着かせるのに最低でも一月はかかる。
 そして、それはこの戦で焼けた府内でも同じだった。
 人口は府内の方が多いだけに復興も時間がかかる。
 その分、兵が拘束される訳で、今度は反乱に投入できる兵が減る事を意味する。
 府内の城は幸いにも無事だった。
 港にも堤防を敷く構想だったのだが、対島津戦を想定して城郭と大分川堤防を先に工事したのが裏目に出たか。
 炊出しも行われているらしい。兵達が立っている場所のあちこちから白い煙があがり、鼻に粥の臭いが。
 商家は早くも仕える物を仕分けて商売しているし。たくましいな。
 焼けた商家もよく見ると、土蔵は黒こげでも無事だったりする。
 砲撃より火災でここまで被害が広がったので、火災に対する備えを当然のようにしている商家はすでに蔵を開いて商売をしていたり。本当にたくましいな。
 城に入ると、臼杵と大野鎮台の兵が控えていたり。
 試しにと兵に聞いてみたら、今は旗本鎮台が復興作業に出て次の日は交代するとか。
 もっとも、龍造寺・原田・宗像の三家謀反でそれも無理かもしれないが。
 復興を優先すれば、反乱鎮圧の投入兵力は減るだろうし。
 頭痛い……


「娘よ。
 中々慕われているではないか」

 加判衆一同控えた一室で、私は父と対面する。
 会った私に対する父上の皮肉も、以前と比べて闇がなくなった様に見える。
 とはいえ、その皮肉とっても痛いのですが。まじで。

「幸いというか、不幸というか、謀反最大勢力がまだ謀反していませぬゆえ。
 まさか、謀反の首謀者が南蛮から火あぶり要求を出されるとは……
 します?火あぶり?」

 加判衆からざわめきが漏れる。
 私を斬ってしまえば丸く収まりますよと言外に含めて、苦々しく、そして苦笑して父上に皮肉を叩き返す。
 これ、以前なら間違いなく斬られかねなかったのだが、父上は大笑いしただけだった。

「ふん。
 種はともかく、わしはできる孫をあやすのを楽しみにしているのだ。
 毛利狐や南蛮人ごときにその楽しみを邪魔されてたまるか。
 とはいえ、此度の謀反について、お前はおとなしくしておけ。
 別府や府内を復興しないといけないし、お前が出るとかえってややこしくなるからな」

 このあたり、親と一国の大名の絶妙なバランス加減が混じって、私は平伏せざるを得ない。
 私が前線に出て豊前や筑前の国衆を糾合した場合、それぞ大反乱に突入しかねないほど毛利の諜略の手が延びているからだった。
 府内別府復興を名目に、杉乃井でおとなしくしていろという実質上の謹慎命令を謹んで承った。

「はっ。
 父上の寛大なご処置に感謝いたします」

 それで、私に対する謀反嫌疑の話は終わった。
 そして、私を救ってくれた南蛮人達へのあとしまつが始まる。
 この場に別府から連れてきたトーレス神父が連れてこられる。
 彼が着ている黒の修道士服が今は罪人の服に見える。
 その中央に光る十字架もとても痛々しく輝く。
 事実、話を聞くというより弾劾に近いのだから、あながち間違っては居ないのだろうが。
 なお、彼を連れてくる前まではもっとひどかった。
 南蛮人の大将を捕らえたはいいが、皆冷静ではなく「首をはねよ!」と力んでいたのを私が必死に押し留めたり。
 あと、杉乃井戦の報告を兼ねて吉岡長増老もこっちに来ていたりする。

「つまり、南蛮人の宗派争いに娘は巻き込まれたというのか?」

 さきほど、私の嫌疑を笑い飛ばした時とはうって変わって、一番激怒している父上がそのまま殺さんばかりの声で吉岡老に確認する。
 トーレス神父による仲介と私が漏らした異端認定の報告で、南蛮人の宗教に対する不信が絶賛上昇中。
 これでキリスト教追い出されたら、実はもの凄く困るのは私だったりする。
 宗教って、ある種のサービス業である。
 で、ライバルのいないサービス業は殿様商売にあぐらをかいて確実に腐敗する。
 いい例が、かつて西日本最大の荘園領主であり、私が送られた宇佐を筆頭とした神仏勢力だったり。
 キリスト教という異種が入ったことで排斥運動も起きているが、彼らの民への救済と己等の腐敗を私が指摘してゆっくりと浄化させつつあるのだ。
 ちなみに、宇佐八幡と関係が深く国東半島に根付く六郷満山寺院群にも僧兵が在籍しており、無視できない兵力をもっていたりするから対応が大変なのだった。

「はい。
 かの神父の話と、姫様の推察、和議交渉に出向いたトーレス神父の言葉を総合するとそうなるかと」

 トーレス神父が吉岡老の言葉に割って入る。
 その目に決意が満ち、殺気漂う父上を真っ向から見据えて、口を開いた。 

「オネガイデゴザイマス。
 ヒメサマヲカイシュウサセテクダサイ。
 ヒメサマヲカイシュウサセタラ、ワレラポルトガルガヒメサマヲオマモリシマス」

「自惚れるな!異人!!
 実の娘すら守れぬ親が、国を、民を導けると思うたか!
 これ以上、何か言うのならば、切り捨てるぞ!!」

「イエ、ヒメサマノタメ。
 ワタシタチニヨクシテクレタコノクニノタメニ、ワタシハイッテイルノデス。
 コノクビ、ヨロコンデトノサマニサシアゲマショウ。
 デスカラ、ヒメサマヲカイシュウシテクダサイマセ!」  

「おのれ!
 まだ言うか……」

 小姓が持つ刀を掴もうとした父上の手を押し留めたのは、私の手だった。

「父上。
 今、彼を切っても解決しないでしょう」

「手を放せ!
 こやつは、お前を差し出すことでこの国を守れと言っているのだぞ!!」

 けど、私は放さない。
 父上を見据えて、淡々とある事実を指摘した。

「それに、改宗してもおそらく襲ってきますゆえ。
 彼らは」

 その一言に、父上だけでなく、トーレス神父も目を見張って私を睨みつける。

「ヒメサマ。
 ソレハドウイウコトデ……」

「新大陸で何が起こっているか、私は知っているわ。
 アフリカから新大陸に何を運んでいるかも」

 その一言で、トーレス神父は落ちた。
 おそらく、私と彼にしか分からない「新大陸」や「アフリカ」という言葉。

「姫様は、杉乃井に居た時から南蛮人について何か知っておられたようでした。
 姫様。
 事、ここまで大きくなった以上、全てをお話くださいませ」

 うわ。
 吉岡老、余計な事を。
 こっちが必死につじつまを合わせて事を穏便にまとめようと考えている時に、私に振るんじゃねぇ。

「説明してくれるのだろうな。娘よ」

 刀から手を放して、父上がため息をついた。
 見ると、父上だけでなく全ての視線が私を注視していた。
 皆の視線に私もため息をついた。

「少し長くなりますが、よろしいですか?」

 紙を取り出して、すらすらと簡単な世界地図を書き出す。
 その地理に愕然としているトーレス神父をほっといて、私は大航海時代と、新大陸からもたらされた金銀によるスペインとポルトガルの経済的繁栄と、その代償である新大陸原住民の根絶と穴埋めとしての奴隷交易を説明する。
 世界規模での話に父上以下加判衆全員ぽかーん。
 そして、ついてこられるトーレス神父は某少年探偵に名指しされた犯人の様に、汗はだらだら、体は寒気からか震えていたりする。

「で、どっちよ?
 銀?
 それとも人?」

 私はトーレス神父にトドメの一言を投げつけた。 
 だが、銀だろうなと思っていた私の予想に、トーレス神父はとんでもない事を口に出した。

「リョウホウデス。
 コノクニノギンハ、タイリクハオロカ、インドマデリュウツウシテイマス。
 ソシテ、ヒメサマガツクリシオンナタチハ、タイリクノオウコウキゾクガセツニホッシテイマス」

 トーレス神父の告白をまとめるとこうなる。
 うちの遊郭を代表する遊女達は世界トップレベルのサービスを提供している。
 それが別府に来るポルトガル人や、密貿易でやってくる明商人や倭寇がうちの女の味を知ってしまい、海路大陸に広がってブランドとして広まってしまった。
 特に、中国こと明帝国やオスマントルコ帝国にこのブランドが確立したのが決定打となる。 
 この二カ国、大規模な後宮を持つ専制国家である。
 つまり、女を武器に成り上がる輩はいくらでもいるし、実際なりあがった連中も一杯居るわけで。

『大友女を使って後宮を支配し、いずれは国も』

 そう考える輩が大量に手持ちの女奴隷を大友女とすべく日本に送り出したのだった。
 ところが、海路の女奴隷輸送なんてまともに機能する訳も無く。
 遭難や病気、果ては船員の使用や現地売却などで、日本に届いたのは極わずか。
 私が思わず偽善の果てに買った女達は、みんな孕んで精神壊れていたあたりをあげれば、どれだけまともなのが残っているか分かるだろう。
 つまり、決定的なレアリティがついてしまったのだった。
 なお、同じような過程で決定的レアリティがついた商品の名前を一つあげれば、これがどれほどの事態か分かるだろう。

 胡椒である。

 そんなハイレートレアリティ商品を、大航海時代真っ只中の欧州が見逃すはずが無かった。
 大陸の専制帝国国家のブームメントは、当然のように欧州貴族界も席巻する。
 トーレス神父が和平交渉時に聞いた話では、欧州で誰も持っていないがゆえに大友女一人についてガレオン船一隻の値段をつけた大貴族がいたとか。
 なるほど。
 それほどの暴利商品なら、教会保護下に置かないとどうしようもないと同時に、教会そのものが莫大な利益を上げられるな。
 娼婦を改宗させて教会の支配下に置き、娼婦には神の安寧を、教会には彼女の体で稼いだ金を寄付として頂く訳だ。
 免罪符なんぞを売って新教旧教対立が始まっているローマ側は、喉から手の出るほど欲しい利権だろう。 

 人道など屑の価値すらない戦国の世とはいえ、世界規模の人身売買の実態を聞いて私も父上以下も真っ青になっていたりする。
 ちなみに、欧州人が人として扱うのはキリスト教に入信している者のみ。
 当然それ以外は奴隷として扱われる。
 トーレス神父が必要に入信を求めていたのも、スペインが父上を改宗させようとしていたのも彼等からすればとても寛大な要求なのだろう。
 問題は、彼等の視線であって、我等の視線からは違う景色が見えるという事を理解していないあたりなのだが。

「父上。
 売られた喧嘩は買うべきだと思いますが」

「もちろんだ。
 が、また府内が焼かれる事態は避けねばならぬし、やつらの本国は海の果てではないか」

 怒りより、世界規模の事態に頭がついていかないらしい。
 まぁ、日本の小ささを最初に見せた後で、海洋帝国ができつつあるスペインの領土を見せたらびびるわな。

「父上。
 かの国は大きいのは間違いありませぬ。
 だからこそ、敵も多いのです。
 わが大友や毛利の様に」

 だから、理解できるレベルまで話を落としてやる必要がある。
 私の言葉の持つ意味を理解した父上は皮肉交じりの苦笑を浮かべる。

「となれば、わが大友もかの国にとっては宇都宮程度か」

「せめて、長宗我部と言ってください。
 かの国は全力が出せませぬ。
 かの国にとっての毛利、オスマントルコがいる限り。
 だから、遠慮なくかの国の喧嘩を買えます」

 私の不敵な笑み気づいたらしく、父上や加判衆もうっすらと笑みを浮かべる。
 そんな事は知らないトーレス神父だけが、必死に私の暴挙を止めようと言葉を並べて説得する。

「ヒメサマ。
 コノクニノスベテヲモッテモ、イスパニアニハカテマセヌ」

「そうね。
 けど、貴方方ポルトガルならどう?」

 呆けた神父の顔って凄く間抜けに見えるというのを私は今知った。
 彼が呆けているのをお構い無しに私は言葉を続ける。

「大友家はイスパニアに宣戦布告するわ。
 とうぜん、証人はポルトガルね。
 で、世界のポルトガル船を大友名義で雇って、イスパニアの船を襲わせるの。
 襲った船の積荷の九割は報酬に、一割を私達に。
 トルデシリャス・ サラゴサ条約を無視して、商売敵のイスパニアに喧嘩が売れるわよ」

 それがどういう事になるか、分かってしまうが為にトーレス神父の顔は真っ青になる。
 私は、ポルトガルに対して大友の旗を貸すから、遠慮なくスペイン船に対して海賊をしろと言っているのだった。
 まぁ、私略船を仕立ててアルマダの遠因を作ったイングランドのまねというのは内緒。
 そして、この手が最も効果を発揮するのは本国がある大西洋である。
 ポルトガルがスペインに飲み込まれるまで、スペインはまったくアジア大西洋に手が出せなくなるだろう。

「もちろん、喧嘩を買った以上、我々も攻めないとね。
 領内の反乱が終わってからだけど、船もナウにガレオンと揃ってきたし」

 とってもいい笑顔で、私はトーレス神父に悪魔の囁きを告げた。

「アジア交易の独占を狙い、
 うちの船団とマカオの船団を使って、ルソン攻めませんか?」

 

 スペイン派遣船団の長だったミゲル・ロペス・デ・レガスピは大友側の親書--宣戦布告--を持ってマカオに送られ、そこからスペインに帰国する事になる。
 当然、彼がスペインに戻っていた時には、事態ははるかに大きく動いていたのだが。
 なお、他の捕虜達はポルトガルに一任し、ポルトガルはこの攻撃を海賊として扱い、身代金が払える者はマカオに連れて行かれ、残りは縛り首となり府内にその躯を晒す事になった。


 


大友の姫巫女 第六十三話 大友の後継者達 


 南蛮人攻撃から五日目 府内城


「材木の手配はこれ、その代金は博多の商人へこの証文を持っていって。
 鯛生金山で取れた金は堺へ持ってゆくから、火薬はそれでいっぱい買ってくるように。
 米が足りない?これも堺から買わないと……
 街の縄張りはこれ。商人に復興の銭を出させて、出した商人は表通りに屋敷を手配して……」

 府内にて実質謹慎中の珠です。
 でも、仕事はちっとも減りません。
 『オー人事オー人事』と心の中で罵倒しながら書類と格闘中です。
 これでも半分の仕事はしていないというのだからなお救われない。
 私がやっているのは府内と別府の復興作業で、宗像・原田・龍造寺の謀反討伐にはノータッチ中。

「……」

 で、その討伐関係の兵給をやっている田原親賢は淡々と書類を片付けていたり。
 まぁ、作業の仕方というのは人それぞれだろうけど。

「姫様。
 兵糧の手配ですが、ご裁可をお願いします」

 そんな田原親賢が差し出した討伐軍編成をさっとチェック。
 複数に跨る大規模謀反なだけに、万を越える兵が出陣する大規模なものに。
 総大将は旗本鎮台陣代の戸次鑑連が大野・臼杵鎮台の兵を率いて出陣。
 この軍が到着するまでは現地司令部である日田鎮台の田北鑑重が全体の指揮を取る。
 距離的に先に到着する隈府鎮台の兵は先に日田鎮台の指揮下に入り、その後旗本鎮台の指揮下に入る事になる。

「えっと、現在の日田鎮台はどれだけ兵を集めていたっけ?」

 紙とにらめっこしていた私の問いかけに、田原親賢が淡々と書類を処理しながら答える。

「日田・玖珠および、筑後より兵を集めており、原鶴を集結地に兵は五千を越えています。
 動員をかけた隈府鎮台が兵二千を、臼杵・大野の兵をまとめた旗本鎮台が五千を出すので、最終的には一万二千という所でしょうか。
 毛利の策から、筑前・豊前の兵は意図的に外しています。
 彼等を加えれば二万は集められるのですが……」

 何しろ私が抑える中津鎮台ですら、虚報に踊らされてあのざまだ。
 何処にどれだけ毛利の手が延びているか分からない状況で、彼等の兵を加える事は内部に裏切り者を入れるに等しい。 

「一万二千か……少ないわね……」

 なお、大友軍は毛利相手の門司戦で一万五千、秋月戦でも一万五千の兵を投入していただけに、三千のマイナスは結構痛い。
 本拠地である府内がこのざまじゃ仕方ないのだが。
 なお、この兵力は国政に影響なく出せる兵であり、総動員兵力ではないのであしからず。
 総動員なんぞしたら、それがそのまま秋の収穫に響くので、怖くて出来ないというのは内緒。
 けど、皆したがるんだよなぁ。総動員。
 兵を率いる将からすれば、手持ちの兵は多いに越した事はないしね。
 しかし、物資集積地である府内を叩かれると露骨に兵の運用に支障が出るな。
 紙をぺらぺらめくり、算盤をぱちぱちぱち。
 更に紙にさらさらさら。

「うわ。
 これでも、兵糧は足りなくなるかもしれないわ……」

 南蛮人の攻撃で、多くの物資が蓄えられていた港湾部が甚大な被害を受けており、何より痛いのは府内復興の為に荷駄が取られる事にある。
 つまり、移動する軍に持ってゆく荷駄が足りない。
 まだ原鶴あたりなら、筑後川の河川を使って運べるから問題は無い。
 だが、宗像や原田を叩く場合、万の軍勢ではどう弄くっても軍まで物資が届かない。

「博多商人の荷駄を徴発すれば……」

「その彼等に証文大量に握られているじゃない。
 府内攻撃されて信用揺らいでいる所に、荷駄徴発なんてしてみなさいな。
 二度と証文引き取ってもらえなくなるわよ」

 田原親賢の提案を即座に切って捨てる。
 既に、大友家は信用経済によって運用されている以上、その信用の維持は絶対条件なのだった。

「と、なれば、龍造寺ですな」

「あっこか。
 やりたくないなぁ……」

 これもまたやりたくない相手だったりする。
 何しろ相手はあの鍋島信生である。
 なんで、彼をこんなに恐れるかというと前世知識もあるが、それよりも相性がとことんまで悪いからである。
 私の戦略方針は基本がハメ殺しであり、その状況までに追い込む事が前提となるのだが、これはちゃぶ台返し系の手にもの凄く弱い。
 ちゃぶ台返し、つまり戦略的・戦術的奇襲ができる輩は私にとって天敵なのだ。
 で、この鍋島信生は九州ではトップクラスの奇襲スキル持ちである。
 何しろ彼の爺様である鍋島清久からして、田手畷の戦いで赤熊のお面を被って突っ込むという奇襲策で勝利しているあたり、鍋島一族の奇襲スキルは遺伝だと勝手に思っていたり。
 こんな相手に万の兵すら安心材料になるはずもなく。
 というか、今山合戦なんぞ、公称六万の大友軍に手勢数百で突っ込む夜襲で勝利をもぎ取った相手ですよ。彼。
    
「まぁ、いいわ。
 加判衆評定にはこれで上げるわ」

 かきかきと書類に私の花押を書いて、田原親賢に渡す。
 他の書類に目を通しながら、田原親賢はぽつり。

「姫様。
 その加判衆評定、始まっていると思われますが」

「へ……?」

 耳に評定開始を告げる太鼓の音がどんどんと。

「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
 何でもっと早く教えないのよっ!
 こうしちゃいられないわっ!」

 慌ててすっ飛んでゆく私の耳に、田原親賢の声が追い討ちをかけたが、聞かなかったことにする。

「姫様に仕事を片付けてもらわないと、私の仕事が片付かないゆえ。
 何しろ加判衆の皆様は、戦手柄は首を取る事としか考えておられませんからな」

 ええ。
 正論だけど、聞いてやるもんですか。
 とりあえず、この恨みはどっかではらすから覚悟しなさい。

 

 
「遅れました」

 私が部屋に入ると、父上以下一同戦装束で地図を眺めて睨めっこ中。

「遅いぞ。
 此度はお前の出陣は許さぬが、お前も軍を率いる身なのだ。
 少しは知恵を出せ」

「はっ。
 申し訳ございませぬ」

 頭を下げて状況を確認。
 おや、人間が多くね?
 田北鑑重は前線指揮の為に既に府内を発ち、父上の軍師たる角隈石宗が出てくるのは分かるのだが、何で隠居した吉岡長増老がいるのかな?
 まぁ、居た方が助かるから問題はないとして、その吉岡老の隣に座っている利発そうな若武者君は誰よ?
 ぎらぎらした目で皆を見ているし、これがきっと初陣と見た。

「お前には紹介はまだしていなかったな。
 吉岡老に預けていた八郎だ」

「此度、元服いたしまして、大友親貞と名乗らせて頂いています。
 大友の姫巫女と呼ばれし、義姉上様にお目通りが適う事は光栄の極み。
 此度、初陣として旗本鎮台に加えて頂く事になりました」

 丁寧に頭を下げる親貞君を前に私は真っ青になっていたり。
 い、今山フラグですか?これは??
 いや、先に立花合戦があって今山合戦のはずだからって、歴史いじっているからどこまであってるか分からないし。

 おーけーおちつけ。くーるになろう。

 絶賛パニック中の私などお構いなしに、父上は特大の爆弾を投下した。

「お前がわしみたいに色に溺れてなければ、お前の婿にと考えていた男だ」

 な、なんですとーーーーーーーっ!!
 
 そんな私の百面相を、皆楽しそうに眺めていた。
 戦評定なのにいいのか?大友家……

 聞くと、親貞君は父上の爺様たる大友義鑑の末子として生を受けた。
 母親は名乗る身分の女ではなく、産後そのまま亡くなったのだが、その時府内は大友二階崩れの真っ只中。
 爺様が亡くなり、父上も家督相続後の不安定下に、父上の命で彼を保護したのが吉岡長増だったという。
 ちなみに、この二階崩れは糸を引いたのが父上だとしても、その糸を実際に操ったのがこの好々爺面している吉岡老と言われている。
 そんな吉岡老だからこそ、二階崩れ後に加判衆に入ったのだろうし、爆弾にもなりかねない親貞君を保護したのだろう。
 これが結局親貞君の命を救った。
 叔父菊池義武の謀反、弟大内義長の見殺し等、身内に冷たかった父大友義鎮は政治的な動きを見せなかった彼をついに殺さなかった。
 そして、彼を保護した吉岡老も彼が政治的旗頭になる事を恐れてその存在を隠し、小原鑑元の乱を乗り越えたのだった。

 一方、私と父上の対立が表面化し、それが和解するに及んで父上が変わった事を知った吉岡老は、彼を父上の元に出す。
 問題の元ではあるが、父上が粛清しつくした後継者候補たる一門衆再編は急務だったのだ。
 ん?
 そういや、『義姉上』と呼んでなかったか?私の事を。
 その疑問も氷解する。
 元服し親貞と名乗った彼は、この戦の後に妹の梓姫と婚儀をあげて、後継者候補に名乗り出る予定になっている。
 なお、現状後継者一位はどうやら私らしい。
 長寿丸元服後に彼が一位となるのだろうが、このあたり暗黙の了解でしかないから絶対に揉める事請け合いである。
 このあたり、当人間では決められない深い闇があったりする。

 たとえば、私こと珠姫が大友家当主および、当主代行になった場合、その時に現在六人いる加判衆の椅子のどれかが空いた場合、爺である佐田隆居が座るのは暗黙の了解として確定しているらしい。
 他にも、筑前に移って珠姫派を公認している田原親宏も、加判衆に当確だろうと言われている。
 という事は、誰かがその時点で蹴落とされる事を意味する訳で、加判衆内の家臣ですら、私に警戒感を隠していなかったりする。
 もちろん、他国国人がでかい顔をする事になるので、豊後国人衆は私をものごっつ嫌っていたりする。
 あと、母上のおかげもあって、『本当に殿の子か?』という疑念もあったりするそうな。
 困った事に、容姿は母親に。性格は父上にだったりするから私を見たこと無い豊後国人にとって私は悪女か性悪女か。
 笑えない話である。

 長寿丸が元服するまでの暫定当主および当主代行の可能性だろうけど、その段階で最高意思決定機関の加判衆に私の息がかかる誰かを送り込まれるのを警戒しているのだった。
 そんな彼らにとって、親貞君は希望の星になるだろう。
 父上に何かあって、暫定当主を設けないといけない場合、吉岡長増という豊後の同紋衆を背後につけている彼ならば、豊後国人衆を無下にする事は無いだろうと踏んでいるのだった。
 もっとも、親貞君が彼ら豊後国人衆の操り人形に終わるとは、私はまったく思っていないのだけど。
 吉岡老がついていたとはいえ、小原鑑元の乱を乗り越えたのは私的に大評価だったりする。
 何しろ、ほいほいと大内の養子になって、悲惨な最期を遂げた大内義長という見本もあったりする訳で。
 野心も才能もあり、ただ今山で酒宴の果てに不意打ちを食らって討ち取られるだけの無能ではないというのが、私の第一印象だった。
 今回の出陣前に一度父上と話をつけて、後継者順位についてはきっちり話をしておかないと。
 なお、私の希望は後継者候補から外れる事なのだけど。

 ……無理なんだろうなぁ。きっと……

 あ、妹の梓姫ってのは、史実では一条兼定の妻になる予定だったジュスタの事。
 名前どおり、どたぷーんであほ毛の似合うおっとりした妹でございます。
 うわ、あのおじゃる丸に嫁がせるのはもったいねぇぇぇっ!!
 と、思った私が一条領ごと南予侵攻で縁談をぶっ潰したので、縁談が宙に浮いていたのでした。
 まぁ、一条再利用が目的であって、縁談ぶち壊しは結果としてついてきた形ではあるのだけど。

「そうだ。娘よ。
 閨での作法を梓に教えておけ。
 家の繁栄は子宝からだ」

「いいのですか?
 私みたいに色に狂うかもしれませぬが……」

「ふん。
 一人の女で苦労するようなら、この大友の家など任せられぬわ」

 いや、父上。
 ある種正論ではございますが、それあんたが言うのは間違いだと思いますが。まじで。
 あんた、母上使って養母上調教したでしょうに。
 おかげで、『昼は賢母、夜は娼婦』という男の浪漫な女になっているじゃないですか。養母上。
 しかも、私がはまっている首輪ワンコプレイ真似て、二匹の牝犬を時々杉乃井でお散歩させているでしょうが。
 夜中、快楽に狂った私と母上&養母上が顔を合わせ、次の日の昼間に養母上と顔を合わせるのが妙に辛かったのですから。
 おまけに、今度牝犬二匹に白貴姉さん足して三匹ワンコお散歩を企んでいるって、嬉しそうに茶室でこの間語っていたじゃないですか。

「……」

 私だけでなく、加判衆全員の9393視線が父上に突き刺さる。
 そういえば、戦評定だったような気がするが。この評定。

「まぁ、そのあたりの匙加減は任せる。
 でだ。娘よ。
 此度の討伐について何か言う事があるなら申せ」

 咳払い一つで、全部うやむやにしやがった。このエロ親父!
 親貞君がどうか父上や私の真似なんてしませんように。
 とはいえ、話が逸れたままはまずいので私も戦評定に参加する事に。
  
「まずは報告を。
 此度の討伐において、兵を一万二千以上動かすと秋の収穫に響きます」

 このあたりの概念が今まで無かったんだよなぁ。大友家。
 というか、殆どの大名がこんな視点を持っていなかったし。
 なんというか、尊敬の視線というか、初陣前ゆえの功績を持つ者への嫉妬というか、その発想は無かったらしい彼の私に対する見方とか、親貞君のぎらつく視線が私を捉えているのですが。
    
「一万二千しか持ってゆけぬのか……」

 各人に動員兵数と兵糧とそれに必要な荷駄を書いた紙を渡す。
 その紙を睨みつけていた今回の総大将である戸次鑑連も、めずらしく戸惑いの顔を浮かべる。
 何しろ今までの戦は、

「出陣じゃー!」
「戦があると聞いてやってきました!」

 という、おおらかというか、どんぶり勘定ここに極まれりというかそんな形態で戦をしてきたのだった。
 そりゃ、国力衰退するがな。ほんと。
 先に出陣予定の兵が分かるというのは選択肢の幅を狭めるが、その選択肢を選ぶという行為によって意思決定が迅速化される。
 事実、私が告げた一万二千の数字が議論を活発化させる。

「纏めて潰すというのは無理かも知れぬな。
 下手に分散させると、各個撃破されるかもしれぬ」

 戸次鑑連の発言に私はそのまま注釈を加えた。

「筑前・豊前の兵はこの動員からは外しています。
 これを加えればもう少し増えるでしょうが、現状この二カ国は毛利の計略がどこまで及んでいるか分からぬ情況。
 寝返りなどされたらどうしようもないので、ご注意を。
 あと、この兵ですら原田や宗像を攻めると、兵糧が不足するかもしれませぬのでこれもお忘れなきように」

 私が提示した条件が戦略的選択肢を狭めてゆく。
 すると、本当に私にとって嫌な事だが龍造寺討伐がベスト選択肢に見えるから不思議だ。

「宗像は長引かせると、毛利の後詰がくる可能性がある。
 原田はこの三家で一番勢力が小さいがゆえに、この大兵で落とすのに割が合わぬぞ」

 吉弘鑑理の言葉に、志賀親守がため息をつく。

「そして、この二家を攻める場合、博多を後方拠点とする必要があり、立花山城の立花鑑載の動きが読みきれない」

 これが最大の障害となっている。
 もし、立花鑑載が謀反を起こしたのなら、こちらも迷う事無く彼のいる立花山城攻撃を目指し、それに相応しい準備をしたはずだ。
 事実、史実の立花合戦はそんな情況で発生している。
 だが、脅かしすぎたのかまだ彼は寝返っていない。
 結果、宗像と原田は分断され、毛利の後詰が来るだろう芦屋のある宗像と、背振山地を越えるが一応の提携ができる龍造寺と原田に分裂してしまっている。

「龍造寺はこの三家では十万石と一番の領地を持ち、今回の謀反の旗頭となっている。
 この家を潰せば、この二家はこちらに降伏するかも知れぬ」

 外交官たる臼杵鑑速が外交面から発言する。
 事実、頭が潰れたので手下が降伏するケースというのは、この戦国の世においてもの凄く多かったりする。
 そういう意味で、早期鎮圧を考えるのならば、龍造寺攻めというのは悪い選択肢ではない。

「姫様が提示してくれた資料では、肥前は動員も何もされていない様子。
 肥前の諸侯、松浦・大村・有馬等の家に動員をかければ、包囲に必要な兵は揃うと思われますが。
 何しろ、彼ら肥前の諸侯は近年の龍造寺の暴虐ぶりを我らに訴えていましたからな」

 一万田親実が肥前の情況を軽く解説する。
 ああ、今山フラグが次々と。

「肥前は、石高と交易を合わせれば四十万石相当の知行を持つ国。
 龍造寺以外の家が加われば、あと四千は兵を加える事ができまする。
 城を落とすなら、何とか足りる数でしょうな」

 城攻めは守備兵の三倍の兵を要するのは基本である。
 龍造寺は今回本土防衛戦だから、根こそぎ動員をかけて五千。
 今回の軍勢一万二千に、肥前国衆の四千を足せば一万六千となり、角隈石宗の見立ては正しいがゆえに反対ができない。
 親貞君、万一この戦で討ち死にしてもいいように、先に梓と婚儀をあげさせて孕ませてしまおうかしら。
 半ば諦観と共に評定を眺めていた私だが、奇跡は小姓の持つ文によってもたらされた。
 もちろん、加判衆の評定ゆえ、並大抵の用では入ってこられない。
 つまり、並大抵ではない事態が勃発したという事である。
 小姓は一万田親実の前で止まり、彼に文を渡しつつ耳元で何か囁く。

「弟、一万田鑑種より至急の文です。
 『土佐不穏。長宗我部兵を集める』」


 その報告を聞いた一同に衝撃が走ったのに、不覚にも私は笑みが漏れてしまった。

 鍋島の今山フラグが折れたと思ったら長宗我部って、何て素敵な罰ゲームよ。
 人間、どうしようもない状況では笑うしかないって本当ね。
 神様の馬鹿野郎。
 これで、四国情勢の後詰も考えないといけないから、臼杵鎮台の兵も出せない。
 派遣軍の総兵力は一万切るかもしれない……まてよ。


 私は、この場である提案を二つほど行い、それが了承された。
 それをふまえた派遣軍が次の日に出発するのだが、この軍と親貞君の初陣については別の機会に。


 


大友の姫巫女 第六十四話 珠姫誘拐未遂顛末 
 

 南蛮人襲来から五日目 夜 高崎山山中にて

「いたか!」
「こっちに逃げたぞ!」
「笛を鳴らせ!
 犬に追わせるぞ!」

 山中に響く笛や鏑矢、吠える犬、剣戟と命が潰える最後の吐息。
 薄暗い森を包む闇に提灯の灯りがちらほら蝶の様に揺れる。
 そんなものが、高崎山裏手には満ちていた。

 忍ばせていた者十数人も駆り立てられ、残るは彼一人。
 とはいえ、これの計画の内と知ったら、大友家中の者はどう思うだろうか。
 すでに、受けた傷は致命傷に達していたが、彼は任務から少しでも長く生きて追手を引き付けなければならなかった。

 そんな彼を見つめる気配が一つ。
 彼はその気配に対して最後のくないを投げる。
 当たった感触はなかった。

「甲賀の娘とは違うな。
 誰だ?」

 問うても忍びの者は答えないのが普通である。
 だが、返事が返る。

「ただの傍観者さ。
 面白そうだから、見物していた」

 人を食ったような男とも女ともつかぬ声に、男は思い当たる名前を口に出した。

「その幻術……伊賀でも名高い幻術使いか。
 まぁ、いい。
 俺もこれまでのようだ。
 あんたみたいな輩が、看取ってくれるならそれもまたさだめよ……」

 笑おうと口を開けた男から漏れたのは己の血。
 そして、男は動かなくなり、男を看取った気配は軽く口笛をふいた。
 それは、死んだ男が任務を達成した賞賛であり、この茶番を終わらせる為の呼び水でもあった。

「どうでもいいが、甲賀のくノ一は話せる相手にすら刃を向けるのかな?」

 忍者同士が話をするというのは、それ自体が戦闘でもある。
 情報戦のエキスパートである忍者にとって、言葉もまた武器であった。

「貴方が、伊賀の幻術使いと分かっていても、座頭衆とつるんで姫様を害さないと決め付ける訳にはいかない。
 ここに居る目的は何だ?」

 くノ一の舞は、小太刀を構えたまま気配に向けて話す。
 その左右を菜子と里夢がくないを持って構えていた。

「ただの傍観者さ。
 面白そうだから、見物していた」

 告げたのは、先に黄泉に旅立った男と同じ台詞。
 男とも女ともつかぬ抑揚の無い声は、明らかな侮蔑を含んで舞達をあざ笑った。

「十数人の忍を始末するのに、犬に大量の兵を投じるか。
 おぬし等だけでは、姫すら守れぬかもしれんな」

 南蛮人の攻撃による府内と別府の治安悪化で兵が投入されたからこそ、潜んでいた忍びがあぶりだされた訳で。
 専属の忍び集団を持たないがゆえに、大友側は兵を大量に、地元の猟師に犬まで投入しての山狩りでやっと彼等を狩りだしたのだった。
 そんな投入兵力の一端に、舞達杉乃井のくノ一も参加していたのだった。

「貴様!何を……」

 激昂した奈子を舞は手で制した。
 それが事実なのは、里長となった舞自身が一番良く知っていた。
 遊女や歩き巫女という情報収集機関を彼女の主である珠姫は持っていたが、こと防諜に関してはざると言っても良かった。
 それを無視できたのも、珠自身の遥か先を打つ手と、珠だけを守ればいいと割り切った舞達の限界の露呈でもあったのだ。
 何しろ、使える者は舞の下で学ぶ菜子と里夢の他に、最近遊女から転身したあさぎ・さくら・むらさき(珠姫命名)ぐらいしかいない。
 しかも、彼女達は元が遊女ゆえこの手の戦闘に出すのはおぼつかなく、単純な戦闘だけなら四国からやってきた瑠璃御前とその娘の八重・九重姫の方が使えるという体たらく。
 なお、舞達が取っている三人体制も、菜子と里夢を単独で出すには危ないと判断した舞の苦肉のフォーメーションである。
 まぁ、これがそのまま大友家忍集団の基本体型となり、生存率の向上に寄与するのだから世の中何がどうなるか分からない。
 閑話休題。

 手で奈子を制した舞は考える事数秒。
 それで目の前の気配に、『教えられた』情報を吟味して叫んだ。

「こいつら囮かっ!
 本命は府内の姫様かっ!!」

 舞の悲鳴に菜子と里夢もまだついてこれない。
 そもそも、彼ら座頭衆が存在していたのが露見したのは、杉乃井御殿にて忍び込んで珠姫を拉致しようとしたのが発端である。
 幸いにも珠姫は不在で、替え玉の恋を拉致しようとして失敗。
 襲撃時に十数人いた彼らもこの山狩りでやっと狩り出した以上、まだ府内や別府に潜んでいる忍は多くても数人もいないだろう。
 だが、その先の舞が言おうとした事を中性的な声が拍手と共に告げた。

「おみごと。
 一応里長になる程度の頭はあるみたいだ。
 そう。
 別府から離れ、混乱している府内に滞在している今なら、その人数で十分珠姫が襲えるのだよ」

 拍手が小さくなると共に気配が消えてゆく。

「ま、待て!
 何処に行った!?」

 里夢がうろたえた声で叫ぶが、乾いた笑い声が闇の中に木霊するばかり。

「見物させてもらおう。
 おぬし等が、座頭衆相手に姫を守りきれるかを……」

 闇の中の気配が完全に消えた時、三人は慌てて府内城に駆けるが、事は全て終わった後だった。

 

 その数時間前 府内港

「色々持って来てくれて本当にありがとう。
 府内にとって、足りないものばかりよ。
 神屋紹策殿によろしく伝えて下さい」

 府内復興作業中の珠です。
 府内復興の為の物資をいち早く持ってきた神屋紹策の船に自らで向いてご挨拶中です。
 微妙に上から目線なのは大友の姫という立場上で、ジャパニーズビジネスマンチックにぺこぺこ頭を下げたい所なのだけど。
 金が無いのは首が無いのと一緒って言葉を身に染みる今日この頃です。

「で、今回の代金ですが、買い付けられた証文と含め、鯛生金山の金と筑前黒石と筑前鋼で支払うわ。
 筑前黒石と筑前鋼は門司に運ぶから。
 これが、その証文です。
 鯛生の金はここに。お確かめを」

 証文と一緒に出した金の入った袋を差し出そうとした私を押し留めたのは、私の前にいる船の船長さんだった。
 私と同じ年かな。
 神屋貞清、後に宗湛と呼ばれるだろう、若き船長は笑みをにこにこ浮かべたまま。

「いえ。
 過大な御代を頂くわけにはまいりませぬ。
 証文もまだ支払期日にまだ日があるものばかり。
 それらのお金は、府内復興や此度の謀反討伐にお使いくださいませ」

 いや、あんたらに証文握られているのがいやなんだよぉぉぉぉっ!!
 なんていえる訳も無く。
 銭に敵も味方もありませんとも。ええ。

「姫様の事ですから、既に府内と別府復興に際して手を打っておられるのでは?
 我々もそのお手伝いができたらと」

 これだから商人ってのは!
 こっちの足元見てきやがる。本命はこっちか。
 ため息一つついて、後ろに居る政千代に目配せを。
 政千代が差し出した、紙を神屋貞清はまじまじと見つめる。

「府内と別府復興についての、必要な物の数、それを購入する銭の数、それを手に入れる為に出す証文の総額です。
 額が大きいので、博多・門司・堺と三ヶ所に分けて出すつもりですが、わが大友家は現在色々と大変なので額面どおり集まるか不安な所で」

 南蛮人攻撃から三家謀反まで、現状で大友家の証文は売り銘柄に間違いない。
 実体経済が好調だからそこまで問題は目立っては居ないが、資金ショートなんて起こしたら二度と大友家の証文を誰も買わなくなるだろう。
 そして、その売り気配な大友証文を買いあさっているのが、この神屋貞清の父たる神屋紹策だったりする。
 その背後に、彼が財を成した石見銀山を押さえる毛利の影がちらちらと。

「よろしければ、その証文、全てうちで引き取らせてはもらえないでしょうか?
 支払いが石見の銀でよろしいのでしたら、すぐ博多から用立てますが」

 うわ。大きく出やがった。
 断れないじゃないか。畜生。
 ただでさえ三家討伐で戦費用がかかっているのだ。
 即金での用立てができるなんて魅力的な提案、くやしい。でも感じちゃう。

「わかりました。
 私の裏書で証文を出します。
 用立てをお願いします」

「姫様っ!」

 私の即決を政千代他周囲の人間が唖然とするけど、私はそれを無視する。

「大友本家で支払えないなら、私が立て替えます。
 そのかわり、復興に必要な物、早急に取り揃えてください。
 父上及び、加判衆には私から話を通しておきます」

「かしこまりました。
 今後ともよしなに」

 時は金なりだ。
 堺の今井宗久や御用商人の島井宗室には、三家討伐の戦費用の証文を渡すことで利益配分も忘れないようにする。
 かなりの儲けが神屋紹策から毛利に流れるのだろうけど、ここはキャッシュ・フローを増やしておく場所だ。
 こうして、最大の懸案事項の一つ復興資金調達についての目処が立ったので、鼻歌を歌い政千代の手をぶんぶん振りながらいい気分で府内城に帰ったのだった。

 

 

 

「間違いないです。
 府内に居るのが本物の珠姫です」

「何故そう言い切れる?
 あの姫には替え玉がいるのだぞ?」

「戦ができる女、政に口出しする女、家の銭勘定をする女は多い。
 ですが、天下の銭勘定ができる女はあの珠姫しかいません。
 いたら、商売の世界にもっと女が出張っていますよ」

「なるほど。
 では、今夜仕掛けるぞ」

 

 

 

 

 

 その夜 府内城 二の丸 珠姫の部屋

「長宗我部に手がだせねぇ……」

 詳報を送ってきた一万田鑑種の文を握り締めて自分の部屋で悶絶中。
 事、問題が土佐一条家の内部問題に繋がるからなおたちが悪い。
 大友家は一条領を「預かっている」という建前なので、あの領地の主はあくまで一条兼定だったりする。
 そしてあのおじゃる丸、まったりしているせいかそれともそれが理由か、土佐における影響力は強い。
 土佐一国は、一条兼定の家臣達によって一国がまとまっているという建前になっているのだ。
 長宗我部が兵を集めたのは、安芸中部の豪族本山氏を攻める為という理由が、土佐中村の一条家に届けられたという。
 なお、先の南予攻めでも見せたように一条家内部でも、大友に飲み込まれないかと危惧する連中が居る。
 彼等がお膳立てをした結果、事はあくまで「一条家家臣間の争い」でしかないので、大友が介入する理由が無い。
 おまけに、本山氏ってのがまた落ち目で、しかも一条領本体ではないので防衛出動すらできない。
 とどめに、一条家内部の問題だから、介入する為には京にあがった一条兼定の了解を取らないといけないというややこしさ。

 もちろん、そのあたりのしがらみを無視して介入するというのも手だ。
 だが、このあたりの国衆の争いに大名が介入するというのを大友がやった場合、九州の国衆に動揺が走る。
 彼等の持つ現地行政権と警察権を侵犯すると見なされるからだ。
 ただでさえ、絶賛反乱祭り中なのに、そんな状況で国衆に手を出すわけには行かない。
 おまけに、介入して土佐に兵を進めたら、最前線である伊予宇都宮家が危なくなる。
 そして、後詰を豊後から送ろうにも、集めた兵は三家謀反討伐が先である。
 状況は逼迫しているが、動く事が出来ないというのが四国の状況だった。

「姫様。よろしいですか?」

「何かあったの?」

 襖向こうから聞こえる政千代の声に私は手紙をおいて尋ねた。

「高崎山から知らせが。
 夜盗か落ち武者か分かりませぬが動いている様子」

 その報告に私は意識を四国から現実に引き戻した。

「規模は?」

「分かりませぬ。
 ですが、高崎山だけでなく、杉乃井からも兵が出ている様子。
 今晩は、お城でお休みになられた方がよろしいかと」

 急いで帰って、四郎やみんなの顔を見たかったのだが、仕方ない。
 夜でも帰れる治安の良さが別大の道の売りなのだが、やはり悪人も機会は見逃さないか。

「分かったわ。
 今日は、こっちで泊まる事にするわ」

 だが、高崎山で動いているのは悪党ではなかった。

「忍者ぁ!?」

 一刻後、詳報を持ってきた八重姫に対して、私はすっとんきょうな声を盛大にあげた。

「はっ。
 杉乃井御殿に侵入し、替え玉の恋を拉致しようとし、失敗。
 その後、切り合いになり高崎山に逃亡。
 くノ一の舞より、忍びは十数人。
 座頭衆だと思われるとの事。
 既に、杉乃井の兵が大規模な山狩りを始めており、高崎山もそれに加わっているそうです」

 座頭衆。
 毛利元就直属の忍び達。
 そんな彼等が、そこまで腹くくって私の身柄を確保しに来たか。 
 焦っているんだろうなぁ。向こうも。
 何しろ一撃必殺の罠にかかったのが、誰も予想なんてしていなかった南蛮人だったのだから。
 あのチートじじいの罠は必殺であるがゆえに、作るのに時間がかかる。
 チートじじいの寿命から考えると、この罠を掻い潜れば次はもうないだろう。
 だからこそ、忍びまで使って強引に私を攫いにきた。
 私の身柄が毛利に渡れば、豊前・筑前は大混乱になる。
 そうなれば謀反討伐なんて出来る訳が無い。
 
「ここが正念場ね。
 山狩りはどれぐらいの規模で行っているの?」

 私の質問に八重姫はとまどいながら口を開く。

「それが、杉乃井は南蛮人との戦で混乱しており、くノ一は舞達含め数人しか使える者がおりませぬ。
 別府が焼けて、そっちにも兵を出していたので御殿内は混乱しており、正確な報告ができないと。
 詳報を送った舞達くノ一は、使える者を引き連れて山狩りに参加するとの事です」 

 戦が終わった気の緩みを突かれたか。
 吉岡老や田北老などのできるじじいや、はやてちんこと佐田鎮綱や高橋鎮理がいるのに、私の身代わりである恋を狙ってきた。
 間違いなく最精鋭の忍びだ。

「確実に彼等を仕留めなさい。
 杉乃井と高崎山の空いている兵を全て動員しても構わないわ」

「はっ」

 八重姫が私の命を伝えに出てゆくのと入れ違いで、今度は九重姫が入ってくる。

「姫。
 あまりよくない話だ。
 府内で騒ぎがあったらしい」

「何ですって?」

 淡々と語る九重姫の姿は油の灯りに照らされて、いっそうの凄みを見せ付ける。

「原因はよく分からない。
 焼け出された避難民の間で喧嘩があったらしい。
 かなり大きな喧嘩らしく、旗本鎮台の兵が出て収めたが、奉行達も加判衆も明日の出陣にあらかた借り出されて処理ができないらしい」

「あちゃー。
 で、手が空いている私に処理を頼むつもりね」

 何しろ、父上ですらHをせずに事務処理に打ち込む有様だ。
 私が例外的に浮いているのは「妊婦自重しろ」という回りの突っ込みのおかげだったりする。
 だが、この事件は処理できないのはまずい。
 この手の暴動は火花のうちに鎮火するに限る。
 後で燃え広がったりしたら目も当てられない。
 私の権限で片付けてしまおう。
     
「いいわ。
 私がこの一件処理するわ。
 街の奉行所まで出向くから、政千代。準備して」

「はい」

「姫。
 高崎山の山狩りもある。
 できれば城から出ない方がいい」

 準備をしようとした政千代を抑えて、九重姫が自重を促す。
 たしかに一理あるな。

「一理あるわね。
 じゃあ、政千代。
 喧嘩の話を聞くから、当事者を城に連れてきてくれない?」

「かしこまりました」

 こうして、喧嘩の話を聞く為に、城の門を開けて話を聞くことにしたのだった。
 その結果が私にこんな形で返って来るなんて、その時はまったく思っていなかったのだけど。

 


 冒頭の高崎山と同時刻 府内城 大手門前

「動くな。珠姫」

 私の喉元にくないが。
 一瞬の出来事だった。
 出てきた私達に投げられたくないが門番を絶命させ、かろうじてかわした八重姫や九重姫達が次のリアクションを取る前に私に近づいてこの有様。

「姫様っ!」

 たまたま、処理する為の紙と筆を取りに行っていた政千代が、それを投げ捨てて慌ててこちらに寄ろうとするが、別の所から現れた忍びに牽制されて近づけない。
 たちまち悲鳴と怒号が飛び交う大手門前。
 一歩、また一歩と私は大手門から引きずり出され、その後を政千代・八重姫・九重姫と城方の兵がじりじり追いかけている状況。
 強引に引きずられて痛いし、喉元のくらいはひたひた肌に当たるけど、恐怖感はかつて安芸で夜盗に襲われた時よりなかった。
 それは、こいつらの正体が分かっているから。
 彼等ほどの腕ならば、最初の一撃で私は殺されているだろう。
 彼等、毛利の忍びは私を、私のお腹の子の身柄を確保しなければならない。
 それが分かっているからこそ、おとなしく抵抗もしていないのだ。今の所は。
 私を捕まえている奴に、牽制をしている奴、隠れてもう一人二人いるかもしれないな。
 かまかけてみよう。

「あと群集に一人、いや、二人いるわね」

「喋るな」

 八重・九重姫が殺気を纏わせたまま、逃げ惑う群集をにらみつけた結果、潜んでいた忍び三人があぶりだされて私を取り囲む。
 しかも、隠れていた忍びの一人は馬なんて持ってきているし。
 想定外だったな。

「乗れ」

 ここで逆らっても仕方ない。
 おとなしく馬に乗って、後ろからリーダー格の忍びが手綱を握って駆け出す。

「姫様!」

「行かさん」

 たちまち起こる剣戟の音もすぐに聞こえなくなった。
 みんな、大丈夫かな。
 闇夜に駆ける馬上の上で私は脱出の準備をする。
 こういう時の為に神力を使わずしていつ使う。

「妙な事は考えるなよ。姫」

「分かっているわよ」

 背中に当てられたくないがちくちく着物越しに私を刺激するので、テンプレどおりの答えを返しておく。
 一瞬でいい。
 やつの視線が一瞬でいいから私から離れてくれれば、後はどうにでもなるのだが。
 馬は軽快に闇夜の街中を駆けてゆく。
 この方角、港か。

 その瞬間、全てのからくりが解けた。

「そうか。
 神屋紹策の船で逃げるのね」

 忍びは何も答えなかったが、私はそれを確信していた。
 十重二十重と仕掛けられたあまりの策のひどさに、捕らわれているというのに苦笑するしかない。
 彼の船でやってきて、まず私が本物かどうかを確認。
 私が一番欲しがっている銭話で私が本物である事を確認したのだろう。
 たしかに、恋に証文裏書なんて話はできないわな。まんまと餌に食いついてしまった。
 で、本物である事を確かめて、戦力の過半を偽者である恋がいる杉乃井に投入。
 恋襲撃未遂で偽者にかかったと安堵した私達は、安心して戦力を彼等に注ぎ込む。
 で、ぎりぎりまで減らした最精鋭で府内で騒ぎを起こし、私を拉致。
 船でそのまま毛利領へか。
 見事だ。
 見事すぎる。

「何を笑っている」

 ちょっと、背中のくないが痛いんですが。まじで。
 だが、その時に待ちに待っていた隙がやっと彼に出来たのだった。


「珠ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 その声、四郎と麟姉さんの声と共に飛んでくる矢が一つ。
 それを避ける為に忍びはくないを外して手綱を握り、馬を逸らせて矢を回避する。
 それだけで、私には十分だった。

 テンプテーション。最大出力。

 男を虜にする必殺スキル。
 己のレベルの低さで一時的に魅了する程度だが、この状況ではその一瞬だけでよかった。
 なぜなら、私に魅了されて動きが緩慢になったその瞬間に、四郎の放った矢が忍びを貫いて落馬させたのだから。

「ちょ!
 あばれないで!
 落ち着いてよぉ!!」

 そういえば、この馬も雄でした。
 ロデオ状態になりながら、何とか馬から降りたらいきなりがっしと四郎につかまりましたよ。

「珠……良かった……よかった……」

 四郎はそう言ったきり、マジ泣き中です。
 忍びが絶命しているのを確認してから麟姉さんもしがみ付いて涙ぽろぽろ。

「四郎様が『姫が危ない!』とおっしゃって慌てて府内に駆けつけた次第。
 攫った姫を運ぶなら、この府内港しかないだろうとおっしゃって……」

 そっか。
 あんたの父上のチートじじいの策を読み取ったんだ。四郎。
 さすが毛利の血。親の思考はよく分かるか。
 四郎に助けられたの、二回目よね。
 麟姉さんも日頃強気な姿勢だけに、この乙女泣きにちょっとキュンとしたり。

「もぉ、泣かないの。二人とも。
 私は無事なんだから。ね」

「姫様……だって……泣いて……いらっしゃるじゃないですか……」

 え?
 泣いてる?
 あれ?

 助かった事に気が途切れて、涙ぽろぽろ。
 実はお漏らしまでしていたり。
 で、そんな状況なのに四郎も麟姉さんも離れないし。


「泣いていますよ……あの麟様が」

「四郎殿も、姫様にしがみ付いて」

「白貴殿がおっしゃっていた。
 『男を腹の上で泣かすのは良い女だ』と。
 やはり、姫は極上の女らしい。
 我等も見習わないと」

「だから何でそんなに冷静に見ていられるんですか!九重姫っ!」

 残った忍びを排除できたのだろう。
 追ってきた政千代・八重姫・九重姫率いる追っ手に半ば呆然と見られながら、私達はこのまま泣き続けていたのだった。

 

 追記。
 テンプテーションのせいか、この夜の四郎はめちゃ凄かった。
 というか、朝まで眠らせてくれませんでした。
 おまけに、麟姉さんはまだいるかもしれない忍びの為に、ずっと隣に控えているし。
 なに?
 この羞恥プレイ?

 

 次の日 府内港

「おはようございます。姫様。
 ……失礼ですが、お顔がすぐれませぬが?」

「あ〜。
 おはよう。神屋殿。
 気にしないで。ちょっと騒ぎがあって眠れなかったのよ。
 証文を引き取ってもらえるお得意様になる船だから、見送りにきたの」

 当然の事ながら、アレだけ派手にやらかされた今回の誘拐未遂は府内中に広がり、父上はじめ加判衆大激怒。
 早急に忍びの確保を命じたのだけど、こんな特殊スキル持ちの連中なんてそう簡単にいる訳も無く。
 と、思っていたら、一つあてがあったので提案したら、即了承されましたよ。
 
 現在滅亡寸前の尼子家に仕える忍び集団、鉢屋衆です。

 隠岐の奈佐日本之介は私が作った交易ルートでたらふく銭を食わせていたので、まだ毛利になびかないはず。
 海路、彼等を拾って大友家に組み込んでしまうつもりです。
 更に、彦山の修験者等も雇い、大友家全体の防諜力強化を命じたのです。私に。

 あれ?
 何か仕事増えてね?
 まぁ、そんな都合の悪い事はさておき。

「思ったのだけど、何か船員少なくない?」

 昨日のしかえしとばかりちくり。
 なお、この神屋紹策の船が私を攫う船だったりする事は父上達にも伏せている。
 とはいえ、両隣にいる四郎や麟姉さんなんて、今にも切りかかるがのごとく殺気ばりばりなのですが。
 なお、政千代や八重姫・九重姫に兵を率いさせて港に隠し、何かあったら即突入させる準備もやっていたり。

「はて?
 こんなものでしたよ」

 さすが、大商人の後継者。
 二人の殺気なんてまったく気にせず、にこにこしてやがる。

「そう。私の思い違いね。ごめんなさい。
 良い船旅を。
 私が出す証文に、『少し』色をつけてくれると嬉しいな♪」

 とってもいい笑顔で、和解条件を提示してみる。
 銭払うなら不問にしてやるというこちらの条件に、神屋貞清は笑顔を崩す事無く手を差し出した。
 これで、この一件は終わりとなった。

 数日後、博多の神屋紹策から大量の銀が届けられた報告と共に小箱が一つ。
 どうやら、『少し』の部分がこれらしい。
 中には綺麗な青磁茶碗が一つ。
 記録に無いという事は、歴史に消えた名器か。
 箱に真新しい流暢な文字で銘が。

『夜駆』

 洒落が分かってやがる。
 この茶碗父上に見つかって、そっこーで奪われそうになったのは内緒。


 




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